だいずせんせいの持続性学入門

自立した持続可能な地域社会をつくるための対話の広場

IPCC第4次レポート(2)

2007-02-21 19:52:35 | Weblog

 IPCC第4次レポートにおいて、氷に関する議論はかなりこみあっていて、専門外の人にはちんぷんかんぷんかもしれないし、誤解を生みやすい記述になっている。ちょっとたいへんだが、関連する文章を正確に訳しておいてから、解説しよう。「」内は報告書の英文を私が訳したもの、それ以外は私の見解である。

「山岳氷河および冠雪は平均的には両半球において減少している。広範囲の氷河と冠雪の減少は海水面の上昇に寄与している(ただし冠雪というのはグリーンランドと南極の氷床の寄与を除く)。」

 アルプス、ヒマラヤ、アラスカなどの山岳地帯にある氷河は縮小していることが観測的にあきらかになってきている。ゴア氏の『不都合な真実』にはアフリカのキリマンジャロ山の冠雪が少なくなっているという印象的な写真が掲載されている。IPCC第3次レポートでは、21世紀中にこれらの山岳氷河はほとんど消失するかもしれないとし、そのことによる海面上昇への寄与は最大で23cm程度とされる。山岳氷河が消失することの地元社会への影響は大きいが、グローバルな影響という意味ではこの程度ということだ。

「すべてのSERESシナリオにおいて、海氷は北極でも南極でも縮小すると<予測>される。いくつかの<予測>においては、21世紀の後半には北極の晩夏の海氷はほとんど消失するとされる。」

 SERESシナリオというのは、21世紀を通じて人間社会がどれほど二酸化炭素を排出するかというシナリオである。例えば『不都合な真実』では南極の棚氷が崩壊して海に流出していることが語られているが、これは海水準の上昇にはいっさい関係ない。棚氷は氷床が海に流れ出て陸続きならぬ氷続きになったところで、もともと棚氷は海に浮かんでいるものだからだ。また棚氷の崩壊をもって南極の氷床が「解けている」すなわち、質量減少を起こしてその分海水面が上昇する、というふうにとられるような記述がよくあるが、そういうことにはならない。そもそも常に氷床は海に流出し、海上で解けているのであり、それは昔も今もかわらない。降雪と海への流出の関係で氷床の質量は増減するのであり、仮に流出が速くなったとしても、降雪が多くなれば質量は変化しない。
 夏の北極海の氷が縮小していることも、あたかもそれが海面上昇につながるかのように記述しているものをいまだに見かけるが、これも海に浮かんでいるので海水準上昇にはいっさい関係ない。ただし北極の海氷が縮小することは、北極圏の生態系や先住民族の暮らしに大きな影響があるだろう。

「第3次報告書以降の新しいデータによって、グリーンランドと南極の氷床は1993年から2003年までの海水面上昇に「かなり確実」(very likely)に寄与していると考えられる。グリーンランドと南極の氷床の下流の流れの速度が早くなっており、内陸部の氷床の氷を運び出す役目を果たしている。それに対応する氷床の質量減少により、しばしば氷床が薄くなり、棚氷の減少や消失、海水に浮かんでいる氷河先端の後退が生じる。このようなダイナミックな氷床減少によって、南極の正味の質量減少のほとんどと、グリーンランドの質量減少の半分ほどを説明できる。グリーンランドの残りの質量減少は降雪による増大よりも融解がまさるために生じている。」

 「ダイナミックな氷床減少」という話は第3次レポートにはなかった新しい話題である。南極とグリーンランドは厚さ3000m程度の氷で覆われている。これは内陸部で降った雪が積もったもので、氷を積み上げると自重で流れ始める。例えば、キャラメルは普通は固いが、1m角の巨大なキャラメルを作ったとしたらどうなるか想像してほしい。自重でじわっと変形しはじめるだろう。これと同じことが雪がつきかたまった氷でも起こる。それで氷床は内陸部から海に向かって流れはじめる。
 陸の上に載っている氷の量は、新たに降雪によって付け加わる量と、流れて海に出て行くもしくは氷の表面で解けて水として流出する量との釣り合いで決まる。
 これまでは南極でもグリーンランドでも氷の表面での融解はなかったが、グリーンランドでは最近になってそれがはじまっていることが観測されている。『不都合な真実』にもそのようすが印象的に語られている。
 一方、流れて海に出て行く量が変わることもある。氷の温度が上がると、解けないまでもやわらかくなる。(先ほどの1m角のキャラメルを暖かい日なたに置いたようすを想像してほしい。)そうすると氷の流動スピードが上がり、流れ出る量が増える。降雪量が一定だったとしたら氷床は薄くなる。これが「ダイナミックな氷床減少」の意味である。

「現在の全球モデルによる研究では、南極は十分に寒冷なままで、氷床の広範囲な表面融解は発生せず、むしろ、降雪の増加によって氷床質量は増すと<予測>されている。しかしながら、もし、氷床の質量収支において、ダイナミックな氷の排出が支配的になったとすれば、正味の質量減少が起こるかもしれない。」

 南極では表面融解は今のところないし、2100年までの計算では起こらないとされる。南極では2100年で4℃程度の温暖化が<予測>されているが、もともと年平均気温が-20℃とか-30℃のところで、4℃上昇しても氷は解けないのである。むしろ降水量が増えると<予測>されているところであり、それによって氷床量はむしろ増える、すなわち、海水準を下げる方向に寄与すると<予測>されている。
 ただ、流動速度が増すことによって氷床質量が減少することはあるかもしれない。ただ、その量については以下の記述がある。

「これらの<予測>にはグリーンランドと南極からの氷床流動の増大による寄与が含まれており、その速さは1993年から2003年までに観測された値が採用されている。しかしながら、この速さは将来増えることもあれば減ることもありうる。例えば、仮にこの流動の速さによる寄与が全球平均気温の変化に比例するとすれば、表SPM-3にあるSERSシナリオ群による海水順上昇の上限値が0.1mから0.2m増大するだろう。しかしながら、これらの効果についての理解は限られており、これらの蓋然性を評価したり、これらの効果による海水準上昇の最良の予測値や上限値を決めることは困難である。」

南極とグリーンランドのダイナミックな氷床質量減少による海水準上昇への寄与は2100年でせいぜい10cmから20cm程度であろうが、詳しいことはまだよくわからない、という記述である。

「グリーンランドの氷床の縮小は2100年以降も海水準の上昇に寄与し続けると<予測>される。現在のモデルでは、温度の上昇とともに質量消失は降水による付加よりも速くなるとされる。また、表面の質量収支は全球の温度上昇が工業化以前の値を1.9℃から4.6℃越えた範囲でマイナスとなる。マイナスの表面質量収支が数千年(for millennia)続けば、グリーンランドの氷床はほぼ完全に消失し約7mの海水準の上昇をもたらすだろう。」

 ゴア氏の『不都合な真実』では、グリーンランドの氷床が解けて6m海面が上昇するとして、水没したフロリダ半島の想像写真などがでている。IPCC第4次レポートでは、グリーンランド氷床の融解を考慮に入れても、2100年での全体の海水準上昇はせいぜい50cmくらい、ということだ。したがって、すぐにでもフロリダ半島が水没するようなイメージを与える『不都合な真実』の内容はIPCC第4次レポートの内容とは矛盾している。時間スケールをきちんと考えないとまったく違うイメージができあがってしまうのには注意する必要がある。

 ところで、私の理解では温暖化した状態が数千年続くことはないと思う。なぜかというと、化石燃料の使用は資源量から言うとせいぜい今後200~300年だ(その大半は石炭である)。化石燃料の使用が終了すれば、大気の二酸化炭素濃度は海水に吸収されて深海に運び込まれるので下がっていくだろう。(現在の気候モデルの多くは二酸化炭素排出がなくなったら、大気の二酸化炭素濃度はあるレベルまでしだいに下がるようになっている。)一方、自然の気候変動(氷期・間氷期サイクル)は寒冷化に向かっている段階なので、1000年の時間スケールでは寒冷化の傾向がでてくるはず、と私は思う。(自然の寒冷化傾向を人間が二酸化炭素を排出して300年ほど押しとどめている、というのが私の地球温暖化のイメージである。)

 以上を整理すると、少なくとも今後100年の温暖化によって、南極の氷床の融解は起こらず、むしろ温暖化による降雪量の増加によって氷床量は増大する可能性が高い。一方、温暖化の影響は大陸が集まる北半球のさらに北の方でもっとも強くなるので、グリーンランドでは氷床の融解がはじまっているし、今後も融解は進むだろう。ただ、グリーンランド氷床がすべて融解するには数千年という年月がかかり、2100年までに融解するのはそのごく一部であるというのがIPCCの見解だ。
 ダイナミックな氷床質量減少がはじまっているし今後もあるだろう。その正確な見積もりは現在のところ困難であるが、その海水準上昇への寄与はせいぜい2100年時点で20cm程度であろう、ということだ。
 いろいろとこみあった議論をしているが、結局、氷が解けることによる海水準上昇は、何mにもなることはまずないというのがIPCCの見解だと言ってよいだろう。山岳氷河や北極圏ではローカルな影響は大きくなるだろうし、たとえ50cmの海水準上昇であっても困る場所は確実にある。ただ、世界全体が困るというイメージとは異なる。そして、この見解は2001年の第3次レポートですでに出されていたもので、第4次レポートはそれを再び確認したにすぎないと言える。
 ただ私が気になるのは、すらっと読むと、あたかもグリーンランドの氷が解けて何mも海水準上昇が起こるような、つまり結論とは逆のイメージをもちかねない書き方になっているということだ。この書き方だと誤解する人がいるよな、と思う。受け取る方に注意が必要だ。

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8 コメント

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そうはいっても・・・ (daizusensei)
2007-02-22 03:57:21
読み直してみると、やはりけっこうこみあっていて難しい内容ですね。わからない点はなんなりとご質問ください。

詳細に読んでみて、この第4次レポートの文章は分裂しているという印象を持ちました。想像をたくましくすると、淡々と科学的成果を述べようとする意思と、できるだけ問題を深刻にみせようとする意思がたたかって、妥協の産物としてこのレポートができたような気がします。これが科学者の「モラルハザード」の兆候でないことを祈ります。
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そうはいっても・・・(2) (daizusensei)
2007-02-22 04:08:25
本来の内容とは無関係な誤解を招きやすい記述がグリーンランドの氷床がすべて解けるという話なのですが、これはたまたま『不都合な真実』でのひとつの中心的な内容であり、かつ人々に誤解を与える内容です。ここにある種の政治的意思を感じるのは深読みしすぎでしょうね、たぶん・・・。
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水の活性化 (Tanaka)
2007-02-22 10:17:02
いつも面白く拝見させていただいてます。
今後は氷床の融解より、熱帯・温帯域の水の活性化の影響の方が大きい気がしますね。
砂浜を見続けていると海面水位の捉え方の難しさを感じます。
潮位変動から浜の侵食もありますし。
温暖な海水域の膨張の方が影響が大きいのではと感じます。
上昇率1センチは海にとっては大変大きな変動を生んでいるようなので、約100年でたかが20センチですが、僕の頭の中ではカオス的に様々な補完作用が起きて大変な事になってます。
これからも面白く拝見させていただきます。
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本当の問題は? (ozeki)
2007-02-22 11:06:53
 こんにちは。大変ご無沙汰しております。以前、中部運輸局にいたものです。覚えてますでしょうか?

 愛知県知事選、犬山市長がでるということで、名古屋にいた頃を懐かしく思い、久しぶりに先生のHPのぞいてみました。エコプラットフォーム東海のHPのほうは閉鎖されてますね。

 IPCCのお話も興味深く読ましてもらいました。
海水の上昇もそれほどなく、しかも、結局は、石炭のある200~300年間の間のことで、それは、自然と地球の治癒能力で元に戻るという感じを受けたのですが・・・・。

 そうすると問題はなんなんでしょうか?生態系の破壊、・人為的な変更ということなのでしょうか?

 それとも、気候変動による、耕作地の移動?

 温暖化はどのような意味において持続不可能なのか、先生の続きのブログの中で、いつか触れて頂けるとありがたいです。

 これからも、たまに書き込みさせていただきます。
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循環作用 (Tanaka)
2007-02-22 12:19:01
海面上昇を語られる事で追加です。
海岸環境の中でも、砂浜海岸は循環作用の変動がとても顕著な現場です。
曖昧ながら記憶では一昨年の舞阪での潮位変動を年度でみると、10センチ程度の上昇を捉えているそうです。なんだ、変動の大きさはそれほど有るものなのかと思いますが、カスプの巨大化でも見られるように砂や潮位の循環は偏り傾向を増長している事を示しているようです。現段階の調和の上での一定のゆらぎとでも言うのでしょうか、そのゆらぎ幅が大きくなるとどうなるのか?
偏りがゆらぎ幅を増長させる要因にもなっているようですし、ゆらぎ幅が増長する事で偏りが大きくなってきているようでもあります。
確かな事は砂浜での様々な要因の活性化が増すようです。
温暖化と言うより活性化と捉えてみないといけないのではと思うこの頃です。
極端な環境に向かって行くと、どうなるのかはシフティング・ベースラインと言うか、新たな環境に移行するのでしょうか。
自然界ってのは本当に分からない事だらけですね。
まだ誰も見張っていない砂浜を見守り続けると、如何に現場から見ていく事が大切なのか痛感させられます。
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EPT (Miekli)
2007-02-22 16:08:27
Ozekiさん、お久しぶりです。こちらから失礼します。現在のEPT事務局世話人高橋です。EPTのウエッブサイトはなぜか、この数週間、アクセス不能になっており、現在調査中です。来月15日に名古屋で総会です。
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Unknown (ozeki)
2007-02-23 14:27:14
 高橋さん、たいへんご無沙汰しています。すごく懐かしいです。

 EPTのHPそうなんですか。活動も続いているんですね。
 なんだか嬉しいです。
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THANKS (daizusensei)
2007-02-24 11:19:36
tanakaさま>確かに数十cmの海水準上昇でもすでに浸食がはじまっている海岸に対するインパクトは大きなものがあるでしょうね。注意が必要ですね。

ozekiさま>ごぶさたしています。お元気そうでなによりです。名古屋に来られるついでがあればぜひお立ち寄りください。
よい宿題をいただきましたので、次とその次の記事で考えて見たいと思います。
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