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超シノギング 冬の低山編

超シノギングは、これまでにシノギングに参加してくれたシノラーさんを選抜して、レギュラーのシノギングイベントで体験してもらったいろいろな術を実践してもらう新たな試みである。選抜人数は4人だけ。

超シノギングはイベントではないので決してお客さん扱いはしない(笑)。目的エリアの地形図を見てどのように進むのか、どこで夜を凌ぐのかを一緒に考える。問題が起きれば一緒に考えて対処する仲間同士として一泊の本当のシノギングに出かけた。

たまたまほとんど同じような構想を描いていたHiker's Depotさんから二宮氏に参加してもらい、アクシーズクインからは柳谷が参加した。以下はその紀行である。

大月駅から乗り込んだバスは山あいの集落を縫って走る。我々以外の乗客はない。窓の向こうにはまだ朝の空気が冷え固まっている。寺の名前のバス停で降り枯れた田んぼに囲まれた道端で装備を整える。歩き出すと田んぼにソーラーパネルをせっせと運び込んでいる。後継者がいないのならばその場所を少しでも有効に利用しようということにもなるのだろう。ゆるい坂道を何度か曲がったところから凌ぎ始める。長い尾根の末端。ここからこの長い尾根を辿るのだ。地形図に時間と気温を書き込む。広い尾根は気持ちいいが足元の枯れた松葉が滑って歩きにくい。それでもロングディスタンスハイカーの二宮氏は始めから歩くペースが速い。シノラーの私はそのペースには合わせずにのんびり凌ぐ。歩きの種類の違う人間が付かず離れず一緒に歩くというのは面白い。選抜の4人もそれぞれのペースで凌いでいる。やがて植生は広葉樹に変わり今度はカラカラに乾いた深い落ち葉が足をもつれさせる。どっしりした尾根の小ピークに立つとF氏がなかなか上がってこない。どうしたのかと心配しているところにゆっくり登ってきたF氏の顔には汗が噴き出している。足が攣りそうだという。歩きはじめで身体が慣れていないのに足元が滑ったりしてやられてしまったらしい。迷惑をかけるから場合によっては一人で下山するというのだが、せっかく来たのだからゆっくりでいいから続けようと声をかける。幸いこの先のちょこんとしたピークを越えるとしばらく下りが続くからそのあいだに回復してくれることを期待して凌ぎ続ける。さっきまでうるさかった枯葉はどこかに吹き飛ばされたのか地面は乾いた土に変わって弓形に美しい尾根が続く。780m圏のピークを越えて岩と灌木の細い尾根を行くと急勾配の前の鞍部に出る。ここは峠になっていて尾根を横切るようにうっすらと道がついている。峠を越えるとそこから露岩混じりの登り尾根が始まる。西にトラバースして勾配の緩い尾根から詰めようかなどと相談してみたが、登り始めると直登ルートでも行けそうだったのでそのまま急な尾根を詰める。F氏の様子はそれほど悪くはないように見える。

手掛かりになる根っこや枝を掴んで150m程標高を上げると傾斜の緩いヤセ尾根がこれまた弓形に続いている。夕方以降には雪が降るという曇り空からはときおり日が漏れて暖かい。風はほとんどなく静かでなんとも気持ちのいいシノギングだ。950m圏のピークの手前のほんの少しがズルズルの砂の急斜面でみんなそれぞれに都合のよさそうなルートで詰める。手掛かりにしたい木の中には立ち枯れたものもあるので体重をかける前にしっかり見極めなければいけない。ちょうどお昼の時間になったが今日は行動食で凌ごうというと、他のメンバーは温かいお昼でも食べるつもりでいたのか複雑な表情で笑っている。せっかく稼いだ標高を簡単に100m程の下りで戻してしまう。もったいない話だがこんなことにいちいち文句を言っていてはシノギングは楽しめない。前を歩く二宮氏が着ているハイカーズデポ10周年記念のツナギの色はまわりの枯葉に完全に溶け込んでいることに気付く。あれは朽葉色というのだろうか、まさに朽ちた葉のような色は冬のシノギングに相性がいい。さっきの登りで足元をちょっと滑らせた時についにF氏の足は攣ってしまったようで、やはりあまりよくないのか頭に汗をびっしょりかいているのが気になる。すぐ先に150mの壁の様な斜面が控えているのでバックパックを下ろして休憩をとることにする。シノギングではゆっくり歩きながら同時に休憩をとるような歩き方をするのでバックパックを下ろして腰を下ろすようなことはしないのだが、せっかくなので少し休むことにする。F氏にはこのすきにエネルギーを補給してもらい何とかこの先の壁を乗り越えてほしいものだ。尾根の東西は視界が開けて東には百蔵山、扇山、権現山の長い尾根が、西には滝子山の東尾根が良く見えている。

150mの壁には難儀した。枯葉の下は崩れやすい土で踏ん張りにくく、上からは先行メンバーが落とした石が転がってくる。だいたい高所恐怖症だから足がすくんでしまって思うように動かない。心臓をどくんどくんさせながら木立を頼りに少しずつ、ようやく傾斜が一服するところまで這い上がった。二宮氏、K2氏、K氏、G氏はとっくに上で待っている。F氏も登り切ってあとは1,200m圏までの150mの登りをこなすだけだ。広くてそれほど急ではない尾根を詰めて三角点までたどり着くと、そこは6人がハンモックを張れるだけの十分な広さがある平坦地だ。ここまで来てみんな満足感を得たようなので今夜はここで凌ぐことにする。バックパックを下ろしたらさっそくハンモックを張り始める。なるべく六角形になるように木を選んで張って行く。暗くなる前に設営を終わりにしたいからみんな黙々と仕事をする。ハンモックの位置を決めてタープを張り必要なモノを右に左に振り分けて配置する。それぞれの場所がまとまってくるとみんなの個性もそれぞれなんだとよくわかる。赤いタープ、緑のタープ、ツエルト、ブルーシートを白くしたようなタープ、透明のタープ(農ポリ!)、こんな具合だ。設営がひと段落したのでみんなで乾杯。もうこの後はだらだらしてやると誰もが思ったに違いない。

防水被膜なしの汗の抜けのいいトレランシューズを履いていたのだが、靴下が汗で結構湿っていたので夜の冷え込みに備えて乾いた厚手の靴下に履き替え、同じように汗で湿っていた手袋と一緒に干す。土埃にまみれたクナイは爪先のトグルをツリーストラップのスリットに掛けて干す。まだ17時前だが薄暗くなってきたので凌提灯に火を灯す。他のメンバーも同じように身の回りを整理してそれぞれがそれぞれのウッドストーブに火をつける。火の勢いが増してきたところでコッヘルを乗せてそれぞれがそれぞれの温かい夕食を作り始める。6人の仲間と過ごす時間だが、誰も何も話さずに黙々と仕事を続ける。そう、食事を作る間は火力をある程度維持させる必要があるからみんな真剣なのだ。そして出来上がった食事を誰も何も話さずに黙々と食べる。ウッドストーブの火でいい加減に保温しながらアツアツを黙々と食べる。突然にみんなの仲が悪くなったわけではなく、沈黙を消すために余計なことを話す必要などないというだけのこと。誰かが「静かだね」とつぶやくと、他のみんなは軽くうなずいてまた黙々と食べ続ける。ちらちらと雪が舞い始めた。

 

食事がひと段落するとハンモックに横になってみたりお酒をちびちび嗜んだり自由な時間を過ごす。誰かがぽつりと何かをつぶやくと誰かと誰かが二言三言返す。誰かの言葉に思わず吹き出すとその笑い声は思いのほかあたりに響いてびっくりする。薄暗い陰気な空間と思われるかもしれないがわずかな灯りだけで過ごす時間は楽しい。そんなに明るくしていないから雪がどのくらい降っているのかは見えないけれど、ぱらぱらとタープを打つ音の強弱でそれを推測してみる。そろそろ眠くなってきたのでウキグモのジッパーを閉めて目を閉じる。すぐ先の送電鉄塔の方から聞こえるブーンブーンと小さくうなる音を聞きながら眠りに落ちた。

ジィー、ジィーとジッパーを開けて誰かが起き出した。カンカンとクッカーの音も聞こえ始めた。あたたかいウキグモにもう少しくるまっていたい気持ちを捨てて体を起こす。雪は夜のあいだに積もったわけではなくうっすらと被った程度でそれはそれで風情があっていいものだ。今日の行程には余裕があるので少しのんびりさせてもらう。朝の時間をゆっくり過ごすことはシノギングではよくあることだ。急ぐ必要など全然ないのだから。二宮氏に確認すると今朝の最低気温は-5℃程度だったとのことで、期待したほど冷え込まなかった。-10℃にチューニングを合わせていたみんなはもちろん充分暖かく眠れたようで、シノラーさんたちに余計な心配などいらないのだと安心した。出発時間から逆算してそろそろみんな撤収を始める。バフバフに膨らんだウキグモはツリーストラップを外して収納袋に突っ込むだけなので撤収が早くて楽だ。その代わりタープの縫い目にこびりついた氷をガリガリはがすのに手間取った。

パッキングを終えたところで集合写真。侍四人と作業員一人。

出発前にみんなで円陣を組むように地形図を広げて下山ルートを確認する。送電鉄塔の先を少し登った1,180m圏のピークから南西に伸びる尾根を下るのだ。

下りはじめが急傾斜だがすぐに落ち着いて弓形に気持ちのいい痩せ気味の尾根が続く。ほどなく右手の谷から沢の流れが聞こえてくる。ヒノキの植林を抜けるとすぐに沢に出た。ここでみんな顔を洗う。今朝は水を節約して顔を洗っていなかったので丁度いい。沢の水は夏に感じるような冷たさはなくほどほどの冷たさだ。沢沿いに踏み跡を辿りながらところどころに野営したくなるような場所を見つけては、あれはいいぞ、大月駅からバス30分、バス停から徒歩15分といったところかな、などとへらへら笑いながら歩く。そろそろ里に出ると思われたころ、人間の匂いがする、人間の匂いがする、とたった一日を山で凌いだだけで気分はもう山の民になっている。このシノギングもあっという間に終わってしまったなぁと振り返る踏み跡はけものみちの様に山の奥に続いていた。

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