遙かなる透明という幻影の言語を尋ねて彷徨う。

現代詩および短詩系文学(短歌・俳句)を尋ねて。〔言葉〕まかせの〔脚〕まかせ!非日常の風に吹かれる旅の果てまで。

現代詩「犀星の雨に打たれて」

2010-09-12 | 現代詩作品
犀星の雨に打たれて



冷たい雨は
  金沢の冬の暮れを 活気づけて
   コートの皺を伸ばし
  ふと 近江市場でよびとめる
地の蟹 蟹の紅のなまめかしさ。


脈絡もなく 母恋い泣き虫犀星の詩が
  小雨となって 旅の私にふりかかり
 出口の向こうでは
   じっとこっちをみている蟹の目がある。


ひとはころされるたびにつよくなっていきかえると、
唐突にも誰かの言葉がよみがえり、あれは犀星の世界だった
かもしれなくて、不確かなことばかりざわめくゆうぐれ。


山椒魚のように失われた躰の部分を
  再生する想像力は、
私たちのなかの幹細胞にもある、と
   発見した米国の研究者を
親しげに語る店主の言葉に魅されて
         さめれば苦い水の紅茶だ。


しぐれと、みぞれでは
  実感以上に重さも冷たさもちがうはず
   「しぐれ」より
   「みぞれ」の方が
金沢に降る雨にぴったりだと
  ずっとそう思っていた、この先もきっと。


すべては水に還る!
生きとし生きるものの
   美しい逸脱を信じる
  ささやかな身振り
思考がさだまらないまま、再び街に飛び出す。


ふり向けば
 犀星のしぐれと、呼んでいた
     男の*
   声の さみしさ(菅谷さん!)


しぐれを 再生する 評論の川をまたぎ
  角を曲がって
ふりむくと
    暮れなずむ板塀に
  忍冬の白さが
溶けはじめる。



*菅谷規矩雄著「近代詩十章・室生犀星」参照)