ブログよりも遠い場所

サブカルとサッカーの話題っぽい

【ゲーム】アルトネリコ3 その3

2010-02-09 | ゲーム

[アルトネリコ3 世界終焉の引鉄は少女の詩が弾く 公式HP]
http://<wbr></wbr>ar-tone<wbr></wbr>lico.jp<wbr></wbr>/at3/

 ティリアノーマル→ティリアトゥルー→ココナの順でクリア。
 これにて『アルトネリコ3』は一旦終了。DLCの配信(があるなら)待ち。

 うん。想像以上に楽しかったです。
 色々と物足りない部分もあったけど、コレは良点が欠点を覆い隠す正しいタイプの娯楽。
 正直、直前にプレイした『FF13』よりよっぽど楽しい。

 個人的に一番残念だったのは、Phase3が終了した時点で、咲とフィンネルの出番がほぼなくなってしまうところかなあ。ティリア(オリジン)が終盤に出張ってくるのはシリーズの伝統らしいですし、2のファンからすればココナが活躍するのは喜ばしいのかもしれないですけど。
 序盤からずっと、やれ延命だ、やれ星の意志だと大騒ぎしていたのに、その問題自体は至極アッサリと解決してしまい、物語の焦点が惑星再生という極限まで大きなものにシフトしたのは、少なくとも3が初『アルトネリコ』だというユーザーにとっては置いてけぼり感が否めなかった。

 ちゅうか、フィンネルスキーからすると、終盤もっと話に絡んでくれてもいいんじゃねーのと思わざるを得ないのですよ。エンディングのアニメで、誰のルートだろうと真っ先にアオトに抱きつくあたり、優遇されてる感バリバリですが。やっぱPhase4では影が薄かったよなあ。
 ぶっちゃけ、フィンネルにせよ咲にせよ、ノーマルエンドのほうが印象に残ってるのは、間違いなくこのあたりが原因だと思う。演出と曲が神がかっているというのはモチロン大きな理由なんでしょうけど、例の「運命の闘い(ガーディアン戦)」とムーシェリエルでのアルファージが流れるシーンが作中における最大の山場になっちゃってるんだよなあ。あそこはPVでも使われていたので印象深いシーンだし、エンディングがあそこのインパクトを上回れればよかったんだけどそういうわけでもなかったし。

 あと何気に思ったのが、サブキャラ(?)いいっすね。ココナはエンディングがあるのでちょっと違うかもしれませんけどスゲーイイキャラであることは疑いようもないし、アカネも最高。アカネはPTキャラとして使えたらよかったのに。
 まあでも、とりあえず全人格含めたうえでやっぱりフィンネルが最高ということで。

アオト「ここで問題です。フィンネルの好きなものは何だ?」
フィン「え、えっと、アオト!」
アオト「ブブー、不正解」
フィン「ええーっ?」
ココナ「……スゴイことを言ってる気がするなあ」

 このやり取り最高です。調合のときもそうですけど、ココナの冷めたツッコミがイイ。

 さあさあさあ! さっさとDLC出してよ! 買うからさ!



 余談。
 友人に「2が最高に面白いよ。クローシェ様とココナ最高」と勧められて、何を思ったのかニコニコでルカのCSを見た僕は……僕は……。

 黒小清水最高じゃないか(*゜∀゜)=3


【雑記】SSトーク18

2010-02-09 | 雑記

 というわけで、これにて過去の『TH2』SSは全て再アップ完了。

 いやー、本当に多かった。
 さすが数年かけて書いただけあって、再アップに数ヶ月もかかってしまった。
 再読してくださった方はお疲れ様でした。
 コレでFSMという『TH2』SS作家の貯金は全て吐き出しました。
 長々とお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

 それはともかく、どうしてコレを最後に持ってきたのかといえば、それはもう偶々としか言いようがないんだけども、今にして思えばこのSSは長編を除いた中で一番気に入ってました。好みを別にして振り返ると、チャプター2、3あたりは蛇足感が強くて息切れしているし、もっと短くまとめたほうがよかったなあと思うんですが、それを凌駕するエネルギーをつぎ込めたとも思うわけで。
 SSって10k~20kくらいで一本まとめるのがポピュラーだと思うんですが、やっぱコレだと単純に分量が足りないというか、どうしても一発ネタになってしまう。10kやそこらじゃ、なかなか「ひとつのお話」としてまとまりのあるものを書くのは難しい。かといって、長編は吐き出すのにトンデモナイ労力がかかる。そこでちょうどいいのが、いわゆる中編というもので、この「愛と羞恥とオムライス」なんかはまさにそれなわけです。 
 なんていうか、これくらいの長さの話が、僕にとっては一番考えるのが楽しいし、書くのも楽しいし、労力に見合った対価を得られると思うんです。あと、昔から「胸の小さい子がコンプレックスを前面に出す」というネタは大好きなんです。
 だから僕は、このSSが短編の中では一番好きですよという話。

 いやあ、ホントはSSをパクったとかパクられたって件について書こうと思ったんですが、書いてる途中でアホらしくなったのでやめました。二次創作というステージで結局一度も「創作活動」をしなかった彼は、ホントに今後創作活動で身を立てられるんだろうか。
 それこそどうでもいい話だけど。


【SS】愛と羞恥とオムライス・Epilogue

2010-02-09 | インポート

Epilogue


 リビングのテーブルに、音もなく湯飲みが置かれる。
「どうぞ」
「ありがと」
 貴明は短く礼を言って、湯飲みを手に取った。湯飲みの表面では、薄緑色の液体が波打っている。香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。玄米茶は好きだ。麦茶や番茶も悪くないが、今はちょうど玄米茶を飲みたい気分だった。
「すみません、結局こうなってしまって」
 貴明が茶をすすり、湯飲みをテーブルに戻したタイミングで、イルファが申し訳なさそうに眉根を下げる。イルファが本心からそう思っているのはよく分かった。それが分かる程度には、貴明とイルファたちの絆は深い。
「いや、これでよかったんだと思うよ」
 貴明は、もう一度湯飲みを手に取り、鼻から細く息を吐き出す。
「やっぱりみんな一緒の方がシルファも安心するだろうし、それに」
 貴明が窓の方に顔を向け、イルファもそれに倣った。
 視線を移した先には、実に嬉しそうな顔で洗濯物を折りたたむミルファの姿がある。窓からは夕日が斜めに差し込んでいて、赤い光に照らされたミルファの髪は、よりいっそう鮮やかに艶めいていた。
「ミルファちゃんは、本当に貴明さんのことがすきすきすきすきーですからね」
 四つかよ、と貴明は内心で突っ込みを入れ、
「……ミルファのやつ、かなり暴れたんじゃないの?」
 ベッドルームに閉じ込められたはずのミルファは、数時間に及ぶ奮闘の末に逃亡し、彼女独自の「貴明レーダー」により貴明の居場所を察知してスーパーに駆けつけた――ということらしい。珊瑚や瑠璃、それにイルファもミルファを追いかけてきたので、そのまま六人揃って河野家に戻ってきたのだ。
 それはともかく、自他共に認める乱暴者のミルファが奮闘して、何も被害が出なかったとは思えない。
「その点はご心配に及びません。ミルファちゃんは、分別のある乱暴者ですから。せいぜいベッドルームのドアが半壊して、玄関のドアノブがひしゃげたくらいのものでしたよ。人的被害は、ほぼゼロです」
 イルファは、そこで言葉を切って、
「――いつもいつも、妹がご迷惑をおかけします」
 何とも微妙な表情で、貴明に頭を下げた。
 イルファが微妙な表情をしているのは、申し訳ないと思いつつも笑いがこみ上げてくるからであり、頭を下げられた貴明もやはり微妙な表情を浮かべていたが、その左側の頬は、ぱっと見て分かるくらいに赤く腫れている。つまりはこれが唯一の人的被害であり、貴明の弁明が届かなかった証明であり、ミルファにつねられたのであった。
 それにしても、ドアを半壊させて分別があるというのも信じられない話だ。分別という言葉を考え出した人が聞いたら、やけ酒をかっくらった挙げ句に酷い二日酔いになって、半日くらい寝込んでしまうかもしれない。
「……まあ、それはいいんだけどさ」
 貴明は、ちびちびと玄米茶をすすり、
「イルファさんの目的は、達成できたわけ?」
「私の目的、ですか?」
「わざわざ俺とシルファを二人きりにしたのは、何か企んでたんじゃないの? まあ、結局こうしてみんなと一緒に過ごすことになったわけだけど、これもイルファさんの思惑のうちなのかなって」
「ああ、なるほど」
 イルファは、ぽん、と両手を胸の前で合わせる。
「私、別に何も企んでませんよ? 貴明さんって、そんな目で私を見ているんですか? ちょっとショックです」
 イルファは、軽く唇を突き出し、拗ねたフリをするが、
「……瑠璃ちゃんはホントに大変だよね」
「ど、どういうことですか、貴明さんっ」
 貴明は無視して、しみじみと感想を漏らし、キッチンの方に視線を逃がす。
 キッチンの入り口では、瑠璃が忙しなく歩き回っていて、事あるごとにキッチンの中を覗いていた。心配で仕方がないのか、シルファが料理を始めてから、ずっとああしている。
 イルファが憮然とした口調で、
「誤解のないように言っておきますけど、本当にシルファちゃんをどうこうしようなんていう気はなかったですよ。引っ込み思案を治すきっかけが欲しかったというのは、私の本心です」
 それは確かにそうかもな、と貴明は思う。
 何事においても初めては存在するし、今回、シルファはその初めてで失敗してしまった。初めてを失敗したから、次も失敗するかもしれない。そう考えた時点で萎縮してしまい、どんどん失敗を積み重ねてしまうのは珍しいことではない。トラウマは、そういう積み重ねの結果生まれるのだ。手を打つのは、できるだけ早い方がいいに決まっている。
 が、
「じゃあ、シルファに頼んだ買い物は、どう説明するのさ」
 例の極薄タイプのパッケージは、いやがらせのようにベッドの枕元に鎮座しているはずだ。あのタイミングであの買い物をするのに、果たしてどんな理由があったというのか。
 イルファは、人差し指を口元に当て、ちょこんと首を傾げて、
「――恥ずかしがってるシルファちゃんって、ものすごく可愛らしいと思いませんか?」
 一目で恋に落ちそうな仕草だったが、言っていることはえげつなかった。
「朝にも言いましたけど、シルファちゃんって貴明さんと珊瑚様にはいいところを見せようとするじゃないですか。それゆえに失敗してしまって、申し訳なさと羞恥に身を震わせるシルファちゃんは、健気でいじらしくて、もう姉として見逃せないところなんですよ」
 こんなことを話しながら、くねくねと身をくねらせるイルファは、間違いなく変態だと貴明は思う。今日のシルファの行動を思い返して、イルファの言うこともまんざらじゃないなあと感じる自分も、片足を突っ込んでいると思う。
「それにですね、貴明さんも少し油断しすぎです。差し出がましいですけど、ああいうところに気を配るのは一般的に男性の責任と申しますし、」
「それはなんていうかごめんなさい配慮が足りなくてすみません」
 平謝りをする貴明は、弱すぎだった。
「……なんで謝るん? ウチ、貴明やったらかまわんのにぃ。貴明のあかち」
「うん、珊瑚ちゃんの気持ちはホントに嬉しいから、ちょっと今は勘弁して」
 いつから聞いていたのか、いきなりソファの後ろから抱きついてきた珊瑚に、貴明は涙声で懇願する。イルファに言われるまでもなく、自分に反省すべき点があるのは分かっていたから、珊瑚がフォローしてくれるのはありがたいというよりも嬉しい。
 それでも今はまずいのだ。
 窓の傍では、洗い立てのトランクスを握り締めたミルファが、貴明たちのやり取りに耳をそばだてているのだ。
 トランクスを引きちぎられるのも嫌だし、自分自身が引きちぎられるのはもっと嫌だった。
 キッチンから包丁の音が聞こえる。
 河野家の夜が始まろうとしている。

*****

 河野家のリビングには、何とも形容しがたい空気が充満していた。
 貴明は、中央に鎮座したテーブルの上座、いわゆるお誕生日席に陣取ってスプーンを構えている。貴明から見て右に座るミルファは、はらはらした様子で貴明の一挙手一投足に注目していた。貴明の左隣には瑠璃がいて、やはり僅かな緊張がその表情から伝わってくる。
 対照的に、ミルファの横に控えたイルファは、普段と変わらずリラックスしていた。瑠璃と並んだ珊瑚も、にこにこと春の太陽のような微笑みを浮かべ、楽しげに貴明を見つめている。この奇妙な温度差は大気の対流を促し、リビングに奇妙な空気が生まれているのである。
 そしてシルファは、渦巻く空気の中心にいた。
 刑の宣告を待つ被告人の面持ちで、貴明の正面に立っている。
 ベストを尽くしたなどと、おこがましいことは考えていない。
 が、自分の持っている力は、すべて出し切れたと思う。
 リビングのテーブルは食卓に変わっていて、貴明、瑠璃、珊瑚の目の前には、それぞれ白い皿と、大、中、小のオムライスが置かれていた。ニンニクとケチャップで味付けした炒め飯を、たっぷりのバターで焼き上げた卵生地で包み込んである。自分の味覚センサーが狂っていなければ、何の問題もなく成功しているはずだ。
 それでも、やはりという思いはある。
 気付かないところで失敗して、無惨を晒してしまうかもしれない。
 不安はなくならない。
「――では、やはり最初は、貴明さんがお召し上がりください」
 何ということのない声音で、イルファが口火を切った。
 貴明は頷き、オムライスを見て、シルファを見る。
 優しい眼差しだった。
 大丈夫だよ、と言ってくれた気がした。
「じゃあ、いただきます」
 軽く手を合わせてから、貴明はスプーンを動かす。
 一口分だけオムライスをすくい、迷いのない手つきで口に運んだ。
 もぐもぐと口が動き、
 ごくりと喉が動き、
「うん」
 貴明は大きく頷き、
「うまいよ」
 シルファに笑顔を向けて、自信満々に宣言する。
「――あ」
 驚きを通り越した無表情で、シルファが吐息を漏らす。現実味の伴わない言葉に理解が追いつかない。
「やったじゃない」
 ミルファが、びしり、と親指を立て、
「ようやったで、シルファ」
 瑠璃が自らもオムライスを味見して、
「ホンマに美味しいやんか。ようできとる」
 姫百合家の味覚中枢が太鼓判を押した。
「頑張りましたね」
 イルファは誇らしげに微笑んでいて、
「偉かったで、しっちゃん」
「お、おかーさん……」
 いつの間にか立ち上がった珊瑚が、満面の笑顔でシルファを抱きしめて頬ずりをする。
「今日はホンマに頑張ったなぁ」
 背中に回されていた手が後頭部に触れ、珊瑚は赤ん坊をあやすように、ぽんぽんとシルファの頭を撫でた。少しだけくすぐったかったが、すごく気持ちよかった。
 それでようやく、シルファの肩から力が抜ける。
 心にぶら下がっていた碇が、ゆっくり引き上げられていく。
 喜びよりも安堵が深く、充実感よりも達成感が大きい。
 よかった。
 失敗しないで、本当によかった。
「シルファちゃんは元々、お掃除やお洗濯、お料理といった家事全般が得意ですからね。単純に仕上げの丁寧さで比べると、私やミルファちゃんよりも上手なんじゃないでしょうか」
「そ、そんなことないよ。わたしよりも、お姉ちゃんたちの方がずっと」
 シルファは珊瑚の腕の中から、もぞもぞと否定するが、
「せやな。シルファは飲み込みも早いし、教え甲斐があるわ」
 瑠璃が噛み締めるような表情で、イルファの言葉を肯定する。
「瑠璃様……」
 誉められるのは照れくさいが嬉しい。嬉しいが、もう昼間のように浮かれすぎたりはしない。
 今日一日で少しは成長できたのだろうか、と思う。
 今日一日で少しは成長できていればいいな、とも思う。
「しっちゃん、お疲れさま」
「……はい」
 珊瑚の体温を感じながら、シルファははにかんだ笑みを浮かべる。大変で大切な一日を思い返して、そっと目を閉じて珊瑚に身を委ねた。
「――しかし、ホントにうまいなあ、これ。今まで食べた中で一番うまいかも」
「むっ」
 がつがつとオムライスをかっこむ貴明に、ミルファがじっとりした視線を送る。
 ミルファはジグソーパズルのような微笑みを顔に張り付かせて、
「そ、そういえばさ、貴明?」
「ん?」
「前に、あたしもオムライス作ったよね? 覚えてる?」
「え、そうだっけ?」
 ひくっとミルファの口元が引きつる。
「つ、作ったじゃない。チキンライスに半熟卵を乗せた、ふんわりオムライス」
 ミルファは、さりげなく腰を横に滑らせ、首を捻る貴明を下から覗き込む。
 どうやら、貴明の言った「今まで食べた中で一番うまかった」の「一番」の部分が引っかかっているらしい。シルファの家事の腕前はミルファも認めているし、頑張りを労いたいとも思っているが、人に譲れない領域があるようにメイドロボにも譲れない領域があるのだ。ミルファにとってのそれが貴明に関すること全般だというのは、もはや改めて言うまでもない。
 ミルファは必死の形相で貴明に詰め寄る。
「ほ、ほら、春休み中に、貴明がお腹空いたから夜食が食べたいって言ったことがあったでしょ?」
「……んー、んー」
 もごもごと口を動かしながら貴明が頷くと、ミルファの顔に明かりがともる。
「思い出してくれたっ?」
「そんなこともあったなあ」
「うんうんっ」
 ミルファは期待に瞳をきらきらと輝かせて、
「確かにあれはうまかったな」
「でしょでしょ?」
 天国への階段をスキップで上ろうとして、
「――でも、あれって失敗したんじゃなかったのか?」
「え」
 一気に絶望の淵に突き落とされた。
「あ、あたし、失敗なんかしてないよ!」
「でもさ」
 貴明は半分ほどになったオムライスをスプーンで指して、
「オムライスってこういうのだろ? ミルファが作ったのって、卵で包むの失敗してあんな風になってたんじゃ」
「ちが―――――――――――――――――――――――――――――――う!!」
 ミルファは、赤い髪を振り乱しながら、凄まじい剣幕で立ち上がり、
「違うの! あれはああいう料理なの! ああいうオムライスなの! 普通に作るよりも難しいんだから!」
 拳を振り上げて主張するが、
「そ、そうなのか? でも、俺はこういう普通のオムライスの方が好き……かも」
 現実は意外と厳しかった。
「ミルファちゃん……」
 がっくりと肩を落としたミルファに、イルファは慈愛に満ちた声で、
「――貴明さんはシルファちゃんを選んだ、ということですよ」
 あっさりとナイフを突き刺した。
 ミルファの息の根が止まる。ミルファはイルファの言葉を受け、小さく身を震わせたが、それきりぴくりとも動かなくなる。俯いた顔は赤い髪が覆い隠していて、表情をうかがい知ることはできない。
「ミ、ミルファ?」
 貴明がおそるおそる声をかける。
 ミルファが顔を上げた。
 恐ろしいまでに平然とした表情だった。
「……ふふふ、そっか。貴明はこっちの方が好きなんだ? ねえ、貴明、ケチャップをかけると、もっと美味しいよ? ほら、あたしがかけてあげる」
 言いつつ、ミルファは貴明のオムライスの上でケチャップのチューブを逆さまにした。
 ミルファの手が複雑に動き、やがて止まる。
 黄色いカンバスに、赤い文字が描かれていた。
 こう読める。

 浮気は死刑。

 貴明は、腹より先に胸がいっぱいになったと言わんばかりに低く呻いた。
 瑠璃とイルファが顔を見合わせ、瑠璃は呆れ気味に、イルファはどこか楽しそうに肩をすくめる。珊瑚は相変わらず微笑んでいて、シルファは珊瑚の温もりに包まれながら、貴明とミルファは本当に仲がいいなあ、と思っていた。
 仲良きことは美しきこと哉。
 明日も幸せな一日でありますように。

 それから一ヶ月、ミルファが食事当番のときは、これでもかというくらいスタンダードなオムライスが食卓に並んだ。
 貴明の前に置かれるオムライスには、いつもケチャップでハートマークが書かれていた。


END


【SS】愛と羞恥とオムライス・Chapter3

2010-02-09 | インポート

Chapter3


 メイドロボも夢を見る。
 シルファの目の前で、ランジェリー姿のイルファとミルファが、身体の中で一番柔らかい場所を貴明に押しつけている。手のひらサイズのイルファの膨らみと、イルファよりも3cm大きなミルファの膨らみが、貴明を両側から挟み込んでいる。
 それを見ていた瑠璃は何事か呟いて不満をあらわにするが、傍らに寄り添っていた珊瑚の手によって、あっという間に洋服を脱がされた。当の珊瑚本人もとっくに下着一枚になっていて、貴明はベッドの上で四人に迫られ、困りながらも嬉しそうにしていた。
 シルファは、その様子を少し離れたところから眺めている。
 あんなの絶対に自分にはできない。
 だって恥ずかしいし、はしたないし、ちょっとだけサイズが足りない。本当にちょっとだけ。
 それでも仲間外れは寂しくて、ああいうのも興味がないわけではなくて、自分がどうしたいのか自分でも分からなくて頭を抱えていたら、こちらを振り返った珊瑚が笑顔でこう言った。
「しっちゃんもおいで~」
 シルファの肩が、ぴくりと震える。
 わざわざ呼ぶからには、自分にも同じ格好になれということなのだろう。
 下着一枚になって、貴明にくっつけということなのだろう。
 恥ずかしい。
 でも。
 おかーさんが言うなら。
 おかーさんが言うから。
 おとーさんなら、いい。
 シルファはもじもじした手つきで、どきどきしながらメイド服に手をかけて、ためらいがちにボタンを外して、チャックを下ろした。軽い衣擦れの音を残して、メイド服が地面に落ちた。どこかおかしなところはないだろうか、とシルファは自分の身体を見下ろして、
 下着姿どころか、全裸になっていることに気付いた。

 システム再起動。
 エラーチェック。
 オールグリーン。
 再起動を確認済。

「――ん、」
 意識と視界が同時に回復した。
 天井が見える。見覚えのない天井のようであり、見慣れた天井のようでもあった。身体の沈み込み具合で、自分がソファに横になっていると判断する。そういえば、河野家のリビングにいたような気がする。カーテンを透かして白い陽光が差し込んでいるから、少なくともそれほど遅い時間ではないはずだ。
 頭がぼんやりしている。霞がかかったように、記憶が曖昧になっている。もう一度エラーチェックをした方がいいかもしれない。ついでに記憶領域もフルチェックして、念には念を入れておこう。
 半日の行動を振り返る。
 料理に失敗して落ち込んで、イルファの提案で貴明のうちにやってきて、洗濯に失敗してずぶ濡れになって、掃除の最中に階段を上ってノーパ
 思い出した。
 跳ね起きる。
「あ、目が覚めた?」
「ひゃわ!?」
 息を吸い込みながらの悲鳴が漏れる。
 まるで計ったかのようなタイミングで、キッチンから貴明が姿を現した。
 貴明はソファの傍まで歩いてくると、シルファの前でかがみ込んで、何かを拾い上げる。
「……あ」
 丁寧に折りたたまれた濡れタオルだった。
 おずおずと額に触れてみたら、ほんの少しだけ湿っている。
 その濡れタオルは、シルファの額に乗せられていたのだ。
「……あの、わたしは」
「うん。オーバーヒートして気を失っちゃったんだよ。珊瑚ちゃんに電話したら、楽な格好で休ませてあげてって言われたから」
「……あ、……う、も、申し訳ありませんでした……」
「もう平気?」
「……は、はい」
 俯いたまま返事をする。
 セルフチェックをした限りでは、システムに異常は見当たらない。基本的にメイドロボは耐久性に優れていて、各部のメンテナンスも比較的容易にできる。本格的なメンテナンスは専門家に依頼する必要があるが、それもせいぜい数ヶ月に一度くらいで構わない。些細なトラブルで故障していたら手間がかかるし、そのたびにメーカーに配送していたら市場に並べられる商品になり得ないからだ。風呂場のタイルに頭をぶつけたり、一回や二回システムがハングアップした程度なら何の問題もない。
「……うう」
 が、シルファはシステム的な不具合とはまったく関係のないところで、いわばD.I.A.特有の不調に悩まされていた。
 顔を上げることができない。
 貴明の顔が見られない。
 ありていに言えば、恥ずかしいのである。
 見られてしまった。
 あんなに明るいところで、全部見られてしまった。
 きっとはしたない子だと思われた。
 穴があったら入りたい。
 なんでえカマトトぶりやがって、夜は姉ちゃんたちや双子と一緒によろしくやってるじゃねえか――などと正論を振りかざしてはいけない。そんなことを言おうものなら、シルファは穴に入るどころか、核弾頭にも耐えうる地下シェルターに閉じこもって、地上が戦火によって丸裸になるまで表に出てこないだろう。
 とにかく、それとこれとは話が別なのだ。見られるはずのない場所で、見られるはずのない場所を見られたというのが重要なのであり、乙女心というのは不可解であって当然なのである。
 シルファは黙っていた。
 何を話せばいいのか分からなかったし、今は何を話しても不自然になってしまうと思う。
 いつも通りに何気なく振る舞えば、ここ数時間の出来事をなかったことにできるかもしれないが、そんな器用な真似はシルファにはできない。
 貴明も黙ったままだった。
 ひょっとして、顔も向けようともしない自分に呆れているのかもしれない。いくら貴明が優しいといっても限度はあるだろうし、さすがに愛想を尽かしてしまったのかもしれない。
 焦りと羞恥がピークを過ぎると、今度は悲しくなってくる。
 貴明に嫌われた状態で生活する自分を想像できない。嫌われたくない。自分はダメな子だから好かれないのは仕方ないが、せめて嫌われたくはない。
「――それじゃあ、そろそろ行こうか」
 だから、貴明の言葉を聞いたとき、シルファは頭が真っ白になった。
 半日貴明の世話をして及第点をもらえなかった自分は、姫百合家のマンションに連れ戻されるに違いないと思った。
「……ど、どこに、行かれるん、ですか?」
 シルファは、聞き間違えであって欲しいと願いながら、すがるような気持ちで声を絞り出す。本当に神が全知全能であるならば、人だけではなくてメイドロボも救って欲しいと思う。
「んー、やっぱり商店街まで出た方がいいのかな?」
「……え?」
 顔を上げる。
 見上げた貴明は、濡れタオルを両手で弄びつつ、
「休日のこの時間だから混んでるだろうけど、あそこならなんでも揃うだろうし」
 シルファの決定に従うからシルファはどうしたいのか言ってみて、と目で問いかけてくる。
 どういうことだろう。
 自分は連れ戻されるのではないのだろうか。
 ダメ出しされたのではないのだろうか。
「シルファ?」
 貴明は、惚けた顔のシルファを見て首を傾げると、
「買い物に行くんだよね? 掃除は明日でもいいから、そろそろ材料を買いに行こう。あんまり遅くなると日が暮れちゃうからさ」
 タオルを持っていない方の手を、微笑みと共に差し出す。シルファが暗いところが苦手と知っている貴明は、暗くなる前に買い物に行こうと言っているのだ。
「あ――」
 シルファは、瞳にようやく理解を宿し、
「――は、はいっ」
 そっと貴明の手を握り返し、ソファから立ち上がった。
 貴明は満足げに頷き、シルファに正面から向き合って、
「――それはそうと、外に出かけるときは、ちゃんと着替えて行こうね?」
「……はい?」
 頭に疑問符を浮かべるシルファから、さりげなく視線を脇にそらして、
「たぶん、もう乾いてると思うし」
 さりげない口調で、さりげなく指摘した。
「…………………………あ」
 シルファは、ゆっくりと、ゆっくりと下を向いて、
「……………………………………………………はい」
 蚊の鳴くような声で返事をして、
「…………………………すぐに、着替えて、きます」
 潰された蚊のような悲壮感を背負いながら、庭に足を向けた。
 シルファの格好は先ほどのままであり、ワイシャツ一枚の姿であり、ノーパンのままだった。

*****

 商店街のスーパーは、思った通り混雑していた。
 客の大半は主婦だが、日曜日ということもあって家族連れが多い。かごを持たずに雑誌コーナーをうろついているのは、間違いなく休暇中のお父様方だったし、母親が押すカートの中に、こっそり菓子を放り込む子供も見受けられる。二人で一つのかごを抱える学生カップルらしき連中は、もう少しくらいは周囲の視線を気にした方がいいと思うが、目に余るほどでなければ微笑ましいとも思う。
 貴明は、ぶら下げた買い物かごを見て、中にある六個入り120円の卵と低温殺菌低脂肪分の牛乳を見て、その後ろを歩くシルファの顔を見た。
「どうなさいました?」
 貴明の視線を感じたシルファが、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「いや、なんでもないよ」
「? は、はい」
 シルファは大して疑問を抱かなかったのか、返事をして大人しく貴明の後についてくる。貴明も正面に向き直り、一度かごを持ち直してから、生鮮食品と精肉売り場の前を歩き続ける。
 ふと思ったのだ。
 自分とシルファは、周りからどんな風に見えているのだろう。
 恋人同士はありえないし、友達同士というのも変だし、ひょっとして、もしかすると、中には親子連れと勘違いする人もいるかもしれない。シルファは愛娘オーラ的なものを出している気がするし、そこらのメイドロボとは比べものにならないくらい可愛らしいし、わがままだって言わないし、健気でよく気が利くし、
「……貴明様、あの、ご飯よりもパンの方がよろしかったですか?」
 我に返る。
 気付けば貴明はパン売り場の前で立ち止まり、食パンとあんぱんに微笑みかける不審人物になっていた。
「い、いや、そんなことないよ。オムライスだったよね、オムライスが食べたい、オムライスにしよう」
「は、はい」
 何を馬鹿なことを考えているんだ、と内心で自嘲する。
 親バカにもほどがある。
 確かにシルファは貴明のことを「おとーさん」と呼ぶ。最初に呼ばれたときはかなり驚いたし、戸惑いもした。どうやら自然に口をついてしまったようで、シルファの顔は真っ赤だったが、しどろもどろになりながらもちゃんと理由を教えてくれた。断片的だった説明を要約すると「珊瑚様がおかーさんで、貴明様は珊瑚様の大切な方なので、貴明様はおとーさんです」となる。
 もっとも、シルファが貴明を「おとーさん」と呼ぶのは感情が昂ぶったときだけで、普段は「貴明様」と呼んでいる。シルファなりのけじめらしいので、それについてあれこれ言うつもりはない。それでも、「他人行儀で寂しいなあ」と「人前で呼ばれるのは困るなあ」の間で揺れ動くいけない気持ちを、イルファだったら理解してくれるんじゃないかな、と貴明は思う。
 つまりそういうことだ。
 どこから見ても冴えないガキんちょの自分を、間違っても一児の父だと思うやつがいるはずがない。シルファとこうして歩いていても、せいぜいどこかの金持ちの息子が、メイドロボを侍らせて買い物をする物好きな趣味を持っている、なんて思われるのが関の山に決まっている。
 頑張らなければ、と思った。
 自分のためというのはもちろん、こんな自分を好いてくれる人たちのために頑張ろう。シルファに「おとーさん」と呼ばれても恥ずかしくないように、「おとーさん」にふさわしくなれるように頑張ろう。
「すみません、貴明様」
 人知れず決意する貴明を、シルファが呼び止める。
「どうしたの?」
「えっと、一つ頼まれものがあったのを思い出しました」
「頼まれもの?」
 シルファは頷き、
「イルファお姉ちゃんが、あとで買い物に行くことがあれば買っておいて欲しいと言っていたんです」
「ふうん」
 何を買うの、と貴明が訊ねるより早く、
「少しお待ちください」
 シルファは、ついっと順路を外れ、頭より高く積み上げられたトイレットペーパーと箱ティッシュの間に姿を消した。ちなみに順路というのは、入り口から入って反時計回りに進むことで、それが何となく貴明の習慣になっているというだけの話である。
 小さな背中を追いかけていくと、トイレットペーパーの影に隠れた棚には、洗面用具がぎっしりと敷き詰められていた。シルファは、タワシやらスポンジやら歯磨き粉やらが並んだ棚を、上段から下段までくまなく探している。胸の前で手を組むのは、シルファが集中しているときの癖なのか、ともすれば陳列棚に祈りを捧げているようにも見えた。
「あ、あの、貴明様……」
 シルファは、遠慮がちに貴明の方に顔を向けて、
「申し訳ありません……教えて頂きたいことがあるんですけど……」
「ん? なに?」
 無垢な瞳に、無垢な光を宿し、無垢な口調で、

「――明るい家族計画ってなんでしょう?」

 世界が震撼した。
 シルファの背後にいた二十代らしき男性は、驚愕のあまり持っていた20kg米袋を取り落とし、左足に全治一週間の打撲を負った。貴明の横を通り過ぎようとしていた十代前半の女の子は、シルファの言葉を聞いた瞬間に動きを止め、回れ右をして錆びたロボットのような動きで立ち去った。隣で同じ棚を物色していた年若い夫婦だけが生暖かい笑みを浮かべ、ぽかんと口を開けた貴明に意味深な頷きを送ってから、「ほら、お嬢ちゃん、これが明るい家族計画だよ」と言って、長方形の箱をシルファに差し出した。
「……えっ、あっ、その、ありがとうございま――」
 シルファが受け取った箱には、「極薄タイプ」という禍々しい文字が躍っている。
 シルファは箱を受け取った格好で固まっている。
 気付いたのだと思う。
 シルファは愛想笑いを顔に張り付かせたまま、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと貴明の方を向いた。
「――たっ、たかっ、あっ、さまっ、こ、これっ、これっ、これってっ」
「うん、シルファ、落ち着いて? 大丈夫だから。ね? 怖くないから。ほら、見たことあるでしょ?」
 自分も混乱しているのが分かる。頭の隅にいる妙に冷静なもう一人の自分が「何言ってるんだこいつは」と鼻を鳴らして、肩で笑っている。
 貴明は、シルファの顔が白から赤に変わり、青くなり、もう一度真っ白になる様子を見ていた。
 スローモーションのように、小柄な身体が真横に倒れていく。
 金色のおさげが、金色の軌跡を描いて、小柄な身体に引き寄せられていく。
 躊躇せず、買い物かごを放り出して、シルファを受け止めた。
 ギリギリだったが、間に合った。
 よかった。
 シルファの身体は買い物かごよりも重く、買い物かごよりも柔らかかった。両手で抱えてみると、改めて小さくて華奢なことが分かる。シルファは、律儀にも明るい家族計画の箱を握り締めたまま気を失っていた。
 さてどうしたものか、と貴明がうなだれていると、
「――貴明?」
 周囲の喧噪を突き抜けて、空耳が聞こえた。
 冷え冷えとした空耳だった。
 息を呑む。
 嘘だ。
 そんなはずがない。
 こんなところで、こんな空耳が聞こえるはずがない。
「――なにしてるの?」
 空耳は怒りで震えている。
 かがみ込んだ格好の貴明は、面白いくらいに膝が笑っていた。
 本能が感じる恐怖に、ヒトは抗うことができない。
 貴明は、からからになった喉を潤すために、必死でつばを飲み込み、
「一応言っておくけど――」
 無駄だと知りつつも、最後の抵抗を試みる。
「――全部誤解だぞ」
 振り向いた貴明の視線の先では、トイレットペーパーの山を背負って、檻から逃げ出した野生のクマが、息を荒げながら仁王立ちをしている。
 そのクマは、赤毛で、青い瞳で、シルファと同じメイド服を着ていた。


to be continued


【SS】愛と羞恥とオムライス・Chapter2

2010-02-09 | インポート

Chapter2


 タンスから引っ張り出してきたワイシャツは、うっすらと防虫剤の匂いがする。
 週が明ければ衣替えが近い。間もなく訪れる六月は、祝日ゼロの忌むべき月であり、梅雨入りの月であり、衣替えの月だった。
 蒸し暑さが倍加する時期に衣替えをするのは、無力な人間による精一杯の抵抗だと貴明は思う。黒ずくめの詰め襟にしばしの別れを告げて、真っ白な開襟シャツに身を包んで暮らすことになるのだ。
 ソファの上でビニール袋を破きながら、貴明は窓の外に視線を移す。
 リビングの窓は庭に繋がっていて、庭には緑色の物干し竿が備え付けてある。物干し竿の下では、身体を窓の方に向けてシルファが働いていた。脇に置いたかごから一枚ずつ洗濯物を取り出し、しわを伸ばしながら丁寧に干していく。
 単調な作業を、貴明はずっと見続けている。
 しっかり見ていてくださいね、と頼まれたので、しっかり見ていた。
 なかなか堂に入った手つきだと思う。洗濯は姫百合家でもやっているし、当たり前と言えば当たり前なのだが、シルファが家事をするところを見るのは初めてだから、すごく感心してしまった。シルファの姿を妙に誇らしく感じるのは、自分の娘を自慢したくてしょうがない父親の心境に似ている。
 こんなことなら、もっと早く見せてもらうんだった。
 よくよく考えれば、確かにシルファは貴明の目を避けるように家事をしていた。単純に見られるのが恥ずかしいという気持ちと、見られていると失敗するかもしれないという不安があったのだろう。後者は黒こげの卵焼きという形で実現してしまったが、河野家にやってきてからのシルファは何か吹っ切れたのか、まったく危なげなく家事をこなしている。もちろん貴明の目の前で。
 少し前に洗濯機をフル稼働させつつ水まわりの掃除を始めたシルファは、あっという間にトイレとキッチンを新品同然に磨き上げた。貴明にとっては「掃除=洗剤をぶちまけてタワシでこすること」だから、惚れ惚れするような手際に感心した。そして、さあ次は風呂掃除だというところで脱水終了のアラームが鳴り、ひとまず掃除を中断したシルファは、見ての通り洗濯物を干していて、
「ん?」
 ふと気付けば、シルファが家の中に目を向けている。
 期待半分、不安半分の瞳は、貴明が自分の仕事ぶりを見ているかどうか確かめるためのもので、これではどちらが観察されているのか分からない。
「ちゃんと見てるよー」
 口の中で呟いて、合図にひらひらと手を振ってみせると、シルファの表情が花が咲くようにぱーっとほころぶ。手の動きが三割増しで速度を上げて、みるみるうちに洗濯かごの中身が減っていった。
「ホントに子犬みたいだよなあ」
 シルファが家事をしている間、手持ちぶさただからと始めた夏物の整理は、遅々として進んでいない。シルファを眺めていると時間を忘れるというのは、我ながらギリギリだと思う。
 貴明は満ち足りた気分に頬を緩ませながら、手元のワイシャツに視線を落とした。
 襟元にクリーニング屋のタグがついている。
 これをつけたまま学校に着ていったらみっともない。
 タグを外して、一呼吸をおいて、視線を元に戻して、

 シルファが消えていた。

 シルファだったものが得体の知れない白いものに変わっている。文化祭のお化け屋敷とか、臨海学校の肝試しとかに出てくるあれだ。シーツをかぶった即興の幽霊が物干し竿の手前で、もぞもぞとうごめいている。幽霊は真っ昼間なのに活発に波打っていた。
 シーツの上端からシルファの頭が現れる。
 目が合った。
 視線が泳いでいる。シルファの表情は、「どうしよう」と「だいじょうぶですから」を行ったり来たりして落ち着かない。貴明がどんな顔をしようか考えている間にも、シルファはシーツの端を掴んで、どうにか竿に引っかけようとしている。
 が、どう贔屓目に見ても、シルファ一人の力で解決するのは難しそうだった。
 シーツは半分に折ってもシルファの身長以上の丈があるので、上手く扱わないと裾が地面についてしまう。そんなことになったら、わざわざ洗濯した意味がない。
 それはシルファもよく分かっているのだ。だから必死で背伸びをして、目一杯に両手を開いて、ぷるぷる震えるくらいに頑張っているのだが、身体のサイズと照らし合わせ、物理的に不可能な作業というのは存在する。シーツを干すのが不可能な作業とは思えないし、慣れとコツでどうとでもなるものなのだが、慣れてもいなければコツを掴んでもいないシルファには、少なくとも現段階では対処できない問題に違いない。
 貴明はソファから立ち上がり、窓を開けて、
「う~っ、う~っ」
 ついに身動きが取れなくなって、うなり声をあげ始めたシルファの傍に歩み寄り、
「平気?」
 ひょいとシーツをつまみ上げ、物干し竿の空いている場所に引っかける。
 幽霊が蘇った。
 蘇ったシルファは呆然としていたが、はっと我に返ると、
「……あっ、た、貴明様……、申し訳ありませんっ!」
 弾かれたように一歩だけ後ろに飛び退り、泣き出しそうな顔をして頭を下げる。
「これはしょうがないよ」
 貴明は、できるだけ気楽な口調を心がけながら、
「それにしても、シルファは家事が得意なんだね。できるのは知ってたけど改めて感心した。すごいよ、うん、すごい」
 自らに言い聞かせるように、頷きを繰り返して言う。
「い、いえ、そんなことは」
「謙遜することないよ。本当にすごいと思う」
「あ……う……」
 少し大げさのような気もするし、言っていて自分で恥ずかしくなってきたが、言霊の効果は絶大だった。シルファはスカートの前で手を合わせ、もじもじと指先を絡ませている。俯いてしまっているので分からないが、おそらく真っ赤な顔をしているのではないかと思う。
 危ないところだった。
 またしてもシルファを落ち込ませてしまうところだった。
 落ち込ませないためには落ち込む隙を与えなければいい。
 誉められて照れたり浮かれたりしている方が、落ち込んでいるよりもずっといい。
 貴明は間髪入れず、
「こういうのはイルファさんから習ってるの?」
「え、あ、はい。イルファお姉ちゃんや、ミルファお姉ちゃんや、あと、瑠璃様が色々と教えてくださいます」
「そっか。みんな得意だもんね」
「は、はい。そうです、お姉ちゃんたちは、わたしなんかよりもずっと」
「シルファもすごいよ」
 シルファは、うぐ、と言葉に詰まり、
「……そ、そうでしょうか」
 上目遣いでおずおずと、期待と不安が入り交じった瞳を貴明に向ける。
「うん、そうだよ。俺も一人暮らしを始めたばかりのときは、やる気を出してたんだけどね。実際にやってみると全然上手くいかなくて、そのうち必要最低限のことしかやらなくなっちゃったんだ」
 その間およそ一ヶ月。あんな状態で家が散らかし放題にならなかったのは奇蹟のようなものだ。珊瑚と出会い、姫百合一家との共同生活が始まったのは、貴明にとって僥倖だったと言える。
「だから、今はすごく助かってるし、ちゃんと家事ができるシルファのことはすごいと思うよ」
 とどめとばかりに、貴明は中腰になってシルファの瞳を覗き込み、
「頼りにしてるからね」
 笑顔とともに、殺し文句を突きつけた。
 シルファは目を丸くして、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
 遠くで鳥が鳴いていた。
 近所の犬が吠えていた。
 ノイズ混じりのたけやさおだけが聞こえて、雲の切れ間から青空が覗いている。
 貴明とシルファの間を、少しだけ湿ったそよ風が吹き抜け、
「おっ、」
 風が金色のおさげを揺らすのと同時に、
「お任せくださいっ!!」
 聞いたことないくらいの大きな声で返事をして、シルファが活動を再開した。
 疾風に勝る動きで残っていた洗濯物を干し終え、空になった洗濯かごを小脇に抱え、シルファは貴明に正面から向き直る。
「それではっ、わたしはお風呂の掃除をしてきますっ」
 ちょこんと頭を下げて、
「貴明様も、すぐにいらしてくださいねっ。わたしのこと、しっかりと見ていてくださいっ」
 短いスカートを翻して、シルファは家の中に駆け込んでいく。
 シルファは満面の笑みを浮かべていた。
 落としたコンタクトレンズを見つけたときのような、ものすごいハイテンションだった。
 やりすぎた。
 まるでミルファが乗り移ったようなはしゃぎっぷりを見て、じんわりと後悔の念が押し寄せてくる。スキップしながら消えた背中に、浮かれすぎて失敗しないで欲しいと祈りを捧げる。
 遠くで鳥が鳴いている。
 近所の犬が吠えている。
 家の中で悲鳴があがる。
 その悲鳴を聞いて、貴明は理解する。
 この世に、即席の神頼みほど頼りにならないものはない。

*****

「大丈夫だった?」
「………………はい」
「どこも痛くない?」
「………………はい」
「寒くないよね?」
「………………はい」
 これってメイドロボにする質問じゃないよなあ、と思いながらも、貴明はひとまず胸を撫で下ろした。
 テーブルを挟んで、貴明の正面にはシルファが座っている。ソファに腰かけたシルファの服装は普段のものと違っていて、来栖川のメイドロボが身にまとうメイド服ではなく、タグを外したばかりの貴明のワイシャツを羽織っていた。
 窓の外を見る。
 物干し竿にかけられた洗濯物に並んで、シルファのメイド服が揺れている。
 つまりそういうことだった。
 風呂掃除を始めようと蛇口を捻った瞬間、シルファはすっ転んで頭部を強打した。タイルが砕けたのではないかと思うくらいの音と悲鳴を聞いて、貴明が風呂場を覗き込んだときには、シルファの手を離れたシャワーが大暴れしていた。
 風呂場が濡れるのは別に構わないが、シルファが濡れるのは字面的にもよろしくない。おさげをほどくと元に戻すのに時間がかかるので、髪の毛はそのままドライヤーで乾かしてもらい、洋服に関しては、とりあえず手近にあったワイシャツに着替えてもらった。戦線復帰早々に役だってくれたマイワイシャツには、あとでのり付けをしてアイロンをかけてやろうと思う。
「……えーっと」
 困った。
 何と声をかけたものか。
 厄日というものがあるなら、シルファにとってのそれは今日だったに違いない。このみに運勢を占ってもらったら、きっと最悪の結果が出る。何をやっても上手くいかないときは確かにあるが、これほどまでに失敗が続くのは珍しい。それにシルファの失敗は、大半が自分のせいのような気もする。
「あの、なんていうか、ごめん」
「……どうして貴明様が謝られるんですか?」
「それは、まあ、その」
 貴明は口ごもる。
 シルファを落ち込ませないためにおだてすぎたから、とは言えない。
 そんな風に言ったら、シルファは自分の言葉が上辺だけのお世辞だったと思うだろう。いや、既に思っていてもおかしくない。もちろん貴明は本心を偽ったわけではなかったが、ここまで失敗続きだとフォローしても白々しいだけだ。
 本当に困った。
「……貴明様」
「な、なに?」
 シルファは、電話で不合格の報告をする受験生のような声で、
「……お掃除の続きをしますから、お付き合いくださいませんか?」
「え?」
 貴明は目を見開き、
「ま、まだ続けるの?」
 言外に「もう止めておいた方がいいんじゃないかな」というニュアンスが含まれていたが、シルファは決意を秘めた表情で力強く頷く。
「はい。……貴明様にはご迷惑をかけてしまいますけど、途中で投げ出したくないんです。お姉ちゃんの言っていた特訓とは関係なく、少しでも貴明様のお役に立ちたいんです。わたしでは力不足だというのは分かっています。でも――」
 思い詰めた顔で、シルファが懇願する。
 ぶかぶかのワイシャツの胸元で両手を握り締め、ぷるぷると肩を震わせて貴明の返事を待っている。
 正直くらっときた。
 感心を通り越して感動した。
 無垢で可憐な女の子が、すがりつくような目で自分を見つめているのだ。
 健気で可愛らしい女の子が、必死で自分の役に立とうとしてくれているのだ。
 ミルファたちが向けてくる直接的な好意が嬉しくないわけではないし、こういうのはどちらがよくてどちらが悪いという問題ではない。が、シルファのように内に秘めた好意は、相手に届いたときの破壊力が飛び抜けている。
 貴明は、完璧に突き崩された。
 これを敗北と呼ぶのなら、喜んで負けてやるとすら思う。
「……それじゃあ、お願いしようかな」
「貴明様」
 シルファが、ほう、と吐息を漏らす。
 先刻のようにはしゃぎはしなかったが、その表情には安堵の色が濃く表れている。
「では、お風呂の掃除を再開しますね」
「あ、ちょっと待って」
 ソファから腰を浮かせようとしたシルファを貴明が制する。
 首を傾げるシルファに、
「風呂は俺が洗っておいたから、もういいよ」
「……そうなんですか?」
「うん、シルファが着替えてる間に済ませておいたからさ」
 現場の惨状を目にしたら、またシルファが落ち込みそうだったので、手早く片付けておいたのだ。
「余計なことしちゃったかな」
 かえって気を遣わせてしまっただろうか、と貴明がシルファの顔色をうかがうと、
「いいえ。ありがとうございました」
 シルファは、ふっと頬を緩め、はにかんだ笑みを返してくれた。
 その笑顔を見て、やっぱりいい子だな、と貴明は思う。素直なのはもちろん、根元の部分が前向きなのは、さすが珊瑚の愛娘といったところだ。
「それなら、次はお二階を掃除しますね。あの、貴明様のお部屋にもお邪魔させて頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろん」
 二人揃って立ち上がり、シルファを先頭にリビングを後にする。もはや有名無実化しているとはいえ、建前はシルファの特訓をしているので、貴明は無意識のうちにシルファの後ろについて廊下を歩いた。控え目な足音が二重奏を奏でる。
「そういえば、今日の晩ご飯はオムライスにしようと思っているんです。朝は卵料理で失敗したので、できれば卵料理で取り返したいんですけど、貴明様は他に希望はありますか?」
「俺は何でもいいよ。オムライスに挑戦するってのは、いいアイディアだと思うし」
「そ、そうですか? よかったです」
 シルファが階段に足をかけ、一段、二段と上っていく。
「あと、冷蔵庫が空っぽになっていたので、お掃除が終わったらお買い物に行きたいんですけど――」
「うん、一緒に行こうか。荷物持ちは引き受けるから」
「い、いえ、そういうわけには……、あ、ち、違うんです、一緒にお買い物に行きたくないのではなくて、貴明様に荷物を持って頂くなんて、そんな」
「気にしなくてもいいよ」
 シルファが忙しく階段を三段、四段と上り続け、五段目に足をかけたところで、貴明は何気なく、
 本当に何気なく、視線をちょっとだけ上に移した。

 一瞬、自分が何を見たのか本気で分からなかった。

 咄嗟に目を伏せる。
 昔、いかがわしい本を読んでいたら母親が階段を上ってくる音が聞こえて、必死でベッドの下に放り込んだのを思い出した。あのときに匹敵する素早さだったと思う。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 思考が停止する。
 ちょっと待て。
 よく考えろ。
 人は下着を穿き、その上から更にズボンやスカートを身につける。ズボンならそもそも下着が見えることはありえないし、スカートだったとしても見えるのはせいぜい下着止まりになるはずだ。時折訪れる神のいたずらを男は神風と呼び、様々な色の布地を目にすることで喜びを得る人種がいるというのも分かっている。
 そして、貴明はシルファの後ろにいた。もしもシルファがいつもと同じメイド服を着ていたら、スカートの中身が見えてしまっていたかもしれない。誰の趣味なのか知らないが、あの服はやたらとスカートが短かったし、貴明とシルファの間には階段数段分の高低差がある。これだと、たぶん見える。
 だが、貴明が目にしたのは、スカートではなかった。
 シルファのスカートは濡れてしまって乾かしているのだから当然だった。
 そして、貴明が目にしたのは、下着でもなかった。
 白でもなく、パステルカラーでもなく、ましてや黒でもなかった。
 肌色。
 そうなのだ。
 シルファは、下着を穿いていないのだ。
 ワケが分からなかった。
 ワケが分からないうちに、頭に血が上ってきた。
 鼻血が出そうだったので、顔を上に向けて、首の後ろを叩、
 馬鹿か。
 上を向いたら、また見えるではないか。見てはいけないものを、見てしまうではないか。
「――貴明様?」
 頭の上で、シルファが振り返った気配がする。貴明は階段の下でうずくまっているから、シルファがどんな顔をしているのかは見えない。上を向いてはならない。
「どっ、どうかなさったんですかっ!?」
 シルファが慌てて階段を駆け下りてくる。
「な、なんでもないよ」
 上擦った声が出た。混乱しているだけのその声は、聞きようによっては急に具合が悪くなって苦しんでいる声に聞こえるかもしれず、
「だいじょうぶですか! 貴明様っ!」
「ほ、ホントになんでもないから」
 あっという間に一階まで下りてきたシルファは、廊下に膝をついて、俯いた貴明を下から覗き込む。
「かっ、顔色がおかしいです! 真っ赤です! おとーさん! おとーさん! しっかりしてください!」
「シ、シルファ……」
 どうして気付かなかったのだろう。
 間近で見るシルファの格好は、凶器そのものだった。
 ぶかぶかといっても、ワイシャツの丈はミニスカートと大差ない。ふとももはほとんどむき出しだったし、襟元からはちらちらと小振りな谷間が見え隠れしている。ある意味、裸より官能的な格好かもしれない。しかも、穿いてない。
「み、脈を測りますっ、腕を出してくださいっ!」
 シルファは必死の形相で、全身を貴明に密着させてくる。ワイシャツ一枚を隔てた柔らかさを押しつけられ、涙声で「おとーさん」を連呼され、耳元に熱い息を吹きかけられて、貴明はダメになりそうだった。
 シルファは狙っているのだろうか。
 そんなはずはない。失敗続きなのを気にして、それでも挫けないで頑張ろうと決めて、そのことで頭がいっぱいになってしまって、自分がどんな格好で何をしているのか分かっていないのだろう。
 きっとそうだ。
 だとすれば、教えてやらなければならない。こういうのは、時間が経てば経つほど傷口が深くなる。なるべく傷が浅いうちに対処するのが冴えたやり方に違いない。
 それが正しい人の道だと思う。
 それがシルファのおとーさんとしての責務だと思う。
 覚悟を決めろ。
 そして、言え。
「――シルファ」
「なっ、なんですか? 救急車を呼びましょうか?」
 言え。
「落ち着いて、これから言うことを聞いて欲しいんだけど」
「はっ、はいっ!」
 言え。
「あのさ、」
 貴明は息を吸って、
「――家事は、ノーパンでやったら、いけません」
 言った。
「…………………………はい?」
 シルファは、知らない国の言葉で話しかけられたような表情で首を傾げ、
「え」
 貴明の顔を見て、きょろきょろと周りの様子を確かめて、ゆっくりと自分の身体を見下ろし、
「あ」
 何かに気付き、
「う」
 おそるおそるといった手つきで、ワイシャツの上から自分の腰回りをまさぐって、
「――家の中でも、ちゃんと穿かないとダメだよ」
 貴明の言葉が繰り返されるのを聞いて、
「――――――――――――――――――――――――――――――――はふぅ」
 ブレーカーが落ちたみたいに、すとんと気を失った。
 後ろに倒れていくシルファをしっかりと受け止めたのは、せめてもの罪滅ぼしだった。


to be continued