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Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

三角関係のかたち(1)

2025年03月14日 06時30分00秒 | Weblog
 「「ここに人間がある。活きた人間がある。感覚のある情緒のある人間がある」
と夏目漱石が絶賛した長編詩『イノック・アーデン』。リヒャルト・シュトラウスの楽曲とともに、俳優とダンサーによって響き語り紡ぎ、感情の畝りを創り出す舞台を創作します。
 「2009年、白井晃演出、石丸幹二による朗読とピアノの演奏という最もシンプルな形式で上演した本作品を、今回はあらたに演劇的な要素を加味し、作品を深め、大人のエンタテインメントとして創ってみようと思います。
 今回のクリエーションは俳優とピアニスト、そして三人の登場人物であるイノック、フィリップ、アニーを三人のバレエダンサーが身体的に表現し、音楽詩をより深く創作します。そしてテニスンが紡いだイノックの人生を二人の俳優で語るというあらたな視点でアプローチしてみようと思います。また、アンダースコア(言葉の背景に流れる音楽)とバレエのために楽曲を追加し、あらたな舞台作品としてみなさまにお届けします。

 朗読とピアノ演奏にダンスが加わり、総合芸術として完成された感のある今回のプロダクション。
 詩という言語的(verbal)表現と、音楽とダンスという非言語的(non-verbal)=音楽的・視覚的(musical,visual)表現とが、同時に遂行されるのである。
 私見だが、これに一番近いのは、おそらく文楽だろう。
 つまり、
・朗読(田代万里生、中島朋子)→ 太夫
・ピアノ演奏(櫻澤弘子 )→ 三味線
・ダンス(秋山瑛 生方隆之介 南江祐生)→ 人形及び人形遣い
というわけである。 
 さて、この叙事詩は「三角関係」のストーリーで、まず船乗りの父親を亡くした孤児のイノック・アーデン、粉屋の息子のフィリップ・レイ、美しい少女のアニー・リーが登場し、イノックとアニーが結婚するところまでが序盤である。
 ところが、イノックとアニーの幸せな結婚生活は長続きしなかった。

 「イノックとアニーは子供にも恵まれ、慎ましやかな平和な家庭を築いていた。ところが、ある日運悪くイノックは大怪我を負ってしまう。長い療養を経て復帰したものの、なかなか仕事を得ることができず、家計も苦しくなる一方。そこへ東方へ向かう商船の仕事が舞い込んだ。男としてひとはたあげたい、妻と子供に裕福な生活を与えたいと船に乗り、海にでるのであった。
 アニーはイノックの帰りを心待ちにしていたが、なかなかイノックは帰ってこなかった。彼女を心配する幼馴染みのフィリップは彼女を慰め続けた。次第に子供たちもフィリップになつき、フィリップもアニーへの想いが再燃する。
 そしてイノックが海に出てから十年が過ぎた頃、二人は結婚する。フィリップとアニーの間にも新たな生命を授かり、幼かったイノックとの子供ももはやイノックを父として、記憶すらしていなかった。 」(「あらすじ」より)

 イノックについて失踪宣告がなされたわけでもないのに、アニーはフィリップと再婚する。
 「オデュッセイア」のペネロペイアの反対である。
 いや、普通に再婚出来ているところからすると、当時のイギリスには失踪宣告のような制度があったのかもしれない。
 命からがら故郷の町に帰って来たイノックは、アニーたちの幸せそうな様子を覗き見て絶望する。
 やがて死の病を得たイノックは、町の酒場の女主人にこう言い残して息絶える。

 「お願いだ、アニーに会って伝えてくれ。俺が死の床であいつを祝福し、あいつのために祈り、あいつを愛していたと。二人のあいだに壁はあれど、昔二人で顔を寄せあった時と同じように、あいつを愛していたと。
 このまえ俺が見た、アニーによく似た娘に伝えてくれ。俺が息を引き取る時、あの子を祝福し、あの子のために祈っていたと。
 息子に伝えてくれ、死にゆく父が祝福していたと。
 そしてフィリップにも、俺の心からの感謝を伝えてくれ。全ては彼の善意でなされたのだから。」(対訳:西 久美子)

 イノックは、誰をも恨むことなく、皆を祝福して死んでいった。
 この叙事詩には、悪人は登場しない。
 イノックがフィリップについて、

 "He never meant us any thing but good."

と述べたとおり、フィリップを含む全員が善意から行動しているのである。
 なので、これは「誰も悪くない三角関係」と呼んでいいと思う。