これから書きつづる10回の連載で、あなたが「マイホームを買うか、買わないか?」「買うとしたら、どこで、どんな物件を、どのように選ぶのか?」を意思決定するための材料を提供したい。
これまで住宅の世界で常識とされてきたもののうち、おおよそ半分くらいは普遍的な常識として残るが、残りの半分は「過去の常識」として打ち捨てられる。変わって「新常識」が台頭し、それがスタンダードになる。

 それではまずはトピック的な話題から。「インフレ」について一緒に考えてみよう。

インフレで不動産は本当に上がるのか?

「インフレに備えるため、いまのうちに借金して不動産を買え!」

 そう唱える経済評論家もいる。

 ユーロもドルも大きく刷り散らかされ、ペーパーマネーの信任が揺らいでいる。スイスフランや円は相対的な安定感を理由に買われ上昇しているが、我が国の財政も危機が叫ばれている最中にある。実物である金や銀などの資産価格は上昇し、資源やエネルギー、食料価格も上昇が見込まれるなかで、やはり実物資産である不動産を買っておけというものだ。

 確かに、我が国が激しいインフレに見舞われた場合には、数千万円の借金はその価値が目減りすることになるだろう。むろんこのときには、大幅な金利上昇が見込まれるから、固定金利で住宅ローンを借りておくことが前提だ。

 しかし資産価格はどうか。すでに我が国は800万戸近い住宅が余剰しているし、今後は人口減少と少子化・高齢化が加速。新築持ち家偏重の住宅政策も実質的にはまだ続いており、空き家がさらに増加するのは確実だ。どの不動産も価値を上昇させるということは到底考えられない。

上がる可能性のある不動産とは?

 端的にいって、住宅として実需要のないもの、弱いものを買っても無意味だ。実需要とは「売りやすさ」「貸しやすさ」を指す。

 資産として流動性の高い物件、たとえばREITやファンドなど、海外のマネーが入る余地のある不動産、ないしはそれに影響を受けやすい、都心の一等立地にあるマンションなどは大きく上昇する可能性もあるだろう。都心でなくとも地域一番のランドマーク的なマンション、人気の住宅地にある一戸建てなどは価値を維持、ないしは上昇するかもしれない。だがその他大半の一般的な住宅は、インフレによる価格高騰などないものと見ておいたほうがいいだろう。

インフレで賃料はどうなる?

 一方で、買わずに賃貸に住んでいた場合はどうなるだろうか?日本の現行制度(借地借家法)では、賃料を上げるのは事実上なかなか難しい。それでなくとも、前述した通り、住宅余りが著しい我が国において「賃料を上げる。いやなら出て行ってくれ」といえるオーナーはそうそういるものではない。

 不動産投資の世界では「空室対策セミナー」が花盛り。いかに入居者にサービスするか、どうやって気に入ってもらうかということが主題になっているくらい、圧倒的な「借り手市場」である。賃料をインフレにあわせて切り上げることが出来るのは、ほんの一部の人気物件に限定されるだろう。つまり激しいインフレが起きても、容易に賃料を上げることが出来ず、相対感覚として安く借りていることが出来るだろうということだ。

 ところで筆者は激しいインフレ、ましてや「ハイパーインフレ」と呼ばれるものが日本を襲う可能性は低いと考えている。マイルドなインフレは政策の変更などによって起きる可能性はあるが、その場合でも、マイホームの価格は長期的に見て、一部を除いて上昇の余地はほとんどない。この理由は上述した以外にもいくつかあり、追って説明する。

 むしろ目先的にはインフレやハイパーインフレよりも、スタグフレーション(不況下の物価上昇)的な状況について留意する局面であり、万が一でも「生活コストが上昇して住宅ローン支払いが苦しい」などということのないようにしておかなければならないのだ。それにはいくつかの選択肢しかない。「マイホームは買わない」「住宅ローン支払額に十分なゆとりを持つ」「売りやすい、貸しやすい物件を選ぶ」など。

「立地」の概念はこんなふうに変わる

 いずれにせよ「インフレに備えるために借金して不動産を買え!」はあまりにも乱暴だ。拙著『マイホームはこうして選びなさい』では、購入を前提として「価値の落ちない、落ちづらい物件をどうやって選ぶか」というノウハウを詰め込んだ。

 例えば「立地」の概念。これまで立地といえば「駅からの距離」「通勤や買い物の利便性」など、距離感や快適性に重きが置かれていた。これからは、その前段として「災害対応力」が重視される。「地盤」や「地質」について、ネットで可能な限り調べる、地域の図書館で古地図を閲覧する、ハザードマップで洪水などの実績も確認するなどはマストだし、不動産業者にも説明を求めよう。人口減・世帯減、住宅余剰下では、災害対応力の低い立地の長期的な資産性は自明だ。

地震のゆれやすさ全国マップ(内閣府)
 http://www.bousai.go.jp/oshirase/h17/yureyasusa/


地形でみる軟弱地盤マップ(ジオダス)
 http://www.jiban.co.jp/geodas/guest/index.asp


東京の液状化予測図(東京都土木技術支援・人材育成センター)
 http://doboku.metro.tokyo.jp/start/03-jyouhou/ekijyouka/


ハザードマップポータルサイト(国土交通省)
 http://disapotal.gsi.go.jp/