も濃(こまやか) に、「これまで数度(あまたび)音信たまえど、同胞(はらから)の仲を裂けんとする
ものありて一度も妾に達せず。却って此方(こなた)のことを悪しざまに奏聞ありなんと、御身
のことを讒言する者ありし。が、このごろ巧みごと顕れその人を追い払い侍りぬ
れば、此方より度々進(まい)らせし消息も、かの癖者の妨げにて御許
へは届くまじと推し量りぬ。兎にも角にも、人の妬みばかり薄情はあらじと
とうち歎かれそうろう。其はとまれ、風に聞くさむらへば、君の貴胤(みこ)を孕(みもごり)たまい
しよし、妾が嬉しさは物の数ならず故郷の父母の御歓び推し量れ、頓(とみ)にも参り、
悦び祝せもほしく思いけれども、聊(いささ)か労患(いたづき)に罹 (かゝ)つらい、意(こころ)ならず
も文もてこと進(すい)せぬ。そも婦人の身、八つの大㕝(だいじ)と聞こえしうちにも、わき
て心苦しきは難産にありとし聞けば、それとのと思い煩い昼は終日(ひねもす)飯(いゝ)を甘なわず、
夜は終夜(よもすがら)見身ごもりのさまをも見まほしなん」と、いともまことしやかに書きつゞけ
たれば、婦人は余りの嬉しさに涙を流したまい、繰りかえしつゝうちながめ、烏将軍
に對(む)かい、姉君の消息は父母の文に異ならず、斯くまで情け深く仰せ越さ
せたまうを参らぬは不孝なり。はた久しく姉君に逢い奉らざればなつかし
さも限りなく、急ぎ参内して大王に奏聞し勅免を蒙らば、月景城へ
参るべき。準備(ようい)せよと仰せければ烏将軍うけたまわり、仰せざることにそうら得ども、
御妊娠の御身を以て路上遠く月景城へ赴きたまわらんこと、御慎みなきに似たり。
憍曇彌夫人の御患病(いたづき)とてさして大事と申す程のことそうらわまじ。ご快復
あらんを待って、此方へ駕を促したまうとても遅かるまじくそうろう。唯その旨使
女(つかい)へ仰せ回(かえ)され、発駕の儀は思い止まりたまえと諫めけれども、敢えて許容な
く否(いや)とよ、妾(わらわ)胎孕(たねごもり)たりといえども、心のすづすづしきこと常にも勝りた
り。然るに姉君の命(おうせ)に背き、此方へ請じ奉らんは姉妹の礼に違(たが)はべり。
早く奏聞を遂げ、月景城へ参るべき。準備せよと曰(のたまう)にぞ、烏将軍
も主命再び背きがたく、終に領承して参内し婦人の願いの旨を
奏聞しければ、淨飯王、叡聞あり。ともかくも婦人の意に随(まか)すべしと
宣旨ある。これによって烏将軍、退出して立ち返り勅許の旨回報するに、
夫人、斜めならず喜びたまい、文使の女官には数多の財帛を賜いて先