私は二人ぼっちの世界がほしかった。
二人ぼっちの世界。
そんな言葉を作って、その言葉を味わっていたら、なんか自分が求めているものがよくわかった。
相手に選ばれるのではなく、私が選んだ特別な誰かとの二人ぼっち。
考えてみれば、私は自分が選んだ相手と二人ぼっちになれたことはなかった。
いつも私が選んだ相手に拒絶ばっかり食らっていた。
私が自分に自信がないのはそのせいなのかもしれない。
人に選ばれることは光栄であるが、攻守ところを変え、私が相手を選んでもいいはずだ。
その相手に拒絶されてばかりというのはつらいものである。
そのトラウマが、私をしてバイブルの詩編にある、
「彼は軽蔑され拒絶され、悲しみに精通した人。」というくだりに親近感を抱かせるのであろう。
そんな孤独感がなければ、市川拓司氏が書く小説の主人公に親近感を抱くことはあるまい。
なぜなら彼が書く小説の主人公は、皆、二人ぼっちの関係を作ることに成功した人ばかりだからである。
現実では味わえないからせめて彼の小説でそれを追体験しているのであろう。
今思い出したが、神さまの恋人という漫画。
あれの主人公も幼なじみの親友がいて、恋人を作ることに成功した男だ。
この記事を書いているうちに、私の心の中にいる何者かの叫びを代弁したような気がする。
朝っぱらから愚痴めいた記事になったが、お許しあれ。