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世界初、原発の見えなかったコストを解明する 日本のエネルギー政策、ゼロから出発するための第一歩

2012年02月03日 20時43分12秒 | Weblog

2012年2月2日 木曜日
伊原 智人


 2011年10月3日、古川元久・国家戦略担当大臣を議長とするエネルギー・環境会議は、「コスト等検証委員会」を設置することを決定した。これは、東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故を踏まえて、ゼロから見直すことになったエネルギー環境戦略を検討するための第一歩であった。特に、従来、安いとされてきた原発のコストなどを徹底的に検証することは、聖域なき検証の大前提になるという認識に基づくものであった。

 これから、5回にわたり、このコスト等検証委員会が、2011年12月19日にまとめた報告書のポイントについて、当該委員会の事務局メンバーが解説する。但し、解説の内容については、各執筆者個人の文責によるものである。

 第1回は、原子力発電のコストについてである。

 原子力発電については、原発事故の前から、国家が何らかのサポートをしないと成り立たないと言われていた。すなわち、電気料金には表れていないが、国家の負担として、国民が別の形(例えば税金)で負担している「隠れたコスト」があるのではないかという指摘である。

 今回の委員会の委員の一人である大島堅一・立命館大学教授は、原発の発電コストを考える際に、国が負担している原発の立地自治体に支払われる立地法交付金なども入れるべきとの主張を展開していた。しかし、これまでの政府や国際機関が行ってきた原発の発電コストの試算において、こうした「社会的なコスト」といわれるコストを勘案した例は、世界的にみても見当たらない。

過去の試算より5割以上高い

 今回の委員会の報告書では、こうした社会的なコストも含めて試算している。具体的には、原発のコストとしては、(1)原発の建設費用などの資本費、(2)ウラン燃料などの燃料費、(3)人件費などの運転管理費といった一般的に発電原価といわれるコストに加えて、(4)事故リスクのコスト、(5)政策経費も含めて試算した。

 その結果は、下限が約9円/キロワット時(注1)であり、上限については示せないということであった。2004年、電気事業連合会が経済産業省の総合エネルギー調査会・電気事業分科会に提出した試算などに基づき、これまでよく言われていた5~6円/キロワット時程度という水準から考えると、下限でも5割以上は高いという試算結果である。

 なぜ、このような結果になったのか。図1をご覧いただきたい。


 2004年の試算と比べて、今回の試算で、どのようなコストが上乗せされているかが示されている。まず、建設費や人件費などの上昇で資本費や運転管理費などが増加した分と、東日本大震災後に示された追加的な安全対策のための費用を勘案して1.4円/キロワット時が増額となる。これに、政策経費ということで、電力会社ではなく、国が支払っている原発関連の費用も、国民が負担しているという意味では発電コストとして計上して、年間3200億円で、1.1円/キロワット時と算出された。
(注1)今回の試算は、それぞれの電源ごとに、2010年に稼働を開始したと想定したモデルプラントを前提に、そのモデルプラントが一定の条件で稼働した場合の発電コストを試算。そのため、稼動年数、設備利用率、割引率などの条件により、発電コストは異なる。原発では、稼動年数40年、設備利用率70%、割引率3%の場合、下限が8.9円/キロワット時。

 さらに、もう1つの社会的コストとして、議論となったのが、事故リスクのコストである。事故リスクのコストとは、今回の事故を受けて、原発について、いったん事故が起こると損害賠償や追加的な廃炉費用など、膨大なコストが発生する。この発生するかもしれないコストについて、何らかの対応を予め取っておく必要があるが、そのためのコストはいくらなのかという問題である。

 この事故リスクのコストについては、委員会においても、特に活発な議論があった議題であった。この事故リスクのコストを試算するにあたり、事故が起きた後の廃炉の費用や、損害賠償費用を算出する前提となる原発事故の影響などについては、技術的な知見が必要であろうという判断で、原子力委員会に協力を依頼することとした。具体的には、原子力委員会で、いったん試算していただいたものをコスト等検証委員会にご報告いただき、コスト等検証委員会でそれらを検証させていただくということとした。

 11月15日、原子力委員会の鈴木達治郎委員長代理(原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会座長)から、原子力委員会での試算結果をご報告いただいたが、その際には、大きく2つの方法が示された。1つは、損害想定額に事故の発生確率を掛けた「期待損害値」といわれるものであり、もう1つが、損害想定額を、原発事業者全員で準備するという「相互扶助方式」といわれるものである。

 まず、前者について、議論がなされたが、コスト等検証委員会では、4人の委員がそろって、前者の期待損害値については、不十分であるとの指摘した。その際の趣旨は、以下の通りである。

原発事故の保険料は算定できない

 本来、事故リスクに備えるためには保険が一般的であり、そのための保険料をコストとして見込むのが適当である。その保険料を算出する際、とても低い確率だが、極めて大きな損害が発生するような場合は、期待損害値だけではなく、追加的なコスト(リスクプレミアム)を見込むべきである。

 さらに、今回の福島原発事故のような原発のシビアアクシデントのように、よりまれで深刻な被害が発生する場合は、リスクプレミアムを計上することも困難ということで、このような観点から保険料を算出できないという結論になり、そうであれば、期待損害値を事故リスクコストとすることはミスリーディングになりかねないということで、採用しないこととなった。

 そこで、もう一方の「相互扶助方式」を検討した。相互扶助方式は、シビアアクシデントが生じた場合の損害を、原発事業者全員で負担しようという考え方によったものであり、損害想定額を、一定の期間で積み立てると仮定した場合の積立金を、事故リスクコストとしてカウントしてはどうかという考え方である。議論の結果、疑似的な保険制度として、このような考え方で、事故リスクコストを出すことはありうるということになり、この委員会では、損害想定額を40年間で積み立てるという場合の費用を事故リスクコストとすることになった。

 なお、損害想定額については、図2をご覧いただきたい。原発のシビアアクシデントの際の損害想定額を算出するにあたり、過去の例としては、世界でも、スリーマイル島、チェルノブイリ、福島しかなく、今回の試算にあたっては、福島を参考に算出することとした。
 原子力委員会では、東京電力に関する財務・経営調査委員会が推計した追加的な廃炉費用と損害賠償額を基に試算した(図2の紫色部分)。コスト等検証委員会では、それに加えて、行政経費、除染費用の一部、損害賠償の基準の変更による増額分などを追加して算出した。

 しかしながら、ここで、(1)含まれていない費用があること(図2のオレンジ色部分)、(2)今回の相互扶助方式を一種の保険として捉えた場合、事業者は十分な余裕をもって事故リスクに備えるべきとの考え方から、これはあくまでも下限値であるとされた。


上記の議論の結果、原発の事故リスクのコストは、割引率3%、設備利用率70%、稼動年数40年の場合、0.5円/キロワット時が下限であり、上限は示せないこととなった。

使用済み核燃料の再処理コストは?

 原発のコストについては、しばしば、バックエンドの費用はどうなっているのかという質問を受ける。原発のバックエンド費用とは、発電した後に出てくる使用済みの核燃料の処理にかかる費用のことである。

 日本では、バックエンドについては、核燃料サイクルということで、再処理という工程を経て、MOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料という形にして、原発でまた使うという前提で試算されてきた。今回は、この点についても、事故リスクのコストと一緒に、原子力委員会に協力を依頼したが、その際に、様々な方策の試算をお願いした。

 その結果として、原子力委員会からは、大きくわけて3つの方策を前提とした試算結果が提出された。1つが使用済み核燃料全てをすぐに再処理して、それでできたMOX燃料をまた発電に使うというサイクルを前提とした「再処理モデル」(図3)、もう1つが、「直接処分モデル」といわれる方策で、使用済核燃料全てを地層処分という形で、一定期間、地上で冷却した上で、地下深くにそのまま埋設するという方法である(図4)。3つ目は、半分は20年貯蔵後、再処理し、残りの半分は50年貯蔵後、再処理をするという「現状モデル」である(図5)。

 それぞれのコストを比較した結論としては、再処理モデルは、直接処分モデルよりも、約1円/キロワット時高く、現状モデルはその中間的に位置するというものであった。ただし、この試算は、モデルプラントの試算であり、かつ、現在の日本の実態に必ずしも合致していない前提の部分もあることから、今後、日本におけるバックエンドの選択肢の議論がなされる場合には、我が国の現在の状況を前提とした具体的なシナリオをもとに試算がなされるものと考えられる。




今回、原発のコストについて、世界的にも前例がない事故リスクのコストや政策経費という社会的コストを加味した形で試算をしてみて、他の電源と比べても、やはりその試算の難しさを認識せざるを得なかった。特に事故リスクのコストは上限が示せなかったように不確定要素が多い。ただし、少なくとも、試算のフレームワークを示せたことは意味があり、今後、さらなる検証を可能にしたことは評価されるべきものと考えている。

(次回に続く)
このコラムについて
フクシマ後の電力コスト

 東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故で、日本のエネルギー環境戦略はゼロから見直すことを迫られた。政府はその第一歩としてエネルギー・環境会議に「コスト等検証委員会」を設け、従来、安いとされてきた原発のコストなどの徹底検証を進めてきた。同委員会が、2011年12月19日にまとめた報告書のポイントについて、事務局メンバーが解説する。但し、解説の内容については各執筆者個人の文責によるものである。

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著者プロフィール
伊原 智人(いはら・ともひと)


フクシマ後の電力コスト


風力と地熱は、原発や火力と同じくらい安くなりうる
日本初、再生可能エネルギーの発電コストを体系的に試算する

                       2012年2月9日 木曜日
田中 良典

コスト等検証委員会が昨年12月に取りまとめた報告書のポイントの解説の第2回目に当たる今回は、将来の主要電源として期待が高まる再生可能エネルギーの発電コストと普及ポテンシャルに焦点を当てて紹介したい。

 2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故を契機に、政府は昨年夏、原発への依存を低減すると同時に、省エネルギーを進め、再生可能エネルギーの比率を高め、化石燃料をクリーン化する、という新たなエネルギー戦略の基本理念を示した。

 この基本理念を具体化するための中長期的な戦略・計画を夏までに策定するに当たり、原発が果たしてきた電力供給の穴埋めを再生可能エネルギーは、いつ頃までに、どの程度まで果たすことができるのだろうか。この問題を考える上で初めに直面した疑問が、以下の2点であった。

 (1)他の電源と条件をそろえて比べた場合、再生可能エネルギーの発電コストは、どのレベルにあり、いつ頃までにどの程度まで下げられるのだろうか?

 (2)地域の特性に左右されがちな再生可能エネルギーは、日本において、どの程度まで普及するポテンシャルがあるのだろうか?

 (1)の発電コストについて見ると、これまで、原発や火力発電とコスト比較ができるように試算条件を揃えた上で、再生可能エネルギー設備が新設された場合の、現在及び将来のコスト試算を体系的に行った例は過去に見られなかった。

 (2)の普及ポテンシャルについて見ると、関係省庁がそれぞれ行った調査の定義や前提条件の異なる数字が、それらの違いを十分に認識されないままで他の電源の発電電力量との比較に用いられて、議論がかみ合わない事態がしばしば見られた。

 こうした背景を受けて、コスト等検証委員会では、再生可能エネルギーについても(1)や(2)の検証を行うことにより、今年の春に向けて検討する新しいエネルギーミックスや地球温暖化対策の選択肢提示に必要な基礎的材料を提供することとなった。

燃料費と社会的費用はかからない

 前回の解説でも触れたとおり、コスト等検証委員会では、2010年、2020年、2030年に新たに運転を開始するモデルプラントを想定し、それらの稼働年数にわたって発生する(1)資本費、(2)燃料費、(3)運転管理費、(4)社会的費用(環境対策費+事故リスク対応費用+政策経費)の合計額を、稼働年数期間中に想定される発電電力量で割るという計算式に基づき、発電単価(円/キロワット時)を試算した。

 再生可能エネルギーの試算に当たっては、(2)燃料費がバイオマス発電など一部を除き、かからないこと、(4)社会的費用については、温室効果ガスを排出しないこと、事故リスク対応費用を上乗せする必要がないこと、技術開発予算などの政策経費を直近のわずかな電力量で割った値をコストに上乗せするのは適当でないこと、などの理由から、基本的には、(1)資本費と(3)運転管理費を発電電力量で割るという計算式を用いることとした。

 その上で、割引率、稼働年数、建設費(補助金実績や事業者ヒアリングなどを踏まえ、上限値と下限値を幅で設定)、将来の価格見通しのシナリオのパターンに応じて、複数の試算を行った。この結果、例えば2010年の新設プラントの発電単価を見ると、住宅用太陽光で48パターン、地熱では120パターンとなった。その全てをここで紹介することはできないが、概観を紹介すると次のページの通りである。


風力は量産効果、技術革新で価格が下がりうる

<風力> 風力(陸上)については、立地条件によって建設コストが異なるが、系統強化・安定化のための追加投資もなく、建設コストが安いなどの条件が揃えば、2010年のモデルプラントで9.9円/キロワット時と試算された。

 2030年モデルプラントで見ても、量産効果・技術改善・ウィンドファームの大規模化などによるコスト低下を見込んだ「国際エネルギー機関(IEA)のシナリオ」の低減率を用いて試算すると8.8円/キロワット時となり、社会的費用を上乗せした原子力や石炭、LNGと同等のコストになりうると試算された。

 一方で、立地条件により建設コストが高い場合や、欧米と比べて立地制約・輸送制約などの高い日本の特殊性を勘案し、価格低下が見られない場合には、2010年や2030年のモデルプラントにおいて17.3円/キロワット時で高止まる、との試算も示した。

 風力(洋上)については、着床式を想定し、資本費を陸上風力の1.5~2倍と見込み、2010年モデルプラントで9.4~23.1円/キロワット時、2030年モデルプラントで8.6~23.1円/キロワット時と見込んだ。

<地熱> 地熱については、稼働年数も長く、安定的な発電が可能という特徴があり、発電コストは2010年や2030年のモデルプランともに10円/キロワット時前後と試算され、コスト的には社会的費用を上乗せした原子力や石炭と同レベルとなった。

 ただし、この試算には地熱資源量の調査費用が含まれていないこと、規制区域外から規制区域内の熱源に向けて斜め掘りして水平距離が長いと、コストが増え、掘り当てる確率が下がることに留意する必要がある。

<太陽光> 太陽光については、2010年モデルシステムは、近年の補助実績や関連事業者へのインタビューに基づき試算したところ、30円/キロワット時以上と、他の電源と比べても高い水準となった。

 この点については、ここ2~3年の足元の急速な価格低下を反映していないとの指摘も見られたが、[1]他の電源とデータ収集方法を揃えるという理由や、[2]世界的な需給ギャップを受けて、海外企業の倒産を招くような無理な価格低下が適切な生産価格を反映していると言えるのか、という理由から、上記のとおり試算を行うこととなった。

 しかし、将来については、欧州太陽光電池工業会(EPIA)の累積生産量見通しを用いて、生産量が増えることにより価格が低下するという学習効果や、耐久性の向上などの技術進展を前提とした試算を行ったところ、2030年には大幅な価格低下が期待され、現在の2分の1から3分の1となり、石油火力よりも安くなる可能性が示された。

系統安定化費用や電源線費用を試算に含めなかった理由

 再生可能エネルギーのコスト試算に当たり、大きな議論になったのが、「系統安定化費用」を試算コストに上乗せするか否かであった。

 電力システムは、瞬時瞬時の需要と供給を一致させる必要があるが、発電量が気象条件に依存し、出力の調整が難しい太陽光や風力などの導入が拡大していくと、そのための系統安定化対策(発電側への出力抑制装置の取り付け、蓄電池や揚水による需給調整、電圧変動対策など)が必要となる可能性があることが、その理由である。

 しかし、全体の電源構成によって、必要な系統のあり方や対策は異なるため、エネルギーミックスの検討結果から導かれる日本全体の再生可能エネルギーのマクロ的な導入量に応じて、最適な系統安定化対策を検討した上で、トータルな対策コストを考えるべきとの理由から、今回の個別の電源の発電コストには系統安定化費用は上乗せしないこととなった。

 また、再生可能エネルギーだけでなく、原子力も火力も同様であるが、発電所から電力系統へ連系する「電源線の費用」も、今回のコスト試算に計上すべきではないかとの議論も行われた。しかしながら、電源線は、電源の出力規模や距離に応じて、電力系統へ連系する電圧階級や線種が異なり、また、その長さや通過する地形により、コストが異なり、一概に特定の電源の発電コストとして計上するのは難しいことから、今回の個別の電源の発電コストには上乗せしないこととなった。

再生可能エネルギーの導入ポテンシャルを検証する

 再生可能エネルギーの普及のポテンシャルについては、省庁や電源の違いにより、少なくとも6つの政府系の調査があったことから、共同事務局(内閣官房、経済産業省、環境省、農林水産省)においては、まずこれらの調査に含まれる様々な数字の違いが、どのような定義の違い(例:賦存量、導入ポテンシャル、導入可能量)、対象区分の違い、前提条件の違いを要因とするのかを突合させて、整理した資料を作成し、報告書の参考資料3として示すこととした。

 その上で、系統制約や制度的制約、経済性の確保などは勘案していないが、現在の技術水準の下で、自然条件などにより現状では事実上開発が不可能な地域を除いた再生可能エネルギーの導入量という、一つの客観的データであり、エネルギーミックスの選択肢を検討するのに参考となる指標である「導入ポテンシャル」に着目して、複数ある各省の数値を電源別に統一して示すこととした。

 具体的には、陸上風力、地熱、太陽光の導入ポテンシャルを示した図2~4をご覧いただきたい。それぞれ、導入ポテンシャルの数字を、規制地域の内外(図2、3)、発電コストに直結する資源の特性(図3)、立地条件(図4:屋根、壁面、耕作放棄地)といったカテゴリーごとに分類(緑の○)して示すことにした。

 また、参考情報として、2007年度実績(ピンクの○)、現行のエネルギー基本計画の2030年推計値(紫の○)、電源の設備利用率の特性から比較対象となる大規模集中電源の2007年実績(青の○)を示すことにした。

 さらに、コスト等検証委員会の委員からは、(1)導入ポテンシャルの数字は経済性(事業採算性)を加味しておらず、コスト試算に用いた諸元データのもとになった施設の立地条件と、導入ポテンシャルがあるとされた区域の発電単価は必ずしも一致しないことから、導入ポテンシャルの数字が実現するためには経済制約や制度制約などを克服する不断の努力が必要であることを読者に誤解のないよう図示すべきとのご指摘を受けた。

 また(2)どのような区域・場所の発電単価がどうなっているのかが分かるように図示すべき、などのご指摘も受けた。しかし、(2)については、すぐに答えを出せる作業ではないことから、苦肉の策として、発電単価の「イメージ」を、色にグラディエーションを付けて図示することにした。

 以下が、導入ポテンシャルを検証した結果である。

陸上風力は系統及び系統間連系の強化が課題

 陸上風力の導入ポテンシャルは、保安林外・国有林外・自然公園外で約2,700億キロワット時あり、風況がより良い場所では、ベース的な電源としての役割の一部を担う可能性が示された。

 ただし、北海道北部、東北北部などの風況の良い場所では、受け入れる余裕のある電力会社の現状の系統から遠く離れていることが多く、震災前には、従来の系統接続可能量を考慮すると、約170億キロワット時程度が風力の導入可能量ではないか、との推計も見られた。このことから、このポテンシャル量が実際に開発されるためには、系統及び系統間連系の抜本強化や、さらなる制度的な制約が解消されることが喫緊の課題であることが示された。



地熱は立地上の制約を克服する必要あり

 地熱発電の導入ポテンシャルは、国立・国定公園の特別保護地区・特別地域外の制約が少なく、かつ、150℃以上の熱水資源が利用できる場所で約260億キロワット時ある。地熱の出力安定性も勘案すると、条件の劣る場所も活用することにより、ベース電源の一定の部分を担うことが期待される。

 地熱の導入可能量拡大には、国立・国定公園内への立地に必要な許可要件の明確化や、地元温泉関係者などとの共生強化などの政策的課題を解決し、また、導入可能量拡大を進めやすくするような技術開発・実証研究などを進めていく必要性が示された。



太陽光は設置可能な場所の有効活用を

 太陽光の導入ポテンシャルは、屋根などの比較的条件が良いと考えられる場所で約930億キロワット時ある。こうした場所をフルに活用することができれば、ピーク、ミドル電源としても用いる火力発電の炊き減らしに資する電源として期待される。

 ただし、930億キロワット時は、日本の一戸建ての家で設置可能なほぼ全ての屋根、及び、現在普及の遅れているマンションや公共施設・工場などでパネルが設置可能なほぼ全ての屋根へのパネルの設置に成功した場合の数値である。

 太陽光発電の普及には、低コスト化に向けてさらなる技術開発を進めていくとともに、耕作放棄地や、マンション、工場などの壁面などで設置を進めていくための制度改革、それらに採算性を持たせるノウハウの開発が不可欠であることが示された。



今回、原子力や火力などの電源と比較可能な形で、再生可能エネルギーの現在と将来のコスト試算を行えたことは、大きな前進ではあった。しかし、技術進歩や、ビジネス環境の変化が激しい再生可能エネルギーについては、不断にコスト試算を更新していく必要性が高いと考えている。

 また、普及ポテンシャルの分析の改良を進め、誤解を招かないよう数字の持つ意味を十分に説明することにより、幅広い関係者が、優先順位を付けて政策課題を「選択」し、その克服に優先順位を付けて「集中」して努力するための出発点となり、制度改革・政策支援・ビジネスを加速させる可能性があると考えている。

 (次回の「節電コスト」に続く)

 

「原発依存度低下」「再エネ比率向上」は実現できる

日本のエネルギー・ミックスを考える    

2012年3月1日(木)

伊原 智人

前回から読む)

 この「フクシマ後の電力コスト」のシリーズも最終回となった。これまでの4回は、今回のコスト等検証委員会の報告が、これまでの発電コスト試算と比べて有する特徴的な点を中心に紹介してきた。今回は、それらの個別の電源の検証結果を踏まえて、全ての電源のコスト比較の結果をまとめつつ、今後の展開を紹介したい。

 まず、今回、検証した個別の電源のコストの結果をまとめながら、比較していきたい。グラフ1をご覧いただきたい。なお、このグラフでは、2010年と2030年のモデルプラントの両方の検証結果を示しているが、ここでは、主に2030年のモデルプラントにおけるコストを前提に議論をしていきたいと思う。

[画像のクリックで拡大表示]

 各電源の発電コストの試算結果は、それぞれ下記のように要約できる。

○原子力のコストについては、原発が立地している地方自治体に国の予算から支払われている立地交付金などの政策経費や重大事故のリスクをカバーするためのコストなど、いわゆる「社会的費用」を勘案すると、下限でも1キロワット時あたり約9円となり、従来言われていた1キロワット時あたり5~6円という水準よりも5割以上高くなった。さらに、原子力については、上限を示すことが困難ということとなった。

○石炭火力やガス火力については、2004年のコストの水準と比べると、燃料費の上昇や二酸化炭素(CO2)対策によって、コストは上がっており、1キロワット時あたり10~11円となった。しかしながら、その水準は、原子力の下限の数字と比べても、さほど大きな差異はなく、競争力があるといえる。

○風力については、幅はあるものの、下限の場合(比較的安いコストで建設が可能な場合)は、原子力の下限と比べても、遜色ないレベルといえるであろう。しかしながら、それなりのコストで設置できる場所に制約があったり、送電線系統の増強や出力安定のための対策が必要という追加的なコストがかかったりする場合がある。

○地熱については、出力も安定しており、ベース電源としての役割も期待できる上、コストも1キロワット時あたり10円前後と、原子力や石炭と対抗しうるレベルにある。但し、その導入ポテンシャルの制約などがあるといった課題もある。

○太陽光は、一定の規模以上の導入が進んだ場合、電力システム全体としての系統安定化などの課題があるものの、世界市場の拡大に伴う量産効果によるコスト低減が見込める。その場合、コストは、現在の2分の1あるいは3分の1となる可能性も見えている。

○小水力やバイオマスについては、コストは高めであるが、地域資源の有効活用という側面もあり、地域によっては、新しいエネルギーミックスの一翼を担いうる。

○コジェネレーションシステム(コジェネ)は、コストを発電電力量だけで割ると、ガスコジェネの場合、1キロワット時あたり20円前後となっているが、同時に生成される熱の価値を勘案し、その分を発電コストから引くと、1キロワット時あたり11円前後となる。この水準は、大規模集中電源と比べても、十分に競争力を有しているといえる。

○省エネについては、本シリーズの第3回で「節電所」として紹介したとおり、家庭でのLED照明導入に代表されるように、一部の省エネ製品については非常にコストが安く、発電以上に効率的な選択肢となりうることが明らかになった。

 以上を総括して、今回の試算結果から何が分かったのか?

 全ての電源に長所、短所がある

 昨年7月29日に、エネルギー・環境会議がまとめた『「革新的エネルギー・環境戦略」策定に向けた中間的な整理』という報告書がある。その中で、示されている、
・原子力依存度の低下
・再生可能エネルギーの比率の向上
・省エネによるエネルギー需要構造の抜本的改革
・化石燃料のクリーン化、効率化の進展
といった新たなエネルギー・ミックス実現に向けたシナリオが、コスト面から考えた場合に、決して無理なものではないことは示されたといえるだろう。

 他方、少なくとも、現時点で、いずれかの電源が、他の電源と比べて、圧倒的にコストが安く、その電源で決まりというようなことはないことも明らかになった。また、全ての電源に長所短所があるということも明らかになった。

 つまり、どのようなタイムスケジュールで、どの電源を、どのように組み合わせていくのかということを考えることが、新たなエネルギー・ミックス実現に向けたシナリオを考えるということになる。

 なお、図1のグラフについては、あくまでも、今回、コスト等検証委員会で試算した結果のうち、それぞれの電源について、ある一定の条件のもののみを並べており、一部の方から、批判をいただいている。事務局としても、悩んだ点ではあるが、ただ単に全ての試算結果を並列的に並べるだけでは、この委員会の目的を果たすことができないと考えた。できる限り、実態に近い数字を用いて比較することで、電源のコスト比較が可能と考えて、このグラフを作成した。もちろん、検証する目的や観点によっては、別の条件を使って比較した方が適切な場合もあるかもしれない。今後、公開しているシートを活用し、より深い分析がなされることがあるかもしれない。

 実際に、第4回で紹介したCall for evidenceに対して、2月20日の締切日までに、海外も含めた様々な方々や組織から、合計16の提案をいただいた。今後、それらのご提案を整理し、本報告のさらなる進化につなげたいと考えている。

欧州も共通の課題に直面している

 最近、欧州に出張をした際、「Energy Roadmap 2050」に関するディスカッションなどを持つ機会があった。

 「Energy Roadmap 2050」とは、欧州委員会が、昨年12月に発表した2050年に向けたエネルギー政策の選択肢を示し、7つのシナリオを提示した報告書である。

[画像のクリックで拡大表示]

<表1>「Energy Roadmap 2050」の各シナリオの特徴
【現行トレンドシナリオ】

【現行トレンドシナリオ】
 参照シナリオ 2010年3月までに採択された政策に基づくシナリオ
現行政策主導シナリオ 参照シナリオに欧州委が既に提案済の政策も加味したシナリオ
【低炭素シナリオ】2050年温室効果ガス80%~95%削減
 高省エネシナリオ 2050年に2005年比41%の省エネを実現するシナリオ
供給技術多様化シナリオ 特定の支援策を講じない炭素価格に基づく市場ベースの技術導入シナリオ
高再生可能エネルギー
資源シナリオ
強力な再エネ支援により、2050年に再エネの割合を最終エネルギー総消費の75%、電気消費の97%にするシナリオ
CCS遅延シナリオ CCSが遅れ、炭素価格を通じて原子力のシェアがより高いシナリオ
低原子力シナリオ 現在建設中の原子炉を除き、原発の新設を見込まない一方、発電の32%にCCSを導入するシナリオ

 そこで、改めて感じたことは、今後のエネルギー政策、特に今後のエネルギーミックスをどうしていくかについては、どの国にとっても、大きなチャレンジであるということである。もちろん、国によって、自国が持っている資源、近隣諸国との関係、自然条件、これまでの経緯などに応じて、異なる状況ではあるが、原子力については使用済み核燃料をどう処理するかというバックエンドの問題も含めた不安感、火力については燃料調達と温暖化の問題、そして、再生可能エネルギーに対する期待は高いものの、その不安定な出力や高コストという課題を克服しようとしている状況という意味では、共通しているのではないかと感じた。これらの意識は、「Energy Roadmap 2050」に分析されている7つのシナリオを見てもわかるであろう。

  個人的な見解であるが、エネルギーは、水や食料と並んで、国民生活の基盤であり、産業の競争力にも直結しているという意味で、国力を左右する要素であり、国家として、これらの安定的な確保は至上命題といえるだろう。だからこそ、世界中の国が必死に考えているのである。

 こうした中で、3.11を経験した我が国が、現在の状況をどう克服し、どのようなエネルギーの選択を行うかについては、多くの国が関心を持っている。

今夏、日本のエネルギー・環境戦略が決まる

 さて、我が国のエネルギー選択に向けた今後の展開はどうなるのか?

 第1回で申し上げた通り、このコスト等検証委員会の報告書は、ゼロから見直すことになったエネルギー・環境戦略を検討するための第一歩である。そして、その二歩目、三歩目として、今、総合資源エネルギー調査会、原子力委員会、中央環境審議会で、激論が交わされている。これらの議論の結果を踏まえて、それぞれの会議体において、エネルギーミックス、核燃料サイクル政策、温暖化対策の選択肢の原案が、今春に示される予定である。

 これらの選択肢は密接な関係を有する。核燃料サイクル政策は、原子力発電のシナリオと無関係でないことは明らかであり、温暖化対策は、エネルギー政策と表裏一体といえる。従って、これらの選択肢をバラバラに議論して、選択肢を絞っても、その絞られた選択肢同士が整合的でなければ実現性のないものとなってしまう。

 従って、今春にそれぞれの選択肢の原案が示された時点で、エネルギー・環境会議において、それらを整合的に組み合わせた今後の日本のエネルギー・環境戦略の選択肢を作り、国民的な議論を行うことになる。そして、この夏には、その選択肢の中から、我が国の今後のエネルギー・環境戦略を決定することになる。そこまでの道のりは決して短いものではないと考えられるが、決して歩みを止めることは許されないであろう。

 最後に、今回のコスト等検証委員会の報告書についての個人的な評価を書かせていただきたい。

 この報告書については、昨年末の発表以降、新聞や雑誌でも、いろいろと評価・検証いただいている。勝手な思い込みかもしれないが、政府が出した報告書という意味では、比較的ポジティブな評価を多くいただいていると認識している。ただ、私としては、本報告書の取りまとめ以後に、委員の方々からいただいたコメントが深く印象に残っている。

「本委員会では、議論を戦わせることが出来たことが爽快であり、相当、言いたいことが言えた」

「経済界などの要請を受けて報告書の説明をしたが、非常によくできた報告書で、数字も非常に客観的で納得感が高いという評価を受けている」

「自分が全く知らない外部の方から、本委員会は大変な成功であり、委員間の満足度も極めて高いでしょうと言われることが、大変うれしい」

「一番の成果は、社会的費用を発電コストに盛り込むという、世界最先端の枠組みの報告書を政府としてとりまとめたこと」

 ある意味では、内輪でのほめ合いのようなものであるかもしれないが、これらのコメントが、本報告書の特長を言い表しているのではないかと思う。

 こうした特長を有する報告書の作成に携われたことに感謝するとともに、この難しいミッションを短時間で成し遂げた委員の皆様には本当に敬意を表したい。

Nikkei Business

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20120130/226648/




一触即発、過去10年間で最も危険な「米国とイラン」 「ホルムズ海峡封鎖」で米国は攻撃か?

2012年02月03日 19時23分10秒 | Weblog
2012年1月20日 金曜日 菅原 出

最初に、2012年の国際安全保障情報について

2012年国際安全保障情勢は「凶」

 2012年、国際安全保障情勢の運勢は「凶」。何といっても米国、中国、ロシア、フランス、韓国、台湾などで指導者が交代し、各国の国内政治が不安定化することが、外交・安全保障の世界にネガティブに反映される。国内で支持を得るために国外での危機を利用するという政治力学も生まれるため、国際関係は緊張しがちである。その筆頭は米国大統領選挙だろう。有力なユダヤ人票をめぐり、オバマ大統領はイランに対する弱腰姿勢は見せられない。米国によるイランへの経済的締め付けがさらに強まれば、イランの反発も高まり、米軍撤退で不安定化するイラクやアフガニスタンに対する介入も強まる。イラン核開発に拍車がかかれば、イスラエルによる軍事行動という悪夢も現実味を増す。中東の不安定化は必至だ。同様にアフガニスタンからの米軍の撤退が南アジアに力の空白をつくり、印パ対立や伝統的な中印対立にまで火をつける危険性がある。

 また米国が「アジア回帰」をはかり中国への牽制を強める中、南シナ海、東シナ海、そしてミャンマーで米中間の緊張が高まりそうだ。アジア各国の漁船や監視船同士の偶発的な事故が米中を巻き込んだ軍事衝突に発展してしまう可能性も排除できない。

 そして朝鮮半島では、金正恩後継体制が先軍政治を引き継ぎ、危機を煽って世界が騒いだところで譲歩したように見せかけて利益を得る「瀬戸際外交」を仕掛ける可能性が大である。「危機」を仕掛ける相手は日本になるかもしれない。

高まる米・イラン間の軍事的緊張

 イラン核問題をめぐりペルシャ湾岸地域の緊張が高まっている。

 1月5日までに欧州連合(EU)加盟27ヵ国が、イラン産原油の輸入を禁止することで原則合意したと発表した。昨年11月に国際原子力機関(IAEA)が、イランの核兵器開発疑惑を指摘する報告書を理事会に提出して以来、イランに対する経済制裁がさらに強化されている。12月末には、米国が原油代金の決済に使われるイラン中央銀行と取引する外国銀行に制裁を課す法律を成立させ、イランからの原油輸入を続けるEU、中国や日本にイランからの輸入量削減などを求めた。EUはイラン企業の資産凍結などの追加制裁を決定し、日本政府もイランに対する追加制裁を閣議決定していたが、さらなる米国からの圧力を受けて、EUが原油輸入の原則禁止に踏み切り、日本政府も1月になってイラン産原油の輸入を段階的に削減することで合意した。

 こうした経済制裁強化の動きを受けて、イランは12月末よりホルムズ海峡周辺で大規模な軍事演習を実施。1月2日には新型の地対艦巡航ミサイルの試射も実施した。また、イラン産原油の輸出に制裁が課された場合、「ホルムズ海峡の封鎖」を命じることを革命防衛隊幹部が示唆し、国際原油市場に衝撃が走った。さらにイラン軍のアタオラ・サレヒ将軍が、米空母に対して「ペルシャ湾の以前の場所には戻らないように助言及び警告をする」と述べて欧米諸国を威嚇した。

 これに対して英国のハモンド国防相は、「イランがホルムズ海峡を封鎖した場合、軍事的に封鎖を解除する方針を表明し、パネッタ米国防長官も1月8日に、「イランが核兵器を開発すること」と「ホルムズ海峡を封鎖すること」を「レッドライン」だと明言。

 続けて、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長も、イランがホルムズ海峡を封鎖する能力はあるとしながらも、「それは許容できない行為であり、それはわれわれにとってだけでなく世界中の国々にとって許容できない行為だ。(もしイランがそうした行為に踏み切った場合)我々は行動を起こし海峡をオープンにする」と述べ、米・イラン間の軍事的な緊張が高まっている。

米国の対イラン政策とは?

 過去数年来、イランの核開発問題をめぐっては、米軍によるイラン空爆論、イスラエルによるイラン空爆論など、「戦争近し」の情報が何度も浮上し、「○年○月がデッドライン」とする無責任な観測が出ては消えてきた。

 現在の米・イラン関係は、少なくとも過去10年間でもっとも緊張が高まり、もっとも「戦争に近い」状況になっているのは間違いない。

 しかし両国ともに全面的な軍事衝突を求めている訳では決してない。少なくとも米国は、軍事オプションを「ラスト・リゾート(最後に最後の手段)」と考えている。そもそもオバマ政権は発足当初「イランとの対話」を重要な外交政策の一つに掲げていた。あれから3年経った現在、オバマ政権はイランに対してどのような戦略で臨んでいるのだろうか。

 昨年11月22日に、オバマ政権で国家安全保障問題担当米大統領補佐官を務めているトム・ドニロン氏が、米ブルッキングス研究所で開催されたシンポジウムで、イラン政策についてかなり詳細に説明している。同政権のアプローチを知る上で貴重な証言なので、少し長くなるが細かくみていきたい。

 ドニロン補佐官はまず、ブッシュ政権から引き継いだ、オバマ政権発足当初の米・イラン関係とイランの国際社会における位置について振り返って説明した。当時はイランに対して国際社会は統一した立場をとることができず、バラバラであった。イラク戦争以来の米国の単独行動主義に対する批判は強く、米欧、米露、米中間に隙間風が吹いており、イランに対する統一した立場などとりようもない状況だった、とドニロン氏は言う。中東地域におけるイランのパートナーであるハマスやヒズボラの勢いも強く、イランの影響力が高まっている、という地域情勢だった。

 そこでオバマ政権が当初とった政策は、イランに対して対話のオファーをすることだった。これには二つの側面があり、一つはもちろん真剣に対話を進めようというものだが、その裏には、「米国が態度を変えてイランに対話を呼び掛けたにもかかわらずイランが応じずに米・イラン関係が悪化した場合、イランに責任を転嫁できる」という読みがあったという。

 「すなわち、米国が対話を仕掛けることで、それが失敗に終わった後、米国はイランの態度に問題があるということで国際社会の支持を動員する能力を高めることができると考えたのだ」

 そして実際にこの通りの事態が起き、米国はイランの責任を問う上で非常に大きな影響力を持つようになった、とドニロン氏は言う。

 またイランの核開発計画に関する情報活動を強化することで、これまで知られていなかったイランの核開発活動を暴き、「核開発は平和利用のためである」というイランの主張の正当性に傷をつけた。その結果、イランを非難する国際社会の声が強くなった。こうした政策の積み重ねの後、イランに対する国連安保理の経済制裁を成立させ、イランを経済的に締め付け、イランが核開発に必要な資源や物資やノウハウを得るためのコストを押し上げて、核開発を遅らせたのだという。つまりオバマ政権は、「核開発問題で悪いのはイランである」という大前提を国際社会に認知させる土壌をつくった上で、イランを経済的・外交的に孤立させる国際的な取り組みを進めているというのである。

 こうしたオバマ政権の政策により、イランは厳しい経済制裁の下に置かれ、核開発に必要な物資の調達に苦しみ、実際にイランの核計画は大幅に遅れたとドニロン氏は言う。実際2009年1月に政権が発足した時、イランはすでに5000機以上の遠心分離機を稼働させており、2007年時点でイランの原子力エネルギー担当の大臣は「4年以内に5万機の遠心分離機を稼働させる」計画を発表していたが、2011年末現在で、稼働中の遠心分離機は6000機以下である。

 ドニロン補佐官はこうした数字から、オバマ政権がとった経済的な制裁強化措置により、イランの核計画が遅れたと結論付けた。

 また12月2日には、レオン・パネッタ国防長官が同じくブルッキングス研究所で講演し、中東政策について話している。

 パネッタ長官はこの中でオバマ政権の中東政策の3つの柱として、【1】イスラエルの安全保障、【2】地域の安定、【3】イランが核兵器を取得することを防ぐこと、と述べており、ここでもイランの核武装阻止は大きなウェートを占めている。そして、

 「イランの脅威に対抗するためのオバマ政権のアプローチは、外交手段が第一であり、前例のない広範な経済制裁を課すことと、湾岸諸国や拡大中東地域における主要なパートナーとの安全保障協力を強化することの2つである」

 と説明した。そして、「これらの努力によってイランの孤立は一層深まっている。経済的圧力、外交的圧力、そして集団的な防衛体制の強化という作戦は正しい路線だ」と述べた。さらに、「イランに対する軍事攻撃をいつまで延期するのか」との質問に答えて、「1年かも知れないし2年かもしれない。それはターゲットを破壊できる能力をいつ手にするのかにもかかっている。率直に行って、いくつかのターゲットは攻撃するのが極めて困難だ」と述べた。

 またパネッタ長官は、軍事攻撃では究極的にイランの核兵器製造能力を破壊することにはならず、単純に遅らせるだけにしかならない点も指摘した。

 「さらにより大きな懸念は、意図しない結果を生む可能性であり、究極的には反動を産むことになりかねないということだ」と述べ、米国が攻撃を仕掛けた結果、せっかく弱体化していた現在のイランの体制が突然権力を再び確立して、地域における支持を再び集めてしまうことになりかねない点も考慮していることを明らかにした。

 またこうした攻撃をすることで米国が国際社会からの非難を浴びることになってしまうことや、イランからの報復のターゲットとなって米国の艦船や軍事基地が攻撃の対象になるという物理的な被害。さらに経済的な被害にも言及し、「現在の欧州の極めて脆弱な経済、米国の脆弱な経済にとって余りに大きすぎる反動となる」と述べ、「だから、われわれはこの種の攻撃が招く意図しない結果について慎重にならなければならない」と締めくくっている。

 こうした政権高官の発言から、米国が軍事オプションには非常に慎重であり、あくまで外交的な圧力、経済的な締め付けでイランの核開発を「遅らせる」ことを目標に政策を進めていることが分かるであろう。

相手の意図を読み間違える可能性は高い

 しかし、欧米を中心とした対イラン経済制裁がイラン経済にさらに打撃を与えると、現イラン政権としては、国民の不満を海外に向けざるを得ず、対外強硬姿勢を危険なまでに強めてしまう可能性も否定できない。イラン経済は自国通貨リアルが急落し、一般市民にまで経済不安が広まっていると報じられており、もう戦争ムードが漂っているという報道まで散見される。

 米国側は「締めつけてイランに正しい選択をとらせる」というのが目的だが、米国側が「締め付け過ぎてしまう」とイランが過剰に反発するリスクも高まる。しかも、米国側が、「イランが暴発して戦争を仕掛けてくることはないだろう」とたかを括っているとすれば、危険な事態になりかねない。

 一方のイランも、「米国はイランに対して軍事攻撃などできるはずがない」と考えている節があるので、お互いに「これくらいならば挑発しても相手が行動を起こすことはないだろう」と相手の意図を読み間違える危険性は十分にある。

 イランは3月2日に議会選挙を控えており、国内ではアフマディネジャド大統領派と<強硬派聖職者+革命防衛隊指揮官クラス+バザール商人>の保守派内部での権力闘争がますます激しさを増している。

 イランの核政策や対外政策はこの熾烈な国内権力闘争とも複雑に関係しており、(外から見て)合理的な判断が下されるとは限らない。

 現在のところ、イラン政府も米政府も「やるぞ」という意思を明らかにすることで相手を威圧することを狙っており、それが本当に戦争をするということとは別である。

 しかし、現状はあまりに多くの危険な要素が米側、イラン側やその周辺にあるため、一端何らかの事故や小競り合いが生じた場合に、振り上げたこぶしを下ろすことができずにエスカレートしてしまう危険がかつてなく高まっている。

 イランは2月に再度ホルムズ海峡付近で軍事演習を実施することを明らかにしており、イスラエルと米国も近く「過去最大規模」の合同軍事演習を実施する予定である。双方を仮想敵とした軍事演習を近くで実施するというのは、否応なしに緊張を高めることになる。

 イラン側が高速艇で何らかの挑発行為を仕掛け、米軍側が「限定的な」反撃を加えるものの、「限定的な」軍事行動では済まずにエスカレートしてしまう…などといったシナリオも十分に考えられよう。

激化する諜報戦が対立をさらにエスカレートさせる!

 さらにリスク要因として考えなくてはならないのは、米国やイスラエル、それに英国などがイランの核開発計画に関する情報を収集するだけでなく、その計画を妨害するためにさまざまな諜報活動を行っていることである。

 オバマ政権は国際的なイラン孤立化政策をさらに強化するためにも、イランの秘密の核開発プログラムを暴いてイランの「悪事」を世界に知らしめようと考えている。また、イランが核開発に必要な機器や物資を調達できないような妨害活動や、核計画にかかわっている科学者に対する亡命工作や、場合によっては拉致・暗殺といった作戦も実施していると考えるべきだろう。

 イラン政府は12月8日に国連安全保障理事会に書簡を送っているが、その中で、

 「イラン・イスラム共和国に対する米国政府による挑発的で秘密裏の作戦は過去数ケ月間増大し一層激しくなっている」と説明している。

 また先に紹介したドニロン補佐官も、「われわれはイランのいかなる核関連の活動であっても察知できるように精力的に活動を進めるだろう。われわれはそうした(秘密の)計画を暴露し、イランを国際的な査察の下に置くのだ」と述べており、秘密諜報活動の存在を認めている。

 当然こうした米国の活動に対して、イランの反発は強まり、防諜活動はもちろんのことさまざまな対抗措置や挑発行動をとることが予想される。実際過去数カ月間で、両国の水面下での暗闘の激しさを物語るようなニュースが続いている。

 昨年、11月21日には、CIAのスパイ・ネットワークがイランとレバノンで摘発され、十名以上にのぼるCIAのスパイたちが逮捕されたことが明らかになっている。11月12日にはテヘラン近郊の武器庫で爆発が起き革命防衛隊の隊員30名以上が死傷する事件が起きた。

 また12月にはイラン上空に侵入した米無人偵察機がイラン側に「撃墜」される事件が発生し、イラン情報省がCIAのスパイを拘束する事件も発生した。さらに1月に入ってからも、イラン革命裁判所が12月に逮捕したCIAのスパイに死刑を宣告して米国との緊張が高まり、さらに11日にはテヘラン北部でイラン人核科学者が爆弾攻撃で殺害される事件も発生した。

 これらの事件が全て両国間の諜報戦の結果なのかどうかは不明だが、こうした水面下での暗闘が対立をエスカレートさせ、両国とも引くに引けない状況に陥る危険性は否定できない。

 言うまでもなく、オバマ大統領は今年大統領選挙を控えている。自身の再選のために、米国内のイスラエル・ロビーをはじめ、親イスラエル勢力に対して気を使わざるを得ない状況に置かれており、いかなる対イラン宥和姿勢もとることはできないのが政治的現実である。

 つまり、米・イラン双方共に国内政治的な文脈から相手に妥協はしにくく、経済制裁は強化されてイランは厳しい状況に追い込まれ、それでも核開発は前進して危険な方向に進んでいく。そうした中で米・イラン双方に軍事的に相手を威嚇しており、その間にも双方の諜報機関が水面下で暗闘を繰り広げているという状況なのである。

 米・イラン関係はかつてないまさに一触即発の危険な状況にあると言っていいだろう。

【主要参考文献】

“As currency crisis and feud with West deepen, Iranians brace for war”, The Washington Post, January 6, 2012

“Panetta, Dempsey Discuss Iran Situation”, DoD News, January 8, 2012

“US dismisses Iranian threats over carrier”, Financial Times, January 4, 2012

“Israeli and US troops gear up for major missile defense drill after Iran maneuvers”, The Washington Post, January 6, 2012

“Iran Warns U.S. Warships to Stay Out of Gulf”, The Wall Street Journal, January 4, 2012

“Iran threatens to take action if U.S. carrier returns to Persian Gulf”, Haaretz, January 3, 2012

“Iran threatens U.S. ships, alarms oil markets”, The Washington Post, January 4, 2012

“Commander Underlines Navy’s Power to Protect Iran”, Fars News Agency, January 9, 2012

“Establishment factions to face off in Iranian elections”, The Washington Post, January 4, 2012

“Iran criticized over enrichment at Qom bunker”, Financial Times, January 9, 2012

“Iran sentences US man to death for working for CIA, adds tension to spat over nuclear program”, The Washington Post, January 9, 2012

“Iran and International Pressure: An Assessment of Multilateral Effort to Impede Iran’s Nuclear Program”, The Brookings Institute, November 22, 2011

“Iran demands U.S. apology for drone flight”, The Washington Post, December 4, 2011

“Remarks by Secretary of Defense Leon Panetta at the Saban Center”, U.S. Department of Defense, December 2, 2011
このコラムについて
隠された戦争

この10年は、まさに「対テロ戦争の時代」だったと言って間違いないだろう。そして今、この大規模戦争の時代が「終わり」を迎えようとしている。6月22日、オバマ大統領がホワイトハウスで演説し、アフガニスタンから米軍を撤退させる計画を発表したのである。
米国は一つの時代に区切りをつける決断を下したが、イラクもアフガニスタンも安定の兆しを見せておらず、紛争とテロ、混乱と無秩序は、世界のあらゆる地域に広がっている。そして東アジアでは、中国という大国が着実に力を蓄え、米国の覇権に挑戦し始めたかに見える。
無秩序と混乱、そしてテロの脅威が拡大し、しかも新興国・中国の挑戦を受ける米国は、これから限られた資源を使ってどのような安全保障政策をとっていくのだろうか。ポスト「対テロ戦争時代」の米国の新しい戦争をレポートする。

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著者プロフィール

菅原 出(すがわら・いずる)
菅原 出

1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。
日経BP社
日経ビジネス オンライン 

隠された戦争  菅原 出 2011年9月13日(火)

2012年02月03日 18時55分48秒 | Weblog
この10年間で一番変わったCIA  調査集団から戦闘集団へ変貌
                       2011年9月13日 火曜日

菅原 出


 2011年9月11日で、911米同時多発テロが発生してからちょうど10年になった。
この10年間、米国の安全保障機構は平時から戦時の体制へと大きく転換したが、その中でも最もドラスティックに変わったのが米諜報コミュニティのボス的存在である米中央情報局(CIA)であろう。

 911テロが起きた時、CIAは、「米国を狙ったテロを予測できなかった」として大きな批判を浴びた。しかし、国家安全保障にかかわる米政府機関の中で、最も国際テロ組織アルカイダの脅威に精通していたのが、CIAだった。

 実際CIAは、テロ発生の直前まで「アルカイダが米国を狙ったテロを計画している」と警告を発していた。2001年5月~6月にかけて、アルカイダによるテロを示唆するインテリジェンスが30本以上集まっており、6月4日に開かれた米下院の情報委員会で、CIA対テロセンター(CTC)のコファー・ブラック部長(当時)は、

 「私が懸念しているのは、わが国がこれまで以上に大規模で破壊的な攻撃の瀬戸際に立たされているということです」

 と証言していた。

 また今では有名になったが、8月6日の大統領日次報告には、「ビン・ラディンは米国で攻撃を行う決意である」という見出しが付けられ、アルカイダのテロリストたちが航空機をハイジャックする可能性についても言及されていた。しかし、肝心の「いつ」「どこで」といった詳細が不明だったため、迅速な対応がとられることはなく、911の当日を迎えてしまった(拙著『戦争詐欺師』講談社)。

 このため、911テロに対する報復攻撃として始まった対アフガニスタン戦争において、CIAは主導的な役割を果たし、アフガン戦争は「CIAの戦争だ」とまで言われるようになった。

 これ以来、CIAは伝統的な情報収集・分析集団から、敵を探し出して殺害する戦闘集団へと変貌を遂げていった。

10年間で2000人を殺害したCIA

 911テロから10年間、戦闘集団と化したCIAが、すでに2 000人以上の敵を殺害していると聞いたらびっくりするだろうか?

 CIAは伝統的に情報収集と分析がその主たる役割である。1947年、当時のトルーマン大統領は、「独立した機関がホワイトハウスに対して国際問題に関する客観的な情報を提供することを求めて」CIAを設立したと記録されている。

 戦争に関する政策を立案し、実施するのは国防総省の仕事であり、国防総省にも情報収集・分析を担うセクションがある。しかし、政策を立案している官庁は、自分たちの政策に都合のよい情報を大統領に提示する傾向がある。そこで大統領は、政策決定を下す上で客観的なインテリジェンスを必要とし、そのために「独立した機関」としてCIAを設立したのである。だからこれまでCIAの情報分析は国防総省とは異なり、両者は対立することが常だった。

 といってもCIAにも準軍事部門があり、テロリストや反乱勢力を密かに暗殺したり、米国の脅威となる政権を転覆させるために反政府勢力を密かに支援したり、そのための軍事訓練を提供したり、といったいわゆる秘密工作を行うこともあった。

 しかし、これはあくまで特別な例であり、秘密工作を日常の活動として行ってきたわけではなかった。911テロ以降の対テロ戦争で、CIAはプレデターという無人機を使ったミサイル攻撃と、対テロ追撃チームという特殊作戦チームによる急襲攻撃という二つの軍事攻撃を自ら実施する戦闘集団となり、従来の情報機関としての役割から大きな変貌を遂げているのである。

 この対テロ作戦において、CIAの中で主役に躍り出たのが、対テロセンター(CTC)である。911テロ当時は300人程度のスタッフしかいなかったCTCは、現在では2000人のスタッフ ―実にCIA全体の職員の約10%― を擁する一大勢力になっている。

 CIAの分析官の約20%は、無人機攻撃のターゲット(標的)となる人物のデータを収集・分析する任務に就いている。無人機作戦は、CIA内部でも花形の部門となり、優秀な人材がこの分野に求められ、CIAでキャリアを積むうえでも重要な経験となっている。無人機作戦以外の軍事作戦も含めると、CIAの分析官の実に35%が軍事作戦を支援するための分析作業を実施しているという。

無人機攻撃は今やCIAの通常任務

 プレデターはもともと偵察機であり、高性能のビデオカメラを搭載し、上空から敵対勢力の動向を調べる偵察任務のために使用された。これにミサイルを搭載し、リモコン操作で発射して敵を暗殺出来るような技術が確立されたのは比較的最近のことだ。

 911テロ発生当時、無人機からのミサイル攻撃はまだ実験段階で、この技術に対する信頼性が確立されていなかったのだが、それだけでなく、倫理的な側面からもこれに反対する声が諜報コミュニティ内に存在した。『ウォールストリート・ジャーナル』とのインタビューに答えて、元ホワイトハウスの対テロ・アドバイザーだったリチャード・クラークは次のように述べている。

 「われわれは(ミサイル搭載型の無人機を)完成させたのだが、誰もがその“暗殺のための道具”を前にして狼狽していた」

 この初期の段階の躊躇にもかかわらず、ブッシュ大統領(当時)はテロリスト暗殺のために無人機を使用することを正式に認め、2002年にCIAと軍はそれぞれ無人機の使用範囲について合意に達した。この両者間の合意によりCIAはパキスタンで、軍はアフガニスタンでそれぞれ無人機を使用することになった。

 それでもCIAは、オサマ・ビン・ラディンかアルカイダ・ナンバー2のアイマン・ザワヒリを発見した時以外は、ミサイルを発射する前に必ずパキスタン政府と協議しその同意を得てから攻撃を実施することにしていた。

 ところが次第にパキスタンとの関係は悪化し、パキスタンは2006年までにアフガニスタンとの国境沿いで活動する武装勢力と次々に停戦合意を結び、CIAの無人機攻撃に関する要請にタイムリーに応えなくなっていった。一方、米政府の中では、「パキスタン軍は事前に無人機攻撃に関する情報をアルカイダに教えている」と疑う声が強くなっていった。

 遂に2007年にはCIAは一度もパキスタンでミサイルを発射することがなかったという。そこで当時のCIA長官マイケル・ヘイデンがブッシュ大統領に対して、パキスタン政府との事前協議の合意を反故にするよう働きかけを強めた。CIA内でパキスタン政府に対する不満はピークに達していたという。このCIAの要請にブッシュ大統領がゴーサインを出したことから、2008年の後半には28回の無人機攻撃が実施された。

 オバマ政権になると、アフガニスタン、パキスタンに対する政策の優先順位が上がったこともあり、CIAの無人機攻撃は劇的に増加する。米国のシンクタンク「ニュー・アメリカン財団」の調査によれば、2009年一年間で53回の攻撃が行われ、2010年には118回、2011年は8月末時点ですでに56回の無人攻撃がパキスタン国内で実施されている。

 この間(2004~2011年)、同財団の調べでは、無人機攻撃により、少なく見積もって1658人、多く見積もると2597人の死者が出ているという。わずか10年前には、CIA局員の中にさえ、この“暗殺のための道具”の威力に恐れおののいて、その使用を思いとどまろうとする機運があったはずなのだが、もはや無人機攻撃はオバマ政権の対テロ戦略の中核に位置づけられる重要な作戦となり、CIAにとってごく日常的な活動になってしまったわけである。

CIAと軍特殊部隊の統合

 CIAはこの無人機攻撃の標的に関するインテリジェンスを集め、アルカイダやタリバン幹部の隠れ家を突き止めるため、パキスタンに民間の契約スパイを無数に送りこんで諜報活動を展開している。この「民間契約スパイ」とは、CIAの正規職員ではなく、CIAの諜報活動を支援するために臨時に雇われている元軍人などのことである。

 この事実が明るみに出たのは、今年の一月だった。レイモンド・デービスという米国人が、パキスタン東部の町ラホールで、白昼堂々パキスタン人二名を射殺する事件が発生した。デービス氏はすぐにパキスタン警察に逮捕されたが、彼は外交官パスポートを持っていた。後に彼は外交官ではなく、CIAと契約して働く「民間スパイ」であることが暴露され、両国は外交関係断絶の瀬戸際まで対立を深めた。

 こうした米国の秘密諜報活動にパキスタン側は不満を募らせ、対米不信を増大させていたが、そんな矢先にオバマ大統領は特殊部隊をパキスタンに送り込み、ビン・ラディンを殺害してしまった。パキスタン政府の把握していないCIAの秘密諜報活動の結果、ビン・ラディンの隠れ家が突き止められ、一方的に特殊部隊が送り込まれ、主権を踏みにじられる作戦が、パキスタン国内で実施されたのである。

 5月2日にパキスタン北部の町アボッターバードでオサマ・ビン・ラディンを暗殺した特殊作戦は、CIAの指揮の下、米特殊部隊シールズが実行した作戦だった。CIAと米軍のエリート精鋭部隊が、数十年にわたる敵対関係に終止符を打ち、信頼関係を築いて共同作戦に乗り出したことが、この作戦の成功につながったと言われている。

 911テロ後、国防総省は統合特殊作戦司令部(JSOC)を対テロのエリート集団へと編成し直し、CIAも主たる情報収集の対象をテロの脅威に絞った。しかし、それでもブッシュ政権下では、ドナルド・ラムズフェルド率いる国防総省(ペンタゴン)と、ジョージ・テネットが率いるCIAの関係は非常に悪く、ラムズフェルドがCIAのインテリジェンスを信用せずに、ペンタゴン内に新たなインテリジェンス・チームを作って対抗させたり、独自のヒューミント(人的情報)活動を始めたりして、その対立を悪化させた。また戦場の現場レベルでも、例えばCIAの支局長がまったく知らない秘密活動を、JSOCの特殊部隊が実施していて両者が対立するなどという事態が起きていた。

 ペンタゴンとCIAの対立は、ブッシュ政権後期に国防長官がラムズフェルドからロバート・ゲーツに替わってから大きく改善した。ゲーツはもともとCIAのソ連情勢の分析官であり、CIA長官まで務めた人物である。

 さらにJSOCを率いたスタンリー・マクリスタル中将(当時)がイラクの現場レベルでCIAとの連携の道を開いていったと言われている。それまでは「学者さん」として軍で馬鹿にされていたCIAの分析官たちも、何度もイラクに派遣されることで、現場のオペレーションの文化を理解するようになり、軍の側もCIA分析官の持つ広範な知識の有用性を理解するようになった。

 CIAと軍のインテリジェンス機関とのリンクが、技術的にも精神面でも強まり、技術情報や人的情報を統合して分析する流れが出来ていった。マクリスタル中将は、CIA長官、JSOC司令官と中央軍司令官や他の高官からなるワーキング・グループをつくり、CIAと軍の協力体制を制度的にもフォーマルなものへと格上げすることに貢献したと言われている。

オバマ政権で、アフガニスタン戦争が同政権の新たな戦場になると、CIAと軍の関係はさらに強化される。2009年にレオン・パネッタCIA長官(当時)とJSOCのウィリアム・マクレイブン大将は、アフガニスタンにおける共同特殊作戦の原則について合意し、秘密協定を結んだという。

 2010年12月にパネッタ長官がアボッターバードの隠れ家にビン・ラディンが潜んでいる可能性についてオバマ大統領に報告すると、大統領は具体的な攻撃計画の策定を指示。するとパネッタ長官はマクレイブン大将に協力を要請し、同大将が2011年1月にラングレーのCIA本部に足を運んだ。軍の特殊作戦司令部のトップがCIA本部を訪れるというのは極めて珍しいことだった。

 マクレイブン大将は、米海軍の特殊部隊シールズのエリート部隊「チーム6」の作戦将校を抜擢して、アボッターバードの隠れ家に関する作戦計画をつくらせた。この海軍大佐は毎日ラングレーに出勤して、CIAの特別チームと共に作戦計画を練り上げたという。こうしてビン・ラディンの隠れ家に対する攻撃において、CIAと軍特殊部隊の統合が進み、両者の共同作戦という新しい軍事介入の形が発展していったのだった。

イエメンで拡大されるCIAの無人機作戦

 ビン・ラディン暗殺作戦の成功を受けて、CIAと米軍、とりわけ特殊作戦司令部の関係はますます強化され、彼らの共同作戦は政治的にも高い評価を受けた。

 CIAの無人機作戦は対テロ戦争の有効な手段としてホワイトハウス内での評価が上がっており、今後パキスタン以外の国でも採用されていくのは間違いない。政治的混乱が続くイエメンでは、すでに2009年12月から現地のアルカイダ勢力をターゲットとした無人機攻撃が実施されているが、CIAは最近、イエメンでの活動拠点を増やし攻撃を拡大させる方針を明らかにしている。また、CIAは、国名を明らかにしてはいないものの、イエメン以外の国でも密かに秘密の基地をつくって無人機作戦を拡大させる計画を持っているという。

 911テロから10年。かつて米諜報コミュニティ内で倫理的な側面から反対する声の強かった無人機攻撃は、今やCIAにとって日常的な活動となった。本来、独立した情報機関として設立された当初の機能から大きく逸脱し、今や軍と統合した軍事作戦を自ら実施する戦闘集団へと変身した。

 オバマ大統領は、アフガニスタンから米軍の撤退を開始し、大規模な軍隊を派遣した戦争の終結を明らかにしているが、その代わりにCIAや特殊部隊などの「目に見えない部隊」を使った秘密作戦は拡大させるつもりである。情報収集・分析集団から戦闘集団へと変身し、軍の特殊部隊と統合するCIAは、ますます秘密作戦の担い手としてその存在価値を高めているようである。

【参考文献】

“CIA shifts focus to killing targets”, The Washington Post, September 2, 2011

“Drones Evolve Into Weapon in Age of Terror”, The Wall Street Journal, September 8, 2011

“A decade after the 9/11 attacks, Americans live in an era of endless war”, The Washington Post, September 5, 2011

“Drones Alone are Not the Answer”, The New York Times, August 14, 2011

“The Long, Winding Path to Closer CIA and Military Cooperation”, The Wall Street Journal, May 23, 2011

“Spy, Military Ties Aided bin Laden Raid”, The Wall Street Journal, May 23, 2011

“CIA Plans Yemen Drone Strikes”, The Wall Street Journal, June 14, 2011

“CIA. Building Base for Strikes in Yemen”, The New York Times, June 14, 2011

“Drone Attacks Split U.S. OffiCIAls”, The Wall Street Journal, June 4, 2011

菅原 出(すがわら・いずる)1969年、東京生まれ。中央大学法学部政治学科卒。平成6年よりオランダ留学。同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。国際関係学修士。在蘭日系企業勤務、フリーのジャーナリスト、東京財団リサーチフェロー、英危機管理会社役員などを経て、現在は国際政治アナリスト。会員制ニュースレター『ドキュメント・レポート』を毎週発行。著書に『外注される戦争』(草思社)、『戦争詐欺師』(講談社)、『ウィキリークスの衝撃』(日経BP社)などがある。


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