風邪が治らないのに、二日前からおそらく生まれて初めての中耳炎まで併発し、
耳は痛むし、奥歯は痛むし、どうすんねん状態だったのです。
しかし、今日、キューバのフィデル=カストロが亡くなったことを知り、
ズーンと胸に大きな石を抱えたようになって、痛みが縮んでしまいました。
フィデル=カストロがこの世から消えてしまったのですね。
今思えば、私は彼がキューバにいたからこそ、
世界はつながっていると実感することができた気がします。
「我々は悲観論に打ち負かされてはならない。」
そう言ってくれる存在があったからこそ、
それを頼りにして歩くことができました。
ただ、ただ、悲しいです。
カストロ氏(中央)=首都ハバナで2006年1月、ロイター
革命家のチェ・ゲバラ(中央)らと話し合うカストロ氏(左)=キューバ国内で1960年、AP
銃を持つ若き日のカストロ氏=キューバ国内で1957年2月、AP
バチスタ政権を倒し、群衆を前に演説するカストロ氏=首都ハバナで1959年2月、AP
ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領(左)と抱き合うカストロ氏=南アフリカで2001年9月、ロイター
真剣なまなざしで原爆資料館を見学するカストロ議長=広島市中区の原爆資料館で2003年3月3日午後2時38分、山田耕司撮影
「このような野蛮な行為を決して繰り返すことのないように」と記されたカストロ議長の直筆=2003年3月3日午後2時48分、山田耕司撮影
平和記念公園の原爆慰霊碑に参拝し献花し黙祷するカストロ議長=広島市中区の平和記念公園で2003年3月3日午後1時57分、山田耕司撮影
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