じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

MRIを何故、お年寄りが嫌がるかについて。

2005-08-26 23:51:06 | じいたんばあたん
今日、じいたんと二人、夕食後のお茶をしていたときのこと。

じいたんに、自分の頚椎のMRIの結果について報告すると、
思い出したように、じいたんが言った。

「お前さんも、MRIを受けたのかね。
 いや、おじいさん呑気者で、知らずにいて申し訳なかった。
 (↑じいたんが、忘れているだけなんだけど…orz)

 一人で、怖くはなかったかい?嫌だと思わなかったかい?」


…??


何を聞かれているか良く解らなかったので、
とりあえず

「いや、面白かったよ。変な音はするし、
 装置のしくみがわかっているから、
 なんていうか楽しみだったし。
 身体を動かしたらあかんっていうのがしんどかったけど」

と答えたら、じいたんはため息をついた。

「お前さんは、やっぱり若いんだなぁ」



…???

すぐ、じいたんは続けた。

「なあ、お前さん。こんな話があったんだよ。
 この、マンション(健常な高齢者専用マンション)に住んでいた
 おじいさんの友達なんだが、それはそれは身分も出自も立派な方で、
 いつも堂々としていなすった男の人がいたのさ。」

うん、それで?

「だが、その方は、MRIを受けるときに、
 そのー、なんだ、ひどく暴れたそうだ。
 全身を皆で押さえつけなければならん位にな」


…MRIを受ける際、それに耐えられそうにない人には通常、
睡眠導入剤を使う。
わたしは、そのことを知っていたが、敢えて
黙って、じいたんの話を、目で促した。


「何故なのだろう、と、あれからおじいさん、随分
 考えてみたんだよ。
 
 あの機械の中にずるずると運ばれていく時というのはだな、
 まるで、火葬場で焼かれるときにそっくりだからだ、と、
 おじいさんは思ったわけだよ。」


…呆然とした顔を、私はしてしまったのだろう。
じいたんは続けて、

「お前さんたちのような、若い人には想像も出来んだろう。

 だがね、お前さん。

 わしらのように、お陀仏が目の前に来ている人間には、
 あの機械はまるで
 火葬場の竈のように見えるのさね。
 わかるかい?

 生きたまま焼かれたら、たまらんからなぁ。
 死んでから焼かれるならまだ、諦めもつくが。」



…言葉が出ないので、ただ黙ってうなずく。


じいたんはさらに続ける。

「おばあさんは、また、入院中、
 あの検査を受けなければならないのかい?」

…そうか。
それも、心配だったのね。
私は即座に答えた。

「ばあたんの入院先には、MRIないから、大丈夫よ。
 それに、拒否することも出来るから。
 心配しないで」

そういうと、じいたんは、安心したように目を閉じた。
そして、いつもの顔で、わたしの前で、まどろんでゆく。





……じいたんにMRIの検査を受けさせたのは
今年の3月の終わりだった。
慢性硬膜外血腫の疑いがあったからだ。

検査には、私が付き添ったのだけれど、
当然、中に入ることは出来るはずもなく…


かなり長い時間の後、検査室から出てきたじいたんは、
珍しく
わたしを着替えの手伝いに呼んだ。


鍵のかかる更衣室で、二人きりになったとき
じいたんは

「痒い。痒い。痒くてたまらん。
 たま、掻いておくれ」

と、
それこそ
背中から股ぐらまで
すべてを

20分ほど、
私に掻かせ続けたのだった。


じいたんにとって、検査が辛かったのだということは
すぐにわかったのだが、

何故そんなにあの検査が辛いのか、あのときの私には全く解らなかった。


でも。
今は理解できる。

じいたんは、死の近づく音を、身体で感じている。
わたしの感受性よりも、はるかに現実的に。

そのこころのありかたさえ、言葉に出してもらわなくては、
見えないなんて。
猫失格。


じいたん、ごめんね。

たとえ話としてしか話せない、じいたん。
漠然としか、いつも何も見えていない、わたし。
そばにいても、ただそばにいるだけ。

わたしには想像も出来ない、恐怖と闘う毎日を送っている。

孤独を埋めるひとかけらにさえなれない。


でも、
じいたん、わたしね、

理解できないからこそ、ずっと
目に焼きつけ続けるからね。


あなたが
最愛の妻にも忘れられ

それでも
屈することなく
孤独と闘う姿を誇りに思っています。

決して、決して忘れないから。