O'kashira

うだうだ

回転寿司

2011-03-29 23:48:35 | 横浜の空の下

 昼、出先で食事をすることになり珍しく回転寿司の店に入った。ウィークデーの昼だというのに店内はほぼ満員でびっくりした。子供が春休みのせいか、給料日後という事もあったのだろう。
 しかし待つ事もなくすぐに席へ案内された。そのとき、隣りの席のカップルの食べ方にびっくりした。カップルといってもそれほど若い2人ではなく、40歳前後だろうか。食べ終わった皿がかなり高く積んであるのに、テーブルの上にはまだ手のつけられていない皿が一杯なのである。
 そんなに食べられるのかなあ、食べ盛りとも思えないし、取ってはしまったが持て余しているというような感じにも見えるし。
 いろいろな寿司が回ってきた。いくつかの好きな寿司を取った。
 ふと隣りのことを考えた。隣りは寿司の流れの川上にあった。そのせいか僕のところまで流れてくる皿がやや少ない。隣りが取りすぎているからか?
 寿司の流れが物流と考えると,隣りは東京,川下へいく皿の数は少なくなる。取ったはいいが皿は余っている。
 僕はいつもと同じくらい食べ店を後にした。
 買い占めならぬ"食い占め"だったのか。
(写真と記事内容は勿論関係ありません)

K街でライブ

2011-03-28 15:12:11 | 横浜の空の下
                             (こんなときでもコブシが満開、今年も春は来ます)

 災害や原発の話しばかりしていると陰々滅々となってしまう。
 そんな時プロミュージシャンの柳沢伸之さんからライブの招待が来た。彼のライブではなく、彼のお弟子さんのBさんが毎年開いているライブで、たまたまこの時期になってしまった。ライブスケジュールの方が先に決まってて、後からあの地震なんだから勝手に割り込むなとばかりに開催された。
 その街が僕がむかし住んでいたK街だったので久しぶりもあって出かけてきた。あの店がないこんな店知らないぞ、特徴のある駅舎もなくなってしまった。5年という年月は街をずいぶん変えてしまう。もっともあの町々は一瞬だった。あっ、また話しがそっちへいってしまった。
 久しぶりに楽しい音楽を聴き、ひとときあの映像を忘れられた。その後開かれた打ち上げにも厚かましくも参加してしまった。
 妙に僕のテンションが上がっていたような気がした。

(個人情報保護、こんなときにライブかよというご意見を尊重し写真は気持ち小さくしました)


節電

2011-03-26 01:27:54 | 横浜の空の下

 あの日の翌日、実家が気になってでかげたが、それ以外近所には出かけるもののあまり人ごみには出かけなかった。余震が続いていたし、何かあると面倒くさいと思ったからだ。
 今日、久しぶりに買い物に出かけた。噂の通り野菜は高い、牛乳、水はない、いくつかのスーパーを回り目的のものは手に入れたのだが、なんだかちょっと変だな、いつもと違うなと思った。
 それは店の中が暗いという事。どの店も節電のため天井の電気や冷蔵棚の照明を落としている。どこかで見たような光景、明るさだなと思った。
 それは外国のスーパーの明るさだ。ソ連(当時)国境に近いフィンランドのスーパーはもっと暗く商品もなかった。スウェーデンもノールウェイもあんな明るさだった。ポルトガルもアイスランドなんか暗くて寂しさまで感じた。
 ビッグシティロンドンでさえ、日本のような明るさではない。天気のいい日に店を見ると中がうす暗く、やっていないのかと思うくらいだ。
 今の明るさで十分じゃないか、いつ消えるかも解らない停電になるより、節電で対応できると思う。今までが明るすぎ、僕たちはそれに馴らされていたんだ。
 節電の特効薬をお教えしようか。道端に置いてある自動販売機、あれをすべてやめれば原発1基くらいいらなくなるんじゃないか。
 昔、同じ事をある原子力関係の中くらいのお偉いさんに面と向かって言った事がある。あからさまにいやな顔をされた。
(写真と記事内容は関係ありません)

三陸への旅

2011-03-25 00:56:52 | 横浜の空の下
 
 ずいぶん前、車で三陸を旅した事があった。なるべく海岸線を行こうと仙台から松島を越え北上した。いつものように行き先は決めていなかった。石巻、雄勝、志津川(現南三陸町)、歌津、本吉、気仙沼、陸前高田、大船渡、釜石、そして鵜住居という町で北上をやめた。最後の町鵜住居、ウノスマイと読む。何ともいい名前ではないか。深い湾、川があり海があり、海のそばにキャンプ場があった。ここを最終地点と決めた。しかし、あまりに小さい町で食材の調達にちょっと苦労した記憶がある。
 海に沿って北上と言ったが、海岸線に沿って走るとすごい距離になるし、道がないところもある。海岸をトレースする事はすぐにあきらめ、国道を走ることにした。
 昔、北欧を旅した事がある。1日走ってもフィヨルドの対岸にしか行けなかったが、このリアス式海岸もそれほど規模は大きくないがよく似ている。湾が奥まったところに集落があり風景としては美しいところだ。
 なぜこんな旅に出たかというと、東北地方には下流部でヤマメが釣れるという川がある。つまり海のそばで渓流魚が釣れるという事だ。おまけに場所によっては汽水域で大好きなハゼが釣れるかもしれない。僕は肉より魚派。この条件を満たしてくれるのが東北三陸だった。
 このときご飯を食べたり、飲み物を買ったり、ガソリンを入れたり、ホタテを買ったり、キャンプをしたり、数日間訪れた町が3月11日を境になくなってしまった。
 あのとき、鵜住居の風景がまだ眼に焼き付いている。
(写真と記事の内容は関係ありません) 


本当なのか?

2011-03-23 16:02:00 | 横浜の空の下

 阪神淡路大震災のときもそうだったというが、外国の救援隊が救助犬を連れて来日した。しかし日本の法律は、救助犬であろうとも動物検疫を受けないと入国ができない。その検査には2週間ほどかかるという。仕方なく犬なしで救助作業をしたという。
 まさか今回はと思ったが、そのまさかだったらしい。フランス隊は10数匹の救助犬とともに来日したが、彼らの能力は発揮できないまま、さっさと帰ってしまったらしい。
 さらにすごいのは、英国隊。入国する書類に不備がありまったく入国さえかなわず帰国したという。
 何とかならないのかなあ、この非常事態に。
 これらの話しは微妙に原発の爆発とリンクしていると考えられなくもない。
(写真と記事内容は関係ありません。関係ないからなお悲しい)

原発耐用年限

2011-03-23 01:35:19 | 横浜の空の下

 これはニューヨークタイムスに出ていた記事だそうだが、福島第一発電所は1970年代GEがマーケティングしたもので、設計の段階から問題のある設備だったらしい。
21日の記事では、1ヶ月前に1号機の動力パワーに亀裂が入っているのに、保安院は10年間延長の許可をしたという。
 新規に原発を作るのに国民の賛同が得られにくいという事からか、原発の寿命を延ばそうとしている。
 日本のマスコミはこれをまったく報道していない。
 以上の記事は小西克哉氏がTBSラジオ「デイキャッチ」3月22日に放送したもの。
http://podcast.tbsradio.jp/dc/files/konishi20110322.mp3

 本当ならば大問題だ。
(写真と記事内容は関係ありません。関係ないから悲しい。)


津波

2011-03-22 16:19:43 | 横浜の空の下
 友人から電話が来た。
 「どうだった?大丈夫だったか」という電話だった。

 彼は漁師だ。地震が来てすぐ、次は津波だと判断した。港へ直行し船を出し沖へと向かった。
そのまま2日半、彼は船を走らせ続けた。持っていた食料はお握り1個。船は無事だった。
「津波を乗り越えたのか?」
「うん、いくつも」

風評、いらだち。

2011-03-21 15:08:53 | 横浜の空の下

 小学校の5、6年生の頃担任の先生からこんな話しを聞いた。
 その当時『空気のなくなる日』という映画があったという。それは某月某日に空気がなくなるという噂が立ちパニックになる。金持ちはタイヤのチューブをを買い占めその日に備えた。
貧乏人はチューブが値上がりし高くて買えなかった。きれいに洗濯したものを着て家族で最後の食事をしそのときを迎えた。やがてそのときがきたが空気はなくならなかった。


 各企業はTVコマーシャルを自粛しているのだろう。それによってCMの時間を埋めているのがACの啓蒙広告のようなもの。しかしこれが耳につく。イライラしてくる。昔から好きではないが、金子みすゞも、オシムも、仁科明子親子も大嫌いになってきた。彼らにとってもいい迷惑だろう。
 ついにACに抗議をしようと思った。ところがそのような事にACはアドレスを公開していない。仕方なくファックスを送った。
ACとはADVERTISING COUNCIL JAPANなのだが、今後ACのCMが流れるたびにAC電源にスイッチが入り今回の福島を思い出す事になるだろう。
 ACのHPにはクレームがたくさん来ているらしい。♪A~C~というサウンドは消すという断りが出ていた。
 そういうことだけではないだろう、同じCMを何度も流される視聴者の苦痛を感じないのかな。ACは?

大地震、停電、米、光。

2011-03-18 14:32:27 | 横浜の空の下
 なんと言っていいのか言葉も見つかりません。
 昨年までで両親4人がすでに亡くなり、こんな悲しい状況を見なくてすんでよかったと思うほどです。
 今ここに住む僕たちになにができるのか考えると、普段の生活をすればいいという結論に達しました。ただし少し不便さに向き合って。
 そこでこんな事をお教えします。そんな事知ってらあという人はそれで結構。知らなかった人は参考にしてください。停電のとき役立つと思います。

 ガスと釜でご飯を炊く方法。

できればなるべく厚手の鍋、釜を用意します。土鍋があればなお結構。ダッチオーブンなお結構。
1、お米を研ぐ(これは熱源と関係ないからできるはず)
2、水加減をする。原則1:1・2、つまりカップ1杯200ccならば240ccの水を加える。2カップならその2倍。新米か鍋釜の種類により水加減は変わるので何度かやってみて調節する。
3、そのまま20分くらい置く。
4、強火にかけ、沸騰するまで待つ。
5、沸騰したら弱火にし3分間加熱する。
6、3分経ったら火を消し10分間そのままにする。
7、10分後再び火をつけ弱火で3分間加熱する。
8、3分後火を消し10分間蒸らして出来上がり。
これでお焦げもないおいしいご飯が炊けます。
僕たちはこの3-10-3-10分の方法を"手島式"と呼んでいます。
我が家ではこの方法で文化鍋、土鍋で何十年も焚いていますし、キャンプでもこの手島式です。3升釜でやった事もあります。(元アウトドアジャーナリスト=O'Kashira)

懐中電灯の使い方。

 懐中電灯は一方向に光を飛ばすものです。そして何かに光がぶつからないと光りません。そこで部屋で使うときはその光をいつも使っている電灯のかさに当ててください。光が拡散され部屋全体が明るくなります。

もう一つ。


 これは懐中電灯の発光部にスーパーのレジ袋を膨らませてかぶせたもの。こうすると袋全体が発光部となり柔らかい光が拡散します。専門用語でディフューズと言います。これもよくキャンプで使う方法。テ-ブルでは勿論、夜、子供たちが移動するとき誘導灯として使います。(元カメラマン=O'Kashira)

どうでしょう、参考になりましたか?
こんなアイデアもあるよというテクを知っている方、どんどん書き込んでください。


HALL AND OATES

2011-03-03 21:33:19 | 横浜の空の下
 ひょんなことからコンサートへ行くことになった。それも往年の人気デュオ、ホールアンドオーツのだ。そういえば、むかしカーステレオでよく聞いていたし、レコードケースを調べたらライナーノーツもない古くさい(実際に古い匂いがした)レコードが出てきた。
 しかしこれは見本盤とあり、僕の意思で買ったものではない。きっと雑誌の仕事をしていた頃、用済みになったものをもらってきたのだろう。
 何年ぶりかで来日したDARYL HALL and JOHN OATESコンサートの楽屋へ来いと、ジョンからの伝言があった。と言っても、僕に直接連絡が来た訳ではなく、友人に連絡が来て僕はそのおともだ。
 会場入り口は入場を待つ人であふれかえっていた。


 関係者受付で専用パスと、招待券をもらい脇の鉄扉から入るのだが、扉ごとに番兵がいてなかなかスムースには入れない。いちいち事情を説明し、本部へ問い合わせようやく扉が開く。これを何度か繰り返しようやく楽屋入り口へ。最後の番兵はこのステッカーではこれ以上は入ってはならぬとストップ。
 ここは楽屋入り口だが、スタッフのケータリングサービスのコーナーにもなっていていい香りがする。日本のコンサートはスタート時間が早く、夕食をすませてくるわけにはいかず、ここでのおいしそうな香りは胃に毒だった。
 ようやくジョンに連絡がつき彼が出てきた。僕はここへくるまで、ジョンに会ったら "僕のむかしの友人に大津譲二君というのがいたけど、君じゃないよね" と言おうと思っていた。しかし友人とジョンが話しはじめ僕が入り込む隙間はなかった。
 僕は握手をし、「僕はテレマーカーだ」とすっとんきょうな自己紹介をした。
 

(僕とジョンの個人情報の保護ならびに僕のちょっと恥ずかしさ保護のため写真サイズを小さくしています。)
 そう、実はジョンはアスペンに住むテレマークスキーヤーでもある。20年ほど前、共通の友人が日本に来たときからジョンの話しは聞いていた。その後ジョンが日本でコンサートをする合間に、室内スキー場へ行きたがっているので連れてってやってと言われたことがあったが行けず終いだった。
 バブルまっただ中でできたあのザウスだ。真夏でも冬の環境で500メーター滑れるという何とも珍奇な施設だった。今はなくなり、跡地にIKEYAができている。
 コンサートは始まった。まだ音も出ていないうちから観客は立ち上がった。僕の席は調整卓の後ろのかなりいい席だった。しかしすぐ前の外国人が立ち上がり僕の視界はぐっと狭くなった。まさか、まだ音が出ていないうちから立ち上がるほど僕は若くない。人と人の隙間からホールとオーツを見ることになった。
 実物は見えない、音は割れ気味でやかましい、何のためにここに座っているのか、もはや苦痛でしかなくなってきた。
 30年くらい前、同じような経験をしたことを思い出した。音楽の種類によるのだろうが、立って手を叩いて聴く気にはならなかった。ロックが嫌いなのだ、きっと。
 それ以来、このようなコンサート会場には来たことがなかった。音楽はしょっちゅう聴きに行くもののクラシックか、ブラジル音楽だけ。変な取り合わせだな。ブラジル音楽は楽器を持つか踊るか歌うかの大騒ぎなのだが、この会場のスタンディングとは大いに違う。
http://www.youtube.com/watch?v=rYf93Zil6UA
 
 この手のコンサートは、今回これで最後にしようと思いつつガード下の縄のれんをくぐった。