とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

接着剤の正しい塗り方

2016-06-23 21:43:52 | いろいろ
先日テレビで、接着剤の正しい塗り方をやっていた。接着剤の塗り方なんて、それほど気にした事もなかったが、知れば知るほど今までのやり方が間違っていたことがよくわかった。

どんなときに接着剤を使うかというと、一番多いのがランニングシューズの靴底補修である。靴底が減ってくると、たくさん買ってあるゴム板を踵の磨り減った部分の大きさに合わせて切り抜いて、接着剤で貼り付けるというものだ。その際、瞬間接着剤を、ゴム板と靴の両側に、べったり隙間がないように塗りつけて貼り合わせていた。たくさん塗っているので、接着部分が滑ってしまい、ずれて貼り付いていたことがよくあった。それでも、仕方がないと思い込んでいたが、正しい塗り方を知って、如何にもったいない使い方をしていたのがよくわかったのだ。

瞬間接着剤の正しい使い方は、10円玉の面積くらいに1滴垂らすくらいの量でいいそうだ。面積が広い場合には、点々と垂らすだけでよく、塗り広げることは必要ない。量が多すぎると、反応に必要な空気中の水分が不足して硬化が遅くなったり、揮発成分による白化が目立つ原因になるとの事だ。このやり方で、瞬間接着剤をゴム板に数箇所滴下しただけで、あっという間に靴底に貼り付いた。こんなにも早くくっつくとはビックリした。まさに目からウロコが落ちるとはこの事だ。

【アロンアルフア ゼリー状】


また、ゴム系の接着剤は、瞬間接着剤とは違い貼り合わせる部分全体にしっかり塗り広げる必要がある。ただし、厚く塗らないで、できるだけ薄く塗り広げるのがいい。そして、一番のポイントは、「すぐに貼り合わせない」ことだ。5~10分おいて、接着剤が指につかなくなってから貼り合わせることで強力な接着力が発生するという。これも、全く気にしていなくてすぐに貼り合わせていたので、全く間違った塗り方をしていたことがよくわかった。接着剤の種類によって塗り方も違うということがよく分かり、勉強になった。

【ゴム系接着剤】速乾Gクリア【セメダイン】
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2016氷ノ山登山ツアー:玄武洞~コウノトリの郷公園~竹田城編

2016-06-22 22:46:22 | 観光
19日は朝から雨となっていたが、観光スポットを回るだけなので雨でも問題ない。城崎温泉に行ったら帰りには玄武洞にも絶対寄るべきだ。行く前までは、ちょっとした洞窟巡りをするのかと思っていたが、これがなかなか予想をはるかに上回るすごい場所だった。民宿からは、10分ほどで玄武洞公園に到着する。

玄武洞は160万年前に起こった火山活動によって、山頂から流れ出したマグマが冷えて固まる時に、規則正しいきれいな割れ目の柱状節理の石柱が作り出されている場所だ。玄武洞公園には、玄武洞の他、青龍洞、白虎洞、南朱雀洞、北朱雀洞という天の四方を守護する神獣の名前が冠された洞窟がある。


公園入口から中に入っていくと、玄武洞のプレートが見え、その奥に巨大な岩窟が広がっていた。


まるで人工的に作られたかのような石柱が、縦・横・斜めと伸びている。これが自然によって作られたものとはとても思えないほど規則的な造形物だ。また、洞窟が地下に続く入り口のように見えるが、ここだけはかつて人間が石を採掘するために掘り出された跡だという。また、この玄武洞では方位磁石を近づけるとNS極が反対になるそうだ。まさにパワースポットというにふさわしく、地場逆転の世界的な発見場所にもなっているそうだ。


こちらは、迫力ある柱状節理の絶壁がそそり立つ青龍洞だ。高さ33メートル、幅40メートル。最も長い節理は15メートルもあり凄い迫力がある。うねるように伸びる節理から「龍が昇る姿に似ている」と青龍洞と呼ばれるようになったそうだ。




大きさでは玄武洞が優っているが、見た目では青龍洞の柱状節理の迫力が抜きん出ている。


これは白虎洞。横に伸びた節理の断面が、まるで石垣のようにみえる。


南朱雀洞では、よく晴れた初夏の午後、洞の中に差し込んだ日の光が水面を反射し、節理の天井に光を映すことがあるそうだ。


南朱雀洞の隣にあるのが、北朱雀洞。


円山川の向こうには、玄武洞駅に山陰本線の電車が入っていくところだった。


玄武洞公園から、車で10分ほどでコウノトリの郷公園に着く。日本国内では、いったん絶滅してしまったコウノトリ。そんなコウノトリを保護し、豊かな自然の中で、コウノトリとその他の野生動物と共存できる環境を創造するために開設されたのがこの公園だ。


公園内のコウノトリ文化館には、コウノトリの剥製や活動内容が展示されている。




コウノトリ文化館の西側は、広く開放され、建物内からコウノトリを観察できる。飼育員からコウノトリの生態等の説明を受けた。


ゲージ内で飼育されているコウノトリ。




木の上に止まっているのはアオサギ。コウノトリではなかった。


この高いポールの上がコウノトリの巣になるそうだ。


兵庫県のこの場所で、コウノトリの飼育が行われていたなんて全く知らなかった。ここでのコウノトリの野生復帰に向けた研究成果によって、コウノトリの数は100羽を超すまでになったそうだ。そして、平成26年3月には、豊岡生まれの1羽のメスが韓国まで飛んで行ったという。まったく、コウノトリの飛行距離はスゴイものだ。

さて、今回のツアーの最後は、あの有名な "天空の城" や "日本のマチュピチュ" と呼ばれている兵庫県朝来市の "竹田城"である。コウノトリの郷公園から1時間ほど車を走らせ、山城の里に車を止める。竹田城入口は、マイカーで行けないので天空バスに乗り換え、いよいよこれから竹田城跡に入っていく。


バス停から坂道を20分ほど歩くと、やっと城跡だ。立派な石垣の間を登っていく。まさに天空の山城にふさわしい。




本丸・天守台跡が見えてきた。


その先には、南二の丸、南千畳が見える。


この石垣を上がると本丸・天守台跡である。


天守台跡で記念撮影。建物はないが、景色は抜群だ。


車を駐車した山城の里があんなにも小さく見える。


こちらは、播但連絡道の虎臥城(とらふすじょう)大橋である。連続アーチを描く美しい橋は、まるでヨーロッパの光景のようだ。この橋も一見の価値がある。


南二の丸から天守台跡を見たところ。


大手門を出ると竹田城散策は終わりだ。


城内は一方通行でバス停まで戻るものの、バスが来るまでの待ち時間があるので、そのまま車道を歩いて駐車場まで戻った。竹田城散策は、ちょっとした山登りになるので運動しやすい格好で行ったほうがいい。

残念ながら、有名な雲海に浮かぶ竹田城の姿を見ることはできなかった。これは、ポスターの写真だ。なかなかこういう風景に出会えることは少ないのだ。


しかしながら、前日の早朝は、まさにポスターどおりの景色が見られたそうである。以下の写真は、イノさんが一足早く竹田城の東南に位置する朝来山「立雲峡」から撮った貴重な竹田城の写真だ。こんな景色を、自分の目で見てみたかった。




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2016氷ノ山登山ツアー:余部鉄橋~城崎温泉編

2016-06-21 22:02:59 | 観光
氷ノ山下山後、3名は帰ったが残りの5人で観光地巡りに向かう。今後の観光地は、全て地元のイノさんの案内でまわる。まず、向かったのが、余部鉄橋だ。余部鉄橋は、明治45年に建設された東洋随一の鋼トレッスル橋で、我が国有数の橋梁として、多方面から多くの人々が訪れる観光名所として親しまれてきたが、昭和61年の列車転落事故を契機に、架け替えに向けた取り組みがなされ、平成22年8月に現在の余部橋梁が完成している。

現在は、鉄橋の一部(餘部駅側の3橋脚3スパン)が展望施設として残され、旧鉄橋直下に自由広場等からなる公園施設とあわせ、余部鉄橋「空の駅」として整備されている。この階段を上り、地上40mの「空の駅」に向かう。


途中で眺めた余部鉄橋の様子。赤い鉄骨部分が明治45年に建設された橋の一部だ。隣のコンクリート部分が現在使用されている余部橋梁である。


昔の余部鉄橋の様子。


これは、余部鉄橋「空の駅」の配置図だ。


「空の駅」に到着。線路は、当時のままである。


現在も、山陰本線「餘部」駅として利用されている。


展望施設部を歩いていくと、鉄橋下が見られるのぞき窓がある。この窓の上に立つと40mの高度感を感じスリルがある。


ベンチからは、日本海のパノラマが楽しめる。


しばらくすると、いいタイミングで電車がやってきた。


ホームには、たくさん人がいるが、電車に乗るわけではなくみんな観光客ばかりである。


昭和61年の列車転落事故は、次のような状況だったという。 山陰本線余部鉄橋を、福知山発浜坂行下り回送列車が走行中、 最大風速33m/sの突風にあおられて客車7両が約41m下に転落し、 水産加工工場と民家を直撃した。車掌1名と水産加工工場女性従業員5名が死亡し、 6名のけが人が出た。列車指令員が、運転停止とすべき状況を知らされているにもかかわらず、 列車を抑止しなかったことなどが原因であったということだ。こんなにも高い場所にある鉄橋だから、強風に煽られたらひとたまりもなかったのだろう。


現在の余部橋梁の下には、慰霊碑が建てられている。


余部鉄橋を見たあと、登山後の汗を流すため城崎温泉に向かう。開湯1300年の歴史を持つ兵庫県随一の名湯地。温泉街には7軒もの外湯が点在し、それぞれ趣の違う温泉浴を楽しめる。城崎温泉の通りには、三階立ての木造旅館が立ち並んでいる。


昭和の雰囲気を残す射的場。


7軒の外湯の一つ「御所の湯」。南北朝時代の歴史物語「増鏡」に文永四年(1267年)後堀河天皇の御姉安嘉門院が入湯された記事があり、御所の湯の名はこれに由来する。京都御所を彷彿させる造りで、歴史を感じさせる。




こちらも歴史がありそうな旅館だ。


浴衣姿でそぞろ歩きをしている観光客も見受けられる。


これは、城崎温泉の元湯だ。


付近には、薬師堂、温泉寺、美術館などもある。


ロープウェイで大師山山頂へ行けば、円山川の緩やかな流れとその先に広がる日本海の見事な景観が眼下に広がるという。


我々は、城崎温泉の一番奥にある「鴻の湯」に入る。1400年前、コウノトリが足の傷をいやしたことから発見されたといういわれにもとづいて名づけられた素朴な様式の建築で町の奥深く街路から離れた閑静な湯である。


この日に泊まる民宿の前では、夕日に照らされた雲が不思議な色合いに染まっていた。


夕食は、漁師の宿らしく盛大な海鮮料理が出された。ありあまるほどの魚介類の料理でお腹も大満足だ。




翌朝、民宿の周りの海岸を散策する。日本海は、波が高いというイメージがあったが、静かで穏やかな海だった。




朝食も味噌汁を入れると10品も出て、朝から満腹である。


早朝は曇り空だったが、宿を出る頃、雨がしとしと降り始めていた。前日の天気が良かっただけに、ついに雨に降られて残念だったが、梅雨時だから仕方がない。

「2016氷ノ山登山ツアー:玄武洞~コウノトリの郷公園~竹田城編」に続く。
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2016氷ノ山登山ツアー:氷ノ山登山編

2016-06-20 22:04:20 | 山登り
18、19日と兵庫県の氷ノ山(ひょうのせん)とその周辺に行ってきた。氷ノ山は日本二百名山のひとつで、「氷ノ山後山那岐山国定公園」に指定されている。標高は1,510mあり、大山に次いで中国山地第2の高峰として知られ兵庫県の最高峰でもある。また、新田次郎作の“孤高の人”の主人公で単独行の加藤文太郎の故郷の山としても知られている。そんなわけで、遠いというイメージがあったが、一度は登ってみたい山だったので、思い切って行くことにしたのだ。

あまりメンバーは集まらないと思っていたが、兵庫、大阪、愛知からも参加者があり総勢8名のパーティとなった。集合は、登山口のある福定親水公園に18日午前8時としたところ、全員8時前に集まり、8:10には出発する。


福定親水公園の駐車場は、8時にはほぼ満車となっていた。地元では人気の山らしく、その後も多くの車が来ていた。


駐車場の奥には、きれいなトイレも完備され、周辺でキャンプをすることもできる。


数分歩くと、鬱蒼とした森の奥に登山口があった。


8:25。沢に架けられた木橋を渡る。


8:30。布滝の看板があったので、少し脇道に入り滝を見に行く。落差65mだというが、前に葉が茂り、滝の全容はよく見えない。しかし、かなり上から水が落ちているみたいで、豪快な音が辺りに響いていた。


こちらは、布滝の鑑瀑台である。秋になれば、落葉して布滝がよく見えることだろう。


布滝から元来た道に戻り、しばらくすると28曲がりという場所に出る。道がくねくねと曲がり、28もあるということだろうか?


8:55。28曲がりを通過すると、連樹と書かれた標識を見つける。


この連樹は、ホオノキ、ミズメ、ネジキ、ナナカマド、リョウブ、タカノツメ、マツブサの7種が絡み合って1樹として支えあっているのだ。植物の逞しい生命力には驚かされる。


9:20。急な階段を下り、沢に降りる。


沢を渡ると、もっと急な階段を登る。


10:05。氷ノ山越の避難小屋が見えてきた。


氷ノ山越から氷ノ山山頂までは、あと2.1キロだ。


ここは、鳥取県側から登るコースとの合流地点でもあり、その一角には、お伊勢参りの安全を祈願したお地蔵様が登山客を優しく見守っている。


氷ノ山越でしばらく休憩したあと、ふたたび氷ノ山山頂を目指して歩き出す。急な登り道だ。


11:15。すぐ目の前に、山頂の避難小屋が見えてきた。山頂は、もう目と鼻の先だ。


山頂は、広場となっており多くの登山者で賑わっていた。6月の梅雨時だというのに、すっきりと視界が広がり周辺の山々がよく見える。


昼食などで1時間ほど山頂でゆっくりしたあと、全員で山頂写真を撮る。


山頂から少し下ると、「千年伽羅木」の道標がある。


氷ノ山山頂の南西側緩斜面(鳥取県側)のササ草原内にまとまったキャラボクの群落があり、この千年伽羅木は、かなり大きく約4mもの巨木である。


氷ノ山は、冬期の風や積雪により、標高1400m以上の場所はブナ、リョウブ、ナナカマドなどの低木林やササの草原となっている。このキャラボクも枝が大きく横に広がり、我々を包み込んでくれるかのようだ。


千年伽羅木からササ原の道を進む。


13:15。神大ヒュッテ前の水場に到着する。氷ノ山というだけあって水場が至る所にあるのがありがたい。


神大ヒュッテのテラスからは、こんな景色が見える。涼しい風が心地よくゆっくり昼寝でもしたい場所だ。


13:40。人面岩前を通過する。う~む、確かに人の顔に見えなくもない。


14:40。東尾根登山口に到着する。


東尾根登山口からは、舗装された林道歩きが続く。


15:20。林道歩きが終わり、無事福定親水公園に到着する。休憩を含めて約7時間で氷ノ山周回コースを踏破。ブナの原生林や伽羅木群落など豊かな自然に恵まれたいい山であった。

参考1.今回のコースマップ(YAMAPで記録)


参考2.今回の高低図(YAMAPで記録)


「2016氷ノ山登山ツアー:余部鉄橋~城崎温泉編」に続く
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2016尾瀬・燧ヶ岳登山:長蔵小屋~大清水

2016-06-15 21:52:52 | 山登り
2日目の朝である。長蔵小屋の部屋からくっきりと燧ヶ岳が見えていた。午前4時ころから明るくなっており、いつまでも寝ているのはもったいないので、そのまま起きて小屋の周りを散歩に出かける。木道を歩いていくと、既に多くの人たちが散策していた。


朝もやに包まれた尾瀬沼から燧ヶ岳を臨む風景は、最高のロケーションだ。長蔵小屋に泊まったら、一番のお勧めがこの風景だ。朝のほんの僅かな時間しか見られないから、ラッキーであった。


朝早くから、朝もやの中を歩き出している登山者もいる。


朝6時からの朝食を済ませてから、もう一度尾瀬沼の周りを歩いてみる。旧長蔵小屋の裏側からは、逆さ燧が見える。ここは、カメラ好きには知られている隠れた撮影スポットだ。


6:40。朝もやは、既に消え去り、多くの登山者が、歩き出している。


小屋近くで見かけたのは、シラネアオイだ。


我々が泊まったのは、長蔵小屋の別館である。食堂やお風呂のある本館から歩いて1~2分の場所にある。1階は、カフェバーとなっており、暖炉やソファーもあって洒落た建物だ。部屋も個室となっており、電気、水道、トイレも完備している。トイレは、温水洗浄便座となっており、山小屋としては感動ものだ。


7:50。小屋でのんびりしていたが、我々も下山を開始する。葉だけになった水芭蕉ともお別れだ。


10:40。初日、バスに乗って行った一ノ瀬も通り過ぎて、一気に大清水まで歩いた。帰りは、楽なもので、2時間50分で登山口に戻ることができた。


帰りは、日帰り温泉「花咲の湯」と「吹割の滝」に寄っていく。尾瀬でも、水不足という話があったが、「吹割の滝」も以前来た時よりは水量が少なく、東洋のナイアガラとは言えないほどの水量で、ややガッカリ。関東圏では水不足というニュースを聞いていたが、まさにそれを裏付ける状況だった。その後、多少の渋滞はあったものの、順調に車を走らせることができ、無事帰宅する。梅雨時とはいえ、好天に恵まれた登山で大満足だった。

参考1:長蔵小屋~大清水のコースマップ(YAMAPで記録)
  

参考2:長蔵小屋~大清水の高低図(YAMAPで記録)
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2016尾瀬・燧ヶ岳登山:長蔵小屋~燧ヶ岳~長蔵小屋

2016-06-14 19:29:37 | 山登り
長蔵小屋でしばらく休憩したあと、燧ケ岳に向けて出発する。この辺りも例年なら水芭蕉の花が咲き乱れているのだが、今は全く見えない。


沼山峠への分岐から沼尻方面に曲がると小さな木橋と小川が流れている。小川の中を覗くと、透明な水の中に魚影が見える。イワナかヤマメだろうか。




分岐から20分ほど歩くと沼尻と長英新道への分岐があり、長英新道に進む。長英新道は、燧ケ岳へのメインルートである。山頂までは、2合目、4合目等と1合毎にプレートがつけられているので歩くうえでの目安になってありがたい。




10:25。5合目手前あたりの樹木が切れた場所から尾瀬沼が良く見えた。


いきなりの急階段を登る。


11:10。ミノブチ岳(2220m)山頂に到着する。正面には、爼嵓(まないたぐら)の三角錐の山容がよく見える。目を凝らして爼嵓の山頂を見ると、多くの人影が見える。


ミノブチ岳から20分ほど進んだ頃、後ろを振り返ってみると、ミノブチ岳がこんなにも小さくなっていた。そして尾瀬沼周辺も一望できた。


西の方向に目を凝らすと、尾瀬ヶ原と至仏岳もよく見える。


11:45。爼嵓(2346m)山頂に到着する。後方のピークは、燧ヶ岳最高峰である柴安嵓(しばやすぐら)である。


尾瀬沼方向をバックにもう1枚。


爼嵓から柴安嵓に向かう。柴安嵓へは、ほとんど直登となり、山頂間近に雪渓が残っているのが見える。


山頂直下の雪渓は、爼嵓から見た時、急斜面で滑りそうかなと思えたが、実際歩いてみるとそれほど怖くなくアイゼンを付ける必要もなく登ることができた。




12:20。燧ヶ岳最高峰である柴安嵓(2356m)の山頂に無事到着する。


柴安嵓山頂は、広く休憩するにはちょうどいい。ここで、ビール、おにぎり、カップラーメンなどで昼食休憩だ。




柴安嵓で昼食休憩したあと、爼嵓まで引き返す。柴安嵓と爼嵓の間は、雪解け水が流れ込みちょっとした湿原である。


爼嵓直下の岩場を下る。


13:50。8合目まで戻ってきた。8合目からは、長英新道を下らずナデッ窪ルートに向かう。先週までは、雪渓が残っていて通行禁止になっていたルートだが、ちょうど解禁されたばかりだったので、帰りは行きと違うルートにした。


ナデッ窪は、まっすぐ沼尻に下っていくルートだ。勾配はきつく、上りには使いたくない。大きな岩がゴロゴロ転がっていて歩くのも一苦労だが、10分ほど下ると正面に尾瀬沼が見え、まるで池に飛び込んでいってしまいそうな景色となった。


景色は素晴らしいが、尾瀬沼までは、まだまだ遠い。


分岐から1時間半ほどでナデッ窪を下り終わると、水芭蕉の花が残っている湿地があった。


15:20。木道に出ると、沼尻はすぐそこだ。


ヒメシャクナゲとワタスゲ


沼尻休憩所跡。昨年9月21日,小屋の電気を賄っていた発電機が出火原因で沼尻休憩所が全焼したという。幸い人的被害はなかったそうだが、ロケーションのいい場所であるだけに早期に再建できるといいものだ。


その後、尾瀬沼北岸を1時間ほどでぐるっと回り長蔵小屋に着いたのは16:20くらいになっていた。長い一日だった。一ノ瀬から歩き出して10時間も過ぎていた。歩行時間は、約8時間半ほどだったのだろう。みんなよく頑張って歩いたと言える。小屋のお風呂で汗を流したあとの夕食時には、生ビールで”お疲れ様”の乾杯をする。


夕食後は、部屋に戻ってワインとお菓子で二次会である。夕日の沈む中、尾瀬の一日目が終わろうとしていた。


参考:長蔵小屋~燧ヶ岳~長蔵小屋のコースマップ


「2016尾瀬・燧ヶ岳登山:長蔵小屋~大清水」に続く。
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2016尾瀬・燧ヶ岳登山:大清水~長蔵小屋

2016-06-13 21:15:59 | 山登り
6月の声を聞くと、尾瀬の水芭蕉を思い出す。久しぶりに尾瀬に行ってみたくなり、5人の山友と一緒に尾瀬沼から燧ヶ岳を周回するコースを歩いてきた。

10日夜、関越自動車道沼田ICから片品村の大清水に向かう。駐車場には、深夜1時半頃到着し、数時間仮眠する。日が昇り明るくなって駐車場に出てみると、ほぼ満車の状態だ。人の声も賑やかとなり、登山の支度をして出発する。


当初の予定では、大清水から歩いていくつもりだったが、昨年から一ノ瀬までマイクロバスで行けるようになったということで、6時発のマイクロバスに乗って一ノ瀬まで向かう。この日の予定は、9時間程度歩く予定だったので、少しでも時間を短くしたいので、歩くと1時間10分近くかかるコースをバスに乗って10分に短縮する。

一ノ瀬からは、本格的な登山道となり登山開始だ。梅雨に入ったというのに、朝から清々しい天気となり、尾瀬に向かうというだけで心躍る登山が始まった。登山道脇には、いくつもの沢が流れており、小さな滝を見かける。


6:50。岩清水に到着する。冷たい湧き水が流れ落ち、我々の喉を潤してくれた。


7:35。三平峠1762mに到着する。一ノ瀬からずっと登ってきたので、ここからは下りとなる。


三平峠から20分も歩けば尾瀬沼の畔である。尾瀬沼の先には、これから登る燧ヶ岳の勇姿がクッキリ見える。


広い木道が続き、尾瀬らしい風景が広がっている。


木道の脇には、水芭蕉が一面に広がっているのが見えるが、白い花はほとんど見えない。茶色く枯れた花がやたらに目立っていた。やはり、水芭蕉の花は既に咲き終わり、見頃は過ぎてしまっていたようだ。


例年であれば、6月中旬が水芭蕉の一番の見頃であったはずだが、今年は雪解けがかなり早かったことと、その後霜が何度も降りて、水芭蕉の花が終わってしまったという。まさに異常気象の成せる技だった。それでも、僅かに残っていた水芭蕉の花を見つける。


木道横には、水芭蕉後の花が、いろいろ咲きだしている。これは、尾瀬の初夏の風物詩・ワタスゲだ。飄々と白い穂が風に揺れる様子を見ると初夏が来たことを感じさせてくれる。


リュウキンカ。これも尾瀬に春の訪れを告げる植物だ。


8:30。長蔵小屋に到着する。120年以上も昔の明治23年(1890年)、桧枝岐村の平野長蔵が尾瀬の沼尻に小屋を建てたのが、長蔵小屋のはじまりである。大正4年に沼尻より現在の尾瀬沼東岸に移築し、当時尾瀬で唯一の山小屋だったという歴史ある山小屋だ。この日の宿であるが、燧ヶ岳を登ってから宿泊する予定なので、ひとまず大きな荷物を置かせてもらい、サブザックで燧ヶ岳に向かうことにした。


参考:一ノ瀬~長蔵小屋のコースマップ


「2016尾瀬・燧ヶ岳登山:長蔵小屋~燧ヶ岳~長蔵小屋」に続く。
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ハナショウブとヒマワリが見頃に

2016-06-07 20:46:38 | 
5月末、一輪咲きだしたハナショウブがやっと見頃になってきた。
昨年は、数輪しか咲かなかったハナショウブだが、株分けしただけでこんなにも増えたとはビックリだ。
さらに来年用に株分けすれば、もっと増やせそうだ。




同時期に、ヒマワリも一斉に花が咲きだした。
今年は、丈が短く、あまり大きくなりすぎないのがいい。




スイカの弦も、ぐんぐん伸びてきた。


黄色い花が咲いている。


花が終わって、小さいスイカが実ってきた。
7月の早い時期には、美味しい小玉スイカが食べられるかな?

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2016富士忍野高原トレイルレース

2016-06-05 21:42:55 | マラソン
久しぶりにトレランのレースに参加してきた。富士山の裾野にある忍野村周辺の山々を駆け抜ける大会である。富士山を展望しながら、山の中を駆け抜けるのもいいかなあと思いエントリーしたのだ。ところが、先日梅雨入りしたとのことで、今日は朝からずっと雨であった。

スタート地点となる忍野中学校近くの駐車場に車を止め、受付会場に入ると、ロングコース(34.4キロ)のコース変更のアナウンスが聞こえてきた。雨のため、高座山、杓子山の登山道が危険だということで、急遽ミドルコース(23.7キロ)と同じにするとのことだった。ロングコースにエントリーしていた私だが、正直言ってトレランは苦手なので、距離が短くなって内心ホッとした。そして、スタート時間も30分ずつ遅くなったので、時間に余裕ができた。

当初のレース概要は下記のとおりだ。
ロングコース(約34.4km)、1,000名、スタート時間:7:20・7:30・7:40(ウェーブスタート)、制限時間:8時間20分
ミドルコース(約23.7km)、800名、スタート時間:7:50、制限時間:6時間20分
ショートコース(約13.9km)、600名、スタート時間:8:20、制限時間:5時間

第1ウェーブがスタートしたのち、スタート地点前で第2ウェーブのスタートを見送る。


第2ウェーブがスタートしてから、第3ウェーブのスタートとなり、私も列の中に入る。そして、8:10。雨が降り続く中、久しぶりのトレランが始まった。


カメラを持参したものの、降り続く雨と勢いよく走り抜けるランナーが多いため、カメラを取り出す余裕もなく、途中では1枚も撮ることが出来なかった。10キロほど短くなったとはいえ、雨中の山道は、ドロドロにぬかるんで滑りまくる。速いランナーは、滑ることも厭わずどんどん走っていくが、転倒して怪我することを考えると、無理はできない。泥だらけの山道は、ランナーの踏み跡でますます抉れ、無惨な状態になっていた。泥濘を避け、脇にそれる人もあり、登山道がますます横に広がっていた。

今回、トレランレース参加にあたってトレランシューズを新調しようか迷っていたが、何度も出る可能性は少ないので、結局、昔買ったトレランシューズで走ることにした。ところが、長い間履いていないシューズは、やっぱりダメである。5キロくらい走ったあたりで、ペタペタ音がしてへんだなあと思ったら、案の定、ソールが剥がれていた。わずかにくっついていた部分を引きちぎり、右足のソールが一部はがれたままでゴールまでもたせる。下りが滑りやすくなってしまうのではと心配だったが、ゆっくり慎重に下っていったので、無事に走ることができた。

レース中は、足元ばかりが気になり、景色を楽しむ余裕もない。もっとも、雨と霧で山頂に着いても全く視界はなく、ひたすら山中を駆け抜け、山道を荒らしてきただけで終わった。大平山を下山し、最後の給水所を抜けると、残り3キロとなり、あとは平らなロードと農道である。お昼前に忍野中学校に無事ゴールできた。


帰宅後、今朝の新聞を読むと、UTMF(ウルトラトレイルマウントフジ)の開催で、自然環境が悪化しているという記事が載っていた。山の中を数千人の人間が走りまわるという事は、自然環境への影響はまちがいなくあるといえる。今回、自分が走ってみて、雨が降ると登山道の荒れ方が激しいことを実感した。トレランを否定する気はないが、数千人規模のトレランレースは、如何なものかと思う。人数を減らし、タイムを競うのではなく自然を楽しむという趣旨で、開催すべきではないかと改めて感じた。

参考1.今回のコースマップ(YAMAPで記録)


参考2、今回の高低図(YAMAPで記録)
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2016伊吹山:後半

2016-06-04 06:48:24 | 山登り
5合目のベンチで30分ほど昼食休憩を取った後、再び山頂を目指して歩き出す。相変わらず雲ひとつない青空だ。


登山道際に、ピンク色の珍しい形をした花を見つける。初めて見る花だ。花のつき方が、笠をかぶった踊り子達が並んだ姿に似ていることからオドリコソウと言うそうだ。


後方を再び振り返ってみると、昼食休憩をした5合目の広場があんなにも小さくなっていた。そして、その先には琵琶湖の姿がさらに大きく見えてきた。


12:50。6合目を通過する。


6合目から上には、オドリコソウの群落が広がっている。


先頭を歩いているIさんとSさん。


後方のメンバーは、花の写真撮影に忙しい。


13:02。7合目に到着。


これは、キンバイソウかな。


ここもオドリコソウの大群落が広がっている。


13:20。8合目に到着する。上部からM電機の新入社員研修登山の団体が下山してくるので、休憩を兼ねて集合写真を撮る。


イブキシモツケの白い花が見事だ。


団体さんは、150名もいるそうで、何度もすれ違う。


山頂が、間近になってきた。


9合目あたりから山頂にかけては、黄色い花で埋め尽くされている。




菜の花のようなこの黄色い花は、ヤマガラシの一種で伊吹山系の固有種であるイブキガラシだ。


13:45。山頂の社前に到着する。


山頂は広々としており、立派なトイレやベンチがある。


まずは伊吹山のシンボルである日本武尊像の前で記念写真だ。しかし、この日本武尊は、年寄りすぎる。もうちょっと若い時の像のほうがかっこいいと思うのだが…。


伊吹山頂1377m前でも、もう1枚。


広場にいるのは、中学生の団体だ。平日ながら、一般登山者を含めて多くの登山者と出会った一日だった。トイレの向こうに見える島は、琵琶湖の竹生島である。


山頂には、売店が数多くあり、かき氷やソフトクリーム、コーヒー、食事、土産物等なんでも売っている。一般の観光客は、観光バスやマイカーで伊吹ドライブウェイを使って、山頂直下の駐車場まで上がってくることができるので、このような売店が乱立しているのである。


売店でソフトクリームを買ってゆっくりしていると、いつの間にか山頂にいた登山者は、ほとんどいなくなっていた。30分ほど山頂にいたが、少し冷えてきたので下山することにした。いつまでも天気が良くて、下山するのがもったいないくらいだったが、ぐんぐん下っていくと琵琶湖の湖面が西日を浴びてキラキラと光っていた。


16:50。無事、登山口のゲート前に着いた。


ゲート横にあった伊吹山のコースマップ。マップによると、上りが3時間20分、下りが2時間20分となっている。休憩時間を除けば、ほぼこのコースタイムどおりの時間で行けたようだ。


参考1:今回のコースマップ(YAMAPで記録)


参考2:今回の高低図(YAMAPで記録)
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