富島健夫作品 読書ノート ~ふみの実験記録

富島健夫の青春小説を読み感じたことを記録していきます。

青春の野望 第三部 早稲田の阿呆たち

2012-11-16 20:45:22 | 青春の野望

左:集英社 1977(昭和52年)年3月初版(写真は77年10月 第3版) 装丁:土居淳男
右:集英社文庫 1981(昭和56)年8月初版(読んだのは83年9月 第8刷) カバー:土居淳男

飲屋街での有志による同人雑誌発刊の打ち合わせの場面から始まる。良平はいつのまにか早稲田仏文科に入学していた。『女人追憶』もそうだが、大学受験の経過は飛ばされている。『雪の記憶』では夜の工場に通って受験勉強する海彦の姿が描かれていたが、あのような感じだったのだろうか。いよいよ単なる男女の物語ではなく、作家富島健夫像が浮かび上がってくる物語に突入したという感じだ。
良平たち同人は丹羽文雄の門を叩くのだが、富島の指導をすることになる中村八郎をはじめ、実在の作家名が次々と現れる。物語自体はフィクションとノンフィクションが入り交じっているにしても、さすがに実名で登場している作家については嘘は書かないだろう。学習院のカップル、吉村昭と津村節子も登場する。
丹羽邸では毎週月曜に編集者や作家が集まり“文学談義”が繰り広げられていた。紫煙漂う部屋での熱気が感じられるような描写だ。これが実話だと思うと文学に詳しくなくとも面白い。

石川利光、八木義徳、多田裕計、十返肇、峰雪栄、瀬戸内晴美…何人知っていますか。私は瀬戸内晴美しか知りませんでした。

丹羽は良平たちの創刊する同人誌にプロを何人も輩出した同人誌『街』の名を惜しげもなく授け、しかも創刊の巻頭文まで書いてくれるという好意を見せた。同門出身とはいえあり得ないことだろう。良平が丹羽の『海戦』に感動したことについての記述があるが、この部分で富島もまた、良平の姿を借りて丹羽に対する敬意を示しているように思える。中村八郎についても、その人柄の良さがうかがえるような述べ方だ。

さて、この『街』。国会図書館にも所蔵がなく、なかなか読むことが叶わなかったが、昨年の冨島家訪問の際、お借りすることができた。全4号のうち3冊。冨島が書いていない4号だけが見つからなかった。


おそらくネット初公開の第二次『街』 (コピー)
※火野葦平が「大変きたない」と酷評した表紙。モダンでいい感じだと思うのだが…(とりあえずケチをつけておきたかったのかも)。

目次

「街」の再刊に就いて…丹羽文雄
聖(サン)パウロの使徒…関根民耶(作中関本?)
沼岸の町…神野洋三(早野?)
鷹野という男…波山茫(飯塚??)
静かな街の風景…高名矯太郎(高山?)
甚三の死…冨島健夫
詩 草原…神野洋三

表紙…無所属 吉田漱


「街」の再刊に就いて 丹羽文雄

若い文学者の中には、二つの流れがある。私のところに来る学生の中にもはっきりと二つに分かれている。絵画でいえば、いきなりアブストラクトから出発しようとするのと、従来リアリズムを基調として出発しようというのと二通りの文学精神を抱いている。私はそのいずれもよいと思っている。究極するところは一つである。新しい人間像の確立である。
「街」の同人の主義主張は、必ずしも一致はしていないように聞いている。それでよいのだ。若い時代には若さでなければ書けないものがある。私はそれに期待する。出来ていようと出来ていなくとも、将来への希望が感じられたらよいのだ。
「街」は二十数年前に私たちではじめて早稲田で出した同人雑誌の名前である。いまもさかんに書いているのは、火野葦平、寺崎浩、三好季雄(月光浩三)それに私。故人には、田畑修一郎、中山省三郎、坪田勝というのがいた。一つの同人雑誌から出てこれだけそろって文壇ではたらいた例は少ない。第二次の「街」の同人も、私たちの頑張りをうけついで貰いたい。
私はよろこんで、「街」の名を諸君に送りたいと思う。

冨島は巻頭9ページを取り、「甚三の死」という作品を発表している。タイトルのまま火葬場で働く甚三が死ぬまでの物語だが、救いがなく重苦しい作品。良平の新恋人になろうとする小里が「おそろしい作品」と称しているが、その通りだ。『黒い河』など初期の作品の世界のイメージで、富島作品の源流はやはりここなのだな、と思わせる。勢いがあり、ぐっと読者を引き込む文章はデビュー後と遜色ないが、最後の最後で素人っぽさを見せる。しかし他の作品と比較すると、文庫本の解説に引用されている中村八朗の回想のとおり、「富島は仲間の中では一人飛びぬけた筆力を持っていた」(「十五日会と『文学者』」)ことがわかる。

冨島の編集後記は奇をてらわず、至極まっとうに抱負を述べたもの。


奥付

『早稲田の阿呆たち』では、良平が『街』に発表した作品は『新作家(文学者)』や『早稲田文学』で取り上げられ、習作「ある出発」が『新作家』に掲載されることになる(実際『文学者』に発表された作品のタイトルは「例外」)。良平は作家としての一歩を踏み出したわけだ。
しかし締めくくりは“新しい恋”の始まり。美子と結ばれながらのこの展開は、実話であろうとなかろうと、まあ…どうでもいいやという感じ。
米軍女性相手の“奇妙なアルバイト”(富島には同名の作品もあるので実話かもしれない)、早大事件など、当時の空気感を伝える話題も盛りだくさん。女性関係だけを拾い読みしてはもったいない、富島健夫の証言になっている。

退廃の雰囲気に酔うエキセントリックな登場人物たちよりも、富島は異彩を放っていたのかもしれない。