紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

海面の囁き

2021-02-11 07:49:06 | 風に乗って(おばば)


   海面の囁き


 点在する島々の松と、織りなすように光る海。風がそよぐ穏やかな日。お婆は島の突端に出た。

 今にも、松の木に上ろうとしている男がいた。無精髭の男に、どなり散らしている四十がらみの女は、どうも、連れ合いのようだ。
「まったく、呆れてものが言えないよ。バカバカしい。何が釣りして暮らしたい? 冗談じゃないよ。仙人じゃあるまいし。霞でも食っていられるのじゃいいけれど。松の木に上って、糸を垂れる? そんな暮らしだと。ふざけたことを言って」
「嫌になったんだよ。何もかも」
 男は、釣り道具を肩から下げて、松の木に上っていく。
「危ないじゃないか。ひと思いに死んじまうならかまわないが。ほらっ、見ちゃおれん」
 女は、松の木から離れずに叫んでいる。
 男は海に突き出た太い枝を跨ぎ、足をぶらぶらさせながら、釣り具を用意している。海面まではかなりあって、到底魚など釣れそうもない。
「何をやっているのかね。釣れるわけないよ。そんな遠くから。もうちょっと、枝先にいかないと……落ちるよ。危ないってばっ」
 たまりかねた女は、松の木に上りはじめた。

「ちょっ、ちょっと」
 お婆は、慌てて止めようとしたが、必死の形相で女は上っていく。
「おいっ。やめろよ。おまえ」
 男は、来るなというふうに手を振った。
 女は側までいくと、松の枝を跨いだ。
「あんたぁ、いい気持ちだねぇ」
「バカ。危ないよ」
「あんたと一緒なら、どうなってもいいさ」

 お婆は、両手を握り締めて見上げていた。

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