goo blog サービス終了のお知らせ 

ΓΝΩΘΙ ΣΑΥΤΟΝ-購書&購盤日記-

本やCDを買う日々の記録です。ツイッター:http://twitter.com/sr_azev

《雑記》楽天フリマがなくなる

2006-12-10 05:53:37 | Weblog
 楽天フリマがなくなりました。
楽天フリマから楽天オークションへ
楽天のオークションサービスが生まれ変わりました
2006年11月13日、楽天フリマが新しい時代のオークションへと生まれ変わりました。
(楽天オークションhttp://furima.rakuten.co.jp/topics/new_rakuoku.php3より)

 私もかつて、楽天フリマを通して何回も本やCDを買ったことがあるので、残念です。古本の相場調べにも重宝していました。
 ネットで少し検索してみましたが、極めて評判が悪いみたいですね。
 以下にランダムに紹介します。

※古本ぺんぎん堂の作り方

※「楽天オークションの呆れ驚く大穴ザルぶり!!と裏金疑惑!?私はこう推理した」

※あしび文庫古本屋日記

※ケルトカルトの本棚
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《美術館》 2006.11.03 吉備川上ふれあい漫画美術館

2006-11-04 16:28:35 | Weblog

◎吉備川上ふれあい漫画美術館

 3連休なので家族で岡山県高梁市川上町にある吉備川上ふれあい漫画美術館へお出かけしてきました。美術館となっていますが、要するに漫画図書館です。館内は6万冊の漫画が展示され、自由に閲覧することができます。
 11時半頃に到着し、途中昼食で抜けた以外は閉館の5時まで家族でひたすら漫画を読み耽りました。ごろごろ読書室では絨毯の上に寝転がって漫画を読むことができます。毛布や枕持参のリピーターも多くいました。
 私は池上遼一・武論尊『HEAT-灼熱-』(ビッグコミックス)全17巻などを読みました。
 家族一同大満足でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》福山の古本屋に関する覚書(その10)

2006-10-04 05:43:57 | Weblog
○児島書店についてのいくつかの情報

 新聞記事です。

◆福山の児島さんへ贈られた魯迅の書 60年ぶり「里帰り」へ 上海記念館で初公開(山陽新聞2006年9月10日)

◆魯迅の書、中国で展示へ(中国新聞2006年9月9日)

 中国から福山大学へ留学されていた金月梅さんという方が卒論で児島亨氏の研究をしています。
◆福山大学人間文化学部人間文化学科2005年度卒業論文発表会
 金月梅「児島亨研究-魯迅と内山完造と児島亨について-」

 井瑜瑋さんのホームページです。
◆児島亨氏について

 これによると、児島書店の歴史は以下のようになっています。

・1946年(昭和21年)8月15日に福山市東堀場町(当時の町名)で書店を開店。
・1950、51年(昭和25、6年)頃、書店は福山市延広町265番地へ移転。
・1955年(昭和30年)頃、書店は再び今町3-9へ移転。書店の移転と同時に元町12-15でパンとアイスクリームの店を開店。
・1971年(昭和46年)頃、パンとアイスクリームの店を閉店。また同じ場所で書店を開店。

 今町3-9というのは、安倍書店があった場所です。また、このホームページには「福山ブックセンターは安倍(やべ)さんと児島亨さんの共同経営でした。当時の書店名は安倍書店でした。」という記述もあります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》佐々木倫子『ペパミント・スパイ』における軍事趣味

2006-09-05 21:11:27 | Weblog
 『動物のお医者さん』で有名な佐々木倫子に『ペパミント・スパイ』という作品があります。
 1982年から1987年にかけて、『花とゆめ増刊号』、『エポ』に掲載され、単行本は花とゆめCOMICSから2巻で出ています(1985・1987)。
 内容は以下の通りです。
スパイになりたい! なんたってスパイはカッコイイ!! 人の迷惑顧みず、ひたすらスパイという職種に憧れた一青年が、幸運にもスパイ養成学校の入試に合格!! さあて、あとはもうスパイ街道まっしぐら!? 過酷で複雑怪奇なスパイの世界をシカトして、ドナルド君が大活躍!(1巻カバー見返し)
暗号名ドナルド。スパイ学校に自力(参照:ペパミント・スパイ1巻)で入学した自称、優等生(あくまで自称)である。そんな彼が開校以来の逸材(!?)に戸惑う校長とやはり自力で得た相手の委員長とともに仲間の自殺の真相を追う「暁の人工都市編」他シリーズ3編収録の非情!?の第2弾(2巻カバー見返し)

 ドナルド、委員長、校長が主な登場人物の、シュールな無国籍ドタバタ・スパイ・コメディです。

 第2巻に「運動場の参謀編」という作品が収録されています。
 校長が士官学校時代の友人から野球の試合を申し込まれます。そこで、急遽、スパイ学校で野球チームを結成し、校長の友人が率いる高校生チームと対戦します。スパイ学校チームはドナルドがエースピッチャー。当然、試合は……。
 さて、この作品の随所に校長と友人の士官学校時代の思い出がでてきます。

【その1】
 士官学校で野球ができずに落ちこんでいた校長を友人が励まします。
 友人「気にするなおまえは参謀になればいい」
 校長はこの一言で救われます。
 試合後、校長と友人とのやりとり。
 友人「おまえは子供の時学校遊びをして、一人一人に通信簿を作って渡したりしていたそうだな。キチンと整理し、何事も手堅い細心緻密な性格だ。おまえみたいに参謀にピッタリのやつはいないよ」
 校長(心のうちのつぶやき)「えっ まさか… その程度のことを根拠に参謀になれと言ったのか。そのことばをささえに今までがんばってきたなんて ばかみたい」

【その2】
 校長の回想
 士官学校のとき、写生の好きな先生がいてな、毎日3枚ずつ宿題がでるのだ。要塞図を蝶の絵の中にはめこんだ例もあるように、デッサンはたしかに必要だが…。私は絵が苦手だった。
 私は絵が苦手だった。
 ウンザリしていたのは私だけではなかった。
 「よし俺がなんとかしてやろう」といって彼(友人)は先生たちの似顔絵をおもしろおかしく書いて提出して大目玉をくらった。
 おかげで宿題も多さも問題になり写生は1枚でいいことになったのだが――

 以下に引用する通り、【その1】は杉山元、【その2】は石原莞爾のエピソードが基になっています。
「元帥は少年時代より几帳面であり、物事を慎重に考え、キチンと整理し何事も手堅かった。幼年時代、まだ入学もしないこと、よrく近所の子どもと学校遊びなどして、一人一人に通信簿をつくって渡したりしていたと聞いた」
 と、杉山元帥の義甥長尾郡太が語っている。(『参謀』文藝春秋(1972)より「杉山元」 p.149)

(陸軍幼年学校で)
 生徒たちの悩みのひとつは、図画の授業であった。亘理寛之助教官は熱心で、「少なくとも週に二枚は写生せよ」と命じた。ところが、二、三か月はともかく、しだいに写生の題材に困り、生徒たちは一様に不満をもらした。
 よしオレがなんとかする――と石原生徒が宣言し、やがて写生帳提出の時間になると、画用紙いっぱいに巨大な男性のシンボルを描き、注として次のように書きこんだ。
「写生ノ題材窮シ便所ニ於テ我ガ宝ヲ写ス、十月一日」
 教官は、「品性下劣、上官抵抗だ」と金切り声をあげ、教官たちの間には石原生徒の退校を主張する意見が強まった。
「オレが退校になっても、みんながたすかるならそれでいい」
 石原生徒は泰然としていた。同期生たちは、要するに図画の授業が過酷なのが原因だ、と生徒監に意見具申し、校長も入校いらいトップの成績をつづける石原生徒の将来を、惜しんだ。
 結局、写生は随意科目となり、石原生徒も不問に付された。(同上書より「石原莞爾」 p.14)

 少女マンガと帝国軍人というこのミスマッチ! 百歩譲って石原莞爾までは許すとしても、杉山元まで出てくるこのマニアックさ! うーん、ディープです。

〈蛇足その1〉
 この「運動場の参謀編」の扉絵の背景はどう考えてもバルバロッサ作戦の地図ですね。

〈蛇足その2〉
 同じく第2巻に「ピーターラビットは諜報部員編」があります。この中にケーディスとウィロビーという人物が出てきます。いうまでもなく、二人ともGHQの高官ですね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》ダブり買いを防ぐためにどうしているか。(その2)

2006-08-17 20:33:00 | Weblog
(承前)

3.携帯電話からの検索システム
 蔵書データベースは完成しても、まだ「古本屋の書棚の前でこの本を持っているかどうか」という問題を解決するにはいたりません。古本屋へ行くとき、いちいちノートパソコンを持っていくことはできないからです。(註)
 この問題を解決したのは携帯電話です。今さら言うまでもありませんが、携帯電話も単なる電話機から、メールやWebサイト閲覧など、多様な機能を持つようになってきました。
 その機能を活用することを考えました。自分のWebサイトにデータを置き、それを検索できるようにすればよいのです。
 そこで、その機能を満たすフリーのcgiスクリプトを探した結果、下記の3つが見つかりました。

 ・CSV_DB.CG ver1.00
 ・i_DB.CGI ver1.00
   この2つはK-COLLECTにあります。

 ・検索専用データベース
   これはCGIROOMにあります。

 私のホームページ(色気のないページ)に「CGI実験室」としてサンプルを設置しています。データは2005年購書です。

 設置したのは2004年の春でしたが、それ以降、ダブり買いの危険はほとんど回避されています(残念ながらゼロではありませんが)。

4.ブログによる検索
 本ブログには購書だけでなく、購盤や読書などの様々なデータを記録しています。gooのブログにはSEARCH機能がついていて、ブログ内のデータを検索できるようになっています。しかし、残念ながら携帯電話からブログを閲覧する時はこの機能が使えません。使えるようになってくれると便利なのですが。

5.おわりに
 以上、私の拙いやり方を綴ってきましたが、もっと便利なやり方や、もっと便利なcgiがあれば教えていただければと思います。

(註)
 独身時代、何ヶ月かに一度、万歩書店ツアーというのをやっていました。半日から一日がかりで岡山にある超巨大な古本屋である万歩書店を中心に古本屋をハシゴするというものです。その時はノートパソコンを車に積み込んで、ダブり買い防止のためデータ検索を行っていました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》ダブり買いを防ぐためにどうしているか。(その1)

2006-08-15 20:53:31 | Weblog
1.はじめに
 ある程度の本好き(愛書家、読書家、蔵書家、活中者etc)になってくると、古本屋で本を買うときに、この本は持っているような気がするが、果たしてどうだろう、と思うことがしばしばあるでしょう。限られたお金とスペースを有効に使うために、ダブり買いは避けたい。以下に私がダブり買いを防ぐためにどうしているか、駄文を綴ってみたいと思います。お盆スペシャルです(笑)。

2.蔵書データベースの作成
 ダブり買いを避けるためには次の二つのことが必要です。
 ・自分が持っている本を正確に把握する(蔵書データベースの作成)。
 ・古本屋でダブり買いの危険がある時、その蔵書データベースを検索することができる。

 ということで、まずは蔵書データベースの作成についてです。
 蔵書データベースの作成には antinomy があります。
 ・蔵書数が少ないうちはデータベースを作成する必要がない。
 ・データベースを作成する必要があるほど蔵書数が増えてくると、入力作業が大変である。
 私はこの antinomy を何とか乗り越え、自分の蔵書データベースを作成しています。

 高校生から大学生にかけては買った本をノートにつけていました。当然ながら限界がきました。一昔前なら図書館のようなカードを作るところでしょうが、時代はすでにコンピュータ化へと向かっていました(80年代後半)。

 過渡期としてワープロの簡易データベースを使いました。
 本筋からはずれますが、私が最初にワープロを買ったのは1986年2月で、ブラザーのスーパーピコワード210です。価格は¥44,800でした。ディスプレーも一行で電子タイプライターに毛がはえたようなものでした。おもちゃがわりに遊んでました。
 2代目は1987年8月に買ったNECの文豪mini7GXです。修論はこれで書きました(卒論は手書き)。この文豪mini7GXにはパーソナルカードというデータベース機能がついていたので蔵書データベースとして使ってみました。結構面白かったのですが、それ以上は発展しませんでした。

 就職すると時代はパソコンです。職場で使っていたデータベースソフトの「桐」を使って蔵書データベースの作成に取りかかりました。蔵書数はすでに2,000冊を超えていましたが、シコシコ入力して行きました。

 またまた余談ですが、管理工学研究所が作ったこの「桐」というのは非常によくできたリレーショナルデータベースソフトだったと思います。MS-DOS時代はワープロは「一太郎」または「松」、表計算は「Lotus 1-2-3」、データベースは「桐」を使っていました。Windows時代になると「ワード」、「エクセル」、「アクセス」(これはほとんど使いませんが)です。マイクロソフト帝国にまんまとしてやられてしまいました。「桐」はWindows化で少しもたついたようです。残念なことです。しかし、「桐」には現在も根強いファンがいるようです。Googleで検索してみるといくつかのファンサイト(?)を見つけることができます。

 しかし、「桐」もだんだん面倒くさくなってきたので、CSVファイルへと移行していきました。当時は汎テキストファイル主義を標榜し、Vzエディタをメインにして、それにgrep、sortf、jgawkなどのツールを組み合わせて使っていました。

 で、結局、現在もデータベースはCSVファイルで作っています。お気づきのように、このブログの《購書》はそのままデータベース化できるようにCSV形式で書いています。一応自分が持っている書籍(まんが、雑誌は除く)についてはデータベース化できています。

※画像は桐ver.5
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》なぜ私は引用するのか。

2006-08-07 17:00:28 | Weblog

◎鹿島茂『成功する読書日記』文藝春秋(2002)
より

 ただ、私としては、この段階で批評や感想を書くよりも、むしろ、読んだ文章を引用することをお勧めしたいと思います。とりわけ、文章を書くのが苦手な人は、この習慣を身につけるのが得策だと思います。
 本を読んでいて(以下、便宜上、読書日記についてのみ記します)、感動して箇所、同感した部分、あるいは反発を感じたり、怒りを抱いた一節などを抜き書きして、日記に記載するのです。引用はアトランダムでもいっこうにかまいません。とにかく、自分で選び、自分が書き写すことが重要なのです。
 では、なぜ、引用が大切なのでしょうか?
 その理由はいろいろと考えられますが、一つは、その本についての情報として、引用に勝るものはないことがあげられます。百聞は一見は如かずといいますが、私に言わせれば、百の批評よりも一の引用、ということになります。引用をすれば、その作者の文体、癖、思想など、ほとんどのものがわかります。(中略)
 第三は、引用の習慣を続けていくと、その読書日記が、ひとりでに、オリジナルな名句名文選(アンソロジー)になっていくことです。(中略)
 第四は、引用だと、批評や要約などに比べて、ただ、写せばいいだけなので、プレッシャーがかからないという利点があります。(「まずは引用」pp.21~24)

 引用になれたら、次にチャレンジしていただきたいのは、引用だけからなるレジュメ(要約)です。自分の文章はあまり使わずに、その本のエッセンスとなるような箇所を何箇所か選び出し、その引用だけで本を要約するのです。(中略)
 この引用だけのレジュメに習熟したら、次になすべきことは、物語や思想を自分の言葉で言い換えて、要約してみるということです。フランスの教育では、これをコント・ランデュ(compte-rendu)と呼び、引用を使ってするレジュメとは区別しています。これをやると、引用の中にある言葉や句を使ってはいけないので、語彙を豊かにするのに役立ちます。また、言い換えが作者の言っていることと矛盾してはいけませんから、必然的に正しい理解を心掛けるようになります。(「レジュメに挑戦」pp.25~26)

 かりに、引用によるレジュメとコント・ランデュを完全に習得したとしましょう。次はどんな段階があるのでしょうか?
 ようやく、ここに至って、「批評」という言葉が登場します。言い換えれば、一冊の本のいわんとしていることを的確に引用してレジュメしたり、コント・ランデュすることができぬ限りは、批評という大それた行為に踏み切ってはいけないのです。(「批評という大それた行為」p.26)


◎宇佐美寛(編著)『作文の論理-〈わかる文章〉の仕組み-』東信堂(1998)より

 全て、主張には証拠が要る。文章で何かを主張する場合、主張の証拠をその文章に書きこまねばならない。前述のように、事例も強力な証拠になる。また、他の文章の内容について主張するためには、その文章からの引用が不可欠である。
 他人の文章の内容を引用無しで論ずるのは無礼である。証拠も出さずに何かを主張しているわけである。
 また、読者にも〈どんな素材で論じているのか〉、〈どんな証拠で論じているのか〉を示さねばならない。引用が要る。
 要するに、引用によって、筆者と読者、そして対象である文章の筆者は、同じ素材を共有し、平等の関係になるのである。(「第四章 引用によって視線を低くする」p.33)

 「引用無きところ、印象はびこる」である。あるいは「引用無きところ、インチキはびこる」と言ってもいい。(同上p.41)


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》光栄な話

2006-07-26 05:59:37 | Weblog
 塩山芳明さんのホームページの「漫画屋無駄話 其の1992」「ネットの批評もうれしい。「―購書&購盤日記―」のようなベタボメも悪くないが、文章上の矛盾も鋭く突いた、「レイヤーを統合」が、一番今までの所身にしみた。」とありました。
 この「―購書&購盤日記―」というのは、拙ブログのことでしょうか。そうであるとすれば、極めて光栄な話です。

※画像は「漫画屋ホームページ」の「懐かしの中年アルバム」より
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》福山の古本屋に関する覚書(その9)

2006-05-04 04:51:56 | Weblog
○古本コミコミ堂
 野上町にあった古本屋です。福山には珍しい(というか私が知る限りここだけ)マンガ専門の古本屋でした。初めて行ったのは1993年11月19日です。最後に行ったのは2000年9月18日です。いつの間にか閉店していました。近くにある福山工業高校の生徒がよく立ち読みをしていました。
 この店では『沈黙の艦隊』他のマンガを売ったことがあります。私の数少ない売書経験の一つです。
 コミコミ堂は入船町に古本コミック100という支店も出していました。ここはマンガだけでなく、一般書籍も扱っていましたが、全品100円均一という、ちょっと変わった店でした。この店には1994年12月14日に訪れた記録があります。もちろん、現在はありません。


※古本コミコミ堂があった辺り


※古本コミック100があった辺り

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

《雑記》河出書房「グリーン版世界文学全集」について

2006-05-01 05:23:20 | Weblog
 「グリーン版世界文学全集」というものがあります。
 1959年から66年にかけて刊行されたコンパクトな全集で、ロングセラーとなり、河出書房の全集の中では最も人気のあったものである。当初は全48巻と別巻7の55冊の予定であったが、評判が良く、第2集25冊、第3集20冊が継続企画され、最終的には全100冊の堂々たる全集となった。箱、表紙、ビニールカバーのすべてを緑で統一し、造本も見事で、戦後を代表する装幀家原弘の仕事の中でも最も良く知られたものである。箱に使用されたアングルカラーと呼ばれる独特の用紙も、横方向に溝が走るカバーも、原の創案によるものである。当初は、単純に河出版とかコンパクト版と呼ばれていたものが、後には、印象的な装幀から「グリーン版」と呼ばれるようになる。
「第13回福岡女子大学附属図書館所蔵資料展」より(www.lib.fwu.ac.jp/annai/dai14.pdf)

 母の蔵書の中に、この「グリーン版世界文学全集」がありました(第1集のみ)。しかし、揃いではなく欠本がかなりありました。私は特に世界文学を熱心に読んでいた訳ではありませんでしたが(というよりほとんど読んでませんでした)、この全集の欠本を端本で揃えてやろうと決意しました。
 各巻の構成は以下のようになっています(作家名のみ)

1.シェイクスピア
2.ゲーテ
3.スタンダール
4.バルザック
5.バルザック
6.ディケンズ
7.C.ブロンテ
8.エミリ・ブロンテ
9.プーシキン,ツルゲーネフ
10.ゴーゴリ
11.ポー,ホーソン
12.フローベル,メリメ
13.ユゴー
14.ユゴー
15.ユゴー
16.モーパッサン
17.ゾラ
18.ドストエーフスキイ
19.ドストエーフスキイ
20.ドストエーフスキイ
21.トルストイ
22.トルストイ
23.トルストイ
24.トルストイ
25.トルストイ
26.イプセン,ハウプトマン
27.ハーディ
28.チェーホフ
29.カフカ
30.カロッサ
31.ヘッセ
32.トーマス・マン
33.ジイド,プルースト
34.ロマン・ロラン
35.ロマン・ロラン
36.ロマン・ロラン
37.ゴーリキイ
38.ロレンス
39.ヘミングウェイ
40.モーム
41.マルロー
42.ショーロホフ
43.ショーロホフ
44.ショーロホフ
45.フォークナー
46.サルトル,アラゴン
47.魯迅・茅盾
48.世界近代詩十人集
【別巻】
1.ミッチェル
2.ミッチェル
3.ミッチェル
4.デュ・モーリア
5.パール・バック
6.パール・バック
7.レマルク

 そのうち、欠本は9、10、11、12、21、22、23、26、29、32、33、37、46、48の計14巻でした。それをこっちの古本屋、あっちの古書市という具合に一冊ずつコツコツと集めていきました。
 ある古本屋でそのうちの一冊を見つけましたが、次に行ってみるともう無い。後からサークルの先輩がそれを買っていたことを知り、無理を言って譲ってもらったということもありました。
 1982年から1984年にかけて13冊まで集めることができました。しかし、最後の1冊、『第48巻 世界近代詩人十人集』がどうしても見つかりません。
 半ばあきらめかけていましたが、前回書きました1987年2月の早稲田古書街行脚の折り、この本を西北書房で見つけました。急いで買ったのは言うまでもありません。ところが、次に入った三幸書房でも同じ本がありました。思わずここでも買ってしまいました。不思議な縁を感じました。
 この1冊がダブった「グリーン版世界文学全集」は、今も我が家の書棚に鎮座しています。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする