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自己満足で色々かいてる独りよがりブログです。

戦争と平和 背中に両翼をもつこと

2014-07-16 10:38:59 | イラストブログ
「戦争」の対義語が「平和」であると、小学生の時に習ってびっくりした。
そんなに世界は単純にできていたのか。
私は心中平和ではなかったので、
私は今戦争中ということなのだろうか?と思った。
小学5年生くらいのときの話。

モモが今日は「平和授業」なのだそうで、
きっと「戦争はダメです。平和がいいです」と習うのだと思う。
その通りですね。
よろしくお願いします。
昨日、モモとテレビを見ていたら。
戦艦雷のイギリス軍救助の話があった。
どこかうまくまとまってる記事をリンクしたかったのだけど、
どうしても、ウイングが偏ったっぽいページになってしまうので、
リンクはよしときますので、「戦艦雷」「救助」「工藤」とかそういうのでググってください。
要約すれば工藤俊作という軍人さんの、
敵兵であるイギリス兵が漂流しているのを「目の前で命を失いかけている人たちを助けることより重要ななことはない」と400人以上を助け、貴重な水と食糧を与え、同じNAVYとして「あなたたちはゲストです」と迎え、病院に引き渡したという美談。
慕われていた方で、部下も全員一所懸命危険な救助をしたとのこと。
その後、工藤艦長は別の戦艦の艦長になり、戦艦雷の部下たちは戦死してしまったという話。
工藤艦長が非国民扱いされることを恐れてずっと秘密にされていたエピソードであるが、
そのとき救助されたイギリス兵の方が明らかにし、工藤艦長のお墓参りを果たしたという、
概要はこういうことであった。
それを武士道ととるのか、人間愛ととるのかわからないけど。
番組は「いい話」ってことで進んでいったのだけど、
私は暗澹とした気持ちになった。
イギリス兵は全員助かったわけではないだろうし、
その後、救助した人たちは亡くなってしまったんだなと思う。
某有名SFアニメのセリフを借りれば、
「悲しいけどこれって戦争なのよね」ということなのだろうけど。
1人1人が個人的に亡くなり、
その個人にはそれを悲しむ人が何人いたのだろう。

10代、20代と私の心はずっと戦争中で、
どっかの国でのたれ死にたいと思ったりもして、
色んな国をフラフラしたりしていたのだけど、
平和な国なんかそんなになかった。
国が「渡航を検討してください」と言ってる国でなくても、
どこに行っても争いごとがあった。
経済や宗教やいろんな理由で。
でも、
ああ日本は平和だなぁとは思わなかった。
ああ日本と一緒だなぁと思った。
私はずっと平和ではなかったし、戦争をしていたので。
もちろん、物理的に死を覚悟しないといけないときもあった。
それは対人だけでなく、野生動物や自然災害だったりもして。
こういうこことで命を落とす確率は断然日本は低いのだと思うけれど、
だからなんで日本が平和ということになるのだ。
そんなに平和に暮らしたことなどなかったよ。

「平和」の対義語が本当に「戦争」であるなら、
戦争はなくならないと思う。
ここだけの言葉を切り取られると困るけど、
そういう前提で考えた方がいいくらい「平和」というのは難しい。
難しく、叶わないのだという前提で、
平和を目指すしかないんじゃないかと思う。

日本の一つの戦争に学校内の「いじめ」というのがあるのだけど、
酷いいじめがどんどん顕在化する中、
熊本県だけが極端に件数が少なかったそうである。
その理由は「子ども同士のいじめは必ず起きる」という前提で、
自分のクラスでのいじめを教師が認め、
それにみんなで対応してきたことが理由ではないかといわれている。
戦争があると認めたから酷くならないうちに対応でき、
子どもたち(被害者も加害者も)の心の傷は軽くてすんだと信じたい。

震災後、何度も東北に行った。
それを現象ととれば、自然現象だし、
その中には人災もあっただろうし、議論されるべきだろうけど、
こと個人に視点を移すと、
戦争が起きていたのだと思う。
個人的に亡くなった人、その人を失った人、土地家屋、経済をなくした人、
喪失感でいっぱいだった。
それが集団で起きていた。
では、一方で、
全然違う土地で突然、自動車の交通事故で亡くなった人、その人を失った人がいたとする。
それより、
震災で亡くなった方、被災した人の方が気の毒なのだろうか?
それはどちらとも言えないような気がする。
個人的体験でいえば、どちらもとんでもない戦争が起きたことに変わりないと思う。
ただ、
交通事故は規模が小さいから、周囲に元気な人もいて助けやすい。
震災後、お一人お一人の話を伺っていると、
規模の小さい戦争が一斉に起きて、みなさんが弱っているように感じた。
震災はあまりに一斉にみなさんが喪失体験したので周囲が助けることが困難だったのだと思う。
だから、私も東北まで行く意味があった。

天災か人災かということはナンセンスだ。
人災はバグだと思う。
どんなに気をつけていてもバグはできる。
バグみたいな人はいるし、ヒューマンエラーはなくならない。
人は平和が保てない不安定な生物だ。
いじめる、虐待する、人を妬む、物欲がある。
そういうものがある限り、
戦争は起きると思う。
戦争をなくそう!平和な世界を!と目指すのは当たり前だけど、
戦争は悪で「あるわけがないもの」という前提で考えると無理があると思う。

かつて、日本で規模の大きな戦争があった、
今も、世界の色々なところで規模の大きな戦争が起きている。
マスコミが報道していない大きな規模の戦争はまだまだある。
小さな戦争はいつもおきている。
規模が大きな戦争がおきたとき、自分が自分の判断でそこにいたとしたら、
私は「日本という平和な国の国民だから平和を日本国に保障してほしい」とは思わない。
それくらい戦争はあると思っている。
私は地球に生まれた。
地球上のたまたま日本という辺境に生まれた。
その辺境が大きな戦争に荷担してほしくない。
規模が大きいと周囲が助けにくいので、
1人1人の個人的戦争が悪化するのだ。

さて、
戦争と平和を考えるとき、
「私になにができるだろう?」というのが一つの課題になるわけである。
手っ取り早いのは、
戦地に行って少しでも活動したら一番いい。
仕事でもボランティアでもしたら一番直接的に役に立つ。
バリで爆弾テロという戦争があったとき、
すぐに行った。
パキスタンの紛争地帯で平和活動をしていた知り合いが、
「今行くなんて!」と呆れたけど。
バリのスミニャックかなんかの1店舗の話だから、
すっかり片付いて平地になっていたので、
亡くなった方(加害者も含め)に手を合わせて悼むしかできなかった。
観光で成り立ってる島は経済的には戦争になっていた。
たくさんご飯を食べて、
お金を落とすという平和活動をした。

でも、
物理的にも精神的にも、「それはできない」人も多いと思う。
なにもできない自分が不甲斐なく、
大きな戦争をしている人たち、それに荷担する人たちに怒りが向くと思う。
同時に、なにもできない自分に腹が立つと思う。
そんな人をよく見る。
だけど、
目の前の小さな戦争を平和に近づけることはできるんではないかと思う。
人災も天災みたいなもので必ず起きる戦争であり、いろんな規模があるのだ。
遠くの大きな戦争に心を痛めながら、
目の前の戦争に関わるのが、
大きな戦争が起きてないところの人にできる、
平和活動だと思う。

私の平和活動は、
虐待が起きる前提で、そこから脱してもらったり、予防したりする、
自閉症や知的障害が理由で周りから攻撃されていると思い込み苦しんでいる人に、本当は愛されていることを伝える、愛していることの伝え方を考える、
パートナーから暴力を受けている人に、暴力を受けなくてもいい生き方があることを知ってもらう、
自分なんかお金を稼げるわけがないと思っている人に、働く力があり、労働は楽しく、自分で稼いだお金で音楽を聴くことが楽しいことを実感してもらう、
そして、
モモが人を傷つけたときに、愛さないと愛されないことを教えるとか、自分自身が平和でいようとするとか、
そんなこと。

右とか左とかそういう片翼ではなく、背中に2枚の羽根を持っていたい。
分からなくなったら、翼を広げて空から地球を見て、
それから、翼を畳んで空を見上げるようにしている。
そこに自分でできる平和活動をみつけたら、
それをしようと思う。
地球の中で私はとても小さいし、
だけど私は私の全てだからである。
究極的にいえば、
自分の平和を追求することも平和活動だと思う。

もし、
どこかで大きな戦争が起きていることで罪悪感をもつ人がいたら、
自分の平和活動をされたら、
それは小さいけど戦争を減らす活動をしたということであり、
地球にとって意味のあることだと思います。
コメント
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