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満月通信

「満月(バドル)」とは「美しくて目立つこと」心(カリブ)も美しくなるような交流の場になるといいですね。

タジュウィード(聖クルアーン読誦法)

2005-07-27 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

今日のハラカの後で、「タジュウィード(聖クルアーンの読誦法)」について少し解説していただきましたので、このブログでもご紹介します。

タジュウィードは以下の3つの条件が揃っていなけれなりません。
مخرخ (文字の出る場所)

حركة(母音符号)

صفة シファ(性質)


مخارج الحروف 文字の出る場所

◎口腔(ジャウフ الجوف

   胸か肺のあたりから出すような感じです。 長母音にあたる و ي ا

◎喉 (ハルク الحلق

   喉の一番下から   ء ه

   喉の真ん中から   ع ح

   喉の一番上から   غ خ

◎舌 (リサーン اللسان

   舌の一番奥  ق その少し手前  ك
  
   舌の真ん中(空気が当たって擦れる感じです) ج ش ي
  
   舌の奥で舌の両端 ض ل ن
  
   舌の先 (طرف اللسان

   ط د ت

   舌を下ろしたまま  ص ز س

   歯の後ろ  ظ ذ ث

◎唇 (シャファターン الشفتان
  
   前歯で下唇を噛む  ف

   破裂音  ب

   両唇と閉じあわせる م

   両唇の間から開いてو

◎鼻腔 (ハイシューム الخيشوم
 
   イドガームادغام (同化)の時の م

صفات الحروف  文字の性質 

<ハムスالهمس (無声音)>

فحثه شخص سكت の十文字です。

発生場所への依存が弱いため音が弱く、文字の発生と一緒に息がでます。

ここでの كとتはスクーン(子音だけ)の場合に起こります。

<シッダالشدة (強音)>

اجد قط بكتの八文字です。

ここでの كとتは母音のついた場合に起こります。

<フルーフ・ムファッファマالحروف المفخمة (重音文字)>は以下の七文字です。


خص ضغط قظ

この中でイフファーالاخفاء (隠蔽)(イフファーالاخفاء とは、ن (ヌーン)がن (ヌーン)のمخرخマフラジュ(発音場所)で発音されないため、ن (ヌーン)の音が隠れることです。)の場合(ص ض ط ق ظ の五文字)、ن (ヌーン)のスクーンも舌を上に向けて重音にします。


アッラーのご加護と祝福がありますように
والسلام

アッラーは我々を試す②・・サブル

2005-07-20 | ハルカ
نسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

①災難・厄災が起こった場合、それは我々が悪いことをしたから罰としてお与えになったのではなく、アッラーが私たちを愛するがゆえにお試しになったのです。またそれは過去の罪過の一部をお赦し下さる機会でもあります。

 災難や困難には「صبرサブル(忍耐)」で対抗します。「忍耐」とは災難が起こると、大騒ぎして、叫んで、愚痴を言って、その後、反省して「忍耐」するのではなく、「災難が起こった直後」に耐え忍ぶことが「真の忍耐」だと預言者さま(صلى الله عليه و سلم)がおっしゃっています。

ー「アナス・ビン・マーリク(رضى الله عنه)によるとアッラーのみ使い(صلى الله عليه و سلم)は『真の忍耐は最初のショックの際に示されるものである』と言われた。」
(サヒーフムスリムⅡ 80p)

ー「アッラーのみ使い(صلى الله عليه و سلم)は息子を亡くして泣いている婦人に『アッラーを畏れ、耐えるがよい』と言われた。すると彼女は『あなたは他人事と思っているのです』と言った。み使い(صلى الله عليه و سلم)が去ってから、彼女はその人物がアッラーのみ使い(صلى الله عليه و سلم)と分かって死に近い程のショックを受けた。それで彼女はその御方の入口の所にやって来た。そこには門番も居なかった。彼女は(声を上げて)「アッラーのみ使い様、私はあなたを存じ上げていなかったのです。」と言った。するとみ使い(صلى الله عليه و سلم)は『真の忍耐は最初のショックに、(あるいは最初のショックの際に)本当に示されるものである』とおっしゃった。」
<サヒーフムスリムⅡ 80p><アル=ブハーリーⅥ 201p>

大切な家族や友人を失うこともアッラーからお試しです。別れを悲しみ、涙を流すことは許されています。

ー「アナス・イブン・マーリク(رضى الله عنه)によると
我々が再びアブー・サイフ(イブラーヒームの養父で鍛冶屋)を訪れたとき、イブラーヒームは丁度息を引きとることろであった。これを見て、忽ちアッラーのみ使い(صلى الله عليه و سلم)の目から涙が溢れ出た。するとアブド・ア=ッ=ラーフマーン・イブン・アウフ(رضى الله عنه)が『アッラーのみ使い様、あなたも・・』と言ったので、彼は『イブン・アウフよ、何とも不憫で』とお応えになり、また涙を流しながら『目は涙を流し、心は悲しむ。しかし我々は主の御心にかなうことの他は語らない。おお、イブラーヒームよ、我々はお前と別れることを心から悲しむ。』と言われました。」
(アル=ブハーリーⅡ 32p)

しかし、起こったことに対し「なぜ、このようなことが起こるのですか」と文句を言うことは「耐えている」ということにはなりません。


治癒が難しい持病もアッラーからの試しであり、それに「耐える」ことでアッラーからの報奨の機会も多くなります。

ー「イブン・アッバース(رضى الله عنه)が、アター・イブン・アビー・ラバーフ(رضى الله عنه)に『天国に入る女を示そうか』と言い、彼が『はい』と答えたとき、イブン・アッバース(رضى الله عنه)は次のように語った。

 ある黒人の女性がアッラーのみ使い(صلى الله عليه و سلم)のもとに来て『私は時々てんかんの発作を起こし、そのときは裸の体を人前に曝してしまいます。どうかわたしのためにアッラーにお祈りください。』と願ったとき、彼は『もしお前がそれを我慢するならば、天国に入るだろう。しかし、お前が望むなら、アッラーが癒して下さるようにわたしは祈るだろう』と応えられた。それを聞いて彼女は『我慢します。しかしわたしが裸を曝さないようにアッラーにお祈り下さい。』と言ったとき、アッラーのみ使い(صلى الله عليه و سلم)は彼女のために祈られた。」
<アル=ブハーリーⅤ 215p>


 他の人々と交流することに努めましょう。その会話の中で、あなたを傷つけるような言葉をぶつけられるかもしれません。あなたが言ったことに対し、陰口めいたことを言われるかもしれません。それもアッラーが下さったお試しなのです。それに耐えることで、アッラーからの報奨の機会が多くなります。
 一度気分を害したからといって、会合や集まりを避け一人で崇拝行為をすることよりも、人と交わることのほうが、ずっと良いのです。なぜなら私たちの考えることは、限りがあり、そういった会合で、人との交わりからどういった益があるか、私たちにはわからないからです。
 同様に、実家で、親から「食べ物」「服装」はては最近メディアを騒がせている「テロ」といったことで、あなたは「イスラーム」について、揶揄されたり、非難されたりして傷つくかもしれません。だからいって、実家の人々と交流を断つことは、望ましいことではありません。ここでも「忍耐」が必要となります。
 忍耐するあなたをアッラーがご覧になり、思わぬところから救いの手が差し出されるかもしれません。


 災難や困難に遭ったとき、例えば皿を割ってしまった小さなことでも、次のドゥアーを言いましょう。

إِنَّا للهِ وَ إِنَّا إِلَيْهِ رَاجِعُونَ

インナー リッラーヒ ワ インナー イライヒ ラージ’ウーン
ー『本当に我々はアッラーのもの、彼の御許へ帰りゆくものです。』(2:156)
<サヒーフムスリム>

 また災難や困難に苦悩したときには次のドゥアーを言いましょう。

لاَ إِلَهَ إِلاَّ أَنْتَ سُبْحَانَكَ إِنِّي كُنْتُ مِنَ الظَّالِمِيْنَ

ラー イラーハ イッラー アンタ スブハーナカ インニー クント ミナッザーリミーン
ー『あなた以外に神はいません。あなたを讃美します。本当に私は不義の者たちの仲間でした。』(21:87)
<アッティルミジー、アル=ハーキム>

②義務の崇拝行為に対するサブル(忍耐)

 時には、礼拝をしたくない気分に襲われることがあります。そういう気分に打ち勝って義務行為を敢行することにも、忍耐が求められます。その忍耐に対する報奨は、厄災に対する忍耐よりも大きいとされています。なぜなら「災難」は自分から招いたものではなく、向こうからやってきたものであり、逃れられずに、受け止めなければならないものですが、義務の崇拝行為を倦むことなく(たとえ倦んだとしても、それをおして)敢行することは克己心が必要だからです。

 義務の崇拝行為を誠心誠意でやることを推奨されていますが、心を込めても込めなくても実践しなければなりません。そうやって実践し続けていくことにより、アッラーが、あなたがたの心に「誠心誠意」を投げ込んでくださるでしょう。

 例えばヒジャーブをつけることでも、当初の意図は「旦那がうるさくてしかたなく・・・」であっても、ヒジャーブをつけることで、自他共に「ムスリマ宣言」を意味します。人の目を意識することで、自ずと自分の行動を正すようになり、いつのまにかアッラーの目(これは比喩です)をこそ意識する「信仰心」のあるムスリマになっていくのです。(ビイズニッラー)

③アッラーが禁じられたことを守るサブル(忍耐)

إِنَّمَا يُوَفَّى الصَّابِرُوْنَ أَجْرَهُم بِغَيْرِ حِسَابٍ

ー『よく耐え忍ぶ者は本当に限りない報酬を受ける』(39:10)

ー「ウマル(رضى الله عنه)は、『我々の最もよいものは忍耐である』と言われました。」
(アル=ブハーリーⅤ 457p)

 夜空に輝く星は数え切れないほど多数あります。でも満月の光は、星の存在を忘れさせます。
 イード=ル=アドハーにはたくさんの羊が用意されますが、それを屠るのには、たった一本のナイフで事足ります。
 森には何種類もの動物が生息していますが、ライオンの吼え声でそれらの動物は息をひそめます。
 高いビルや装飾豊かな建物が競い合っているような街に大きな台風が来たら、それらの建物は吹き飛ばされたり、機能不全になったり、します。

 幾多の困難もアッラーさえ私たちと共にいてくだされば、大丈夫です。

حَسَبْنَا اللهُ وَ نِعْمَ الْوَكِيْلُ

ハサブナ=ッ=ラーフ ワ ニアマ=ル=ワキール
ー『私たちにはアッラーがいれば十分です。なんと優れた管理者であろうか。』(3:173)



アッラーのご加護と祝福がありますように
و السلام

フクーク=ル=’イバード

2005-06-05 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

ムスリムが至高なるアッラーに対して課せられていることフクーク=ッ=ラー(حقوق الله)は、礼拝・喜捨・ラマダーン月の断食・巡礼などです。
ムスリムが他のムスリムに対して課せられていることフクーク=ル=’イバード(حقوق اعباد)がハディースの伝承によって五つもしくは六つまたは七つ挙げられています。
毎週水曜日に行われるハラカで取り上げられましたので、ご紹介します。ان شا الله

1.ラッド=ッ=サラーム(رد السلام)

サラームをされたらサラームを返すこと。

وَ إِذَا حُيِّيتُم بِتَحِيَّةٍ فَحُيُّوا بِأَحْسَنَ مِنْهَا أِو رُدُّوهَا

ー『あなたがたが挨拶された時は、更に丁重な挨拶をするか、または同様の挨拶を返せ。』(4:86)

「アッサラーム アライクム」と言われたら「ワアライクムッサラーム」と返答すること。
更に丁重なサラームなら「ワアライクムッサラーム ワ ラフマトッラーヒ ワ バラカートゥ」
と言います。サラームをされても、それに応えない場合は「罪」となります。
知らない男性に「サラーム」されたら、相手に聞こえるか聞こえないかの小さい声で、そちらを見ずに俯いて応えます。

アル=ブハーリーでは「サラームを広めること」とありますが、何回もサラームをしあっても構いません。「サラーム」と口にするばするほどこの地上にサラームが広がっていくことでしょう。

2. イヤーダト=ル=マリード(عيادة المريض)

病人を見舞うこと。

訪ねてそこにいる時間は短く。家人に「お茶でも出さなければ」と思わせるような長居はしないこと。他人に不都合さを与えないことも良いムスリムたる心得です。
病人を励まし、ドゥアーします。

例えば

أَسْأَلُ اللهَ الَْظِيْمَ رَبَّ الْعَرْشِ أَنْ يَشْفِيْكَ


(玉座の主、偉大なるアッラーにあなたを癒して下さるように私はお願いします)

また病人の方にもドゥアーをしてもらいます。なぜなら至高なるアッラーは病人のドゥアーをよく聞き届けてくださるからです。

サウバーン(رضلى الله عنه)は次のように伝えています。
ー「ムスリムが病気のムスリムを見舞うとき彼は戻ってくるまでは天国の果樹園にいるようなものだ。」(サヒーフムスリムⅢ526p)

3.イッタバーウ=ル=ジャナーイズ(اتباع الجنائز)

葬儀に参列すること。

その地域でムスリムが亡くなったら、その故人と知り合いであろうがなかろうか、その遺体をグスルしカフンに包み墓地に埋葬するのは、そのコミュニティに課せられたファルド・キファーヤ(ムスリム全体に課せられた義務行為)です。もしそれをしなかったら、そのコミュニティ全体の罪となります。ムスリマは葬儀の参列は勧められていませんが、遺族を見舞って慰め、支えてあげましょう。遺族は三日間の喪に服しますが、その間、食事を持っていったり、遺族に子供がいれば、代わって世話をしたりするなどの助けをしましょう。(夫をなくした未亡人の場合は4ヶ月と10日間喪に服します。その’イッダの期間中は派手な服装も化粧もせず、外出もしません。)
亡くなった方の悪口は決して言わず、生前の善行のみを語りましょう。なぜなら、その場に天使が居合わせ、故人を知る人の言う言葉を書き留め、それが墓にいる故人の懲罰にも影響するからです。

アブー・フライラ(رضلى الله عنه)は次のように伝えています。
ー「現世において他人の欠点を隠す者には復活の日にアッラーが彼の欠点を隠すであろう。」(サヒーフムスリムⅢ538p)

4.イジャーバト=ッ=ダウワ(اجابة الدعوة)

招待されたら受けること。

用事がある場合は他の日にかえてもらいます。一番良くないのは行くとも行かないとも返事をせずにそのまま放っておくことです。訪問したりされたりすることはアッラーからの祝福があります。

ただし、明らかに酒宴やダンスや音楽のある席は、気持ちだけ有り難く頂戴し、丁重に断りましょう。

5.タシュミート=ル=アーティス(تشميت العاطس)

くしゃみをした人が「アル=ハムド リ=ッ=ラーالحمد لله」と言ったのを聞いたら「ヤルハムクムッラーيرحمكم الله(あなたにアッラーが慈悲を賜われますように)」と言うこと。

6.イザ=スタンサハカ ファ=ンサフ ラフ(اذا استنصحك فانصح له)

尋ねられたら良きアドバイスをすること

7.イブラール=ムクスィム、ワ ナスル=ル=マズルーム(ابرار المقسم و نصر المظلوم)

誓いを立てた人がその誓いを達成できるように手助けすること、そして虐げられた人に援助の手を差し伸べる事

至高なるアッラーの英知によりこのクフーク=ル=’イバードの実践に努めることによってイスラームのウンマがより堅く信頼しあって、兄弟間の結束が強くなっていけますように。。

وَ اعْتَصِمُوا بِحِبْلِ اللهِ جَمِيْاً وَلاَ تَفَرَّقُوا


ー『あなたがたはアッラーの絆に皆でしっかりと縋り、分裂してはならない。』(3:103)

アッラーのご加護と祝福がありますように

و السلام

心の浄化(ナフスを清めるための方法)②

2005-01-23 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

【Ⅱ)自分の心をしつける(鍛える)方法(タハズィーブ)】

ー「(善行を積んだ魂に言われるであろう。)おお、安心、大悟している魂よ、あなたの主に返れ、歓喜し御満悦にあずかって。あなたは、わがしもべの中に入れ。 あなたは、わが楽園に入れ。」(89:27~30)
自分を鍛えていけばこういう境地になる。

(聖クル’アーンの注:安心・大悟[ムトマインナ]は、何の悩みもこだわりも、感情による撹乱も、憂いも恐れもない完全に悟りきった安らぎで、魂が至福の最後的段階に到達した状態をいう。イスラームでは、主との会見の一瞬まで、誤りやアッラーへの奉仕に寸分の間断のないように奮闘努力していちずに主の御満悦を請い願うのである。)

付記:(イスラーム辞典:黒田壽郎氏編、東京堂出版219pから220p)
タサッウフでは
アッラーは人間を普遍的な精神(ナフス・クッリー)から創った。しかしさまざまな汚れにまみれて、地上では七種類の精神をもつに至っている。

①ナフス・アンマーラ(命令を下し、悪を導き精神)
ー「(人間の)魂は悪に傾きやすいのです。」(12:53)
これは人間にとって最も恐るべき敵である。怒り、快適、高慢、へつらい等が代表的なものである。
ハディースにもこう述べられている。
「お前の最大の敵は、お前の中に巣くっているお前の心である。」
このような悪しき影響から身を守るためには、忍耐力を培い、世俗的な事がらから心を奪われず、誠実さ、謙譲の徳を養わなければならない。たえず「ラーイラーハイッラッラー」と唱えてアッラーを想起し、警戒心を失わなければ、人間はアッラーの定めた法、シャリーアの矩(のり)を超えず、ナースートの段階に達するといわれる。

②ナフス・ラッワーマ(非難し、批判する精神)
ー「また、自責する魂において誓う。 」(75:2)
この精神のもたらす悪は、自惚れ、虚偽、瞞着、中傷、非難、冗談、嘲笑、揶揄、叱責等によってもたらされる。この悪を抑制するには、上述のものに捕らわれぬよう心掛け、「ラーイラーハイッラッラー」と声高に唱える。これにより人は預言者の行い、タリーカに準じて身を持つことができるようになり、かくしてマクラートの段階に達するとされる。

③ナフス・ムルヒマ(霊感を受けた精神)
ー「魂と、それを釣合い秩序付けた御方において、 邪悪と信心に就いて、それ(魂)に示唆した御方において(誓う)。 」(91:7~8)
この精神はあらゆる種類の影響下にあるが、善行と敬神が勝っている。悪の影響下が優勢になることはまずありえない。飢え、孤独に耐え、つねに精神を目覚めさせ、余分の断食を行う等、義務で定められた以上の勤めを果たすことにより、預言者の状態といわれるハキーカの次元での高度な状態が果たせるようになる。このような状態になればジャルバートの段階に達したといわれる。

④ナフス・ムトマインナ(平穏な精神)
この精神の影響下にあす人間は、自我を無意味なものとして自己放下する段階にある。そして森羅万象のうちに、アッラーだけを認める。
ー「おお、安心、大悟している魂よ、あなたの主に返れ、歓喜し御満悦にあずかって。」(89:27~28)
彼の心の中ではつねに「ラーイラーハイッラッラー」と祈念し、預言者の秘密に属するマアリファの段階の善行を行いうる。この水準はラーフートと呼ばれる。

⑤ナフス・ラーディヤ(満ちたりる精神)
精神は完全に満ち足りた状態である。アッラーに対する帰依が徹底し、そのさまざまな命令に満足する段階である。

⑥ナフス・マルディーヤ(嘉されたる精神)
先の状態がさらに洗練されると、アッラーのご満足が得られる状態に高められる。

⑦ナフス・カーミラ(完全な精神)
あらゆる状況、あらゆる状態、あらゆる行為において完璧な行いができる精神。


1)監視する(イフサーン)
常にアッラーを想い、アッラーから見られていると意識する。
(2:235、33:52、57:4)

2)悔悟(タウバ)
*タウバとは?
・アッラーの罰を畏れて背くことをやめる
・アッラーの眼を畏れて、アッラーに見られることを恥ずかしく思って悔悟する
・アッラーの偉大さゆえに悔悟する
(66:8、2:222、42:25)

*タウバはどんな条件を満たさなければならないか?
①すぐにやめること
②やったことを後悔する
③もう二度とやらないと決意する
④人の権利に関わることは、相手に対するつぐないが必要
(言葉で傷つけた場合は相手の許しが必要、盗んだ場合は返さなければならない、心で反省するだけでなく形で表す必要あり)

(カザーリー)
・タウバは重要なことで些細な罪に対しても行わなければならない・・罪が重なっていって消せないぐらいに膨らんでいく
・人はいつ死ぬかわからない。アッラーが赦してくれる時間は死が訪れる前まで。しかし死の直前(最期の息が出るとき)はもう遅い。・・・病気や死が来た時に罪を消すための猶予がなくなる

3)ズィクルをする
・ズィクルによってアッラーからの光が与えられる、よいことをしようとする気持ちが大きくなる
・ガフラ(アッラーを忘れている状態、安楽に流されている状態)、反抗、欲望、悪への衝動から自分を遠ざける
・ズィクルに関しては聖クルアーンでも「たくさん多く(カスィーラ)ズィクルしなさい」と書かれている。”たくさん”と書かれているのはズィクルのみ。(礼拝は決められてラカーがある。)アッラーの眼からみてもズィクルは重要。
(33:41、8:45、33:35、3:190~191)

*ズィクルとは?・・・アッラーの名を唱えること(狭義)
*ズィクルの種類(広義)
①聖クルアーンを誦むこと・・・聖クルアーンに書かれていることはアッラーのこと。だから誦むこともズィクルに含まれる。
(68:52、38:87、54:17、73:473:20)
②義務を果たすこと・・・礼拝(アッラーを讃える言葉がたくさんある)、断食、ハッジなどの五行。アッラーの御満悦を願ってすることだから、崇拝行為もズィクルに含まれる。
③知識を求めること・・・人に教えること、同じレベルの人が集まって一緒に勉強すること、暗記したり暗記させたりすることもズィクルに含まれる。勉強する場所に行くこと、そこから帰ることもズィクルに含まれる(アッラーの道に中にいる。帰るまでその道を歩んでいることになる。)
④アッラーの名や性質を唱えたりする・・・タクビール(アッラーフ アクバル)、カリマ(ラー イラーハ イッラッラー)、イスティグファール(アスタグフィルッラー、アッラーの赦しを願う)、ドゥアーなど。

*唱念の種類
イ)時間や場所、行為に関わるズィクル・・・決められた時間のドゥアーがあるように(朝起きた時の唱える言葉、トイレに入ったとき、くしゃみの時など)
ロ)いつでもやってよいズィクル・・
ー「または立ち、または座り、横たわって不断にアッラーを唱念し」(3:191)
(33:42、76:25、73:8)

a)舌を動かすズィクル
b)心の中でのズィクル(7:204、13:28)
  ハディースの中に”心の中でするズィクルは最も良いズィクル”とある。

・ズィクルをはじめるときにはまず赦しを求めてからズィクルをする。(11:3、11:52、110:3)

4)アッラーに近づく方法
ファルド(義務)のものだけでなくナフル(随意・・スンナも含まれる)のものを増やす努力をしていく。
(17:79、51:15~18)深夜の礼拝(タハッジュドなど)

【Ⅲ)治療法(ムアーラジャ)】
怒り、見栄、そねみ、嫉妬、尊大、自慢、けち、その他の心の病気を治す方法
・日々繰り返していって治す
・一番大切なのはアッラーに助けを求めること
・二番目に、良いムスリムたちのそばになるべくいるようにすること

*ズィクルのやり方(参照)
・ドゥ’アー→イステゥグファール(何回でもよい)→開端章(1)→胸を広げる章(94)→預言者へのタスリーム→純正章(112)→ドゥアー
・ラー イラーハ イッラッラーを33回唱える
・スブハーナッラー、アルハムドリッラー、アッラーフ アクバルを33回唱える


ズィクルは本来は心の中で思うものです。キブラの方を向いて、唱念します。灯りは落としてください。自我は恥ずかしがりやなので、暗くしたほうがアッラーへ向かいやすくなります。但し、真っ暗にはしないで下さい。暗闇はシャイターンが好むものです。

ズィクルの方法は様々ですが、これはブラザー・アハマドから教えていただいたひとつの方法です。参考までに。ひとつひとつのフレーズを何回も言います。(5分弱ぐらいでしょうか。)

اعوذ بالله من الشيطان الرجيم
(ア‘ウーズ ビ=ッラーヒ=ミナ=ッ=シャイターニ=ッ=ラジーム)
بسم الله الرحمان الرحيم
(ビスミ=ッラーヒ=ッ=ラフマーニ=ッ=ラヒーム)
و ما توفيقي الا بالله العلي العظيم
(ワ マー タウフィーキー イッラー ビ=ッラーヒ=ル=‘アリーイ=ル=’アズィーム)
استغفر الله العظيم

(アスタグフィル=ッ=ラーハ=ル=アズィーム)
اللهم صلى على سيدنا محمد النور و اله
(アッラーフンマ サッリ アラー サイイディナー ムハンマディ=ニル=ヌーリ ワ アーリ(ヒ))
لا اله الا الله

(ラー イラーハ イッラ=ッラー)
يا ذا الجلال والاكرام

(ヤー ザ=ル=ジャラーリ ワ=ル=イクラーム)
يا رحيم

(ヤー ラヒーム)

純正章を三回、

開端章を一回唱える。


アッラーのご加護と祝福がありますように
و السلام

心の浄化(ナフスを清めるための方法)①

2005-01-22 | ハルカ
بسم الله الرحمان الرحيم

السلام عليكم

عيد مبارك

サラート=ル=イードの後、シスターの家でランチをご馳走になりました。その際に、夏に来名した「やすらぎ」の面々とのハラカに参加していたのは、そこでは、私ともう一人のシスターだけだったということに気がつきました。

その時のレジュメがあるので、ここで紹介しようと思います。

<導入>
・聖クルアーンの第50章「カーフ章」を読誦し、その意味を把握しましょう。
・預言者が遣わされた理由・・
ー「われはあなたがたの一人をわが使徒として遣わし、わが印をあなたがたに読論誦して、あなたがたを清め、また啓典と英知を教え、あなたがたの知らなかったことを教えさせた。 」(2:151、3:164,62:2)

*アラビア語の意味
1)タズキーヤとは何か?
①清潔にする、きれいにする・・・罪の汚れから、悪事をきれいにする
②しつける・・・・悪い性格、習慣をなおす
③純化、浄化する・・・偽善や見栄など不純なものからきれいにする
④増やす、成長させる・・・善いこと(善行)を増やす、恩恵を増やす

2)ナフスとは何か?
あるものの性質、それ自身、本能、人間自身のこと、アーダム(عليه السلام)の意味もある

*カザーリー「宗教諸学の再生」より
①怒り、欲望の原動力となるもの
②人間自身のこと(人間の本質)、人間性、心
イ)体と心からなる存在としての人間のこと
ロ)人間の内部にあるもの・・・心、性格、人間を動かすもの

・聖クルアーンの中でのナフスの使われ方
人間は体と魂からなっているという意味で使われている(15:29)
アーダム(عليه السلام)の意味、またその子孫である人間の意味(4:1、7:189)
人間自身という意味(2:286,29:57,17:33)

*心を浄化するためのプログラム
Ⅰ)タトヒール(清める)・・・消毒
Ⅱ)タハズィーブ(しつける)・・・薬をつける
Ⅲ)ムアーラジャ(治療法)・・・予防

【Ⅰ心を清めるための方法(タトヒール)】
1)ナフスの本質を知ること
*ナフスの特徴
①安楽、楽しいもの(時間の無駄になること)を望む
②反抗(決められたことに従わない)、禁じられたことをやりたがる
③見栄、嫉妬。うぬぼれ、怠慢など心の病を抱えている
ー「魂は悪に傾きやすい」(12:53)

2)ナフスの病気を発見すること
ー「(復活の日)人間は、自分自身に対し証人である。 」(75:14)
・人間はいつ成長したといえるか?・・・自分自身の欠点を知り、それに関心をもつ時
(カザーリー)アッラーが欠点を見えるようにしてくれる・・アッラーは僕をよくしようとするとき(これもアッラーの恩寵にによるものであるが)→自分自身の中の欠点に気づく

「知識」には「イルムعلم」(誰でも勉強すればわかる知識)と「マアーリフ」(アッラーを全身全霊で知る。直感。行によってしか得られない・・・アッラーの恩恵による。)の二種類あります。

3)この病気の治療法
聖クルアーン、スンナにそったやり方

4)反省
自分の行為、ニーヤをふりかえって(アッラーに精算される眼前に)自分自身で精算してみる
ー「アッラーを畏れなさい。明日のために何をしたか、それぞれ考えなさい。そしてアッラーを畏れなさい。」(59:18)「明日」とは「来世」のことを指します。

5)心と戦うこと(ミジャーハダトゥ=ン=ナフシ)
ー「主の御前に立つことを恐れた者、また低劣な欲望に対し(自分の)魂を抑制した者」(79:40)
ー「われ(の道)のために奮闘努力〔ジハード〕する者は、必ずわが道に導くであろう。」(29:69)
預言者(صلى الله عليه و سلم)の言葉・・「ジハードする人とは自分の心と戦う人」

アブー・フライラ(رضى الله عنه)はアッラーの使徒(صلى الله عليه و سلم)が次のように語ったとして伝えています。
ー「本当の強さは戦う人の力にあるのではなく怒った時に自分自身を制御出来る人にあります。」(サヒーフムスリムⅢ549p)

*ジハードのやり方
①欲望を自制する
②アッラーに服従する
・断食、礼拝、サダカ、定められたこと以上の事を(スンナ)をやる
(崇拝行為は心を伴って全身全霊で行うこと。実践することによってはじめてアッラーからの恩寵や祝福が得られる)
・自分のふだんの行動からは一段たいへんなことを自分に課してみる=訓練
(*①、②は自分の力にたよっているが)
③最終的にはアッラーに(力を貸してくれるように)助けを求める、それと同時にズィクルをする
・ザーキリーン(常にアッラーを想い起こしている人)、善行や知識のある人のまわりにいて、よいものを得る

*(具体的には)ヤフヤー・イブン・ム’アーズ・ラージーのことば
イ)アッラーに服従する(ターアー)
ロ)睡眠時間を減らす(深夜の礼拝)・・・眠りを少なくすると意欲が研ぎ澄まされる
ハ)言葉を少なくする・・・しゃべらなければつまならいことを言わなくてすむ
ニ)人々からの害に耐える・・・人から嫌なことをされるのを我慢する
ホ)食を少なくする・・・(ギリシャ哲学)食ーお腹ー怒りやよくないものとつながっている

6)自分を責める
自分はなぜここまでしかできないのだろう、なぜ自分は怠け者なのだろうと考えるようにする(’ウマルレベルのサハーバたちは自分を責めていた)
ー「自責する魂において誓う。 」(75:2)

信仰の純度が高まると、自分の欠点がみえてくる。心中のささいな悪に対しても敏感になる。(サヒーフムスリムⅢ637p)
悪への誘惑ー「それは純粋な信仰を持つためにはのためには有益である」(サヒーフムスリムⅠ99p)

付記:(フサイニー師「イスラーム神学五〇の教理」タウヒード学入門:奥田敦氏訳:慶應義塾大学出版会186p~189p)
「宗教の三つの基礎」
イスラームの教えにおいては、「イスラーム」「イーマーン」「イフサーン」が三つの基礎をなす。
「イスラーム」とは感覚があるいは身体がいかにあるべきか・・法の部分
「イーマーン」とは心あるいは理性がどうあるべきか・・・・・信仰の部分
「イフサーン」とは霊魂がどうあるべきかを示す柱である。・・霊魂の救済の部分(倫理の部分)
単に霊魂の救済を求めるのだけでなく、身体、理性をも必須の構成要素とする教えであることを端的に示している。一つに偏らずに3つのバランスがとれていることが必要。どれが欠けてもそれはイスラームではない。

タウヒード学の位相
アッラーマ、イブン・ア=ッ=スブキーが述べているように宗教の原則が三つであるならばシャリーアの諸学もまた三つである
1)フィクフ・・・イスラームに対応
2)ウスール=ッ=ディーン・・・イーマーンに対応
3)タサウワォフ・・・イフサーンに対応

’ウマル・ビン・ハッターブ(رضى الله عنه)によると

ある日われわれがアッラーの使徒(صلى الله عليه و سلم)と一緒に坐りこんでいると,真白な服を身にまとい,真黒な髪をした男がこちらにやってきた。この男には旅をしてきたという風情は少しもなかったが,われわれは誰も彼も知らなかった。彼は預言者(صلى الله عليه و سلم)の前に,膝と膝をつきあわせて座り,両の掌を両腿の上に置いた姿勢でこう訊ねた。「ムハンマドよ,イスラームについて説明願いたい。」するとアッラーの使徒(صلى الله عليه و سلم)は答えられた。「イスラームとは,アッラー以外に神はなく,ムハンマドはアッラーの使者であると証言し,礼拝を行ない,喜捨を払い,ラマダーン月に断食し,可能な場合に〔アッラーの〕家に巡礼を果すことです。」すると男はいった。「その通りだ。」われわれは預言者(صلى الله عليه و سلم)にこのような質問をし,その答を肯なう男に驚きの眼をみはった。男はまた訊ねた。「それではイーマーン〔信仰〕について説明して欲しい。」すると預言者は答えた。「それはアッラーとその諸天使,〔啓典の〕書と使徒たち,審判の日,善悪2つの相をもつて〔アッラーが定めたまう〕宿命を信ずることです。」男は「その通り」と繰り返してから訊ねた。「それではイフサーン〔善行〕について話して欲しい。」預言者は答えた。「それは貴方がまじまじとアッラーを見るように彼を敬い崇めることです。貴方が眼にしていなくとも,アッラーは貴方を見ておられるのですから。」そして男が件の時〔最後の審判の日〕について訊ねると,預言者(صلى الله عليه و سلم)は答えた。「その問題については,訊ねられた者も訊ね手以上に知っている訳ではありません。」男がさらにその〔時がやってくる〕徴侯について訊ねると預言者(صلى الله عليه و سلم)はこう答えた。「奴隷女が女主人を産み,また貴方は,はだしで素っ裸の文なし牧童どもが,競って豪華な殿堂を建てる姿を見かけるでしょう。」そこで男は立ち去り,私はそのまま暫らくじっとしていたが,預言者(صلى الله عليه و سلم)がこう尋ねられた。「ウマルよ,いろいろものを尋ねたあの人が誰だか解るかね。」私は答えた。「アッラーとその御使い〔だけ〕が御存知です。」すると預言者は(صلى الله عليه و سلم)いわれた。「あの方は天使ジブリールだよ。お前たちにお前たちの宗教について教えるためにいらっしゃったのだ。 
(サヒーフムスリムほか)

インシャーアッラーان شاء الله長くなったので
Ⅱ)自分の心をしつける(鍛える)方法(タハズィーブ)以降はまた次回アップします。

アッラーのご加護と祝福がありますように
و السلام