街道から、木々に絡まった蔓に掴まりながら、渓谷に下りた。灰色がかった切り立った岩肌に、鮮やかな紅葉と、緑玉石色の渓流と、そこに架かる赤い吊橋。
お婆は、鼻緒の切れた下駄を持ち、空腹を抱えていたが、陽を受けて彩る葉の演出に、すっかり気をとられていた。
湿った岩道に、足の指から冷えた。神経痛が起きやしないかとビクつきながら、一時間かかると聞いた渓谷を、急ぐつもりもなく眺めた。
七つ目の赤い吊橋を渡りかけた時、向こうから二人連れがやってきた。狭い橋の中ほどで擦れ違いながら、互いに会釈を交わしたが、三人とも立ち止まった。
「この美しさをどのように表現したら……」
文士だと名乗った歳若の男は、筆を舐めながら首を傾げた。
「それより、この色を出すのは、そりゃあ難しいぞ」と、年配の男が周りを見回した。
「絵にするには、そう難しいことはないでしょう。そのまま、見たとおり描けば」
文士の言葉に画家がムッとした顔をした。
「文章にする方が容易いだろう。感じたとおり書きゃあいいことさ。ねぇ、そう思うでしょう」と、画家が、お婆に同意を求めた。
「わたしゃ、絵も文章とやらも、ちんぷんかんぷんで。それより急ぎたくなった」
お婆の腹の虫が、さっきから催促していて、グズグズ言っていた。
宿に着くと、食事を摂り、露天風呂に飛び込んだ。岩肌に紅葉がすぐそこまで枝を伸ばす。赤い小さな実をつけた木には小鳥が二羽。湯に浮かぶモミジにアリが一匹乗っていた。
手足を伸ばし、しばし目を閉じた。
「極楽ごくらく。あの二人は、この極楽をどんな風に表現すると言うのだろう」
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