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超シノギング 名もない真冬の低山

超シノギングは、これまでにシノギングに参加してくれたシノラーさんを選抜して、レギュラーのシノギングイベントで体験してもらったいろいろな術を実践してもらう試みである。今回の選抜人数は三人だけ。

超シノギングはイベントではないので、選抜メンバーを決してお客さん扱いはしない(笑)。目的エリアの地形図を見てどのように進むのか、どこで夜を凌ぐのかを一緒に考える。問題が起きれば一緒に考えて対処するバディ、いや、仲間同士として一泊の本当のシノギングに出かけた。以下はその記録である。

ここ数日の天気はすっきりせず、JR中央本線大月駅から見える山々には靄がかかっている。今回の選抜メンバー三人はお互いに初対面なのでちょっと固い雰囲気。だがそれも徐々にほぐれてくるだろう。

ハマイバ行きのバスを「ばびょーん」みたいな名前のバス停で下車。消防団前のスペースを借りて作戦会議。地形図を配ってだいたいの想定しているルートを説明する。取り付きの尾根だけを説明したらその後は標高と方位を言うだけでみんな理解してくれる。破線も引いていない地形図の情報からルートを見出して頭の中で線を引いてゆく。あらかじめ設定されたコースを歩くルートハイキングとシノギングの大きな違いはここにある。行く先に道標などはなく、予測と確認と修正を繰り返すので、それだけの経験と技術そして集中力が必要だ。しかも、凌ぎ終えるまでは万が一の事態でない限りGPSによる現在地確認は禁止している。おのずと緊張が高まる。

目的の尾根の鞍部までは地形図に載っている道を手掛かりに辿るつもりだが肝心なその道が見つからない(笑)集落の路地を行ったり来たり、早くもお宅のお庭にこんにちは。ぞろぞろひそひそと引き上げてうろうろするもやっぱり目当ての道が見つからない。通りかかった爺さんに尋ねると、その道はそこの赤い屋根の家の向こうにあるけど、橋が流されちまって向こうには渡れねえだよとのこと。「ばびょーん」である。

・・・作戦変更。バスで来た道をそのまま進んで真木川にかかる橋を渡り、その先の入れそうなところから取り付くという、いかにもシノギングらしいスタートとなった。等高線がぎゅっと詰まった針葉樹の山腹を直登し始める。まだ体のバランスが慣れていないのであまりの傾斜に後ろにひっくり返りそうだ。お尻がつりそー!と言いながらもニコニコしているKM氏。日の当たらない植林地のこんなところで、めちゃめちゃ地味なのにめちゃめちゃきつい(笑)

ウォーミングアップには十分すぎる100mほどの急登をこなして尾根に乗る。

そのまま尾根を辿るが岩まじりのヤセた尾根が続き気を抜けない。先発するKM氏とO氏の「くのいち」二人はそんなテクニカルな尾根を危なげなくひょいひょいと登ってゆく。KM氏は夏は沢登り冬はアイスを中心に山をやっているのでそのいで立ちはやはりクライマーであり、身のこなしや出てくる言葉がいかにもそういう感じ。山と道のオーダーバックパックを背負うO氏はハイキングはもちろんのことランからオリエンテーリングまで幅広くこなす、小柄ながらなかなかパワフルな弾丸娘である。

これまでは主に山岳縦走を楽しんでいたというKT氏。大酒飲みの武闘派の雰囲気がぷんぷんするが、実は酒はまったくやらず柔道は学校の授業でかじっただけというとても温和なジェントルマン。上から下まで完全なる凌クラシックコーディネートで決めて、静観派の重鎮のごとく周りの景色を楽しみながら凌いでいる。

150mほど標高を上げて南西の尾根に合流するとそこから先には要所にテープが巻いてあり、静かな山を求めるハイカーが歩いていることをうかがわせる。

958mの三角点を確認した後、フユガレの広い尾根をそろそろと下りるシノラーたち。叙情派としてはこんな情景をいつまでも見ていたくなる。

そんな気持ちのいい尾根を詰めていくといつの間にか目の前には壁が立ちはだかっていた。取り付きの直登もなかなかの壁だったがこちらの壁は落ち葉で足元がグズグズな悪い壁。そんな壁もくのいちの二人は果敢に攻めて行く。あっぱれである。

一方、静観派の重鎮KT氏は悪い壁をトラバースでかわして尾根から攻めるという落ち着いた戦術だ。どちらもシノラーとして頼もしい限りである。

壁をこなしたKT氏のマキアゲボウには、細かな水滴となった汗がベールの様に覆っていた。それだけマキアゲボウの抜けが良いということだ。

麓のお昼の鐘が山に響いている。ピークについて時計を見ると12:05、ここの標高は偶然にも1205mだ。だからといって何でもないのだが、まあ、そういうことだ。

気持ちのいい尾根を辿って行くと東電葛野川線の14番鉄塔に出た。一同はその凛々しい鉄塔を見上げては、鉄塔ってどうやって組み立てるんだろうね~。やっぱりヘリコプターを使うんだよね~。クレーンも必要だよね~。YouTubeに動画あるかな~、などと興味津々。しばらく見とれてしまった。

決して笑ってはいけないシノギングで、おきて破りのこの笑顔は鉄塔を見たから(笑)

楽しい鉄塔見物の後は本日最後のお仕事。ヤセ尾根と100mの壁が待っている。先発のくのいち二人は地形図で入念にこの先の地形をチェックする。

ヤセ尾根を通過して露岩混じりの壁に挑むくのいちの二人。両側は急傾斜で落ちているので気を抜けない。こういう場所では当然手を使ってバランスを取りながら凌ぐのだが、そのおかげでグローブは土で汚れその手で地形図に書き込んだりするから、地形図はいつの間にか宝の地図のようにセピア色になってしまうのだ。

最後のお仕事のヤセ尾根と壁で200mほどの標高を稼ぐ。振り返ると滝子山から派生する尾根、そしてずっと向こうには道志山塊尾根がどっしりと構える。静観派の重鎮KT氏は落ち着いた足取りで着実に悪い場所を凌いでいる。

ちょうど出来上がったばかりの凌ピッケルを実践投入。こういう悪い壁では確実に確保をしながら凌ぐことができるので安心感が違う。ピックやブレードを打ち込まなくともスピッツェをついてバランスを取るだけでも全然違う。

1450m圏で一旦林道に出る。尾根の北側に入ると前の週に降ったと思われる雪がまだ残っている。我々が凌いできた南向きの尾根には一切雪がなかったのに、南と北の違いをはっきりと感じながら凌ぐ。

林道の脇はたいていコンクリートやネットで保護されているものだがここでもそれは同じで、それでも地形図の崖マークがほんの一部だけ途切れているところを当てにして行くと、果たしてその通りの場所があり難なく林道の上の尾根に上がる。

1500m圏になるとダケカンバが増え始めたので、火起こし用にひらひらと揺れる樹皮をちょうだいする。

ゆるやかな起伏を越えて気持ちのいい平地を進むと・・・

1520m圏は天国だった。

ハンモックポイントについたので、部屋割りを決めるじゃんけん。三人ずつ二組になるようにグーパーじゃんけんをする。グーパーじゃんけんは、埼玉某所ではグーチョキだったり、群馬某所では「ぐうう~っとぱあああ~~よ」といった具合に独特の節回しだったり、お国柄が強く出て面白い。

みんながソロ活動をするならばそれほど難しくはないのだが、せっかくイベントなんだからと、六人が二組に分かれてそんなに離れずにハンモックを張れる場所を探すが、いざとなるとそういう場所はそう簡単には見つからない。結局、天国広場のA区画、B区画、C区画と探して、ようやくD区画にちょうどいい空間を確保できた。せっかく一夜を凌ぐわけだからそこはやっぱりこだわりたいものだ。

ハンモックを張ってみんなそれぞれ必要なモノをそれぞれの都合のいい場所に配置する。気温は0℃近く、じっとしているとさすがに寒いのでさっそく火をおこし始める。

3人でハンモックを張る場合には三角張りが定番だが、今回はコの字張りを試してみる。三角張りよりも開放感があり、村の中にも入りやすくてなかなかいいではないか。

ウッドストーブに薪をくべながらのんびり過ごしていると、あたりは薄い靄に包まれでとても幻想的な雰囲気。

凌行燈にあかりを灯す。シノギングということならばやはりこういう演出も楽しみたいものだ。

夜、といってもまだ六時くらいだが、同じ部屋のくのいち二人には、私が夜中に獣に襲われる夢を見て気持ち悪い声で叫ぶということを告知しておいたのだが、就寝するとやっぱり恐ろしい夢を見た。いつもは熊か猪にお尻をかじられるのに、今回は得体の知れない何者かに襲われたのだ。夢の中で助けてくれー、助けてくれーと叫ぶがうまく言葉にならない。助けてくれー!・・・じれったい。夢が終わって正気になる。・・・ああ、またやっちまった。

シノギング、シノギングなんて言っているけれども、あの人は外で泊るのにめちゃめちゃビビっていて、本当はシノギングなんかしたくないんじゃないの?などといううわさもそろそろ立ち始めているようだが、案外そうなのかもしれないと自分も思うようになった。やれやれである。

日曜日の朝。

明け方に降り始めた雪はあたりを素敵な雪景色に変えてくれた。気温が低いので、雪は粉雪ちらちら落ちてくる。

天国に未練を残しつつ出立する。昨日は路面が見えていた林道もこの通り真っ白。雪の下に隠れた凍結部分に足を滑らせあちこちで「オッ、オッ」という声。

東に続く尾根への分岐を見極めて凌ルートに入る。この辺りにも気持ちよさそうなハンモックポイントがある。

ときに緩やかに、ときに激しく下りながら1366m圏を経て土沢の上流部に下り立つ。沢に下りる直前の斜面が悪く今にも足をすくわれそうでひやひやするが、こんな場所でも凌ピッケルがあればバランスを取ったりブレーキを掛けたりしながら凌ぐことができる。

雪化粧の沢を渡渉。一人ひとり順番に、押すなよ―、押すなよ―!

・・・残念ながら谷島が沈。・・・誰が押したわけではない。

渡渉後はしばらく一般コースをお借りする。

金山峠を越えて標高が下がってくると、雪は粉雪のちらちらからひらひらへと変わって舞っている。ときに静かに澄みわたり、ときに白く煙る尾根を凌ぐのはなんとも楽しい。雪の下はふかふかの落ち葉なのだが、その中に枝が混じっているので不意に足をすくわれ転倒者続出。いや、正確には弾丸娘と静観派の重鎮が転び放題の神に好かれてしまったようで、えぇい、こうなったらと逆らわずに気持ち良く尻もちをついてくれている。

1006m圏で一般コースを離れて再び凌ルートを行く。凌クラシックスタイル三人衆。まるで向こうの集落から峠を越えてやってきた村人の様である。

 実際、この尾根道も古くから生活のために使われてきた道なのだろう。

867m圏、628m圏、599m圏と複雑な下り尾根の分岐を正確につなぐと植生は針葉樹へと変わり、枝からは昨晩の雪が溶けてまるで雨のように落ちてくる。

最後のポイントの535mを過ぎれば里は近い。小高い丘の上の祠を仰ぎ見ながら集落への下りを最後までじっくりと味わい長い尾根歩きを終えた。

ここで、超シノギングの決して笑ってはいけないやつ。

みなさんお疲れ様でした!

凌ぎ終えて空腹の我々が向かったのは、大月駅からほど近い昭和42年創業の宝来軒。ヤングの胃袋を満たす肉揚げラーメンは一度は食べておきたい。

 

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