敦煌に着くまでの道のりは、まさに『西遊記』の世界でした。
私的には三蔵法師や孫悟空、猪八戒、沙悟浄などが旅したと言うより、
(夏目雅子や堺正章、西田敏行、岸部シローや日本のテレビ局スタッフたちが、
この道を歩いて西をめざしたのかなあ)と、思わず
♪ガンダーラ、ガンダーラ They say it was in India~♪
と歌いたくなる圧倒的な景色がほぼ丸一日続きました。
こんな感じです。
途中、「雅丹地貌(雅丹悪魔城とも呼ばれる)」に立ち寄りました。
地元の名勝で、路上にたくさんの車が止まっていました。
施芳芳さんの服装は日本的に見て、普通の旅行客風ですが、
周文毓さんは砂漠の民と言っても通用しそうです。
下は周文毓さん。
こちらは施芳芳さん。
二人並ぶとこうなります。
下のどこかに余立君さん・宋老師親子がいるはずですが、
小さすぎて分かりません💦
足もとの石を拾い、ちょっと力を入れて地面に叩きつけるとすぐに割れます。
泥岩ですかね?
ここから青海省・甘粛省・新疆ウイグル自治区の共同統治区域を通り、
甘粛省の敦煌市に入りました。
しかし、途中……(-_-;)
ガイド兼ドライバーの馬さんがパンクを直す間、
偶然道路の側にあった名もなき湖に遊びに行きました。
しかし、25歳のしっかり者、馬さんが
「湖の側に行ってはいけない。危険だ!」
と大声で注意するので、途中までで引き返しました。
大雨の時には川ができるのでしょう。川の跡がありました。
私たち以外誰一人としていない静かな、静かな景色でした。
しかし、ここにも命が!
下の写真をよく見てね。
また、川の跡の傍にはこんな植物が生きていました。
触ると、バリバリの硬い棘のような感触です。
なるほどなあ!
名も知らぬこの植物の頑張りに、思わず涙が出そうに……。
そして、命尽きたものも。
かたや、どこまでも脱力感溢れる周文毓さんの姿。
砂漠でパーティーか!?
しかし、旅行の服装についての感覚が、
多くの中国人と日本人とでは大いに異なることが後で分かりました。
一般に、中国では旅行で写真を撮るため、
特に女性はおしゃれな服装をするのだそうです。
日本の皆さんは「砂漠旅行」などの際はまず、
動きやすく、虫刺され・日焼け対策などを考えた服装を
考えるのではないでしょうか。
また、大都市への旅行など考えたこともない私はいつも、
旅行では汚れてもいい服、途中で捨ててもいい古い服などを選びます。
下の余立君さんはこの旅行のために、
「砂漠に映える服」を何枚か買ったそうです。
宋老師も……。
なるほど、絵になりますね。
さて、パンク修理を終えた馬さんは私たちを乗せて、
一路敦煌へ!
車窓の風景です。
もう少しで甘粛省敦煌市に入る直前、
工事かなんかで初めて交通渋滞に遭遇しましたが、
それも30分以内のことでした。
遠く、道路の下にトンネルがありますが、
それは羊やヤク(牦牛:maoniu)の通り道だそうです。
北海道の知床にも鹿の通り道がありますよね。
その日の晩は敦煌市の鳴沙山麓のテントに泊まりました。
砂山での橇滑り、オフロードモーターバイク走り、
バーベキュー、クイズショー、キャンプファイヤーなど、
若い教え子たちにとっては、この旅で最高のひと時になったようです。
私は贅沢にも一人で一テントを使わせてもらいました。
左から5番目の濃いブルーテントが私の泊まったものです。
暑くもなく、寒くもなく、5時間しっかり寝ました。
なんと、水洗トイレもちゃんとありましたよ!
風景もぜひ近くで見たいと思いますし、旅の仲間もこんな人たちと一緒だとさぞや楽しい旅が体験できるのではと思います。
このトカゲと同じようなトカゲを孫がペットにしていて、ときどき連れてきます。爬虫類はやはり苦手、いつも「つれてくるな!」と叫んでいます。
mr.blackさん、もし、西北旅行をお考えでしたら優秀なガイド兼ドライバーと通訳をご紹介しますよ(笑)。
(トカゲも、一本の草も、みんな偉い!偉過ぎる!!)と、自分の卑小さと比べてしまいました……。
そんな私をホッとさせてくれたのが、どこまでものん気な教え子たちです(笑)。