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絵、大好き・Yoh-Mのブログ

ジャズ聴きながら絵を描くYoh-Mが、自身の頭の整理の為に書くブログです。

版画の醜い世界

2010年03月12日 | アート・文化

どこの世界でも醜いものはあるのだが・・

日本の誇る木版画の世界は、ここ20年ばかり大分醜い事が多い。

醜い状況を読んで頂く前に、まず、版画エディションの定義を知って下さい。

版画の種類を大まかに分けると

【木版画】

凸に彫り進める作業が殆んどで色の調合さへ記録しておけば、時代が経ても摺る事ができる。(浮世絵は現在でも江戸時代の版で刷れる)

【銅版画】

銅板へ凹に刻み、刻んだ場所へインクを入れ、プレスしてインクを搾り出し、紙に刷る方法。

刻んだ線が腐食等で太くなる為、あるいはインクが固まる為に、制作枚数に制限が有る。

【リトグラフ】

フランス人マーグさんが開発した印刷方法で平版印刷。インクの乾燥が速い為、一気に印刷する限界は5~800枚位と言われる。又、マーグ社製ポスター作品には多く見られる。

【シルクスクリーン】

色に厚みを出せる平版印刷方法で近代発展した方法。リトグラフ同様に一気に印刷しますが枚数は3000枚程可能。

【ジグレー版画】

現在流行のPC処理による制作方法。1枚から何枚でも可能。

以上が大まかに判別される版画技法ですが

版画に於けるエディション番号とは、

この銅版画における制作枚数の制約から来るものでして、枚数も100枚以内の作品が多いわけです。中でも、緻密な作品に至っては10枚限定というような作品も多く見ます。

ですが、

最近はこの銅版画での限定枚数というエディションを、他の版画技法でも作者が取り入れています。ここに大きな問題があります。

・・・・・・・・・

日本画家が作品を写真に撮らせ、彫り師、摺り師に木版画と称して作らせる作品は、本来許されるものではなく、我々、絵を扱うプロの間では、【単なる印刷物】としか評価しません。

この事への批判は後日としまして、本日は、木版画家親子と、宣伝商売ばかりで本業へは力を入れない静岡新聞への批判です。

3月12日、静岡新聞に大きく

静岡新聞創刊70周年記念、【牧野宗則・風鈴丸】版画特別販売。と、大きく宣伝が出ていました。

親である牧野宗則氏木版画2点。娘である風鈴丸氏木版画1点。同サイズ、エディション数、それぞれ175枚。

内、3枚セット120組・・55万円+消費税。

エディション枚数がどうのこうのへの批判ではありません。あくまで、私個人として値段設定への批判です。

今回の値段は、人によれば、最適価格。と言う人もいれば、安すぎる。という人もいるでしょう。当然、商売として文句をつける筋合いではありません。

但し、私個人は非常に・・異常価格。と、決め付けています。

何故なら、価格は文化にとって重要なファクターであるからです。

別に買うわけではないから文句言うな。との声も聞こえそうです。が、

3作品で55万円。X 175 枚限定=9625万円。

親の牧野氏は版画家としてはキャリアはあるが、娘さんはまだ無名作家。

棟方志功は別格価格として、この棟方と同時代の作家に、日本を代表する木版画家・関野準一郎(故人)がいる。世界でも非常に有名な作家です。

この関野版画が実質10万前後で取引されている現在、牧野親子木版画3点のみで9625万円。

1作品当たり、3208万円である

版画もプリント複製品であるにも拘わらず。である。

先日亡くなった平山郁夫氏の原画作品が10号位の大きさで実質6~800万円程度。

原画で発表する作者が余りにも惨めだ。

既に亡き、世界的に評価の高い池田万寿夫氏も、この木版画の価格については非常に怒っていた事を思い出す。

木版画は刷ろうと思えば、何枚でも刷れる。AP(アーティストプルーフ)のエディションで何枚も市場へ出す木版画家もいる。

ヨーロッパに於いては、このエディション定義が厳しく、現在の日本で流通する版画作品の中では、刑務所行きに値する作家も見受けるのです。

銅版画は、一度インクが乾けば、版そのものの使用が不可。である。作者の手元にも作品は4~5枚しか残らない。

で、あるに関わらず、現在、有名作家の銅版画100枚エディション作品で、約5~6万円。

報道機関を名乗る天下の?【静岡新聞】が、【牧野宗則・風鈴丸木版画家親子】に発注して?、9625万円。折半でも4812万円。

全く、非常に、異常に、酷く、呆れた商売をするものだ。

私の知る牧野版画。

技術は素晴らしいと思っています。が、私好みではありません。こればかりは個人的な嗜好ですから購入者、又は購入希望者へ文句は言へません。

かって、ミキモト画廊が1枚4万円で牧野版画を大々的に売り出した事を覚えています。

ミキモトが2回目に牧野氏個展をした際は8万円。それ以後、倒産した大阪春秋館画廊?でも扱っていたのを思い出します。

この二つの画廊が牧野氏から手を引いた頃の価格は約30万円ぐらい。

恐ろしい販売価格と思っていました。当時で、1作品が30万X120部=3600万円。

呆れ返っていました。

結局、牧野氏の作品購入者は、当時より30万前後を代価々値として支払っている人が多いので、彼としても、値段を下げる事が・・実質できない。と言った処が本音と思うのだが、文化作品とて、経済と連動するのである。

世界的な銅版画家、長谷川潔、駒井哲郎、浜口陽三等より高価で驚きっぱなし。です。

ちなみに、

版画というのは多くの人に見て頂きたい。という願望のあるプリント印刷の一種と考えて宜しいです。

メディアは、本来真面目に取り組み、苦労している絵描きを取り上げ文化の向上に目を向けるべき側面を持つはずですが、静岡新聞と私は意見が異なるようです。

こんな酷い価格をつけて大宣伝する連中。私は【メディアと作家の売名行為】と断じます。実に傲慢です。

牧野版画を誰が下取りし、後世へ残そうと考えるでしょう?

私は絵を扱っており、自身でも描きますが・・素晴らしい力量を持ち、誠実で苦労している作者達を多く知っています。

特定宗教のみを大きく宣伝し、挙句、版画家と結託して儲けだけに走る【静岡新聞】。

静岡新聞が報道機関として意見を押し付ける側面を持つ以上、私も言い分はありますので書きました。

投書で意見を述べたりするのは時代遅れ、ブログ上にて批判です。

    

                      以上。    by  Yoh-M.

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自然に芸術は勝てない

2009年10月29日 | アート・文化

さる「山」へ行ってきました。

というのは、

この山の名前は昔の地図にはあるはずですが、この20年は消えている山名です。



栗・楠・楓・椛・欅・桜・樺・ブナ等の大木がある素晴らしい自然林で、地元の人たちの手入れも素晴らしく大切に扱っている山なので、荒らされない為に、あえて名を消している山です。
杉の植栽は殆んどなく、広葉樹の壮大さは、それはそれは見事な山です。


標高、大よそ2300。山頂は大ブナで見通しは効きません。更に動物も住む山ですが地元の人たちは、祭るでもなく山菜等も大切にしている大きな山です。


そんななので、あえて山の名前、場所は出しませんが・・

私は約15年振りに行ってきました。

立ち止る場所で、目に飛び込んでくる木々、葉の色、落ち葉に満たされた土壌。

今村紫紅、玉堂、大観、魁夷・・・皆~・吹っ飛んでしまう。

全国に知られた山だけが良いわけではない。

歩けば、どこにもかしこにも・・素敵なポイントがある。

ツアーで行く連中は、単に遠くへ旅したいだけ。

本当の身近に・・・芸術に勝る、素晴らしい風景画あります。

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口約束は・・契約。

2009年10月01日 | アート・文化

絵描きに作画を依頼し、キャンセルしたと言う話。

それを元に書きます。

………

絵を絵描きに依頼することは

・・・企業に於ける『発注契約書』と同じである。

あるいは、それ以上の重みのある事です。

つまり、人間と人間の間の尊厳を守るか否か。と言う精神を含めて、重いことです。

『絵を描いてください。』という言葉だけでの約束も又・・

【金銭取引と同様の重みを持った・・約束(契約)です。】

その事は多くの人が理解しているから

好きな絵描きさんの原画を欲しくても、版画、ポスターなどで我慢する。

絵描きも人間、創作能力に、あるいは供給能力に限界があるから・・

人気作家の絵の価格は高くなる。

そんなことから、

絵描きに絵を注文する勇気は・中々出来ないものです。更に、出来上がった絵に対するクレームも難しい。

それもあって、画商の存在意義があるところです。

但し、

直接、画家に絵を依頼するような場合は、絵描きの実力を知った上での事になりますから、

絵を注文する事は・・・まさに人間関係を含めた契約になるわけです。

文面にして書くと上記のようになりますが

我々の普段の生活には、こういう約束事が多々あって、自然に口約束を守る事で社会が成り立っています。

然しながら、一人の創造者から生まれる原画作品は、チョッピリ高値の華。という感覚も又あります。

絵は生活品と違う。という感覚も大きいです。

が、

実は生活品も、趣向品も、芸術品も・・・同じです。

社会は約束(契約)の上で成り立っています。

そんな事柄を重々知りながら・・

絵は別だ!とばかりに、約束違反を犯す人もいます。

絵描きは特別とばかり、心では自身より下に見ているのでしょうか?

絵を注文し、絵描きに苦労させた挙句・今は買えない。と、言い出します。

結局、

素直にキャンセルとは言わずに、「誰か買い手を捜す。」とも言い訳します。

自分が注文した事を忘れているのでしょうか?

少なくとも、作業に入る前の早い時期にキャンセルを言いましょう。

絵描きは、注文主の為に描くのですから・・当然、対価を求めるでしょう。

つまる処、こういう人にはNOを突きつけます。

絵を描く作業がどんな事か・・・自分の身に置き換えられない人です。

作業に掛かった・・時間経費、資料、材料代も考えない・・

余程、甘い環境に育ったのでしょう。

こういった人の為に、画家本人のみならず、周りも迷惑を受けます。

ご家族なり紹介者です。

注文作品を描く時、絵描きの神経は相当敏感になる事を知って欲しいです。

実は、今迄書いたような人にお目に掛かりました。

ヤッ〇ャンの厳しい世界では、生きて行けないような約束破り。

人と社会を甘く見ているのでしょうかね。

以上、

私の尊敬する、レイテ海戦で生き残った戦士、上田毅八郎画伯が、

90歳になる今年に受けたキャンセル話でした。

年とっても頑張る画伯に対して、自分の都合だけを云う人がいる。

都合出来なければ、注文しなければ良いのです。

誠に残念な出来事でした。

                2009.10.01

                                                                 Yoh-M.

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上田毅八郎・作品紹介

2009年06月16日 | アート・文化

上田毅八郎さんの作品紹介をします。

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レンブラントの自画像

2009年06月07日 | アート・文化

6月5日。

夜8時まで見られる。という事で、上野で開催中の「ルーブル展」へ行って来ました。

見たい作品は『G・ラトゥ-ル』と『レンブラント』『ベラスケス』『ムリリョ』の4点ですが。

まず、簡単な感想を

『G・ラトゥ-ル』

は、別格の作者。と従来から考えていましたが、再確認です。そして、私には、ダ・ビンチより優れた作者と思えます。人物画において、この人以上の作者がいるとは思えません。画材の乏しい時代にこれほどの作品を残すとは・・・神に近い作者です。

『レンブラント』『ベラスケス』。

この二人の技量は拮抗しているように思えますが、私にはベラスケスの方が好みに合います。色彩が実に豊かに感じるのです。

今回の日記のタイトルは『レンブラント』。下で少し書きます。

『ムリリョ』。

彼の作品には農民の子供とか、農家の家の中、野菜、果物などが多いはずですが、今回展覧された変形の大きな作品は・・興味が全く向きませんでした。やはり、彼の身近な作品群を見たかった所為か、大分残念でした。技術を感じさせない彼の子供達へ注ぐ愛情とか、静物への親しみを再見出来る日を、楽しみにしています。

今回展示された他の作品。

総じて???を感じました。

つまり、綺麗過ぎる。ルーブルには100人もの修復師がいる。そんな知識が邪魔をするのでしょうか?以前見た時あった、板の反りも直されていました。

絵の具の割れ、ヒビ、劣化を示す作品が余りにも少なかったのです。さすがに『G・ラトゥ-ル』と『ベラスケス』の2点だけは、最小限の保護液使用だけで時代をも感じさせました。

当時の白の作り方はフレスコでの表現方と兼ねていると思います。その為か、展示作品全体に白は同じ白色に見えました(白にも色々な白があるのです)。恐らく的を得ているでしょう。ですから、私の目には、現代で制作されたように映った。と言っても充分過ぎる位、「綺麗過ぎました」。そんなで、作品全体の印象は、ルーブル本館で見た時以上でもなく、以下でもありませんでした。

さてさて、『レンブラント』と『ベラスケス』の作風には、大きな差がある事を確認しました。

同世代の絵描きには冷たくとも、他人が認めた歴史的な絵に対しては素直に認める日本人。

これから私が書くことを偏見と捕らえる人が、まず99.99%と思いますが・・お読み下さい。

『ベラスケス』の作品に顔を近くして眺め廻すと・・・絵の具は完全に「筆」で描かれており、絵の具の盛り上がりも又・・・《絵の具顔料による厚み》になっています。筆跡にも堅い(多分豚毛)筋も残っていて、現在の人間の描く方法と殆んど同じです。

反面、《ここからは個人的意見》

『レンブラントの肖像画』では・・・・・おおいに興味ある事を理解しました。

ルーブルにある大作「夜警」で、彼の黒の使い方をほぼ理解しましたが、ネックレス、帽子飾りに疑問を持っていました。

今回、注意されながらも・・強引に真近で、他の大勢の人の目を妨げながらも・・確認しました。1度ならずと3度も確認しました。

《レンブラント自画像の金のネックレス。帽子に飾られた金のリング。》

この部分だけが盛り上がりが有り、然も、僅かな角々した盛り上がりを確認しました。そして更に目を近ずけ見ました。

『本物の金属で出来たリングを一部利用しています。』

純金リング使用ですから、色褪せはありません。

さてさて、長年の疑問が解けた脱力感で暫く混雑の中、警備員の椅子に座らせてもらいました。

何故、こんな疑問を持っていたかと言うと、

『レンブラント』は光と影の作者。とも呼ばれ、その黒の変化に天才性を叫ばれてきました。現在も、美術書、教科書、案内書で、変わりなく尊敬を集めています。が、私の疑問は、日本人修復家と芸大での間にも取り上げられ、1部絵描きも興味を持っていたところです。

では、レンブラントの黒の使い方を伝えましょう。

彼は、キャンバスなり板への下地に石膏と膠を、厚みに変化をつけて塗り、その上に単に1色の黒を塗るだけ。の単純作業でした。

つまるところ、人間の目に映る色は・・光がなければ写らない。

光は、厚い部分と薄い部分では反射率が異なる。当然、人間の目には微妙な変化として映る。

そういうことです。

科学を信じた・・・やはり『天才』の名に値する作品を生み出したのが『レンブラント』です。更に、彼の方法論は模写できないほど微妙なのです。写真を撮るにしても、条件によって夫々異なるはずです。

彼の評価を下げようとは思いません。彼の技術の凄さは、銅版画を見れば分かります。彼の銅版画に匹敵する作者を数えて見て下さい。今、思い浮かべるは、ゴヤ、モロー、ピカソ、長谷川潔、駒井哲郎位でしょうか。

さてさて

『G・ラトゥ-ル』『レンブラント』『ベラスケス』

複雑な思いをもったまま出口へ・・・

西洋美術館の特設売店はもの凄い混雑。で、常設売店へ・・・、そこで、売り子さんではなく、以前知った学芸員とばったり。

彼女に『G・ラトゥ-ル』は凄い。日本に1点(西洋美術館所蔵)あるのも凄い。って褒めたら、奥の部屋に行き、戻ってきて『現在、日本ではこの2点の画集しかないはず。まだ在庫あるから』と言うので、お願いして譲ってもらいました。

これからゆっくり楽しむところです。

先週、家内と息子が二人してルーブル展へ行ったのですが、今手元にある画集2点はなかった。と言います。こそばゆい言葉を貰いましたが・・恐らく増刷するでしょう。

『G・ラトゥ-ル』の人気はこれから爆発しそうな気配。フェルメールの仕事は職人仕事。といわれる位にその作品に差はあります。が、彼等には到底、現代人は及びもつきませんし、まして、宗教観のない日本人は敵う術がありません。

以上、今回の『G・ラトゥ-ル』と『レンブラント』『ベラスケス』の再発見でした。

                                                                    Yoh-M

                        

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