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街の散歩…ひとりあるき

09 白縫は、長刀(なぎなた)を水車(みずぐるま)のごとくふり輪(まわ)し て、五騎が中に蒐(かけ)入り蒐(かけ)入り…『椿説弓張月』前編 巻之四

2021年10月03日 | 絵画・彫刻

蕭(そぼ)と降出して、ゆく路のいと暗きに、武者十騎あまり、蕉火(たいまつ)をふり照
しつゝ、一烟走(まつしくら)に追蒐(おいかけ)たり。白縫は且(かつ)戦ひ且つ走り、又五七町落伸て見
かへれば、八代も後れぬるとおぼして、呼べども回答(いらへ)もせず。こは朽(くち)をし、
彼を撃せてわれのみ活んやはとひとりこち、馬の頭を引かへせば、只今
城に火を放(かけ)しと見えて、忽地(たちまち)西に當りて火光(くわこう)天に衝き、煽(せん)ゝと
して燃揚るにぞ、白縫澘然(はらはら)と涙を流し、已(やみ)なん已なん、父も討れ給ひけん。
わが身も死すべき時至れり。憖(なまじい)に落伸て、しばしも後れまゐらせし
こそ胸くるしけれ。さらば㝡後(さいご)を急んとて、城の火光(ひのて)を燭(あかし)としつ、舊(もと)の
路へ馳てゆく。この時八代は、白縫を落さん爲、潜(ひそか)に引下りて、ふたゝ
び逐ひ来る敵を拒(ふせぎ)、三騎に痍負(ておは)せ、二騎を切倒し、首を取て立
あがる折しも、矢一つ来りて八代が、吭(のど)のあたりへ丁と立(たて)ば、しばしもたま
らず倒るゝを、軍兵(ぐんびやう)四五騎下りたちて、首をとらんと競ひかゝる。白縫
は立かへりつゝ、遙に見て鐙(あぶみ)をあはせ、長刀(なぎなた)を水車(みずぐるま)のごとくふり輪(まわ)し
て、五騎が中に蒐(かけ)入り蒐(かけ)入り、忽地(たちまち)切伏せ薙倒す。その威勢(いきほひ)奮然と
して當るべうもあらざれば、みな仰ぎ視て舌を掉(ふる)ひ、是なん女丈夫(おんなますらほ)
と聞こえたる、為朝の内室(おくがた)ならめ。彼いかに勇敢(たけく)とも、続く郎等(らうどう)もあら
ざるに、只射て落せと、罵(ののしり)りて、七八騎の軍兵彼此処(をちこち)に立わかれ、木の蔭
岳(おか)の上より射かくる矢に、馬は太腹を射させて屏風を倒すがごと
く、主ももろともに撲地(はた)と顛臥(まろぶ)を、射て落しぬとよろこびて、おのおの
弓矢を掻遣棄(かいやりすて)、太刀脱(ぬき)かざして走りきつ。吐嗟(あはや)白縫撃るべく見
えたる処に、誰とはしらず道次(みちのほとり) の藪蔭より、石を飛す事霰(あられ)のごとく
先にすゝみし軍兵三人、立地(たちところ)に打倒さる。これ等は五騎十騎の半武者

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