今日は気分をがらりと変えて
古墳でも見に出かけましょうかハイ☆
阪神電車、石屋川駅より、南西に500mくらい歩きます。
▼交差点に目印になる信号あり▼
このすぐ南に小さな丘があり
それが処女塚(おとめづか)古墳です。
本日の目的はここ♪
処女塚古墳は 全長約66mの前方後方墳 で
伝説では 莵原処女(うないおとめ)さんの墓とされています。
4世紀前半に作られたようです。
この菟原乙女さんにまつわる悲しいお話があります
▼コチラ▼
この地に美しい“菟原処女(うないおとめ)”という乙女が
住んでおり多くの求婚者がいましたが、特に熱心だった2人、
和泉の“血沼壮士(ちぬおとこ)”と地元の“菟原壮士(うないおとこ)” が武器を持っての争いとなり、乙女は立派な若者を自分の為に争わせたことを嘆いて生田川に身を投じてしまいます。2人の若者もそれぞれ後を追って死んでしまい、それを哀れに思った人たちが、後々に語り伝えるために3人の塚を築きました END
それがこの処女塚古墳、ここから西2000mの位置にある
西求女塚古墳、東1500mの位置にある東求女塚古墳
だそうです
この伝説は奈良時代の万葉集に登場する歌人たちが歌に詠んでいることから、かなり古い伝説だったようで、 平安時代の「大和物語」では2人の若者が水鳥を弓矢で射て乙女を争うストーリーになり、 後の時代にも謡曲「求塚」や森鴎外の戯曲「生田川」などとしてとりあげられています
それにしても多数の男性をとりこにしてしまった
乙女はどれほど美しかったんでしょうかね。
想像が膨らみますワクワク
田辺福麻呂(たべのさきまろ)の万葉歌碑と、湊川合戦で新田義貞(にったよしさだ)のために
奮戦して戦死した、小山田高家(おやまたたかいえ)の碑も建てられています。▲▼
この処女塚古墳は1985年(昭和60年)に
遺跡公園として整備されています。
なので階段を上ってみますと
ワンちゃんが喜びそうな大きな公園
住宅街にひっそりとした
佇まいが奥ゆかしい公園でした。
お散歩にぜひ覘いてみてください
by キャメロン