中国分がんこなパン屋

食い物について思うこと、趣味の音楽、山のこと。

夜叉神峠と北横岳

2015-12-09 | Weblog
5日夜道の駅しらねで少し飲んで車中泊、星がとてもきれい

翌日暗いうちに出発し夜叉神の森へ。

芦安温泉郷より先の林道は土日しか通行できないらしい。

広い夜叉神の森駐車場には10台ほどでがらがら

明るくなってきたのでランプなしで出発

単独山行がほとんどだが気心知れた友と歩くのも楽しい

同行者があるとオクサンも安心するし。

樹林帯を一時間ほどで夜叉神峠。


白根三山 右の北岳の前に樹がかかってしまった

温かいラーメンにコーヒー。デザートはなかったが冷たく澄んだ空気。

眼前には大きく三山がそびえる。

一浪の後晴れて大学生になった1969年夏高校の同窓生3人で北岳から濃鳥岳へ2泊で縦走した

広河原~御池小屋~北岳肩の小屋(泊)~北岳~間ノ岳~西濃鳥岳~濃鳥岳(泊)~大門沢~奈良田というコースで

奈良田で一泊後鰍沢からクラス会会場の白樺湖へ行った。

ナイロンとはいえテントは収納サイズ、重量とも今とは比較にならないくらい大きく重かったはずだ

コンロはカミシマラジウスとかいう重い大きい灯油バーナーと当時最新のカセットガスコンロ

木綿のキスリングに詰め込み何キロあったんだろう、各自米も持ったし、1人10キロは超えていたと思う

なにを食べたのか。フランスパンと甘い練乳がおいしかったのは覚えている

米をとぎ飯盒でご飯を炊いた。そして残った米を下山途中の大門沢小屋で売った。

そうだ、大門沢小屋のトイレを思い出した。

個室になっていて今では考えられないことだが、下は小さな流れで、放たれた分身は川へ直接落ちる。

走るように下り奈良田で川原にテントを張るとどこからか子供が遊びに来た。

夕食後、大浴場と看板を掲げる旅館の風呂(温泉)が気持ちよかったが

大浴場と表明しているにもかかわらず我々3人で満員であった

昼間の子供はこの旅館の子だった。

その後帰宅せず電車バスを乗り継ぎクラス会会場の白樺湖へ行ったのだから若いというのはすごいなと思う。

そんな懐かしい思い出の山の展望台夜叉神峠に行ってきた、当時の3人で、

といきたいところだったが、3人とも自由がきくとはいえまだ現役でそれぞれスケジュールがあり

今回は叶わず2人で出かけた。

さて、なんとも言われぬよい時間を堪能したら次の目的地北八ヶ岳ロープウェイに向かいましょうかね。

2時間くらい掛かりそう


芦安から韮崎へ向かうクルマから八ヶ岳、ほぼ南から


原村から八ヶ岳 蓼科山から編笠山までぜんぶ

二時間と少しで到着。

北八ヶ岳ロープウェイで標高差466mを7分で一気に。

車窓からの展望に歓声があがる。

登り下り共に毎時0分20分40分発で下りの最終は16時。

山頂駅を出ると一面の銀世界、スキー場だ。

最後にスキーを履いたのは、子供と行った今は無い御殿場スキー場で25年以上前になる。

転倒し膝を捻ったらと思うと膝にトラブルを抱える身としてはもうスキーは怖くて出来ない。

アイゼン、スパッツを装着し出発。坪庭には人が多いが登山道に入るとぐんと減る。

よく踏まれた道はたいへん歩きやすく景色も申し分ない




気持ちよい道

1時間半で北横岳南峰到着、すばらしい展望だ。

すぐ隣の北峰からは浅間山が結構大きい。


北横岳からの展望西側中央アルプスから北アルプス北部までずら~

甲斐駒、仙丈、北岳 木曽駒、乗鞍、御嶽、穂高、白馬、妙高、奥秩父両神山と360度の大展望

間近の蓼科山が大きい。

蓼科山も68年浪人中の夏滞在していた民宿へゼミ合宿に来ていた大学生に誘われ一緒に登った思い出がある。

条件が良ければ筑波山も見えるらしいが、この日はそれは叶わなかった。

どちらも登山と言うほどではなかったが、46年前とよく似たルート。

移動中も含め、懐かしく、とても景色展望の良い遠出でありました。