じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

じいたんの慰労会。

2005-08-28 22:56:01 | じいたんばあたん
今日は、一番末の従妹が祖父宅へやってきた。

「夏休みの間に何とか一度、来るね」
と言っていた彼女。

最初、介護疲れで微熱が続いている私は、
ホームヘルパー二級を持っている彼女に「途中まで」、
じいたんと二人きりで過ごしてもらおうと思っていたのだが、

いざ頼んでみると(たかだか服薬の促しと散歩介助、
そして一緒に食事をすることくらいだ)、
あからさまに気乗りしない返事。

少し腹が立ったけれど、

彼女にしてみれば
じいたんだけではなく、私にも会いたいから来るのだ。
(母親の病気や就活のことなどを話したいのだろう)
やっぱり、寝ているわけにはいかないか。
そう思い直し、当初の予定を変更することにした。


それでも、私一人で、
彼女と祖父の両方に気を配るのはしんどいので、

彼氏=介助犬ばうにとりあえず、応援要請をして
昼過ぎ、祖父宅へ行った。

実を言うと、少々うんざりした気持ちで。


*****************


それでも、今日は、こうしておいて良かった。


なぜなら四人で、にぎやかな
「じいたんの慰労会」ができたからだ。


八月最後の日曜日、偶然実現した
会食のために、選んだ店は、
公園の中にある、イタリアンレストラン。

建築家の手で造られた、白とアースカラーが基調の建物。
天井が高く、そしてオープンテラスになっていて、
蝉の声や涼しい風が、室内まで入ってくる。
空や風景にはいっぱい、明るい緑色と木漏れ日が降り注ぐ。

テラスで食事をしている人たちは、小型犬を連れていたりして、
「とてものどかな休日」が広がっている場所。


そんな、「介護の匂い」が微塵もしないところで、

ひさしぶりに、
「じいたん中心」のひとときを、つくることができた。



うれしかった。

いつも、いつも、いつも
じいたんのことは、後回しになってて。
ばあたんが入院するまで…

そのことが、いつも、いつも
とても気になっていたのだ。



イタリアンというメニューが、じいたんの気に食わないか?
と少し、心配だったのだけれど、

じいたんは、「お前さん、これはおいしいなぁ」と
喜んで食べてくれた。
「ホント?」と聞くと
「もちろんさね」と笑顔で答えてくれた。
ああ、うれしい。


四人ともパスタセットを頼んだのだが、
あいにくデザートがついていなかったので、
従妹とじいたんのだけを、追加する。

そして、じいたんと従妹がデザートに熱中しているうちに、
さっさとレジを済ませた。
もともと、この店を使おうと思ったときに、
最初から私が払うつもりだった。

この料理に、これだけのコストがかかるということを、
じいたんの世代の人は、理解できない。
彼らは、とても質素な人たちなのだ。

それに、たまには
「孫にしてもらった」という気分を
存分に味わって欲しかった。

ばあたんのことは、よく、散歩のとき、喫茶店に連れて行ったけれど
じいたんに、外でご馳走したことは一度もなかったのだ。


やっとできたよ、じいたん。
わたしはね、じいたん、

ばあたんもじいたんも、同じだけ好きなんだよ。
本気で憎たらしいと思うこともあるけど、
本当に本当に大好きなんだよ。

そう、こっそり告げることができたような、
そんな気がして、本当にうれしかったのだ。

 (伝わらなくてもいいのです。
  伝えておきたかったのです。
  祖父の、最近の、しんどそうな横顔が、怖いのです
  別れが近づいていやしないか、そう思うのです)



レジを済ませて席に戻ったら、
じいたんがさっと、手を差し出した。

「お前さん、勘定はおじいさんが払うよ。
           レシートを寄越しなさい」

…来た。でも、言ってみよう。

「うふふ。今日は、じいたんと従妹の慰労会だよ。
 だから、わたくしに任せてちょうだい。
 最初っから、そのつもりでしたのよ。
 たまには、ご馳走させて?」


どうだろう。
プライドの高い、じいたん。

内心ドキドキしながら反応をうかがう。


じいたんは、しばらく考えた後、
手をそっと、ひっこめた。

そして、心配そうに

「お前さん、お金は、大丈夫なのかい?

 おじいさんは、お前さんが支払うなら、
     デザートなんて頼まなかったのに」

と言う。

なんて、いじらしいことを言うんだろう。


いいんだよ、じいたん。
じいたんは、もう、じいたんなんだよ。
もっと大事にされても、いいんだよ。
生きているだけで愛される存在なんだよ。


ほろっと涙が出そうになったが、ごまかして

「デザートも、食べて欲しかったの」
にっこりうなずくと、

じいたんは、
何ともいえない嬉しそうな顔をして、

「…じゃあ、今日は、ご馳走になるよ。
 おじいさんは、幸せ者だな。
 ありがとう。ありがとう。」


ああ、よかった。
「ありがとう」って言ってもらえた。

久しぶりに「すまんな」じゃなくて「ありがとう」を。
久しぶりに、感情のこもった笑顔を。

ばあたんが入院してから、見られなくなっていたものを。


…そして。

じいたんは帰り際、
自分の財布と帽子を店に忘れたのだった(笑)


じいたんらしいオチである^^


**********************


多分、数日もしたら、じいたんは、忘れてしまうだろう。

それでもいい。

今夜、見送ってくれるとき、

「今日は、本当に楽しい一日だったね、お前さん」

と、言ってくれた、あの笑顔。


それだけで充分。