江戸の妖怪、怪奇、怪談、奇談

江戸時代を中心とした、面白い話を、探して、紹介します。

蛇酒で中風が治った話 人形の怪異  「狗張子」

2020-01-26 20:57:07 | 怪談
蛇酒で中風が治った話  人形の怪異
原題は、「伊原 蛇酒を飲む事」(狗張子 巻之三) 

以下、本文。

伊原新三郎 蛇酒を飲む

元和(1615ー1624年)年中に伊原新三郎と言う者がいた。
長いこと浪人をしていた。
ある日、宿を出て、三州の三方ヶ原(静岡県浜松市)
に行った。

夏の暑さ甚だしい日であったが、梢に鳴く蝉の声が、涼しく感じて歩き続けた。
夕暮れになってきて、すずしい風が吹きおこってきた。

ふと見ると、道のほとりに林があり、木の間より見れば、新しく作った家が四つ五つ見えた。
餅や酒をあきなう店であるらしかった。
少し休もうと、立ちよった。
すると、年のほど十五六なる娘、顔が美しいのが出迎えた。
「ここには、お武家様たちが、よくいらっしゃいます、少しご休憩ください。」と言った。
言葉つきは河愛らしく、店に入ってみれば、娘の他には、誰もいなかった。
新三郎が戯れかかったが、この娘は嫌がりもしなかった。
「父も兄も、今は家にはおりません。ご遠慮はいりません。」と言って、大変人懐かしげに馴れかかってきた。
新三郎は嬉しくなってきた。
そうこうしている内に、ともし火をつける位に、日が暮れてきた。
「お疲れでしょう。
まだ、何も食べていないようですし。」と言って、餅をとり出してすすめた。
「酒は、ないのか。」
と聞けば、
「良いお酒があります。」
と答えた。
奥に入って、杯を取り添えて出した。
新三郎は、もとより酒好きであったので、娘と共に二、三杯飲んだが、なくなったので、娘は、また奥に戻っていった。
新三郎は、こっそり、奥の方をのぞいて見た。
すると、大きな蛇を釣りさげていて、刀をもってその蛇の腹を剌し、血がしたたって来たのを桶にうけて、何かを混ぜいれて酒にした。
新三郎心は、恐れ惑って、急いで戸を出て走り逃げた。
娘は、後ろから追かけてしきりに待てと叫んだ。
東の方から、その声に呼応して、
「惜しいことだ。獲物をとり逃がした。」
と言った。
新三郎が、後ろを見かえせば、背の高さ一丈(3m位)ばかりのものが追って来た。
林の中に入れば、何とはわからないが白い事雪のごとくなる物が、木のもとより立あがった。
林の外に人の声がして、
「今宵、この者を捕がせば、明日に我らは大いなるわざわいを受けるだろう。
それ、のがすな。」と叫んだ。

新三郎は、ますます恐ろしくなり、やっと町はづれまでたどりついて、人家の戸をたたいた。
戸を開けて内に入ったが、暫くは、あえいで、言葉も出なかった。
少しして、こうこうの事があった、と語った。

その家の主はおどろいて、
「その林のあたりには、茶店もなく家もございません。きっと、化け物にあって、恐ろしい目にあったので御座いましょう。
地元の人でない、遠方から来た人は、時々化かされて、夜もすがらなやまされて、帰った後には、病気になる人も御座います。
新三郎様は、早く逃れて、事なきを得たのは、目出度いことで御座います。」と言った。

あまりの不思議さに、新三郎は宿に帰って、多くの人を連れて、その酒を飲んだ所に行って見たが、家も
なく茶店もなかった。
人跡まれな野原で、草は茫々(ぼうぼう)としげり、物すさまじく寂しかった。
その野原の中に、草のからまった、長さ二尺ばかりの婢子(ぼうこ:人形)があった。手足が少し欠け損じていた。
これが娘に化けたのであろうと、怪しんだ。
そのかたわらに、長さ二尺ばかりの色の黒い蛇が、腹のあたりが割やぶれて死んでいた。
それより東の方には、人の骸骨が一人分あった。
肉は雨露にさらされて、白骨化していた。
手足筋骨はつながっていて、その白い事雪のようであった。
新三郎たちは、それらを全て打くだいて、薪をつみあげて、焼いて、堀の水の中に沈めた。

新三郎は、日ごろから中風の気があった。
しかし、蛇酒を飲んだためであろうか、病気はすっかり根治したそうである。


編者注:これは、江戸時代の怪談小説集である「狗張子(いぬはりこ)」にある話です。狗張子巻之三 蛇酒。

江戸時代には、百物語を代表とする怪談ものが流行しましたが、「狗張子(いぬはりこ)」もその内の一つです。面白い話が多いのですが、蛇酒で中風が治ったという話があったので紹介しました。

蛇類で、一番多く薬用にされているのはマムシです。
マムシの効能は、多々ありますが、中風もその内の一つです。
これは、妖怪(婢子ボウコ=人形の精か?)に騙されて、蛇酒を飲まされた話です。しかし、蛇の効能のためか、中風が治ってしまった、と言う事です。
婢子(ぼうこ)とは、人形のこと。
これとは別に、「御伽婢子(おとぎぼうこ)」という、怪談集がありますが、
これを現代風に訳せば、「呪いの抱き人形」とでもするのが、妥当でしょう。





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