阿武山(あぶさん)と栗本軒貞国の狂歌とサンフレ昔話

コロナ禍は去りぬいやまだ言ひ合ふを
ホッホッ笑ふアオバズクかも

by小林じゃ

狂歌家の風(20) 歳旦

2019-01-01 10:44:36 | 栗本軒貞国

栗本軒貞国詠「狂歌家の風」(1801年刊)、今日は春の部から三首、

 

         歳旦 

  仙術もおよはし年の口あけてこちがふき出す春のすかたは 

  呵たる子供よゆるせ今朝の春まつにほたえたきのふ一昨日 

  千年のつるへに汲し若水はなをよろつよのかめにおさまる

 

題の歳旦は、最近では神社の歳旦祭という言葉ぐらいでしか見かけないけれど、狂歌の題としては一般的なものだ。貞国の時代には元日とは言っても元旦は見かけない。元旦は比較的新しい言葉のようだ。日本では元旦といえば一月一日の朝のことで、元旦の天皇杯決勝と言ったらゲームは午後だから間違いと指摘が入る。しかし、中国で元旦は元日と変わらないようで、よく異体字を調べるサイトでも、「一年的第一日」とある。ところが対義語は「除夕」で、こちらは「農曆十二月三十日的夜晚」と夜晩が入っていてこのあたりの感覚はよくわからない。このサイトで歳旦と入れても未収録と出るから歳旦は和製の言葉だろうか。なお、貞国撰の「歳旦帖」という歌集が寛政八年に黄菓園という広島の版元から出版されたと「狂歌書目集成」などに見えるのだけど、歳旦帖は俳句などでも年報、年鑑に近いような一般的な名前であって検索してもそちらばかり出てきて所在がわからない。

それでは歌を見てみよう。一首目、年の口あけて東風が吹き出す、とスケールの大きな読みっぷりになっている。この歌を歌集の冒頭に置いたのは意気込みの表れだろうか。重陽の歌にも出てきた仙術は貞国の口ぐせかもしれない。

二首目、「ほたえた」は上方の方言で子供などがふざけて暴れる、じゃれるという意味のようだ。それで「呵(しかり)たる子供よゆるせ」と言っている。狂歌家の風の特徴ともいえるテンポの良い歌だ。「ほたえる」は今も京都から四国、山口まで西日本の広い範囲で方言として残っているが、広島ではあまり聞いたことがない。貞国の時代は言っていたのだろうか。「今朝の春」はこれも貞国がよく使う言葉で狂歌桃のなかれに初秋という題で、


  今朝の秋風の音にも驚ぬ御代や目にしる稲の出来はゑ


という歌がある。しかし、今朝の春が元旦だとすると、この今朝の秋も立秋の朝のはずだが初秋となってるところがちょっと気になる。

三首目は、千年のつるべ、とはいかなる釣瓶かと悩んでしまう。明治41年、広島尚古会編「尚古」参年第八号、倉田毎允氏「栗本軒貞国の狂歌」の中に同じ歌があり、語句と漢字の使い方が少し違っている。


       若水 

  千歳の鶴べに汲みし若水を尚萬歳の瓶に納めん 


千歳の鶴、萬歳の亀ということだった。若水は元旦に初めて井戸から汲む水で、誰が汲むかは地方によって色々しきたりがあったようだ。井戸といえば私事だが三十数年前、大学の国文学の最初の講義で、一葉の「大つごもり」の冒頭、「井戸は車にて綱の長さ十二尋」この井戸について、東京下町でこの深さだと飲料水ではなく洗濯などに使った井戸だという考察が長々とあって、こりゃ国文学は向いてないのかなと思ったのを思い出した。広島でも貞国の水主町は新しい三角州で若水を汲むような井戸は相当掘ったのだろうか。今思い出したことだから、これから広島の井戸の深さについての記述があれば注意してみたい。考えてみると、学生時代に挫折してしまったせいで成仏できなくて今これを書いているのかもしれない。

話を大つごもりからお正月に戻して、貞国が詠んだ歳旦の歌を紹介しておこう。まずは「狂歌桃のなかれ」から、

 

  いゝいつる言の葉もみな和歌めくや今朝は見るもの聞く物につれ

 

若めくを和歌めくと書いている。しかし和歌めくという言葉を使うところが狂歌たるゆえんなのだろう。次は上記「尚古」から三首、

 

  忠と孝おしゆるやかな国の春明けの烏も軒の雀も 

  今朝は早や福寿草そら咲き出て梅の立枝の花を持かは 

  屠蘇の酒つい一と丁子明けの春きみかよいわいきみかよいわい 


酔っぱらって詠んだ三首目、お正月は貞国のように機嫌よくありたいものだ。


【追記】狂歌家の風の冬の部で「辷たる」とあるのを「すべりたる」と思っていた。ところが尚古に同じ歌を「すべつたる」と表記してあった。すると「呵たる」も「しかつたる」と読む可能性もあるのだろうか。また、最近あるグルメ番組で出演者がアサリの握り寿司を食した時に「アサリがほたえてる」と発言されていた。見た目か味か判断できなかったが、暴れるほど生きが良いということだろうか。ネットでは子供に「ほたえな」と言うような否定の命令文の用例が多く、こういう使い方もあるのだなと思った。