はるかに遠い夢

沢田研二さんにロ・メロメロ。
ジュリーの事を考えると頭の中がお花畑。
その花を押し花にしたいなぁなんて…

20th anniversary その3

2013年05月03日 | ジュリー トークショー
以下はあくまで私の受けた印象でまとめています。
ニュアンスの間違って受け取っているかもしれませんが、すみません

足取りも軽くステージへ登場されたジュリーは、まず20th anniversary冊子の説明をして下さいました。

「多分2000年の辺りから写真がないと思いますが、それは私の心境の変化というか、見てくれの変化というか、致し方ないことと申しますか、努力をして痩せようという気がなかった。」

「44歳の時から始めて、テレビに出なくなった時どうすっべか、自分は何をやるんだと思った時に、生でやる事を続けよう。
LIVE、音楽劇、そしてトークショー。」

確かこの辺りで、有名なお蕎麦屋さんへ行った時のエピソード。
お店のご主人と奥さんは、何年もジュリーが来てくれないのでお互いに何か気に障る様な事でも言ったんじゃないかと心配していたそうです。
勿論ジュリーは何か言われたから避けていた分けではありませんでした。
久しぶりにジュリーが来てくれて、そういう話題をご本人にもしたのでしょうね。
ところが帰り際、
「沢田さん太っちゃって、イメージくるうわ~」
と、奥さんが発言。
「あんたら、気に障る事言ったかもって気にしてたんとちゃうんかい
チャンチャン

「タイトルはあってないようなもの。
ある程度この話をしようとは思っているんですが、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんがどんどん脱線するもので

そして話題は中学時代の同級生と岡中のグランドで軟式野球をしたお話しへ。

「探偵 哀しきチェイサー2」の広島公演の前の日曜日(つまりおそらく4月7日)に前日の雨の為ぬかるんだグランドで現役の中2の学生さん達と軟球で試合をして20なん対0で負けちゃったそうです。

ジュリーはファースト。キャプテンは中学時代はサードを守っていた田中くん。

孫と言ってもおかしくない年齢の子供たちを相手に、(おじさん達?は)やっと打っても打った瞬間に転げちゃう。

ず~っとノーヒットで押さえられていたけど、(元)キャプテンとして
「何とかせないかん
とショートオーバーのヒットを打ったジュリー
前進していたレフトが受けてからやっと走り出す勢いでしたがギリギリセーフ

守備では、とにかく公演中なので顔にケガをするわけにはいかないと気を遣われていたようで、途中外野に代わったそうですが、すると今度はそこばっかりに球が飛んできてかなり走られたとか

そして、あの有名な平安高校へ田中くんと偵察に行ったお話し。

ユニフォームの字体を真似して変え、練習もかなりハードにするようにしたそうです。

冬場には素振り100本。岡中のグランドから大文字の「大」の中心点まで山水を飲みながら登って下りて来た。
近くの岡崎神社の階段を10本。
この練習のお蔭でジュリーたちは市内4番に
そして次の年の学年は優勝

今回、このいっこ下の後輩の人たちも来ていたそうで、
「澤田さ~ん、見て下さいよ、これが優勝旗」
と、当時の写真をかなり自慢されたそうです。
ジュリーたちは、
「俺らがあんだけ練習させたから優勝できたんやろ?」
と言いたいし、後輩の人たちは、
「俺らがいたから先輩たちの代が4番になれたんやで」
と言いたいようで、面白いです

「澤田がキャプテンになって急に練習が厳しくなった
と、部活を辞めた人もいたが、試合になると呼びに行ったりした。

「そういう事が出来るんですよ、私は」

この辺りから、タイガースのお話しへと繋がったのでした