紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

砂袋

2021-02-19 08:09:48 | 風に乗って(おばば)



  砂袋

 お婆は砂丘を越えると、後ろを振り返った。空に両手を広げ、思いっきり伸びをする。

「あなたも逃げてきたの」
 砂丘の窪みから声がした。体を丸めて、暑い陽ざしを避けていた女が聞いた。
「いや、ずうっと迷っていたんだ。他の世界が知りたくって、旅に出た」
「逃げたくもなるわよね。あたしだって限界だったわ。それが、どうしても、この影が離れないの。二つの影はすぐに思い止まったみたいだけど。これだけはどうしてもね」
 見ると、窪みから立った女の影に、もう一つの影が重なるように寄り添っている。

「できれば棄てたいのよ」
 女は窮屈そうに影を振った。
 女の背に、その影は爪を立てるようにしがみつく。ヒィー、ヒィーッと泣き声までさせた。女は仕方ないわというように眉を寄せた。
「あなたはいいわねぇ、身軽そうで」
 女は羨ましそうに言うと、影を引きずりながら歩き出した。

 無風状態だった砂丘に風が走る。
 砂の動く音が次第に大きくなってきた。
 見る間に砂の波が形を変えていく。
 背を低くして歩くが押し戻されそうだ。

「大丈夫なの」
 女は、お婆を気遣いながら、ゆっくりとした足取りで、肩までの髪をなびかせた。
「駄目だ。足が掬われそうだ」
「本当に棄てたかったのに。この影の御陰でスムーズに進むことが出来るなんて」
 女は、苦笑しながら視界から消えた。

 体が激しく揉まれる。
 袋を取り出し、砂を詰めて重石にしようとしたが、風が強く、掬えとも掬えども、砂は逃げていく。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/

お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

海面の囁き

2021-02-11 07:49:06 | 風に乗って(おばば)


   海面の囁き


 点在する島々の松と、織りなすように光る海。風がそよぐ穏やかな日。お婆は島の突端に出た。

 今にも、松の木に上ろうとしている男がいた。無精髭の男に、どなり散らしている四十がらみの女は、どうも、連れ合いのようだ。
「まったく、呆れてものが言えないよ。バカバカしい。何が釣りして暮らしたい? 冗談じゃないよ。仙人じゃあるまいし。霞でも食っていられるのじゃいいけれど。松の木に上って、糸を垂れる? そんな暮らしだと。ふざけたことを言って」
「嫌になったんだよ。何もかも」
 男は、釣り道具を肩から下げて、松の木に上っていく。
「危ないじゃないか。ひと思いに死んじまうならかまわないが。ほらっ、見ちゃおれん」
 女は、松の木から離れずに叫んでいる。
 男は海に突き出た太い枝を跨ぎ、足をぶらぶらさせながら、釣り具を用意している。海面まではかなりあって、到底魚など釣れそうもない。
「何をやっているのかね。釣れるわけないよ。そんな遠くから。もうちょっと、枝先にいかないと……落ちるよ。危ないってばっ」
 たまりかねた女は、松の木に上りはじめた。

「ちょっ、ちょっと」
 お婆は、慌てて止めようとしたが、必死の形相で女は上っていく。
「おいっ。やめろよ。おまえ」
 男は、来るなというふうに手を振った。
 女は側までいくと、松の枝を跨いだ。
「あんたぁ、いい気持ちだねぇ」
「バカ。危ないよ」
「あんたと一緒なら、どうなってもいいさ」

 お婆は、両手を握り締めて見上げていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/

お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

重罪

2021-01-28 16:35:34 | 風に乗って(おばば)



 重罪

 道に迷って入り込んだ村で、お婆は一人の女の裁きに遭遇した。村人は、他国の人なら冷静な判断を下せるだろうと、お婆に、協力してくれないかと頼んだ。

「手を下さなくっても、殺人罪だ。想像の中ででも、息子の首に紐を巻いたとなれば、殺意はあったのだから」
「いやっ。それは母親の愛情がそうさせたのでしょう。絶対無罪だ。あくまでも心の中での事ではないですか」
「それに、覆い被さったらと思ったとも言うではないか」
「確かに。身動きの出来ない子供に被されば、窒息の可能性はあります」
「でしょう。だから殺人罪だ」
 告発人の神主が御幣を振り回した。
「地鎮祭じゃあるまいし、御幣なんぞ振り回すなっ」
 弁護側にいた男が野次った。
「確かに、殺人罪に値する想像だ。だがなぁ、足萎えの息子が明日をも知れぬ病の時だと言うし、不眠不休で看病していた時だと言うし。無罪だ。無罪」
 弁護側の坊さんが数珠を鳴らした。
「うちのばぁさんの七回忌にはまだ早い」
 神主側の女が冷やかした。

 裁きの場となった庭の隅から、這ってくる男の子がいた。それには誰も気がつかない。自分たちの主張を通そうと、大声を出し合っていた。
 男の子は身を縮めている母親にやっと近づくと、膝に手を置きそっと撫でた。母親が息子に詫びている。
「おばば、あんたの考えは……」
 村の人たちはお婆が口を開くのを待った。
 お婆は、ついに何も言えなかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/

お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

溶岩に棲む

2021-01-07 11:29:22 | 風に乗って(おばば)
 


 女の肌を連想させる山は、藍色がかった灰色で、薄く二、三か所に煙を上らせている。
 煙の立ち上っている地表は朱に染まり、朝日に輝いていた。
 お婆は、山を左手に見て急いだ。

 村の子供が、そこの溶岩の中に立ってみると、自分の中に棲むものに会うことが出来ると言った。
 黒い溶岩は何処までも続き、しがみついている松や杉にも、非情なほどそっけなく、それでもそれらの木々は、根を這わせ水分を得ている。
 お婆は、足場の良いところに立った。山は天に曲線を描き、遥か裾野は淡い緑と、針葉樹の深緑の相俣中に、風が遊んでいた。

「ギャーッ」
 悲鳴は、さっき見かけた人影のあった方からだ。お婆は、弾かれたように飛び上がった。
「とんでもない。とんでもないことだ」
 北からの旅人に聴いたことのあるトドのような図体の男が、溶岩の間に足を取られてもがいていた。目を見開いたまま「俺は大店の主人だ。他人からは仏の善右衛門と呼ばれていた。俺の中に居るはずはない。そんな者は居ないっ」と、宙を睨んだ。
 お婆は、驚いて辺りを見回したが何もない。それよりも、温かな風が花の香りさえ運んできている。

 溶岩の表面がキラリと光り、お婆の姿が現れた。痩せぎすの体に灰青の縞模様の着物。自分の姿を見て、もんぺが大分汚れているなと思った。後ろに纏めた髪が白く、艶も失せていた。
 髪が緩く解け逆立ちはじめた。目がつり上がり、口が裂けていく。白髪の間を突き抜け、鋭い角が伸びていった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/

お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


山吹の明かり

2021-01-01 11:43:19 | 風に乗って(おばば)


 どうやら道に迷ったらしい。
 行けども行けども、杉林が続く。薄暗い中に山吹の花が咲いていた。細いくねった道が、とぎれとぎれに延びている。
 行き止まりに祠があって、その前に若い女が跪いていた。
「……を宜しくお願いします。それに……は、どうしても、……まで、手に入りますように」
 女が、お婆の近づくのも気づかずに、祈り続けている。合わせた両手の指先に力が入って、赤く染まっている。
 お婆は、一心に祈る姿に見とれていた。
 女が、お婆の気配に気づいて顔を上げた。
「あら、お参りになるのでしょう。どうぞ」
 少し体をずらし、祠の前を空けた。
 お婆は、女と並んで跪いた。
「なむなむなむ、あぁあ、なむなむなむ」
 女が、祈っている姿勢のまま目を開けた。
「おばばさん、なむなむなむだけじゃ、お地蔵様が困るでしょう。ちゃんと、お願い事を言わなけりゃあ」
「なに、お地蔵様にも都合があるってものよ。だから、なむなむなむ、あぁ、なむなむなむ」
「そんなお願いの仕方なら、幸せになれなくってよ。お地蔵様だって、しっかりお祈りする人は放ってはおかないわ」
「それであんたは、何をお願いしたのだい」
「それは、ひ・み・つ」
 女が、もう一度丁寧に手を合わせると、去っていった。

 お婆は、あれこれお願いしようと思ったが、どっちにしても、欲にはキリがない。
「南無なむなむっ、なむなむなむ」
「でっかい声だな」
 祠から地蔵の声がした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おばばシリーズ第二部」
旅に出たおばば・・・どのような出会いがあるのか?
そして 最後はどうなるのか?
この時点では作者自身も?の状態です。
お読みいただけると嬉しいです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/

お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・