DOL特別レポート【第270回】 2012年5月18日
――早稲田大学ビジネスクール准教授 樋原伸彦
2012年5月6日、欧州では様々な形で民意が示された。ギリシャ総選挙では連立与党が過半数を獲得することができず、その後の連立交渉もうまくいかず、6月再選挙となることが決まった。
ユーロ圏内ではないが、ロシアでは翌日の大統領就任式を控え「反プーチン」の行進が大規模に行われ、多数の逮捕者が出た。そしてフランス大統領選挙では、ドイツのメルケル首相と共に、欧州金融財政危機の収拾にあたってきたサルコジ氏が敗れ、社会党のオランド氏が当選した。
本稿では、フランス大統領に就任したオランド氏の提案する新た政策の方向性が、現在のユーロ危機を解決に導けるのかどうかを焦点に、昨年10月末のギリシャ危機以降の一連のプロセスの中で、今回第2ラウンド入りしたと思われる欧州金融財政危機の今後を展望したい。
緊縮財政政策への
政治的逆風
昨年末2011年12月の拙稿「ユーロ危機は世界不況に発展するか-ポピュリズムが金融危機のトリガーに-」において、中期的シナリオの一つとして提示した、ギリシャ議会選挙及びフランス大統領選挙で、緊縮財政政策が信認を得られず、ユーロ体制が政治的・社会的に耐えられなくなるという可能性がより現実味を帯びてきた。
そして、選挙後の金融市場の反応をみると、拙稿で強調した「政治が経済を動かしてしまう」状況がより深刻となっている。政治指導者、特に独仏の指導者の覚悟・役割が非常に重要な局面となってきた。
選挙という形で、はっきり財政緊縮策へのNoが突きつけられたのが5月6日のフランス及びギリシャでの選挙結果であった。ただ、それに先立つ4月 23日には、オランダにおいても提案されている財政緊縮法案に対して、それまで閣外協力していた自由党が受け入れを拒んだため、ルッテ首相率いる連立政権 が崩壊(次の総選挙は9月)した。
また、スペイン・イタリアでも4月以降、財政再建目標の緩和に動かざるをえなくなっており、ユーロ圏では昨秋以降唱えられてきた財政緊縮策が、国 内政治的に受け入れられにくい状況がすでに生じていた。ユーロ圏内の特に南欧諸国の高い失業率をみれば、政治的に財政緊縮策が受け入れられないのは致し方 ないのかもしれない。
財政均衡を実現するための
成長戦略に実効性はあるか?
オランド新仏大統領が選挙戦で掲げた経済政策は、政策の優先順位を財政規律よりも成長戦略にシフトさせるというものだ。成長のための歳出を増やし、財政均衡の時期は遅らせるものの、高い成長率を実現させることで、将来の財政再建をより確かなものにするという提案である。
しかし、その提案の中で描かれている政策の青写真の中身は、例えば、1)教員の6万人増、2)富裕層への最高75%課税、3)金融取引税の導入な どの大企業向け課税の強化、4)インフラ整備への公的投資、等々である。また、EUの財政新条約についても再交渉を求め、少なくともEU内において、新た に何らかの“成長条約”が必要だと説いてきた。
確かに、財政規律だけを強めたところで、景気が浮揚してこなければ、税収は逆に低下してしまい、財政再建がさらに遠のいてしまう可能性は高い。昨 年10月以降のユーロ危機への緊急的な対応を迫られた「メルコジ」体制では、投資家の理解を得ることを最優先にせざるをえず、短期的に利払いができる能力 と意思があるということを見せる必要に迫られたため、財政規律へのコミットメントをまず強調せざるをえなかった。
しかしながら、財政規律の遵守へのコミットメントに加えて、中期的な成長戦略なくしては、中期的なユーロの持続可能性がおぼつかないことも確かで ある。その意味で、オランド氏の選挙の主張は、必ずしもポピュリズムへの対応というだけではなく、経済理論的にも一定の説得力を持つもので、他のEU諸国 の指導者も理解を示している。
ただ、オランド氏はミッテラン大統領以来の17年ぶりの社会党の大統領で、主要な支持基盤の一つは労働組合であり、所得再分配的な成長支援策が多 く提案されている。果たして、そのような成長支援策が将来の財政均衡実現に資することができるのか、という素朴な疑問は持たざるを得ない。
もっと言えば、現在のようなグローバル化した経済環境の中で、実現性の高い成長戦略を一国の政府が政策として打ち出すことができるのかという、よ り根本的な懐疑も持たざるをえない。日本でもつい最近報じられたように、菅政権が策定した「新成長戦略」のうち成果が出た政策はほんの1割にしかすぎない と、民主党政権自体が総括している。
アレジーナ教授の論文と
財政均衡達成への道
ハーバード大学・アレジーナ教授とボッコーニ大学・ペロッティ教授の1997年の“Fiscal Adjustments in OECD Countries”という論文が、実は最近注目を集めていた。2010年6月30日付けのBusiness Week誌にも“Keynes vs. Alesina, Alesina Who? Economist Alberto Alesina argues that austerity triggers growth”というタイトルの記事がある。
アレジーナ教授の主張は、Business Week誌のタイトルからもわかるように、ケインズ的な積極財政よりも、財政均衡を目指した政策のほうが経済成長には資する、というものだ。96年の論文 はこの主張の根拠を実証的に示そうとしたもので、1960年代以降のOECD諸国の財政状況の膨大なデータの分析を行っている。
分析結果のポイントは、特に所得再分配と政府セクターの雇用に関係する歳出の削減に努力するほうが、増税あるいは公共投資の削減への努力よりも、 財政均衡には資するというものだ。まさに、メルケル首相のこれまでの財政規律を重視する政策を支持する内容となっている。実際、前出のBusiness Week誌によれば、2010年4月にマドリッドで開かれたECの経済財務相会議のコミュニュケで、彼の主張が引用されているようだ。
しかしながら、今回のユーロ諸国における財政危機を解決するために、この処方箋が有効かどうか、については少し注意が必要だ。97年論文の共著者 であるボッコーニ大学のペロッティ教授(ちなみに、筆者がコロンビア大学のPh.D学生の時に、ペロッティ教授はコロンビア大学で教えていて、彼のマクロ 経済の授業を受講した経験がある。当時MITのPh.Dを終えたばかりの新進の助教授であった)のより最近の2011年の論文では、上記処方箋が需要創出 につながった多くのケースでは、輸出が需要創出に大きな役割を果たしていたことが指摘されている。
つまり、公的セクターにおける賃金の低下を呼び水として、民間セクターにおける賃金を含めたコストの低下による対外的な競争力の回復から、外需で景気を上向かせようとする経路が、成功する場合が多いという分析だ。
そこでは通貨安も伴っており、通貨を統合してしまった現在のユーロ各国には残念ながら通貨価値による調整は存在しない。また、輸出の増大のための 賃金の下落も、そのような政策をとることは今回の危機ではより政治的に難しくなっている。また、金融セクターが脆弱になっているため、金利低下による需要 への刺激があまり効かない環境に、現在はなってしまっている。
オランド新大統領が考えるべき
ロードマップは?
選挙中に彼が主張してきた「成長支援策」のメニューに掲げられている諸政策は、恐らく財政均衡達成にはあまり効果を上げないであろう。その意味 で、もし新大統領がフランス国民との約束に律儀であればあろうとするほど、状況は悪化する可能性が高い。特に所得再分配的な政策は、公的セクターの既得権 益を守り、本来生じるべき賃金の下落を妨げることになる。
フランスあるいはより状況が深刻な南欧諸国が直面している状況の本質は、ユーロ圏内で(もっと言うと対ドイツで)産業競争力が低下してしまったこ とにある。にもかかわらず、共通通貨であるため、地域内の通貨安が起こらないことは当然であるのに加え、賃金の下落も生じることなく、需要の水準が下が り、それを補うべく財政が出動したが補いきれず、雇用の調整が始まってしまったという状況だ。
ユーロ安と言っても、そのドイツの状況を勘案したレベルまでしか下がらず、域外向けの輸出を大幅に増大できる状況にはない。オランド新大統領をは じめとした指導者は、ユーロ導入前とは違う、明らかにより困難な状況に置かれていることを、もっとしっかりと認識する必要がある。これまでの処方箋が効果 を発揮する可能性はおそらく極めて低い。
ここで求められるべき政策は、おそらく、ユーロ域内で問題国の相対的な競争力を上げるような政策だ。具体的には、例えば、他のユーロ諸国に比べて ドイツ内での賃金上昇を促すような政策を採らせることだ。そして、その結果生じるであろうドイツ国内でのインフレが、たとえECBが目標とする2%のイン フレ率を上回ったとしても放置することだ。
あくまで、ECBのインフレ目標は域内全域での「平均的な」目標と考えるべきで、南欧諸国がデフレに陥っている場合は、ドイツなどの北欧諸国が相 対的にインフレ状況になることを許容する必要がある。つまり、為替で調整ができない以上、労働コストによる調整がなければ、域内貿易によって問題国の経済 状況の改善は進まない。
対独交渉力の上では
今はオランド新大統領優位
いわゆる「メルコジ」体制が主導してきた緊縮財政策に対する政治的な不人気が、今回の選挙結果ではっきりした。このことで、本稿冒頭で述べたように「昨秋以降のユーロ危機の第2ラウンド」が、今まさに始まったと言える。
5月13日に行われたドイツのノルトライン・ウェストファーレン州議会選では、メルケル首相率いるCDU(キリスト教民主同盟)が歴史的な敗北を 喫した。来年秋に予定されている連邦議会下院選挙の前哨戦でもあったわけで、この敗北はメルケル首相にとっては痛手であることは間違いない。
この地方議会選の結果の解釈は難しいところがあるが、選挙民がより左派的な政策(格差の是正、最低賃金の引き上げ、など)を求めていることは確か だ(しかしながら、メルケル首相の対ギリシャ政策などのユーロ政策への評価が、この地方議会選で下されたとみるのはおそらく早計であろう)。
この州議会選の結果を受けて、来年の連邦議会選を見据えるならば、メルケル首相は何らかの軌道修正をはからざるをえない。その意味で、政治的に は、この直近の状況においては、オランド新大統領のほうがメルケル首相に対して優位に立っていると言える。この状況下で、メルケル首相が、例えば、独国内 の最低賃金の引き上げなどの政策に政治的にのっていく必要を感じているとすれば、そこはぬかりなくオランド大統領はついていくべきだ。
そして、仏国民に対して、なぜ独の最低賃金の引き上げが仏国民にとって意味があるのか丁寧に説明し、フランスひいては他の南欧諸国の競争力の回復 が、このユーロ危機から脱するカギであることを説得するべきだ。そして、大統領選挙中に公約してしまったような仏国内での再分配政策などは、選挙民に忘れ てもらうように仕向けるべきであろう。
5月15日の大統領就任式直後のメルケル首相との会談では、ギリシャ向けのメッセージが中心で、独仏間の経済政策を巡る駆け引きはなかった模様だ が、選挙後の両氏の相対的な政治的パワーは流動化してきており、オランド氏が主導権を握れるチャンスは今後大いにあると言える。
その意味で、もし今回のユーロ危機が中期的に収拾に向かった場合、その功績は、メルケル氏ではなくオランド氏が得ることができるかもしれない。 (メルケル氏は昨秋以降、あまりにドイツの利益を追求しようとした結果、逆にかえって来年の連邦選挙で自身が敗れるリスクを高めてしまったと言える。ユー ロ共同債などにもう少し彼女は柔軟な姿勢をみせるべきであった)。今後は独仏の協調体制を「オラケル?」体制と呼ぶようになるかもしれない。
ギリシャの
ユーロ離脱の可能性
最後にギリシャの今後に一言だけ触れておこう。今回の総選挙後の連立交渉は不調に終り、6月再選挙が決定した。緊縮財政反対・ユーロ離脱を掲げる 極右政党が得票を伸ばした一方で、世論調査によればギリシャ国民の78%がいまだユーロ圏への残留を望んでいるという。また報道によると、ギリシャでは銀 行からのユーロ建て預金の引き出しが始まってしまった模様だ。
緊縮財政は嫌だが、ユーロには残っていたいという明らかに矛盾する希望を選挙民は抱いており、ここはギリシャ政治家の説得能力の真価が試される局 面であろう。再選挙はユーロを離脱するかどうかの最終判断という性格が強まり、EU関係者も現実としてのギリシャのユーロ離脱に向け準備を始めるであろう から、ギリシャ国民も自身の判断の重さに気づかざるをえないはずだ。むしろ、6月の選挙よりはるか前に、銀行への取り付け騒ぎなどを発端に、ギリシャの金 融システムが崩壊してしまうリスクのほうを筆者は心配する。
その意味で、ギリシャのユーロ離脱の可能性は今回の選挙結果を受けてより現実味を帯びてしまったものの、実際に離脱するかどうかにはまだかなりの紆余曲折があるものと予想する。
http://diamond.jp/articles/print/18699
【新連載】
仏大統領決選投票 冷めてたって投票率は8割強
日本にもそんな時が来るんだろうか
【第1回】 2012年5月11日 七種 諭 [写真家]
フランス大統領選はオランドとサルコジによる最終選が行われた。結果はご承知の通り、社会党のオランド氏が勝利した。
雨の多い中で、両者とも力を入れた演説等、最後の票の獲得に躍起になっている姿を見かけた。
ルペンに袖にされて
特にサルコジは、極右翼であるマリー・ルペンに投票した人たちの票を拾い上げようと必死になっていた。その、あさましい姿は、党内部からも反感が出る程だった。
今回の第1回投票でルペン率いるFN党は17%以上の票を獲得し、マリー・ルペン自身も驚き?喜び、そして自信、確信を得た様子だった。
しかしこの人、なんでこんなにTVに取り上げられるんだろう、、、
マリー・ルペンはこのサルコジの行動に対して、私は白票を投じると宣言した。サルコジはあっさりと距離を置かれてしまった。
中道派のバイルーはオランドに1票、もちろん共産党のメロンションもオランドに1票。こうした各党派(それぞれ10%前後の票を獲得した党)の党首のひと声が、最終投票に大きく影響する事は必然だ。
結果、フランスの海外にある領土を除いた得票率はオランド51.67%、サルコジ48.33%。なんだか細かい数字並べてしまった。
なーんだ、思ったよりサルコジ嫌われてないじゃん!
そして、やっぱり思った通り、サルコジは嫌いだけど、でも、オランドに任しては不安だ!と思った人も多かった。思ったよりも接戦であった。
しかし、投票率は8割を超えた!!!らしい。
これは、やはりかなりの高さだと感心してしまう、日本で民意が直接現れる国民投票を行ったとして、この投票率はあり得るだろうか?
さすが、自己主張無しでは、自分の存在は危ういというお国柄、どんなことにも熱いディスカッションがこの国には有る。今回の冷めた選挙戦と言われた大統領選でもこの投票率。いつか、政治に関心を持てる日本が現れて欲しい。
そのためには皆で頑張らないと。
あだ名は「フロンビ」
さて、オランド大統領これからのお手並みは?
ここまでは取りあえずサルコジが失敗して来た事柄を挙げて、自分だったら、そうしないという事だけを主張して来た印象が、多くの国民には映ってい たようだ。公約した5年間で6万に近い教育分野での雇用、警察官5000人雇用、失業率の改善、若者向け公団の建設、原子力の縮小、ガソリン価格据え置 き、リタイヤ60歳への年金支払い、リッチ層への増税、等々。
聞こえはいい。
しかし、こうしたことをやって財政きちんと出来るんだろうか?
ドイツのメルケル首相、イギリスのキャメロン首相、オバマ大統領などから早くも会談のお誘いが有るらしい。オランドが何処まで、公約にあげたEU新条約の見直しを本気でやる気なのか、知りたいらしい。
揉めた末にやっと署名したユーロ各国はユーロ危機からの脱出の望みが掻き消えてしまうのではと不安らしい。
事態はもっと複雑では有ろうが、、、、
問題はかなり山積み、大丈夫かな?
変化を!と叫ぶのはいいけど、まだまだ、これらをどう現実化していくか、きちんとした方針は示されていない。
カリスマ性に欠けるオランド、同党内の大統領候補ドミニク・ストロスカン(元IMF専務理事)が性犯罪問題を起こし棚ぼたを頂いたオランド。選ばれたというよりサルコジよりましのオランド。
僕の15歳になる娘の学校では、彼は「フロンビ」と呼ばれてるらしい。
フロンビとはプリンみたいなおやつ、ふにゃふにゃした中にはしっかりとした芯が有る事を願いたい。
(編集部より:一般の市民の視線で大統領選を切り取ってほしいという編集部の要望に応えて、文中の写真は携帯のカメラで撮影されている)
http://diamond.jp/articles/print/18346