回遊草(KAI YU SO)

さすらいの乙男妄想オヤジの妄想ブログ。あらゆるジャンルのカワイイを中心に浮気中?でも、惚れてるのはやっぱり「ミク」かな?

「意志」の力

2007-12-12 21:24:56 | Weblog
私の仕事は、工場での製造機械の「裏方」で、資材を追加したり、製造過程で出る「ロス(ゴミ)」を片付けたりするもので、「体力勝負」であまり「頭」は使わない。それで、「時間潰し」のために「妄想」とかしている時も・・・w

それでも唯一「頭」を使うのは、「逆算」である。これは、「終わり」の時間から逆算して「片付け」の手順を考えることである。

この「逆算」して考えるクセで思いついたことがある。

最近、立て続けにTVで「フクロウは、音を立てずに飛ぶことができる」というのを見た。普通の鳥は、羽ばたく時に「バサバサ」と音を立てる。普通の鳥の羽ばたきの音を「ガード下」くらいだとすると、フクロウは静かな「図書館の中」くらいだという。実際にTVで見たら、音もなく「スーッ」と飛んできた。

だから、静かな夜中でも獲物に気づかれることなく近づくことができる。フクロウの羽根に特別な仕組みがあるらしい。

では、「どのようにして」フクロウは「進化」したのだろうか?

私の学生時代の「進化論」は、確か「自然淘汰」と「突然変異」の組み合わせだったようだが、最近は「DNA」の概念が登場しているのが大きな変化だが、まだよく分かっていないみたい・・・。

さて、フクロウの羽根の仕組みはどのように「進化」したのだろうか?

結果論で言えば、音のしない「翼」は夜に狩りをするフクロウにとっては「最適」な武器である。だが、どのようにしてその「武器」を手に入れることができたのだろうか?

フクロウの先祖も他の鳥のように、「バサバサ」音を立てていたことだろう。それで、何度となく獲物に逃げられた時に、

“あぁ、音を立てずに飛べる「翼」があったならなぁ・・・”  とか

“神様w、どうか音のしない「翼」をください!”  とか、思ったのかもしれない・・・www

これは、「冗談」で言っているのではない。「進化」の「鍵」は、「意志」であると思う。

ウサギの耳が長いのは、弱いウサギにとっては「敵」である獣が近づく音など周囲の「異常」をいち早く感知するためであり、発達した後ろ脚は敵から逃げるためである。

ライオンだって、遠くの音を聞き分ける耳(長い耳)も武器になるだろうけど、彼らが持っているのは「大きな口」「鋭いキバ」「力強い前脚」とか、「攻撃的」なものばかりである。恐らく、彼らは「長い耳」より、そういった直接的な武器を希望したからに違いない! そうでなければ、「耳の長いライオン」がいたっておかしくはないからである・・・。

「意志」は「脳」で生まれるのだが、もしかしたらその「意志」は「細胞」や細胞の中の「DNA」にも伝わっているのではないだろうか?

なぜ、こんなことを考えたかというと、くぅちゃんが「金スマ」で紹介した『水は答えを知っている』という本を思い出したからである。

簡単に説明すると、コップの水を凍らせてある方法で「水の結晶」の写真を撮ると、コップに「キレイ」「好き」「愛」とか【肯定的】な言葉を書いた紙を入れておくと、とても「美しい」結晶ができる。また、「嫌い」「バカ」「死ね」とか【否定的】か言葉を書いておくとグジャグジャな結晶ができるという・・・。

真偽の程は私には不明(否定も肯定もできない)だが、それと同じようなこととして、くぅちゃんは“きれい”とか“かわいい”とか言われると、本当ににきれいになっていくと、自らの体験や「芸能界」での経験から語った。

これも、「きれいになりたい」という「意志」が「細胞」に伝わっていると考えてもいいのではないか。

くぅちゃんと、「あやや」で共通している「話」がある。それは、ふたりとも

“芸能界に入ってから、きれいな「二重」になった!

ということである。「整形」? www たぶん、この二人なら、そんなことはないと思う。要は、「きれいになりたい」と思い続けたから、細胞が変化したのではないだろうか?

だから、本気になって「きれいになりたい」と思い続けていたら、キレイになるんじゃないかな?


実は、話はこれで終わりではない。

くぅちゃんのもう一つの【口ぐせ】である「夢は叶う。夢を持って!」ということも、根っ子(ルーツ)は同じではないだろうかと思う。

「神田來未子」の「夢」は「歌手になりたい!」であった。

その夢を叶えるための、最初の「ポイント」は、エイベックスのオーディションに合格したことである。その時に、オーディションの「チラシ」に目を留め、“これを最後の挑戦としよう!”と心に決めた・・・。

そのオーディションに合格して「プロ」としてデビューしたものの、全く売れずどのようなアーティストになろうとするのかも分からずに大きな「壁」に突き当たっていた。

そんな時、妹のmisonoがバンドのヴォーカルとして華々しくデビューした。姉として喜びつつも、“やっぱり、かわいくないと売れないのか!”と、妹への「嫉妬心」もなかったわけではない。

母と行ったmisonoのライブの後で楽屋で見た光景が、その後の「倖田來未」の運命を変えた。

そこで、くぅちゃんが見たのは、ライブが終わった直後に次の公演のために「セットリスト」や「衣装」について、「自分の意見」を細かくスタッフに伝えるmisonoの姿だった。

それまでのくぅちゃんは、“自分は歌手だから・・・”と歌うことだけ考えて、衣装や曲作りの細かいことは全てスタッフに任せていた。

misonoに本当の「プロ」の姿勢を教えられてから、「倖田來未」は変わった。「倖田來未」の快進撃の始まりだった。多少の紆余曲折はあるが、この「日」が本当の「倖田來未」の生まれた日と言ってもいいかもしれない。

しかし、もし、この時、同じ光景を見ても

“スタッフさんと打ち合わせをしてるから、邪魔しちゃいけない…”

くらいしか思わなかったら、どうだろうか?

もしかしたら、「倖田來未」は既に「芸能界」から去っていたかもしれない・・・。


じつは、同じような「話」は別の場面でお馴染みであった。

それは、あのNHKの『プロジェクトX』である。

今までにない「画期的」な製品やシステムなどの「開発・発明」の裏話である。

それらの中に、「とんとん拍子」で進んだものなどひとつもない。必ず、大きな「困難」や「壁」があった。

信じられないくらいの「苦労」や「頑張り」があったのはもちろんだが、「困難」や「壁」を乗り越えた時に、必ずといっていいくらい「ひらめき」があった。

それは、一見すると全く関係ないことのようだが、そこに大きなヒントが隠されていた。「プロジェ…」での例は思い出せないけど、「科学」の世界でもよく起こる。

例えば、アルキメデスが「比重」の原理を発見した時の逸話である。

ある時、王が「金の冠」を作らせた。純金を渡して冠を作らせたのだが、「混ぜ物をした」と言う者が現れた。渡した金と冠の重さは同じだが、溶かして調べる訳にはいかない。そこで、王は有名なアルキメデスに頼んだ。
さすがの彼もよい方法が思い浮かばずに、ある時、公衆浴場に行った。(古代ギリシア人は、風呂が好きでそこで考えることも多かった)
湯船に入った時に、あふれる水を見て「物の体積は押しのけた水の容積と等しい」という原理を発見して、冠を壊さずにその体積を測り、そのことから「比重」の違いを調べ、混ぜ物をしたことを見抜いた・・・。
アルキメデスは、公衆浴場での発見の時、興奮のあまり、「エウレカ!(見つけた!)」と叫びながら、裸のまま町に飛び出したという・・・w

もっと、有名なのは「ニュートンのリンゴ」である。リンゴが木から落ちるのを見て、惑星の運動の真理を発見したのである。


さて、話が難しくなったが、要点は「問題を解決したい!」という強い「意志」が
問題を解く『ヒント』に気づいたということである。

misonoのスタッフとの打ち合わせも、風呂から水が溢れることも、リンゴが木から落ちることも「よくある光景」である。(misonoのことは、微妙だが…w)

「天体は、なぜ運動を続けることができるのか?」ということと「リンゴが木から落ちる」ということは、直接には関係がないように見える。

しかし、「問題を解決したい」と考え続けていたニュートンにはとっては、素晴らしい「ヒント」になったのである。

つまり、「こうなりたい」「こうしたい」「この問題を解きたい」という「夢」という「意志」が、本人の「意識(自覚)」とは別のところで、細胞の隅々まで行き渡り、「きっかけ」「ヒント」と出合った時に、あたかも困難という「夜」が明けて「朝(問題解決)」が来たことを「目覚まし時計」のベルのように「知らせる」のではないか・・・!

大事なことは、強い「意志(夢)」を持つことである。

英語の諺に「チャンスは前髪を掴め!」というのがあるが、チャンスの「前髪」が見えるのは「チャンス」を探しているからである・・・。


だから、やっぱり、くぅちゃんの言ってる通り

「夢は叶う!」「夢を持って!」

ということは、ほんとうに「真理」なのである。



音楽賞・歌謡祭

2007-12-12 20:28:18 | 倖田來未(くぅちゃん)
今は『日本有線大賞』の真っ最中だが、今月は『ベストヒット歌謡祭』『FNS歌謡祭』『ベストアーティスト』と立て続けに「音楽賞・歌謡祭」が続く。
さらに、『日本レコード大賞』『NHK紅白歌合戦』が控えている・・・。

「倖田來未」は「皆勤賞」wなんで、まさに「うれしい悲鳴」状態。でも、心境複雑・・・。

もちろん、出たくても出られない「アーティスト(歌手)」から見れば、「贅沢」極まりないことではあるけれど、ファンとしても結構「疲れる」・・・。

先週の「FNS」は4時間もあったから、まだ「編集」できてない。私のDVDはHDDの要領が小さいので、昨日の「ベストアーティスト」は、くぅちゃんの出そうなところだけ「録画」して、今日の「有線」に備えた。もちろん、まだ編集していない・・・。今日は、いちおう「フル」に録画しておいて「サッカー」を見ている・・・w

「倖田來未」は不思議なアーティストで、本当の意味での「ヒット曲」がない。いちばん知られている曲は「キューティーハニー」だけど、なんたって「カバー曲」だし・・・。
だから、「絢香」の『三日月』とか「大塚愛」ちゃんの『さくらんぼ』みたいな「誰でも知っている」というほどの「ヒット曲」がない・・・。
それでいて、2年連続「ゴールドディスク大賞」を取ったり、200億円稼いだり、カラオケNo.1アーティストだったり・・・。
『Butterfly』で「レコード大賞」を取った時に、売上げ的にどうか?みたいな意見もあったらしいけれど、今から思えばあの曲はまさにあの「時代」を象徴している曲であったと言える。
その点で言えば、今年の『愛のうた』は疑問。今年の活躍を考えれば、「コブクロ」か、少し「古い」けれど「秋川雅史」が妥当なところだと思う。

「FNS」では、『愛のうた』のほかに「徳永英明」さんとのコラボで『壊れかけのRadio』を歌ったけれど、私はそっちの方がよかった。

シックなドレスも似合っていたし、何より「声」がよかった。彼女は、男性とコラボするとキーを下げるせいなのか、いつもより「艶」のある声になるから好きだ。(「東方神起」の時はそうでもないようだが・・・w)


きのうの「ベストアーティスト」の中で、2005年の『キューティーハニー』の映像が流れた・・・。私は2006年からのファンなので、新鮮だった。
あの頃の「倖田來未」は、まさに「えろカッコイイ」感じでいわゆる「ブイブイ言わしてる」オーラを撒き散らしてるみたいで・・・。「男なんか!」みたいな、近寄りがたい「勢い」みたいなものが感じられた・・・。
今は、なんか「カワイイ」を全面に出してるのが、少し不満かな・・・w
「衣装」も型に囚われない風で、なんか「決まってる」みたいな、とにかく「カッコイイ」感じ。
今は、よく言えば「落ち着いている」「大人」な感じ。

ちょっぴり、「昔」のくぅちゃんが懐かしく思えた・・・。