毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

スシローの子どもたち

2023-08-02 14:34:04 | 日本事情

今年2023年1月に起きた回転寿司スシローの迷惑動画事件は、

6700万円という高額な損害賠償金を請求した訴訟になりましたが、

7月31日、裁判所の調停を双方が認めてスシローは訴訟を取り下げました。

「子どもとは言え、二度とこういう事件が起こらないよう厳しく対処すべき」

「店の損害を考えれば法的に罰せられても仕方がない」等、

当初、その高校生を厳しく処罰することで

再発防止の見せしめとするべきだという声が大方だったと思います。

私も(本当にバカなことしたな。親はこれから一生この子とともに

償いの人生か…。親が本当に気の毒だな)と、身につまされていました。

ですので私は親と本人の立場を思い、調停が成立したことにホッとしています。

 

しかし、まだ

「被害を受けたのは業界だけではなく、

回転寿司を利用するユーザーにも選ぶ楽しさを半減させてしまった点では

影響は大きく今もまだ続いている。

謝って済む問題でもお金を払って済む問題でもない。」

という声もネット上に多く見られます。

それもそうだと頷きつつも、

私はこの事件の性質に関連する社会の変容について思わざるを得ません。

 

一つは、今が20年前とは全く違う情報回路を持つ社会——SNS社会だということです。

私が教員をしていた頃にも、問題行動をする子どもは

クラスに必ずと言っていいほどいました。

しかし余程でなければ、それが一般社会の目に晒されたり、

一瞬で全日本を駆け巡ったりすることはありませんでした。

スマホ無し、ツイッター無し、インスタ無しの時代だったからです。

今なら拡散に晒される可能性のある問題行動も、

教師や親、あるいは地域の大人たちの連携行動などで

何とかなることも多かったのです。

『夜回り先生』はその時代の代表的スーパー先生なのでしょう。

「子どもは間違って当たり前、失敗して当たり前なのだから、

そこから学んで成長したらいいんだ」という視点での

「子供の成長を見守る時間と空間」は従来、

子どもにとって身近な大人たちが子どもに保証するべく奮闘してきたものです。

残念ながら今の社会の「子ども育ての自然なネットワーク」は

以前よりさらにほころびが深刻になっていると思います。

 

もう一つ、この事件から見えるのは

この高校生は、回転寿司屋で誰が寿司を作って皿に乗せ、

醤油やガリを入れ物に入れて出しているのか

どんなことに気を配っているのかが全く見えず、

理解の彼方にあったということです。

ベルトコンベヤーで自動的にぐるぐる回ってくる寿司から

そこで働く人たちの姿が想像できる人はもちろんいるでしょうが、

大人でも、それを忘れている人も多いのではないでしょうか。

カウンターの外と中で、客と職人が言葉を交わしながら注文し、

職人さんが手ずから提供する昔ながらの寿司屋スタイルは

一部を除いて回転寿司屋に駆逐されつつあるのが今の日本社会でしょう。

 

昔ながらの寿司屋を愛して止まない人が詠んだ歌にこんなのがあります。

・タコ来(き)穴子来(き)、タコ、タコ来(き)、海老来(き) 稲荷も来(き)、ねこいらず来(こ)ず、ショーユも来(く)(小池光)

・これ何か これサラダ巻面妖なり サラダ巻パス 河童巻来よ(小池光)

私たちは昔ながらの寿司屋に行くのを止めて回転寿司屋を選択したとき、

実は何を捨てて、何を拾ったのでしょうか。

今さら回転寿司屋を打ち壊して、昔の寿司屋だけにするわけにもいきません。

私たちの欲望のまま実現した社会の今を、

スシロー事件の子どもたちの姿として心に刻むしかないのでしょう。

 *小池光さんの短歌は『短歌の友人』(穂村弘著)からの引用です。

 

———大好きな映画『Stand By Me』のワンシーン。夏休みですね。

 

 

 

 

 

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2 コメント

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ネット社会 (こきおばさん)
2023-08-06 05:30:30
 昔の子どもは(私たち世代は)かなりのいたずらをしても、大人たちは「子どものすることだから」と、大目に見てくれていたものでした。
今は、その寛容さが許されない情報社会になってしまいましたね。それは良いことなのか悪いことなのか、判断できませんが、そんな時代を生きていくしかありません。もうすこし打たれ強い子どもであってほしいとも思います。
子どもは社会の鏡 (ブルーはーと)
2023-08-11 18:05:55
こきおばさん様、
昔と今の子どもの様子は明らかに違いますね。
戦後、社会の物質的環境が格段のレベルで満たされてくるに従って、大人は子どもにたくさんの物を与え、子どもをモノに依存する人間にしてしまいました。
子どもたちは生まれたときから頭や体を使って工夫しなくても周りに生きるための様々なグッズがあります。努力、苦労などしたくてもできない「あらかじめ失われた」存在だったと言えないでしょうか。
日本社会はもはや行き着くところまで堕ちて行くしかないのかもしれません。とことん壊れたら、また新たな息吹が生まれるでしょう。こんな社会になって残念ですが

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