惰天使ロック

原理的にはまったく自在な素人哲学

音楽から壊れる会社

2010年03月27日 | 他人の狂気
ドドンパしていて書くのを忘れかけたが、

ここ数年、わたしの勤めている会社で始業前や休憩時間に流れているBGMのセンスがあまりにひどくなって弱っている。いや、マジでアタマがおかしくなりそうなくらいに。

別に、BGMなんかにそんな高級な要求などは持っていない。勤め出した当初などヴァンゲリスの「炎のランナー」とかを(25年前に流行った曲だ──ということはたぶん、四半世紀前からずっと──)いまだに流していたりした。そんなのはわたしは全然気にしない。いっそレトロで丁度いいかもしれない、と思ったものだった。

今のBGMがおかしい、というのはそんな生易しいものではない。朝っぱらから、ソ連の書記長が死んだ時にモスクワ放送が流していたのはきっとこんな曲だろうと思うような、ド陰気なクラシックを流してみたり、あるいは、いったいどこで拾ってきたのか知らないが、やっすいハリウッド映画の、たぶん無駄に感動的なクライマックス・シーンの音楽を流してみたり(映像がないところで曲だけ聴かされると、これほどひどい音楽の種類は他にめったにない、ということを、わたしも初めて知った)、そうかと思えば、これも朝っぱらからから社販の売店で、まるで空港のカフェ・ラウンジみたいな雰囲気オサレのジャズを流してみたりする。客のわたしはまだしもで、あんな中で忙しくレジ打ったり棚の商品を並べ替えたりしている売店の従業員は、たまったものではないのではなかろうか。

というか、本当は一番不気味なのは、そんな場違いで狂った選曲の音楽ばかり流れている中でも表情ひとつ動かさないでいる周囲の同僚達かもしれない。たかが音楽、それもBGMではないか。わたしの耳こそが無駄に敏感すぎるのだ、などと陰では言われているに違いない気がする。冗談じゃねえや、ドドンパで喜んでしまえる程度の耳でしかないんだけどねえ・・・。
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