ブログよりも遠い場所

サブカルとサッカーの話題っぽい

【サッカー】vsベネズエラ

2010-02-02 | サッカー・その他

 ワールドカップイヤーの幕開け。


楢崎*:6.0 ほとんど仕事はなかったが数少ないボールタッチは安定。
徳永*:4.5 コンディションの悪さと連携の不味さで全く持ち味出せず。
中澤*:5.5 万全の状態ではなかったが経験でカバーするあたりはベテランの貫禄。
闘莉王:5.0 コンディションが整っていないのが丸わかり。身体が重そう。
長友*:5.0 細かいミス多し。フィジカルで圧倒できないと技術のなさが目立つ。
遠藤*:6.0 相変わらずのゲームコントロール能力を見せる。バランスを取るのに腐心。
稲本*:6.0 遠藤と一緒にバランスを取った。技術高いが運動量では長谷部に及ばず。
中村憲:5.5 まだ身体が重くダイナミズムに欠けた。他の中盤の陰に隠れてしまった。
小笠原:6.0 高い技術を活かしチームにアクセントを加えた。
大久保:5.5 運動量豊富にピッチを動いたが周囲との連携は今ひとつ。
岡崎*:5.5 動き出しのよさは見せたがボールになかなか絡めなかった。

平山*:6.0 持ち前の圧力で日本に欠けていた前線の基点を作った。
駒野*:6.0 徳永が全くできなかったサイドバックの仕事を堅実にこなした。
佐藤*:5.5 動き出しの鋭さは際だっているが最初の決定機を決められないと並の選手。
金崎*:5.0 同じポジションの他の選手に比べると淡泊さが目立つ。
香川*:-.- 出場時間短く採点無し。

監督*:5.5 クレバーかつ的確な采配。引き分けという結果も年始めの試合として及第点。


 時期的にコンディションが整っていないのは分かっていたんですけど、こういうときだからこそ基本技術の差がクッキリ出ますね。
 具体的に言うと、小笠原、遠藤、稲本の三人。いわゆる"黄金世代"の選手は巧すぎる。トラップ、パス、シュートの三要素。あとはプレイイメージのレベルが他の選手と比べると一つ抜けている感じで、この三人がぽんぽんぽんとダイレクトで繋いでチャンスを作ったあたりはジーコ監督のときの代表を彷彿とさせましたね。あの憲剛ですら、この三人に混ざるとちょっと見劣りしちまうってのはスゲェよなあ。
 ただ、いくらボールの扱いが巧くても、この三人だと前への推進力が足りていないので、今の日本代表みたいに守備に多くのタスクを割くサッカーだと得点が取れないですね。今日はほとんどチャンスを作れなかったので、やはり長谷部みたいな選手がいるかいないかってのは相当大きいんだなあ、と実感しました。や、遠藤も小笠原も、前に比べれば格段にスペースへ走り込む意識が高まってるんですが、意識が変わるのが遅すぎたよなあ。せめて20代の半ばで今みたいなサッカーを志向してたら面白いことになったと思うんですけど。
 あと、やっぱり駒野はスタメンで使うべき。徳永はイイ選手だけどまだ波があるし(FC東京の選手って皆そんなイメージ)、長友は左から動かしたくないし、内田は四年経っても守備が全く上達しないおっぺけぺーのままだったし、加地さんは代表引退したし怪我がちだしで、総合的に見て駒野が一番安定してると思う。今日の試合でもあったけど(もっともアレは長友サイドだったけど)、闘莉王との連携ミスでサイドバックの裏を抜かれたシーン。ああいうのってオランダとかだとしっかり決めてくるし、場合によっちゃあその時点で試合が決まっちまうので、試合の入り方がなによりも大切になってくるワールドカップ本番では、駒野みたいな選手でスタートするのが一番じゃないでしょーか。途中交代で体力に余裕があったとはいえ、この時期にあそこまでできたのはちょっと驚いた。
 攻撃に関しては前半はかなりチグハグで、例えばクロスを上げる瞬間、ペナ内に日本の選手が一人しかいないみたいな状況が頻発してたんですけど(他にも、中盤の高い位置で小笠原、遠藤がボールを持っても前にいる選手が少なかったり、いなかったり)、徐々にバランス修正できて、平山と駒野を投入したあたりでは前がしっかりぶ厚くなってましたね。ホントあと一歩。あそこで質のいいクロスを何本か入れられれば点とれてたと思います、ハイ。
 このへんはコンディションが悪くて、足がついていかない部分もあったので仕方がないですし、試合の中で修正できたってことはよくない自覚があったってことだと思うので次以降に期待です。


【SS】アナクロ・アナライズ

2010-02-02 | インポート

「――説明してもらいましょうか」
 腕を組み、仁王立ちで俺を見下ろすタマ姉の声には、一片の容赦もない。
 返答次第では命すら奪うと、怒りに燃える瞳が宣告していた。
 恐怖のあまり腰を抜かした俺は尻餅をついていて、タマ姉を足元から見上げる格好になっている。タマ姉は制服姿なので、短いスカートであることを考えるといささか際どいアングルなのだが――
「どこを見ているの、タカ坊」
 そんなところを眺めている余裕があるはずもなく、俺は冷や汗を浮かべながらタマ姉の手元を凝視していた。
 視線の先には、飾り気のない黒い財布がある。
タマ姉本人のものではなく、俺のものだ。
「もう一度訊くわ」
 タマ姉は組んでいた腕をほどいて、財布を持っているのと逆の手を俺の眼前に差し出して、
「これはどういうこと?」
 差し出されたタマ姉の手には、一枚の紙が握られている。
 よく見てみればそれは紙ではなくて。
 光沢のある表面には何かが印刷されていて。
 そして、
 俺はそれに見覚えがあった。
 ごくり、と喉を鳴らして唾を呑み込む。
「ど、どういうことって言われても、」
「……いい、タカ坊? 言い訳をするたびに一つずつ罪が増えるのよ? 今のが一つ目」
 あれもカウントに入るのか。
「い、言い訳もなにも、俺はやましいことなんて、一つも」
「五つまでは見逃してあげる。それを超えたら、……どうなるか分かっているわよね? ……二つ」
 お気に召さない答えもカウント対象らしい。そんな理不尽な。
「答えにくいなら質問を変えましょう。……これは、どちら様?」
 氷点下だった声音が、絶対零度に近づいていく。
 恐ろしい。
 恐怖で泣きそうになったのは、記憶にある限りでは初めてだ。幼少時に体験していたら、トラウマになっていたかもしれない。いや、現在でもそれは変わらないかもしれないけど。
 タマ姉が差し出したのは、一枚の写真付きシール――いわゆるプリクラだった。プリクラには俺と、外にはねたショートヘアが印象的な女の子が顔を突き合わせて写っている。
 見るからに「どんな顔をして写ればいいのか分からない」という顔をしている俺。
 その隣で「しょうがないから付き合ってあげるわよ」と言いたげな複雑な表情をしている女の子。
「と、十波、由真、ってヤツだよ」
「クラスメイト?」
「い、いや、隣の、クラスだけど」
 三つ。
「……仲はいいの?」
「そ、……それほどでも、ないんじゃないかな……?」
 四つ。
「二人とも楽しそうね」
「そっ、」
 それのどこが楽しそうに見えるというのか、むしろこっちが教えて欲しい。件のプリクラは、どう贔屓目に見ても呆けて写っているようにしか見えない。これに比べたら、お化け屋敷に無理矢理引きずり込まれるこのみの方が楽しそうに見える。
 経緯を簡潔に説明する。
 昨日、例の如く由真のヤツに勝負を挑まれた俺は、学校の帰りにゲーセンで熱い戦いを繰り広げたのだ。パズルゲームに格ゲー、音ゲー、エアホッケーと、財布にダメージを与える虚しい戦いは続く。
 そして激戦の末、辛くも勝利を収めたまではよかったのだが、

『ま、また負けた……』
『むぅ~、これで勝ったと思わないでよね……』
『……だけどまあ、ぼんくらのたかあきにしては頑張ったじゃない』
『ほ、褒美に、コレ一緒にやってあげるから感謝しなさい』

 ワケの分からない理屈をまくしたてられた挙句、あれよあれよという間にゲーセンの一角に連れ込まれたのである。
 ワケの分からないうちに写真をとられ、ワケの分からないまま半分を押し付けられて、それを財布に入れっぱなしにしておいたら、タマ姉に見つかった。
 あまりの迂闊さに、自分自身の馬鹿さ加減を呪うことしかできない。
「と、とにかく! ホントに、絶対、タマ姉が誤解してるようなことはないから!」
「……ふうん。タカ坊は、私が何を誤解してるっていうのかしら?」
 やぶ蛇である。
 もはやカウントを声に出して数える必要はない。
 タマ姉のカウントが順調に積み重なっているのは明らかで、たとえ心の声は聞こえなくとも、こめかみに浮かぶ青筋の数を数えるのは簡単なのだ。
「どうなの? 私が何をどう誤解しているのか、言ってみなさい」
タマ姉が。
俺と由真の関係を。
友人以上のものであると。
誤解している。
そんなこと言えるはずがなかった。
しかも相手にはプリクラという確固たる証拠がある。
 無実を証明するためには、こちらがそれに対する反証を突きつけなければならない。それができない以上、俺にできるのはガクガクと震えながら刑の執行を待つことだけだ。が、
「私もやるわ」
「――――は?」
間抜けな息が漏れる。
「もう、なんて顔してるの」
 呆気に取られて口を開け放ったままの俺の頭の上に、
「私もタカ坊と一緒にコレを撮るって言ったの。すぐに出かけるから支度なさい」
 ぽん、と財布を乗っけたタマ姉は、躊躇いなくとんでもないことを口にした。
 だけど、俺の記憶が確かならば、

 ――タマ姉って、ゲーセン嫌いじゃなかったっけ――?

*****

 というわけで、ショッピングモールにやってきた。
 どでんと構えられたビルは、三階まですべてゲームセンターになっていて、このあたりでは最大規模のアミューズメントパークだ。四階にはボーリング場もあったりして、他にやることがないときに「とりあえず行っとくか」的なノリが許される場所でもある。まあ、学生にとっての気楽な憩いの場の一つと言って間違いないとは思うのだが、
「ここ、ね」
 建物を見上げるタマ姉の表情は真剣そのもので、戦場に赴く武将のような雰囲気を身にまとっていた。
 タマ姉は私服に着替えている。つい先ほど、「ゲームセンターに制服で行くのは不良よ」などと聞きようによっては冗談みたいなことをのたまっていた。そんな一つ一つの言葉を聞くに、本当にタマ姉にとってはゲーセンが異世界なんだなあ、なんて思ったりして。
「……なんだか楽しそうね」
「い、いや、そんなことないって」
「ま、いいわ。行くわよ、タカ坊」
 威勢のいい態度とは裏腹に、タマ姉の表情は晴れない。どことなく上の空というか、ふくれっ面をしているというか、率直に言えば不安げに見える。だが、こんなときでも弱味を見せようとしないのがタマ姉であり、
「ほら、もたもたしないの」
 こんな風に強がってこちらの手を引いてみせるのが、俺の一番大切な人なのだ。
 タマ姉と正式に付き合い始めたのが、ひと月ほど前の話。すっかり風邪も治って絶好調のタマ姉の勢いは留まるところを知らない。
 恋人と姉弟と幼馴染を足して、割らずにそのままにしたような関係は相変わらず続いている。もっとも、それぞれの割合は時と場合によって目まぐるしく変わり、今みたいに姉として振る舞ったかと思えば、
「た、タマ姉、くっつきすぎ」
「べつにいいじゃない」
 こうして急にべったりと甘えてきたりするので、振り回される俺は困るやら恥ずかしいやら。タマ姉曰く、「十年分も溜めてたんだから、それくらい付き合いなさい」ということらしい。こういうのも決して嫌ではないが、人目をはばからないのにも限度がある。
「ふふ、青くなったり赤くなったり忙しいわね」
 自分がそうさせているくせに、そんなことを言うタマ姉。それでも、その様子があまりにも嬉しそうだから、これでもいいかな、なんて思ってしまう。バレバレなのは分かっているが、できるだけ顔の赤味を見られないよう顔を背けた。
「と、とりあえず、目的地はそこだから」
 指差した先には、プリクラが所狭しと並んでいる。
「――え”」
 腕を絡ませたまま、タマ姉が固まる。
 無理もない。
 賑やかなゲーセンの飾り付けの中にあって、ひと際きらびやかな一角。昔ながらの『ゲームセンター』を想像していたであろうタマ姉の驚きはよく分かる。ああいう陰鬱なイメージとは真逆というか、むしろかえってタチが悪いというか。
「……これ、なの?」
 首肯してから改めて見てみると、女子学生があちこちで黄色い声をあげていた。
「……最近、これがメインのゲーセンも増えててさ。ここも、この階はほとんどプリクラの筐体しか置いてないんだよ」
 だから女性比率が異常に高いわけで、俺にとってはまさに鬼門と言える。「男性のみのお立ち入りはご遠慮ください」という注意書きが居辛さを増していた。
 とっとと用事を済ませて、とっとと帰りたい。それはきっと、隣で固まっているタマ姉も同じはずだから、とりあえず手近なのを選んでしまおう。
「あれにしよう」
「……え、ええ」
 タマ姉を先導し、ビニールの覆いの中に潜り込む。
 耳のすぐ傍で、ほう、というため息が聞こえ、
「……こんな風になってるのね」
 タマ姉は、初めて見る覆いの内側を、興味津々といった様子で眺め回す。根が好奇心旺盛なタマ姉のことだ。未知のものへの不安は、きっかけさえあればあっという間に飛び越えてしまうのだろう。
「これをどうするとシールになるのかしら」
「えっと、まず好きなフレームを選ぶんだ」
 すべての原因になった財布から硬貨を取り出し、投入口に入れる。
 目の前の画面が切り替わり、
「タマ姉、どれにする?」
「私が選んでもいいの?」
 そう言いながらも、既にタマ姉の目は画面に釘付けになっていた。このときばかりは立場が逆転して、まるで自分が年上になったような感覚を覚える。きらきらと瞳を輝かすタマ姉の表情が、思い出の中にある映像と重なる。
 遠い日の記憶。
 長いこと気付かなかった初恋の人の横顔。
 それを、これから先も、ずっと眺め続けていたいと思った。
「――――タカ坊?」
「どおぅわあぁぁ!?」
 狭い覆いの中いっぱいいっぱいまで飛び退く。
 焦った。
 タマ姉に見惚れていた。
 だが、
「ど、どうしたの。急に大声を出して」
「な……、なんでもない、なんでもない、から」
 そんな恥ずかしい台詞は言えない。それを聞いたタマ姉がどんな顔をするのか少しだけ興味はあったが、まだまだそこまで俺の精神は成熟していないのだ。
「決めたわ」
 これ、とタマ姉が指差したのは、下側の真ん中でデフォルメされた黒猫が不敵な笑みを浮かべているフレームだった。不吉に見えなくもないが、これほどタマ姉らしいチョイスは他にないかもしれない。
 パネルを操作して、希望のフレームを選択する。画面には選んだフレームがそのまま表示され、両側から黒猫を挟みこむような形で俺たちが映っている。
「画面に出てるのが、そのままシールになるから」
 本当は、ここにペンで色々と書き込んだりできるのだが、あまりややこしいことをしても仕方がないので、シンプルに写真だけ撮ることにしよう。
「撮影ボタンを押すと秒読みが始まって、すぐにできるから」
「了解。タカ坊、準備はいい?」
 元より整えるような髪ではないし、画面を見る限りではおかしなところも見当たらない。襟が乱れていたのをさっと整えて、
「うん。いつでもいいよ」
「……押すわよ」
 ほんの半瞬だけ指先を揺らし、タマ姉が撮影ボタンに触れる。
『――それじゃあ撮影しまーす』
 機械の音声がスピーカーから聞こえてきて、カウントダウンが始まる。
『さん』
 ちょっとだけ緊張する。
 由真と撮る前は、確かこのみに付き合わされたんだっけ。
 それもかなり前の話だ。
『にい』
 それほど慣れていない人間にとって、このカウントダウンはやたらと長い儀式のように感じる。証明写真を撮るときに、必死でまばたきをしないよう気合を入れるのと同じだと思う。
『いち』
 きた。
「タカ坊」
「え?」
 名を呼ばれると同時、肩を掴まれ引き寄せられた。
 そして、
「んっ!?」
 フラッシュがたかれる。
 ――って、え?
 気付くと、唇に柔らかいものが押し付けられていた。
 なにがなんだか分からない。俺の前髪と、タマ姉の前髪が触れ合っている。
「――――」
 理解が追いつくまでの数秒間、俺は完全に停止していた。
 全身に感覚が行き渡っていないような、ふわふわと浮いているような。
 それなのに、唇だけが、やたらと熱くて、
「――ごちそうさま」
 硬直を解いたのは、タマ姉のそんな台詞。
「あ、え、う、あ」
「どうしたの? タカ坊?」
 言語障害に陥った俺に、タマ姉が意地の悪い笑みを向けた。吊り上げられた赤い唇から覗く、赤い赤い舌。その舌がちろちろと唇を舐める様子を、呆然と見つめている。
「うん。なかなかいい出来」
 動かすのもままならない首をギチギチと動かす。満足そうに頷くタマ姉の視線を追った先には、
 見間違えようもない衝撃映像が、大きな画面に映し出されていた。
「……あら、こんなに早く出来上がるのね」
 機械の声が何事かを喋り、吐き出されたシールをタマ姉が手に取る。
 タマ姉は、そのシールと、目の前の映像と、固まったままの俺を見比べて、
「――浮気防止のお守りよ? ね。タ・カ・坊」
 一枚だけ剥がしたシールを、そんな言葉と共に、俺の額に貼り付けた。

 まあ、なんていうか、その。
 今日一日を振り返ってみれば分かるように。
 浮気しようなんていう気が起こるはずはないのは、言うまでもないのである。


END


【SS】秋の目覚め

2010-02-02 | インポート

 暖かい。

 降下し始めた気温は留まるところを知らず、ここのところはすっきり冬の色合いが濃くなっていた。
 たとえ日中が過ごしやすい気候であっても、朝夕の冷え込みは厳しい。 晴れた次の日の朝は特に寒くて、このときばかりは地球温暖化なんて言葉が空々しく聞こえたりする。
 長い夏が終わり、秋をあっという間に飛び越えて冬がやってくるとばかり思っていたのに。つい先日引っ張り出してきた毛布にくるまって、「布団の恋しい季節になったなあ」なんて思っていたのに。 
 今朝の目覚めは、暖かくて、穏やかで、柔らかかった。

 ――――柔らかいって何だ?

 跳ね起きる。
「あ、おはよう。たかあき」
 恋しい毛布の下から、しれっとした顔で現れたのは、
「み、み、み、」
「? どうしたの、そんな顔して」
 赤茶色の長髪を無造作にかきあげて、こちらを見つめているのは、
「ミルファ!?」
 見間違えるはずもない日常の象徴が、あられもない姿で俺の隣――ベッドの上に横たわっている。
 一瞬で頭の中が沸騰した。
「ど、ど」
 どうしたの、というのは俺の台詞のはず。
 俺の台詞のはずだが、舌が上手く回らない。
 何を言うべきなのか分からない。
 ミルファは目を丸くして固まる俺を見て、おかしそうに目を細めると、
「メンテナンスが終わったから、昨夜のうちに戻ってきたんだよ?」
 そうだ。
 ミルファは少し前からうちを空けていた。
 季節の変わり目に大がかりなメンテナンスをするとかで、今回は一週間くらいかかると話していた気がする。
 ほんの少しの開放感と引きかえに、口に出したら耐えられなくなりそうな寂しさを胸に抱えた数日間。
 それが終わったから、ミルファは戻ってきたのか。
 だったら、
「……お、おかえり」
 何はともあれ、これを言わなければ始まらない。
 戸惑いを必死に抑え込んで、お決まりの台詞を口にした。
「ただいま」
 花の咲いたような笑顔を浮かべ、ミルファが応えてくれる。
 ミルファの笑みは、相手を安心させる笑みだ。
 だが、今日ばかりはそれで鼓動が落ち着くことはなく、俺の心臓は激しく暴れ続けている。
「ここ、俺の、部屋、ですよね」
「うん」
 カタコトで話す俺とは裏腹に、ミルファの返事は明快だ。
「どうして、ミルファさんは、ここに、いるんでしょうか」
「どうして敬語なの? たかあきちょっとヘン」
 ヘン?
 ヘンなのは俺ではない。
 ここは俺の部屋で、これは俺のベッドなんだから、そこに俺がいるのはヘンではない、はずだ。
「早くたかあきに会いたかったのに、帰ってきたら寝ちゃってるし……」
 だからむしろおかしいのは、こんなところにいるミルファであり、
「寝顔を見にきたら、布団から脱ぎ出てたよ?」
 上半身にワイシャツ一枚だけを羽織り、ボタンを全開にしている格好は明らかに不自然であり、
「身体が冷えてたから、あっためてあげようと思ったの」
 そんな風に上目遣いでにじり寄ってこられたらどうしようもないのであって、
「どう? あったかかった?」
 ――それだけじゃなくて柔らかかった。
「ち、ちょ、ちょっと待った!」
 茹で上がった頭を冷やす時間が必要だ。
 本能が告げるのだ。
 このまま状況に流されたら不幸な結末が待っている、と。
 ガチガチになった全身を死に物狂いで捻り、とりあえずベッドの上から逃げ出
「逃がしませ……じゃなくて、逃がさないわよ、たかあき」
「うひゃあ」
 情けない声が出たのを、どこか遠くで聞いたような気がした。
 それが自分の口から漏れたものだと理解したときにはもう遅い。
 ベッドにうつ伏せに押し倒された俺の上に、ミルファが密着したまま乗っかっている。
 背中に何だかものすごい感触が押し当てられていて、もはや正常な思考など働きそうにない。
「あの、たの、頼むから、離れて、」
「せっかく久しぶりに会えたのに、たかあき冷たい……」
 離れるどころか、ますます強い力で背中から抱きしめられる。
 それでも距離はゼロ以上に縮まらないのであって、余剰分は柔らかさに変換されて伝わるのだ。
 抗い難い布団の魔力を、そのまま人肌に置き換えたような凶悪な攻撃だった。
「が、学校、学校いかないと、」
「ふふ、今日は日曜日だよ?」
「あ、あさ、朝は早く起きて顔を洗わな、」
「あとでいいよ、そんなの」
 説得を試みるが逆効果にしかならない。
 ミルファが答えるたびに、耳元に熱っぽい吐息が当たるせいで、何がなんだか分からない。
「どうして逃げるの?」
 徐々に頭がぼうっとしてくる。
「たかあきは……イヤ?」
 嫌なのだろうか。嫌ではない。
 ――じゃあ、どうして俺は逃げようとしているんだろう。
「……もうっ」
 ミルファの身体が離れたと思ったのも束の間。
 うつ伏せだった俺は、あっという間にひっくり返されて、今度はあお向けにされてしまう。
「ね、たかあき?」
 ちょこんと首を傾げながら、ミルファが腹の上にまたがった。
 膝立ちで、ふとももで俺のわき腹を押さえて、
「……これ、たかあきのために増やしてもらったんだよ?」
 両手でワイシャツを観音開きにして、ミルファは妖艶な笑みを浮かべ、
「見て」
 見た。
 脱衣所で誤って見てしまったことはある。
 それでも、こんな至近距離で見たことは一度もなかった。
 それなのに、俺は見てしまった。
 初めて見た。
 もうワケが分からない。
「どうして、こんなこと」
 こんなことを、するのか。
 ミルファは一体どうしてしまったのか。
 何もかもが分からない中で、ゆっくりと近づいてくるミルファの唇から目をそむけることができない。
「――たかあきが、好きだからだよ」
 甘ったるいジュースを直接動脈に流し込んだような声。
 ああ、それならいいのかなあ、なんて諦めにも似たことを考えて、すべてを委ねようとしたとき、
 ずしん、と地響きがした。
 目前にあったミルファの瞳が驚きで丸くなる。
「じ、地震!?」
 一気に酔いが醒めた。
 最近はよく地震がある。それと比べてもこれは結構大きい。だが、
「……意外と早かったですね」
 俺にまたがったままのミルファは、そう呟いて顔を離すと、腕組みをしてため息を漏らす。
「み、ミルファ。揺れがおさまるまで、危ないから」
「大丈夫ですよ」
「……だ、だいじょうぶって……、ミルファ……?」
 見下ろすミルファからは、先ほどまでの妖艶さが消え失せていた。
 爽やかさすら感じさせる笑みには、しかしそこはかとない策謀の色が見える。
 というか、喋り方が、おかしい、ような。
「あれは地震ではありませんから」
「地震じゃない……?」
 ミルファの言葉を示すかのように、地響きが速やかにこちらに移動してくる――移動って何だ!?
 家の前までやってきた地響きは、間隔をおかずに玄関から入り込み、そのまま階段を駆け上がってきたかと思うと、
「姉さん……!!」
 怨嗟の篭った唸り声をあげながら、恐ろしい形相をしたイルファさんが部屋に飛び込んできた。
「――――――」
 イルファさんがドアを開けた体勢のまま固まる。
 俺と、俺の上でマウントポジションを取ったミルファを視界に収め、
「……なに、してるの?」
 発射が一秒後に迫った拳銃に指を突っ込んだ雰囲気がひしひしと伝わってくる。つまり暴発寸前。
 だというのに、
「貴明さんに迫ってました」
 ミルファがあっさりと引き金を引く。
 引いてしまう。
 ――って。
「たかあき、さん?」
 呆けた声が出た。
 ミルファはいつも俺を「貴明」と呼ぶはずで、だけどまたがっているミルファは「貴明さん」と呼んだ。
 ミルファはわざとらしく肩をすくめ、
「再起動まで、あと一時間はかかると思ったんですけどね。やっぱり来栖川の技術者様たちは優秀です」
 ますますワケの分からないことを口にする。
 再起動? 一時間? 来栖川?
 まったく理解の追いつかない俺を置き去りにして、イルファさんが歩み寄ってくる。
 一歩ずつ。
 威圧感のある足取りで。
 行き過ぎた感情というのは、そうそう表に表れないものであって、
「……一時間あったら、なにをしてたの?」
 もはや怒りを通り越した無表情のイルファさんに向かってミルファは、
「そうですね。貴明さんとの既成事実を作っていたのではないかと」
 本当に妹思いの姉ですね、とうそぶきながら笑みを浮かべた。
「ひっ、」
 イルファさんは思い切り息を吸い込むと、
「人の身体で勝手なことするな――――――――――――――――――!!!!!」
 家を揺るがす大音量の叫びをあげる。
 屋根が吹き飛んでもおかしくないくらいの、とんでもない声だった。
 感情の爆発というのは、きっとこういうことを言うのだろう。
 というか、これはひょっとして――
 閃くものがあった。
 性格が変わったかのようなミルファと、やけに威勢のいいイルファさん。
 この二人を見比べれば、答えは自ずと明らかになる。
「は、早く服を着てよ姉さん! た、貴明の前でそんなかっこ、」
 俺が内心で頷くのを知ってか知らずか、『イルファさん』は、慌てた素振りで『ミルファ』のワイシャツに手を伸ばし、
いそいそとボタンを付け始めた。
 トリックが分かってしまえばこっちのものと、見上げた先には『ミルファ』の顔がある。
 嫌な予感がした。
 視線の先の『ミルファ』は、にやりと形容するにはあまりにも優雅な笑みを見せて、
「もう隠しても手遅れだと思いますよ」
 あっさりと、最後の言葉を口にする。
 ボタンをとめていた『イルファさん』の手が止まる。『イルファさん』がギチギチと俺の方に顔を向け、
「……貴明」
 唾を呑み込む。
「……見た?」
 短く問うた『イルファさん』は、真剣な眼差しで俺を見つめている。
 真剣な問いには、真剣に答えるべきだと思った。
 だから俺は、真剣に、
「見た」
 頷いた。
 『イルファさん』は俺の答えを噛み締めるように、ふっと目を伏せ、
「貴明のえっち――――――――――――――――――!!!!!」
 一瞬の後、『ミルファ』のワイシャツから外した右手を振り下ろした。
 景気のいい音が響いて、色鮮やかな花が咲く。
 俺の左頬に咲いたのは秋の代表花。
 モミジだった。

 その後、珊瑚ちゃんからの電話で、メンテナンス中のトラブルでボディを間違えたという話を聞いて。
 絶対に研究室の誰かが面白がってわざとやったに違いないと。
 そんなことを、顔を真っ赤にしたミルファと話したりするのであるが――
 それは、また別の話である。


END