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THE SAPPORO TRANSIT AUTHORITY (S.T.A)

札幌で活動しているブラスロックバンド、STA(The Sapporo Transit Authority)です。

America

2024-09-10 17:35:34 | CHICAGO
一度は観たいグループ「アメリカ」

シングル「名前のない馬」最初の全米1位獲得ビッグヒットからずっとファンです!
当時やたらと比較されたCSN&Y。
その通り、爽やかに澄み渡る歌声とサウンドは現在も全く変わらず数々の名曲を生み出しています。
いつ聞いても何故か不思議とホッとさせてくれるのだ。
アルバムタイトル最初のスペルがHで始まるのが全盛期の定番。
そしてシカゴとも仲良しでお互いの音楽交流も長い。

アメリカ人なのにイギリスからデビューした「アメリカ」
なんかややこしいね…。
トリオから2人組となり、数年前にビーチボーイズの来日公演の前座として急遽アメリカが参加した時は、こちらの方に興味がやたらと湧きましたね…

ブートも一緒に並べてしまった(^◇^;)

ビル・チャンプリン  独身貴族  Single

2024-08-30 10:54:56 | CHICAGO
ビル・チャンプリン  独身貴族  Single

ウエストコースト系AORボーカリストの代表格といえば間違いなくビルチャンプリン!
と言ってもここ日本で彼の名前が広く知れ渡ったのはChicagoに正式メンバーとして加入してから
かくいう私も同様さ

Chicagoファンクラブ会報誌に
「新メンバーとしてビルチャンプリンが加入したけど彼はマイケルマクドナルドタイプのシンガーだからどうなんだろう?」なんて書かれていた
でも、その後の大活躍は皆さんご存知の通りだ

私は1981年にビルチャンプリンを知り早速、渋谷タワーレコードでビルの新譜「ランナウェイ」を輸入盤で購入(セカンドソロ作品)
めちゃくちゃ豪華な参加メンバー達
1984年Chicagoの来日公演でも披露した「サティスファクション」なんてカッコいいブラスロックそのものじゃんかあ
その直後に先輩が今度はビルのファーストソロをサンプル輸入盤でプレゼントして
くれた
それが写真のアルバム
邦題は「独身貴族」

ビルはサンズオブチャンプリンというバンドを率いてChicagoと同じ1969年にデビュー
何と2枚組アルバムでジャンルはファンキーでソウルフルなブラスロック
彼らは地元サンフランシスコで絶大なる人気を博していたけど残念ながら全米規模にまでは至らず…
その後ビルはバンドを脱退し数々のセッションワークに精を出す
なんたってポップ、ロック、JAZZフュージョン、ブラックミュージック、サントラ、CMソングとこなすジャンルが幅広い。
提供曲では2度もグラミー賞を受賞した。
ヒッピー風な髪をばっさりと切りオシャレにスーツを着込んだジャケットのファーストソロアルバム「シングル」を発表
バンドからの独り立ち宣言だ
次作の「ランナウェイ」も素晴らしいけどコアなファンにとってはこの「シングル」が断然最高傑作だよね
ファンキーなナンバーから泣きのバラードまで満遍なく網羅
捨て曲なしで一気に聴けちゃうよ
セカンドに負けないくらい参加メンバーがゴージャス!
今ならば皆大御所ばかりだけど1978年当時はまだ売り出し中の若者ばかり
TOTO全員、デビッドフォスター、レイパーカーJR、ジェイグレイドン、ポーリーニョダコスタ、マイケルマクドナルド、ダリルホール、シーウインドホーンセクション、そしてマーティペイチ…ETC

Chicagoでのビルも正に職人芸で文句無しだったけど
カリフォルニアトランジットオーソリティのゲストとして来日した際に私が2日間で4ステージをそばで観た時の感動は最早言葉では表現できないほどだった
魂を揺さぶる圧倒的な表現力は半端なかった
改めてプロ中のプロとは…をまざまざと見せつけられた
病を克服した直後とは到底思えなかったよ

そのビルが久しぶりに来日公演を開催
プロフェッショナルなプロジェクト
CWFの新譜CWF3を引っ提げてCWFとしてね
何と8年ぶりの来日公演が決定したChicagoと同じ9月にだ!

起死回生のアルバム、chicago16 LP's

2024-08-18 14:08:52 | CHICAGO
アルバム「シカゴ14」からのシングル・カットはここ日本ではなし
(海外では2曲がシングル化されましたが、チャート的にはアルバム共にまったく振るわず・・・・)

日本では「Chicago13」からの「マスト・ハブ・ビーン・クレィジー」からパッタリとシングル情報が途絶えてしまいました…

テリーの死、シカゴ育ての親ともいえるジェームス・ウィリアム・ガルシオとの泥沼決別、レコード会社の移籍とデビュー以来順調に積み重ねてきたキャリア史上最大の低迷期に
(これは本人たちも認めるところ)

テリー以降のギタリストも安定せず(それだけ彼の存在が偉大だったという事が改めて認識されました)、プロデュース界の大御所ともいえるフィル・ラモーン、トム・ダウド(共に故人)とのタッグも思ったほどの効果を発揮することはできず、往年の輝かしき栄光を取り戻すまでにはいたりませんでした。

そこで起死回生、最後の賭けに出ます

駆け出しで売り出し中、新進気鋭のデヴィッド・フォスターが大抜擢されます(数年前にも彼の起用案がでたそうですが「まだ若い」との理由でChicagoが却下)

彼はデビュー時代からの熱狂的シカゴ・ファンでもあり「なんとか俺の力でシカゴを復活させてみせる!」と誓ったとか

しかし、そのあくなき完璧主義、妥協を許さないデビフォスの姿勢(これはフォスターが尊敬してやまないクィンシー・ジョーンズの指導によるもの)にはシカゴ・サイドとそうとうに軋轢があったそうです

まずはミーティングでシカゴのメンバー達が持ち寄ったオリジナル・ソングは「まったく使い物にならない」と切り捨て、外部のライター達に曲作りを積極的に依頼

それ以外にも一流のセッションマンを多数スタジオに招き入れます(TOTOのメンバー等も含む)

その結果、本家シカゴ達が隅に追いやられる事態に

曲調もそれまでのブラスロック色が大きく後退、ピーターが「愛ある別れ」で提示してみせた当時の流行最先端ともいえるバラードAOR路線を大きくプッシュ

パーカッションのラウジール・ディ・オリヴェイラの解雇
それに代わるようにデヴィフォス人脈から元サンズ・オブ・チャンプリンのビル・チャンプリンが新加入

そして満を持して発表されたのが「CHICAGO16〜LOVE ME TOMORROW」

そこからの第1弾シングルが「素直になれなくて」

1982年5月発売
作者はピーター・セテラ&デヴィッド・フォスター
ボーカルはピーター

全米1位のゴールド・ディスク、UKチャートでも4位、日本でも27位を記録と奇跡の大復活を遂げます
ここから第2の黄金期に突入

デヴィフォスにとっても生涯忘れられないプロデュース業の1枚となりました

今現在でもシカゴといえばこの曲が文句なしにトップを飾るほどの人気曲で、一番の有名曲
コンサートでも必ず最大の山場で披露されます

美しいピアノの旋律からピーターの切ない歌声ではじまるバラード史上、最も上位に君臨する曲

この成功がなければ確実にシカゴは終わっていたでしょう。

しかし往年のファン達は「なんだ?これは??まるでTOTOかジャーニー、フォリナー??みたい・・・」と戸惑い離れていったものです
たしかに私も正直に申しまして最初に聞いた時は複雑な心境でした
「こういうのはシカゴでなくてもいいのではないだろうか?」

口の悪い評論家連中は「アメリカのエア・サプライかオフ・コース」と茶したものです

まあどうであれ良い曲は良い曲

いずれにしてもシカゴにとっては大きなターニング・ポイントともいえる1曲。

この曲のおかげで今のシカゴがあるのです、感謝
ちなみにシングルではフェイドアウトという尻切れトンボのような編集がなされていますが、アルバムでは「GET AWAY」という曲に引き継がれていきます
この曲がアルバ中一番往年のブラスロックを轟かせていて、それまでの鬱憤を晴らすかのごとく溜飲を下げてくれます
エンディングにみられる思い切りのよさが爽快

初期ファンが離れた以上に新しい多くのファンを獲得、アメリカでも屈指のベテラン・バンドとして大活躍しているのですからね

1967年の結成以来、山あり谷ありでも常に第一線で一度たりとも活動の歩みを止めないバンドはChicago以外にいないでしょう

面白いのはバラードしか知らない観客がライブでのシカゴの迫力あるサウンドにぶっ飛んでしまい改めて新しい魅力を知って虜になっちゃったという事実
そこから逆行して古き良き時代のシカゴを聞きまくるそうです

新メンバーのビルもボーカルを担当して、それまでにはなかった筋金入りの本格派ソウルフルヴォイスを縦横無尽に余裕と貫禄をもって披露

長年培ってきた才能を惜しげもなく切れ味鋭い喉で、これでもかというほどに聞かせてくれます。

ビルもそれまでは実力派にもかかわらず、よほどの通にしか認識されていない存在でしたが、これをキッカケに誰しもが知るミュージシャンとなりソロにセッションと引っ張りだこの売れっ子になってゆきます(日本でも)

その後、紆余曲折を経て残念ながらビルは脱退…
しかし、来月Chicagoもビルも(CWF)久しぶりに来日公演を行います🤠🎶‼️

chicago/beginnings POEM58

2024-08-10 17:14:38 | CHICAGO
マニアックな話だから、全く興味ない方はスルーしてね😀

写真はChicago2枚目のシングル
これ、日本ではシングル盤発売無し
まだ世界的にはヒット曲もない頃
make me smile、25or6to4以前…

A面はbeginnings
この時にはヒットせず、後に再リリースしてめでたくヒットを記録
現在もライブにおける重要な大傑作!

で、ここではB面を。
それがPOEM58だ
作者のロバートラム、58作目の作品だとの事
beginnings同様にデビューアルバムに収録されている隠れた伝説の名曲だ
全編が天才ギタリストのテリーキャスが個性全開に弾きまくり
あのジミヘンが絶賛して「俺よりも上手い」と惚れ込みCTAをツアーに引き連れたほどの腕前
ブラスロックバンドだけど、ここでの主役はギター
リフからソロまでかっこよくジミヘンしている
例によって変態的なアレンジ展開で長尺故に、シングルでは中盤からがイントロなのが残念だけど、それはまあ仕方ない
多分このテイクは、いまだにCD化されていないはず
ライブでも初期の頃にしか取り上げていない

ところが、去年、何とChicagoがデビューアルバムをライブで再現するという激レアな企画を実現させた
曲によっては豪華なゲストを何人も迎えてね
POEM58では
誰もが認める異常なくらいのバカテクギタリスト、スティーブ・ヴァイが登場!
映像を見ても、とにかく凄まじい存在感だ
ああ、日本でも観てみたいなあ
ソフト発売はないのかなあ…??!
🤠🎶

CD chicago /back home/the full 1983 westwood one radio broadcast from park west.ch Illinois

2024-08-01 19:12:35 | CHICAGO
これはChicagoが故郷で行った凱旋コンサート
一時は解散直前にまで追い込まれながらも奇跡の復活を果たして第二の黄金期を迎えた頃だ!
ラウジールは脱退してしまいとても残念だけど、ビルとクリスが参加したばかりの貴重な音源
ラジオ放送用だから音質は良好
でもオフィシャルではない…あしからず!
DJによるアナウンスまで入っているしなあ…(^◇^;)
あのバラード以外はテリー時代のセトリなのが嬉しい限り
大ヒットアルバム「17」のレコーディング中でもあり、11年ぶりの来日前年の記録🤠🎶‼️

改めて、ザ・ビートルズは偉大なり!

2024-07-28 00:57:28 | CHICAGO
洋楽にハマり始めた頃から、いつでも周囲にはビートルズ博士の友人が数人いて、しょっちゅうウンチクを教えこまれた。
今では彼らにとても感謝している。
だって、シカゴが初めて札幌公演に来た際のオープニング曲が「マジカルミステリーツアー」だったけど、俺以外誰もそれがビートルズの曲だとは気づかなかった!
シカゴの曲の中に「アイアムアウォルラス」の一節が歌われているのにも1人で狂喜乱舞してたし!

で、御多分に洩れず大好きなビートルズのレコードを購入し出した。ビートルズのレコードってレコード会社の商魂逞しきやり方もあり、ちょいややこしいから、ビートルズ博士にご教授を賜ってね。
でもここで自分のどハマりしやすい性格がわかっているから、なるべくセーブするように誓った。
だって本格的ビートルズコレクターになったら、いくらお金があったってキリがない!
一枚一枚の値段も高目だしね…。あ〜あ、ほどほどで良かったあ…なんて思っていても長年にわたり色々集めている自分にはたと気がつく。メンバーらのソロ、映像、いけないブート、書物関連までキリがない😂
しっかりとビートルズコーナー棚とかまで部屋に設置してるし…😅
まあ、なんだかんだでビートルズは偉大です♪

君はダコタを知っているか?  DAKOTA

2024-07-28 00:35:00 | CHICAGO
ビートルズの解散、グラムロックの終焉と、入れ替わるように現れたパンクロック。
そしてダンシングビートにのってのディスコ。未来の音楽とばかりに急激な発展を遂げたシンセを駆使した電子ミュージックの世界が打ち込みやデジタルを中心に波及。70年代後半にはそれまでの王者的バンド達がもはや時代遅れ、化石扱い、古い過去のものとして嘲笑されるという信じられない事態に陥ってしまいます(ストーンズやツェッペリンなど)。伝説のバンドが次々と解散、もしくは人気失速しての活動停止、休止が相次ぎます。
80年代に突入してMTVの放送開始。と共にPV制作に積極的になるバンド達。
ロックが露骨なるビジネスの世界へ。
ニューロック期には、わりかしバンドとレコード会社はお互い自由に共存共栄の道を歩んでいたのが、ここにきてお金の匂いが漂いはじめます。
ロック界はとにかく売れるバンドを優先的にプッシュ!
このジャンルを「産業ロック」と呼びます。かの渋谷陽一さんが名付け親だとか。
向こうではあまり我々には馴染みがないですが、「ダイナソー(恐竜)ロック」と言うそうです。いずれにせよ己の信念を頑固一徹貫くバンドや、硬派なファンらはそのように揶揄して呼んでいました。
基本サウンドはロックでありながら誰にでもわかりやすく口ずさめるポップなメロディやアレンジ展開、コーラスやサビやソロも琴線震わすフレーズ満載で明らかにヒット狙いが特徴。
その代表的なバンドを挙げていくとTOTO、ジャーニー、ボストン、スティクス、REOスピードワゴン、フォリナーなどなど。
はい!どれもこれも私の大好きなバンドばかりです。なあんだ、結局はいい曲を作った結果彼らが売れたから、なかなか当たらないバンドがそれをやっかんだり、金儲けバンド!と冷ややかにソッポを向きながらも案外カゲでこっそりと聞いてるリスナーが多いんじゃないかなあ。
で、これら大成功したバンドに対しても、全く劣らない作品を生み出してきたのが近年再評価されつあるDAKOTAです。
よほどの通でなければ知らないであろうこのバンド。
なんで売れないの?と思いたくなるくらいに素晴らしい曲を数多く生み出しているのですよ。ふ
とにかく無駄のないコンパクトにまとめ上げられた曲の進行は憎いばかり。
アメリカンロックの良心とでも表現したくなるようなプロフェッショナルエッセンスが、随所に散りばめられています。
このバンドの初期、猛烈にプッシュするべくプロデュースしていたのが元シカゴ、現CTAのダニーセラフィンと、シカゴの弟バンド、マデュラを経てチャカカーン要するルーファスなどで辣腕奮っていたデビッドホウクウォリンスキー。
この2人はコンポーザー、演奏面でも貢献。ロバートラム、クリスピニック、ビルチャンプリンらのクレジットも見られます。エンジニア他にもシカゴファミリーが総出で参加。
バックを固めるミュージシャンも凄腕揃い。
リッチージトー、ポールジャクソンjr、マイケルボデッカー、スティーブポーカロ、アーニーワッツ、ジョンロビンソン他。

Chicago3代目ギタリスト、クリス・ピニック!!

2024-07-24 02:35:43 | CHICAGO
1984年のChicago11年ぶり4度目の来日
追加のNHKホールを含めた武道館コンサートと東京公演を全て観に行った(ライブはTVやラジオで放送された)
なんたって奇跡的な事だったからね
その後、2度目の大ブレイクがやってくるわけだ

で、その時のみChicagoメンバーとして来日した3代目ギタリストのクリス・ピニック!
体格、髭、更にハムバッキングPUマウントしたテレキャスや素晴らしいテクニックにと伝説のテリーキャスを彷彿とさせて大好きだ。
そのMRクリスの誕生日にお祝いメッセージを送った際、彼がGODZILLAフリークだった事を知っていたので(非常にマニアックな話題)その事も書いたら楽しかった来日の思い出を改めて語ってくれた
クリスさん、靴下もGODZILLAのデザインだったでしょう😉🎶‼️

またなんらかの形で来日公演をしてよ!

the beach boys live at knebworth 1980 DVD

2024-06-20 22:52:00 | CHICAGO
60年代、イギリスのビートルズ、アメリカのビーチボーイズと両バンド共に刺激を受け合って音楽の創作活動に余念がなかった

そんな中、ビーチボーイズ中心メンバーのブライアン・ウィルソンが精神を病んでメンバーらと対立を繰り返しアルバム制作も頓挫
それでもブライアン抜きで他のメンバー達は活動を継続するも
70年代は人気も低迷

この頃Chicagoとのジョイントツアーが話題になった
beachicago TOUR!!
双方のアルバムにもメンバーらが参加したりね
アメリカのファンって羨ましいなあ、としみじみ思ったものだ
ロバートラム最初の奥様はデニスと再婚したしね😄

写真は、1980年のイギリスはネブワースにおける伝説のライブ
CD、そしてかなりの時を経て映像もリリース
何が貴重って、黄金のオリジナルメンバーらが集結したのはこれが最後だから。
この後にデニス、カールの兄弟が他界してしまう…

そういえば前年、1979年のネブワースに出演したレッドツェッペリンもボンゾを失ってしまった…

で、ビーチボーイズだ!
次々と繰り出される珠玉の名曲オンパレードで最初からラストまでめちゃ盛り上がりっ放し
キャッチーでコンパクトにまとめ上げられた極上のポップソング目白押し
美しいコーラスワークもさすがパーフェクトで国宝級
達郎、大瀧詠一らが崇拝するだけの事はある
ブライアンはあまり調子が良くない感じ
カールがプレイ面の牽引役
マイクはフロントマンとして頑張っている
デニスはパワフルなドラミングだけど走ったりミスったりしてマイペース
でもやはり愛を感じてしまう
後半に彼がエモーショナルに歌うバラード「ユー・アー・ソー・ビューティフル」は誰もが泣ける
この3年後に他界してしまうだけに…
ビーチボーイズ…実は皆、丘サーファーだったらしい
唯一のサーファーはデニス
その彼が酔ったはずみで溺死してしまうとは…
その日が俺の誕生日だったから鮮明に記憶している

現在もグループは分裂しているけど各自で活動している!