じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

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じいとデート。

2006-11-25 08:36:09 | じいたんばあたん
※これは、2006年11月18日04:18 に綴られた記事です。

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もう余力がなくなりつつあるけれど、
(というのは、この前に怒涛のように文章を書いたからだ)

とりあえず。今日、じいとふたりで、
どんだけハッピーに過ごしただけ、残しておきたい。


病院から帰ってきて、じい宅と我が家の中間点にあるカフェで待ち合わせ。

マイミクさんからリアル友へと変わっていく方や、
親しい友人、大切なお客様にお運びいただいたときに
わたしがいつも使う、そのお店で。

15分送れてやってきた、じい。
彼を一人で歩かせるのは心配だったけれど、
誰かをこうやって待っている時間がわたしは大好きだ。

そしてやっと会えたじい。
数日会えなかっただけなのに、本当にうれしくて。
じいとぎゅっと手を握り合う。

じいは、足の悪い私を、さりげなくエスコートしようと
自分も少し足が悪いのに、がんばってくれる。
じいはどこまでも、「正しい男性」なのだ。
 

そんなじいと、ゆったり話しながら食べたら、お皿はからっぽ!

そして、色々なことを話す。
大阪行きのことやら、進路のことやら、色々。

じいはただこういった。

「お前さんのやることは、おじいさんは信頼している。
 おばあさんと過ごすようにね。
 のびのびと やりなさい。 お前ならできる。」

そしてわたしたちは、色んな話をした後、
ツリーの前で写真を撮った。

だって、来年があるかどうかなんてわからない。
それはお互いに、わかっていることだから。

やっと、じいと、ふたりきりで、デートを楽しめる
そんなところまで 来れたんだ
好きだよ、じい。 って遠慮なく言える
そんな間柄に。

食事のあと、お店の中のツリーの前で、
携帯カメラで写真を撮ってもらう。


最初はちょっとだけ照れていた、じい。


だけど、こそばゆそうに、とってもうれしそうにじいは笑った。
そしてわたしも、とても幸せだった。

だから、いつもどおり、じいにチュウをした。


目をとじて、リラックスしてくれているのが肌から伝わる。


いとしいいとしい、じいたん。
わたしの、祖父。
祖父だけど
気難しいしへそ曲がりだし理屈っぽいし
わが道を突っ走るし 年寄りの冷や水なんて解さないし

だけど
ここというところでは、必ず、優しさを発揮してくれる。
言葉でも、言葉ではない部分でも。

じいは、言葉で表現することを全く怖れないひと。
あの時代に、妻に短大の先生を、70さいまでさせていた人。
本当に、自由で繊細で優しいひと。

介護でうとうとしている私に、黙って毛布をかけてくれる人。
わたしはわたしで、気づかないふりをしながらこっそり泣いたりして。

ああ、どうかかみさま、来年も
じいとクリスマスを過ごせますように!
 
 
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まごころが望むお役目を終えてはじめて

2006-11-21 00:44:54 | Weblog
人は、天寿を全うするのだ…と気づいた。

こころ では なく 
その奥底に 光っている まごころ
それが心底望むことをやり遂げるまでは
人間は、死なないのだ、と最近、思う。


もう一度書く。
人間は。やりとげたいと思うことをやりきるまでは
決して死ねない。


 例えば

 お年寄りの行動はしばしば我侭やと
 われわれには見える。

 だけどそうじゃない。


 彼らは、それをやらなければ死んでも死に切れないから
 一日一日を 自分のために 大事に生きたくて
 私たちから見たら「年寄りの冷や水だ」と思うようなことでも
 やるのだ。

 悔いなく生き切るために、いのちの最後の光を燃やしているのだ。

 人の人生は、流れ星のようなもの。
 その流れ星の最後の煌きがきっと、
 彼らのあの、老いたからだから発せられる眩しいパワーなのだろうな、
 とわたしは理解している。

ひとはそれぞれ、「まごころ」を持っている。

それを、改めて見つめ直し、
自分にも人さまにとってもより良い人生を生きるために
今後どのように生きていったらよいのか、ということを考えるべき時期が
人生の中で何度か訪れる。

今、わたし自身が、その時期のさなかにいる。
自らがPTSD(本来なら入院適応のケースだそうです)という「心の怪我」を負ってみて、思うことでもある。


わたしが発病してから今まで、影で表でずっと支えてくださった全ての皆さまに、改めて謝辞を述べたいと思います。


みんな、ありがとう。愛してるぜ!!!
 
 
たまより。


追伸)①

だからわたし、心配しなくていいんだ。と気づいた。

「明日死ぬかもしれない」なんて思わなくていい。

そのときがきたら、ただごく自然な現象として、
受け容れれば、それで、充分なんやわ。

でも、見送るほうが好きやからな。長生きせな。

追伸)②

※みなさまへ※
頂戴したコメントへのレス、大変ためてしまっております。本当に申し訳ございません。
最近、やはり調子がいまひとつなので、みなさまのところに伺わせていただくだけになっておりますが、もう少ししたら回復すると思いますので、どうぞご寛恕くださいますようお願い申し上げます。

追伸)③ これは私信です

まごころから諫言をわたしにくれた、君へ
(彼はおそらくここは、読んでいません)

わたしは、とても元気に、いつもと変わりなく(いえ、正確には小学生の頃のわたし自身のように)朗らかな気持ちで過ごしています。だからどうぞ、何も心配しないで、ゆったりと、お過ごしになっていらしてくださいね。
コメント

眼鏡、見つけました。

2006-11-20 13:02:56 | Weblog
※11/20の出来事です。


広くもない我が家で、亡くした眼鏡。

それが今日、午前中でしたか突然、出てきました。



なぜか毛布と毛布の間に…orz


(やたら寒く感じてしまうので今、毛布二枚かぶって、上から羽根布団です)


いやー。びっくりしました。

プディングの中に埋まっている干しぶどうのようだって思った。




眼鏡を失くしたとき。

「外から情報を得ようとする前に、しっかりと内面をみつめなさい」

と、自らの肉体から話しかけられたような気がした。



なので、眼鏡が出てきたとき。

「内面と対話できたからこそ、眼鏡が出てきたのかもしれない」

とふと思った。
全く論理的ではないけれど、そう思った。


(追伸)
ただの直観が案外、馬鹿にならなかったりすると個人的には思う。
 
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去年の眼鏡に残っていたもの。

2006-11-16 13:51:40 | 介護の周辺
※ごめんなさい。某SNSの日記からの転載です。
 記された時刻にあわせてUPしておきますね。

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みなさんこんにちは。
たま@また一つ「伝説」を増やしつつある女です。

えっと。
昨夜未明から「眼鏡がない!」とお騒がせしております。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=269719400&owner_id=1109615
実はまだ、見つかっておりません…orz
↑4.5畳とDKでどないして失くせっちゅーねんや…
 
で。検討の結果。
去年の6月の交通事故(ブログ読者さまはみなご存知ですが)
その際に、めちゃめちゃになってしまった眼鏡を取ってあったので、
それをとりあえず使ってみようと思い立ち、出してきたのでした。


ところが。掛けてみて、愕然。

これはひでーや…この眼鏡…どゆこと?



いや、蔓の部分は仕方がないんですよ。
だって事故にあったんやからそんなもんですって。

問題は、レンズの部分。
汚いとか傷んでいるとか、そういったレベルじゃない。

はっきりいって、見えない。
表面がもう、月面クレーター状態。



こんなんでよく介護してたわ。わたし。



眼鏡を買いにいく余裕なんてなかった。
当時は、夜勤の仕事はもう辞めていたけれど、
入浴介助から転倒防止まで24時間つきっきりで介護していたのだから、
良く考えれば、眼鏡が傷むのは、必然といえば必然なのです。


だけども。
 

あんまりだ、これは…^^;

介護者である以前に、人間としてまずいやろ…orz


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さて、前置きはこれくらいにして。
ここからが実は、本当にわたしが書きたかったこと。


周囲の人たちによく言われていた言葉。

「自分を大切にしなさい」

当時のわたしには、その意味が全く以って理解できなかった。
ご厚意からのおことばだということは感じ取り、感謝しつつも。

だけど、今はわかる。

この、旧い眼鏡は、その、周囲の言葉を翻訳してくれた。
言葉ではなく、そのあるがままの姿、そのもので。


こういう偶然に出会うとき、
つくづくと、わたしは、感じるのだ。


やっぱり、どんな事件にも、できごとにも
それらのなかには 欲しがる人にしか与えられない
とくべつな宝物が埋まっているのだな、と。

「大切な学び」を得るための「材料」

それらは、求めさえすれば 

それこそ、無尽蔵に、与えて頂けるのだ、と。
 
 
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燃える下心。(ちょっと手を加えました)

2006-11-14 11:09:03 | Weblog


えっと。派手なタイトルですが(笑



わたしが介護を続けてきた理由について
改めて、書いてみようかと、ふと思いたち筆を執りました。



祖母の病気に気づいた瞬間、
「身体が先に動いてしまった」というのは事実です。

彼ら「一対の夫婦」を護ることが
その時自分にとって最もプライオリティが高いと判断して。

祖父母を愛しています。こころから愛しています。
世界の中心どころか宇宙のど真ん中から叫んじゃうくらい。



だけどね。それだけじゃないの。



わたし自身にとっても、利益があると判断したからなんです。
もう、下心が燃えまくって燃えまくって。


「老夫婦のみの家庭に介入し」
「孫という立場で」
  (孫が祖母を看ているのは全体の3%。祖父を見るのは0%。
   つまり貴重な「症例(?)」となるわけです)
「彼らの生き様、死に様を、特等席で観察させてもらえる」
「人の最晩年の、最も佳き伴走者として
 どのように接していくのがプロとして正しい態度なのか
 実際に、身内を使って体験できる。この年齢で、一人で。」
 (これは貴重な機会―たとえば外科医は身内をオペできないから。)


つまりですね。
明らかにわたしにも、メリットが出るのです。


こんな美味しい体験、逃してたまるか!!



そのまま医学部に行くより(受かる準備はできていたけど)
全くもって利益が高いわけです。

臨床医になりたいのであれば。

あるいは、病・老・死について教えるべく
NPO法人を立ち上げて動かしていくのであれば。

そして出来れば、世界の大学の教壇に立って教えてみたい。
(それ夢でかすぎやから>わたし)


ふふふ。こういう「下心」

―言い換えれば「生きることへの静かな情熱」があってこそ、
介護は楽しくやれるんですよ^^



わたしの場合は、たまたま、これが動機。

理論と実践の摺り合わせを常に求めるこころ。

より自分の人生を豊かに生きたいと願う、燃える下心。

この情熱あってこその介護人生でございます^^


だから決して自己犠牲精神なんてわたしは持ち合わせていない。
やれるだけのことはやり、頂くものはちゃんと頂いています。
そしてその収穫は、予想以上のものでした。
まだまだ、そういった「ベネフィット」は転がり込んでくるでしょう。

ね?これぞ「燃える下心」でしょ?うふふ。



ちなみに、タイトルに釣られた方は手をあげてね!*^-^*


from たま@写真は13日夜撮影。
       かささぎの出産に立ち会った後に。


【追記】

以前わたしは『病と幸福は両立する』という記事を書きました。
それを今、わたしは自分自身のこころとからだで実感できています。


PTSD(に準ずる)との診断を受け容れるのも苦しかったし、
症状が起こったときはもっと激しいし苦しい。辛い。

だけどその症状のさなかでも、わたしは言い切れます。


もし明日突然に、天からお迎えが来たとしても、
わたしは笑ってその運命を受け容れるでしょう。


わたしは、幸せです。

わが人生に、悔いなし!


(もちろんまだまだやりたいこと満載なので、
  この表現は「今までについて」ということで(笑))





わたしはかぶっていた猫を脱ぎ捨てました。

本来の姿は、ごらんのとおり「鳥」です。
       ↑従妹や叔母は私をこう呼ぶの(笑


そして、届けたい。オリーブの枝を。

皆さまのお心の中にある、ノアの箱舟へと。

(筋金入りの無宗教ですけどね^^;)
 
 
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朝、目覚めゆく空に、祖母の微笑。

2006-11-09 07:17:54 | じいたんばあたん
朝六時に目覚めて、すぐにコートを羽織り、ほんの少しだけ散歩に出る。
ゆうべは3時半まで起きていたのだけれど、不思議と眠気はない。


先週怪我をしたばかりの両足はやはり痛くて、
ごくゆっくりとしか歩けないけれど、
わたしはどうしても今この、日々いとおしい朝を
―今日と言う日が無事訪れた歓びを―肌で感じたかったのだ。


出掛けに、携帯電話を忘れたことに気づく。
「ああ、カメラがない、もったいないなぁ」と一瞬思うが、後戻りするのはやめる。
今朝は特別に、全身でただ季節を感じたい。


もう、出勤や通学に自宅を出て行く人々がちらほら。


そんななかで、かつて祖母とふたり口ずさんでは歩いた、
シューベルトの「野ばら」を、不意に歌いたくなる。
ドイツ語も美しいし、日本語のそれもまた美しいのだ。

http://blog.goo.ne.jp/care-for/e/27f06cae5fa3e145ef860e78b4eead3f
(コメント欄をごらんください。詳しい解説を頂いています)


かつてのあの、幸せだった彼女との日々を思い出し、思わず
涙ぐみそうになる。

だけど。だけど。それでも。
朝はまた訪れ、鳥は変わりなくさえずり、そして、突然

美しく目覚めていく空の中に 祖母の優しい笑顔を見出だす。



ああ、そうか。
わたしは彼女に会いたくてたまらなかったのだ。
心と両手両足に、大怪我をしてから、彼女に会いにいけていない。
ついこないだ連れて行ってもらったばかりなのだけど、

だけど、…祖母に会いたい。


進行していく病のさなかにおいても、
わたしに、無償の愛というものを教え注ぎつづける
世界でいちばんいとしい、あの女性に。


白いコスモスが、傍で揺らいでいる。
わたしは、その純潔な花弁にそっと口付け、朝露を吸う。
涙ではなく感動を黙って頒ち合ってくれたような気がする、その花に。
 
 
******************

みなさまへ


長らくお休みを頂戴してしまいました。

現在、わたしは、たいしたことはないのだけれども、闘病中です。
いわゆる「心の怪我」という診断です。

そして、相方とも別離を選択しました。
彼の存在なくして、介護を続けてくることはできなかった。
彼に対する愛情や敬愛の念は変わりません。
謝意をここに、記しておきます。


わたしが今闘っている病の症状は、
とても激しく、苦しいものではありますが、

それでも、不思議とこころは明るく朗らかで、そしていつも穏やかです。

 
生きているって素晴らしい。
わたしは祖父と祖母を、支えてくれる友人たちを、
そして、このわたしたちを抱く世界を、宇宙を、愛しています。

これから、少しずつですが、
UPしないで書き溜めたものを、10月の記事としてご紹介してまいりたいと思います。
 
一日に、ひとつあげられるかどうかといったところですが、
どうぞみなさま、よろしく、お付き合いくださいませ。

コメントを残しながら(あるいは静かにただ)待っていてくださった
すべての読者のみなさまに、感謝をこめて。


11月10日記す 介護人たま 拝
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