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超シノギング 名もない夏の低山 

超シノギングは、これまでにシノギングに参加してくれたシノラーさんを選抜して、レギュラーのシノギングイベントで体験してもらったいろいろな術を実践してもらう新たな試みである。選抜人数は四人だけ。

超シノギングはイベントではないので、選抜メンバーを決してお客さん扱いはしない(笑)。目的エリアの地形図を見てどのように進むのか、どこで夜を凌ぐのかを一緒に考える。問題が起きれば一緒に考えて対処する仲間同士として一泊の本当のシノギングに出かけた。以下はその紀行である。

甲斐大和駅で電車を降りるとさわやかな空気に包まれた。空は青く日差しがまぶしいが心地いい。お盆を過ぎて夏はもう終わってしまったのだろうか?駅舎にはすでに選抜メンバーが集合していた。A3サイズの二枚の地形図を広げるとそこには山と渓があるだけだ。だいたいの想定しているルートを説明する。地形図の面の情報からルートを見出して線を引いてゆく。あらかじめ設定されたコースを歩くルートハイキングとシノギングの大きな違いはここにある。行く先に道標などはなく、予測と確認と修正を繰り返すので、それだけの経験と技術そして集中力が必要だ。しかも、凌ぎ終えるまでは万が一の事態でない限りGPSによる現在地確認は禁止している。おのずと緊張が高まる。六人は装備をビシッと決めて歩き出す。空気は乾いているが、緩い登りと照り付ける太陽によって汗が噴き出す。まあ、この時点でこんなに汗をかいているのは私だけのようだが(笑)一般道から林道に入るとすぐに日蔭になり気温が下がる。脇を流れる沢のおかげでなんとも涼しくて気持ちがいい。

小一時間ほどで凌ぎ口に到着。装備を凌ぎモードにして、ここからM沢を遡行する。H氏はCRUXの丈夫そうな防水パックを背負いシノビ、クナイ、トレランシューズというコアな凌スタイル。N氏はまだまだ容量に余裕のあるULAのパックを締めあげて、アヲネロにノーゲイター+トレランシューズと涼し気に。EXPEDのバックパックを背負ったY氏は山岳出身らしく沢足袋にヘルメット、そして長袖Tシャツという堅実な装備。対照的に麦藁帽にTシャツ、アヲネロ、トレランシューズに山と道のO氏は、長めの木の枝を金剛杖の代りに携えて夏休みの少年のようだ。こうしてみると四人それぞれの個性が出ていて面白い。

凌ぎはじめると樹林帯の沢の水は冷たく気持ちいい。空気もひんやりしている。まわりの地形の影響だろうが沢底には砂が多く、木洩れ日に砂金がキラキラしている。すぐ近くにそれを連想させる名前の山があるので妙にうなずいてしまう。シノギングで主尾根に出るには支尾根を辿るか渓を辿るかのどちらかになるが暑い時期は断然渓を辿るのがいい。道具を使って滝を登るような、クライミング要素を含む沢登りではないので持参するのは補助ロープ、スリング、カラビナくらいなもの。流れに入って涼んだり、綺麗な樹林に上がってうっとりしながら溯る。ちょっとした滝は飛沫を浴びて越えてもいいし難しい滝は潔く巻けばいい。

どちらかというとナメの多い沢をパシャパシャと凌ぎながら現在地の特定を試みるも渓でのそれはなかなか難しいのだが、尾根と渓の入り具合と方位で自分なりに仮定しながら凌ぐ。 そのうちとんでもない巨木が倒れて行く手を阻んでいる。倒れた衝撃でいくつかに分断されているがなかなかの樹齢のようだ。ちょうど下をくぐり抜けるスペースがあるので順番に通過する。足元の悪い沢を二時間ほど、緩やかながらもいつの間にか1,200m圏まで凌ぎ続けているとさすがに疲労を感じるときがある。シノギングでは一時間ごとに休憩するような習慣はなく、ゆっくりでも歩き続けながら休むので、メンバーにはそれぞれのタイミングで行動食を口にして空腹を凌いでもらう。

水量が減り枝沢が増え始めそろそろツメになることをうかがわせる。水量が減りすぎないうちに夜を凌ぐ分の水を確保しておく。念のためと3リットルの水を確保する。ついでにソックスとシューズ内に入り込んだ砂を洗い流しておく。凌ピッケルを出して最後の壁を凌ぐ準備もできた。近付き過ぎないように縦列で源頭を詰める。水の流れのなくなった砂地の窪みをザクッ、ザクッと進んでいく。細かく分かれる渓の傾斜の緩やかな方を選んでいくと、案外凌ピッケルの出番のないまま主尾根に出ることができた。ちょっと拍子抜けだが意味もなく壁を凌ぎたいわけではないのでこれはこれでよかった。

 我々が躍り出た1,400m圏の主尾根は傾斜が緩やかで広葉樹と落葉松が美しい。さわやかな風に吹かれてハンモックポイントを探す。今日の凌はこれで終了、今日の凌はこれで終了。そう思うと緊張もほぐれていろいろなところが緩み始める。いくつかの候補地を認めながら西に広葉樹林、東に落葉松林という絶好のポイントがあったのでここにチェックインすることにする。ハンモックの六角張りをしたいのだが、やはりそれはどうにも難しそうなので三角三角の二組に分かれることにする。N氏、O氏、谷島の組は早々といい三角木立を見つけてハンモックを張り始めているが、Y氏、H氏、柳谷の組はなかなかいい三角が見つからない。あちこち探しまわって、同じところを何度も嗅ぎまわって向こうの組がタープを張ってのんびりし始めた頃にようやく場所を決めることができた。たった一泊のことではあるがせっかく山で一夜を凌ぐのだからなるべくいい場所で過ごしたいものだ。ようやくハンモックを張って腰を下ろすと今日の心地よい疲労もあってしばらく動きたくなくなる。ほんの数分だけ夕日が差し込んで我々のハンモック村をドラマチックに赤く染めた。夜へと変わる時間の中でそれぞれが思い思いに時間を過ごす。車座に集まって宴会みたいにやらないのが凌の作法。自分の家があり、お隣さんがあり、お向かいさんがある。生活のような距離感を楽しむのだ。

しかし、今夜はやけに煙が俺の方にやってきやがる。薪が湿気ているせいでなかなかうまく燃えずにいつまでもくすぶっているので、今夜の外れ席の俺のところには容赦なく煙が押し寄せる。こればかりはその時の運だからとあきらめて人知れず目に染みる煙に涙を流す。夕食を食べてのんびりしているところにN氏が線香花火を持ってきた。火を着けてパチパチやり始めると、いつの間にかみんな集まって夏の終わりを惜しむようにパチパチやり始める。♪はじっこつまむと線香花火 ペタンとしゃがんでパチパチ燃やす♪ 背中に弱い風を受けながら男六人でパチパチやるのも悪くない。

ガサゴソガサゴソという音を聞きながらいつの間にか眠りに落ちる。しかし、気が付くとハンモック越しに熊が俺のおけつをかじっているではないか!突然の出来事に身動きとれず、ただ熊におけつをかじられながら「助けてくれー」と叫ぶしかなかった。クッカーの金属音で目を覚ますと、N氏が、昨日の夜だいぶうなされてましたよフフっ、というので確認すると、みんなが夜中に不気味な悲鳴を聞いたのだという。こんなに近くで俺が熊に襲われていたというのにこの人たちは知らん顔でぬくぬくとハンモックに寝転がっていたのか!(笑)シノギングの夜には熊にかじられ、猪に突かれる夢を見てしまうのだが何とかならないものだろうか?優しい朝日が差し込んで、シノギングらしくなく今日もいい天気になりそうだ。

名もない低山の朝があんまり気持ち良すぎるので、朝飯を食べた後もしばらくハンモックでだらだらして、山の人には怒られそうなくらいの遅い出発。ちょうど近くに夏らしい黄色い花が咲いていたので、凌らしくなくお花と一緒にいつもの決して笑ってはいけないやつ。

しばらくのあいだ下ってM峠を越してトラバース気味にO峠に出た後、300mほど登り返して1400m圏に出る。ここから南西方向に伸びる大きな尾根を1,000mほど一気に下るのが今日のシノギング。ここからは選抜メンバーに地図読みで先頭を行ってもらう。まずは、地図読みにはまったく自信がないと宣言していたH氏を柳谷がフォローして下りはじめる。尾根にはうっすらと踏み跡が付いているので、H氏は楽し気にそれを追っているらしい。しかしここはせっかくの地図読みの機会なので方角をチェックしたり、周りの地形をチェックしたりしながら歩いてほしいんだと耳元でささやいてもどうも反応が薄い。この場でまさかの馬耳東風とは(笑)1,200m圏まで下げて、先頭を交代しようと思ったが、あまりにもなっていないのでH氏を居残りで先頭に、N氏にフォローしてもらう。わかっているのかいないのかわからないが、一応尾根を外さずに快調に下るH氏。堅実なN氏が付かず離れずフォローする。何か所かわかりにくい尾根の分岐があったのだが、しっかり立ち止まって周りを観察して下るべき尾根を見極めたのはH氏ではなくN氏だということは言うまでもない。1,000m圏まで下げたのでフォローをO氏にお願いする。そう、H氏にはこのまま先頭をいってもらい教官が交代するという地図読み学習システム。この後もH氏は何の裏付けもない数々の奇行を繰り返しては場を和ませた。地図読みをする気のない天才である(笑)890m圏を過ぎて間もなく壁の様な急斜面の下りというところでY氏に教官役をお願いする。シノギングにありがちな最後が最も苦労するやつで、また、世界体操の様に着地をビシッと決めてもらいたい大事なセクション・・、あ、いや、区間である。

地獄の様な下りに脚をわなわなさせながらも落ちるように進む。俺はこっちじゃないかなと尾根の少し東寄りに行くことを主張したのだが、どうやらそれは間違っていたようで、選抜メンバーと谷島の読図力の正確さには感心する。さらに見通しの悪い場所をそのまま進もうとする私の無責任な判断に対して、安全な方から回り込むという選択をする選抜メンバーと谷島の賢明な判断には頭が下がるばかりだ。難しい最後の壁の下りも世界体操の様にきれいな着地を決めてくれた選抜メンバーのレベルの高さに関心である。

凌ぎ終えて一般道を歩き出すと途端に日にさらされた。これではたまらんと思っていると神社の木立のところだけは少し空気がひんやりしていて、先を行くメンバーの後姿を見ながら、なかなか面白かったな、夏の超シノギング、と思うのであった。

あー早くビールが飲みたい!!



 

 

 

 

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