J・Dサリンジャーの「ライ麦畑で捕まえて」の主人公、
ホールデン・コールフィールドが高校を退学になるきっかけの一つに、
スペンサー先生からの宿題がある。
彼は先生から自由論文を書くよう言われたが、
わずか5,6行、エジプト人についての脈絡ない羅列をしただけで終わり、
追伸として、
自分が知っているのはこれだけであること、
エジプト人はそんなに興味を持てる人たちではないこと、
落としてくれても一向に構わないことを述べ、「敬具」と締めくくる。
「ホールデン・コールフィールドに論文についてのアドバイスをしましょう」
というのが、数週間前の私の3年生ビジネス作文の宿題だった。
(トホホ、またそんな変なことを言い出して…)という声なき声が、
学生たちの表情に如実に見て取れた。
いや、だって3年生だってもうすぐ4年生になるんだし、
4年生になったらすぐに卒業論文が待っているんだし、
自分としては親切かな~、と思って出したんですけどね。
ほとんどの学生が「木で鼻を括ったような」と言えるクールなアドバイス、
例えば、
1 テーマは自分の興味を持つものを選ぶこと。
2 そのテーマに沿ってある現象の持つ普遍性、あるいは特殊性を明らかにすること。
3 グラフやデータを客観的資料として明示すること。
4 引用した資料には〈註〉をつけること。
5 あなたの論文は短すぎる。
みたいなことを書いていたが(もちろん、いいアドバイスですよ)、
その中に異色のアドバイスがあった。
書いたのは周文いくさんである。
私はこの文を読んで、
(「先生は神様です」みたいな江西財経大学にもこんな子がいたんだ!)
という驚きとも喜びともつかぬ感情が湧いてきた。
「ホールデン・コールフィールドさんへ」
ホールデンさん、こんにちは。
私のことを知るわけはないと思うが、先生の宿題なのでしょうがなく、
ここでホールデンさんの論文についてちょっとアドバイスして差し上げます。
どうぞご容赦ください。
まずはこの論文についての感想です。
実は短すぎだから、論文とは思えないんです。
ただ、知っていることを滅茶苦茶に並べていると感じます。
そして、こんなに短い論文の中でも、目立った矛盾点があります。
あなたの実力が原因とは思えません。
ホールデンさんは、もともと、合格する気がなかったんでしょう。
スペンサー先生へのメッセージからも分かりますけど。
実は、ホールデンさんにとっては見知らぬ人であるけれども、
私はホールデンさんのことをよく存じていますよ。
かつて「ライ麦畑で捕まえて」という本を読んだことがありました。
同じ反逆的な子どもとして、私は、ホールデンさんの気持ちが十分分かると思います。
一度あなたを崇拝したこともありました。
我々、反逆的な子どもこそ、一番えらい人間に成長できると自負しております。
さて、論文を書き換えることに戻りましょう。
論文で最も重要なのは「主題」だと思います。
本当に自分に興味があるテーマについて書くのが一番いいんです。
ホールデンさんの最大の問題は、論文を書く動機がないということです。
ホールデンさんは誠実でない世の中が嫌なので、反逆的行為に走ってしまいます。
嫌な先生の宿題をきちんとするように勧めるのも無理だと私は思います。
では、自分が反逆する理由、あるいはこの世の中が憎いと思うことについて
論文を書くのはどうですか。
自分の体験なので訴えたいことはいっぱいあるでしょう。
それをしっかり口に出しましょう。
きっと、いい論文になります。
中国には『我手写我口、我手写我心』という言葉があります。
「自分の手で、自分の心中の考えや、自分が口に出したいことを書いてこそ、いい作文ができる」
という意味です。
ホールデンさんは私のアドバイスを認めませんか。
取りあえず、アドバイスはこれぐらいです。
何かタイムスリップしたように感じますが、
ホールデンさんと話ができたのは良かったと思います。
ホールデンさんの味方としていつまでも応援しますよ。
頑張ってくださいね。
21世紀 中国
周文いくから
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