縁側でちょっと一杯 in 別府

東京から別府に移住してきました。
のんびり温泉に浸かり、美味しい魚で一杯。
夢に見た生活を楽しんでいます。

カミュ『ペスト』

2006-05-19 23:59:00 | 芸術をひとかけら
 『ペスト』は『異邦人』に次ぐカミュ2作目の小説である(もっとも彼の小説は4作と少ないのだが)。簡単に言えば、アルジェリアのオランという町でペストが流行し、それに立ち向かった人々の記録である。というと味気なく聞こえるが、まずそのリアリティに圧倒される。伝染病で不治の病のペスト(黒死病)が突然発生したかと思うと、あっという間に町中に拡がり、ついに町は閉鎖される。誰も町から出ることはできず、皆、運命共同体である。この中での人間模様が大変興味深い。

 主人公はリウーという医師であり、彼の超人的な活躍によって皆がまとまり最終的に町はペストから開放されるのだが、僕が一番興味を持ったのはパヌルー神父であった。
 神父はペストの流行を当初は神の懲罰だとし、人々に悔悛を説いていた。ところが、救護活動に携わる中で無垢な少年がペストで死ぬのを見て、その誤りを悟る。そして、罪のない子供の死という謎に直面し、すべてを信じるか、もしくはすべてを否定するかの選択を迫られる。つまり、神を信じ、理解しえないこともすべて受け容れるのか、あるいは、理解できないこと、考えられないことを前にし、すべてを、神をも否定するのか、の二者択一である。リウーは後者であるが、神父であるパヌルーは前者であった。

 宗教色の薄い日本では、多くの人が「神も仏もない」と言ってすべてを否定する方を選ぶであろう。パヌルー神父の考え方は僕にとって新鮮というか、それこそ“理解できないもの”といえる。だからこそ、その背景にあるキリスト教のことを知りたいと思うようになり、その後キリスト教に関心を持つきっかけになった。
 因みに、キリスト教というか、神がテーマになった小説としては、遠藤周作の『沈黙』やグレアム・グリーンの『情事の終り』がお勧めである。

 さて、もう一つ『ペスト』で注目すべきは、この本が書かれた時代背景である。『ペスト』は第二次大戦後すぐ、1947年に発表された。ペストは単に病や死だけでなく、人間の弱さや悪、更には全体主義や戦争などを象徴するものと考えられる。アンゴラのコレラが人災的要因の強かったことが思い起こされる。
 1947年といえばまだ戦争の記憶が生々しかった。ナチスに占領されたフランスは尚更である。時が過ぎて状況は変わり、つまり、多くの伝染病が無くなり、かつ戦後60年を過ぎた今の日本では『ペスト』に共感することは難しくなっているだろう。しかし、世の中から悪が消え去ることはないし、自らの運命、そして自らの運命への係わり方を考える上で、是非とも読み継がれて欲しい作品だと思う。

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