面白草紙朝倉薫VS安達龍真

夢と現実のはざまで

列車

2005年12月10日 | Weblog
 熊本駅のSホテル乗降口から、この列車は出発する。福岡に着くまでにあれになる事が出来るという特別列車だ。好き好んであれになろうという人は少ないらしく、僕の前は、選挙に落ちた元代議士が二ヶ月前に乗りこんだという話だった。
 僕がどんな経緯からあれになる事に決めたか分からないまま、出発の時間は迫っていた。Sホテルのロビーを出ると人だかりで、一瞬たじろいだ。Sホテルは新宿の西口にあったはずだが、熊本にもあったのか。
 赤い煉瓦の階段を降りると地下のプラットホームで、ホテルの制服を纏った青年達が最敬礼で僕を迎えた。ホームには、蒸気機関車に曳かれた貨車が待機していた。外見は、牛馬を運搬する貨車だが目を凝らすと、それは手の込んだ造りで、SF映画で見るタイムマシーンを想わせる。白い手袋の青年が真鍮の取手を引いた。蒸気が辺りに漂っていた。僕は余裕のあるフリをして観客に手を振った。自分のこういうところが嫌なのだ、それが僕があれになる原因なのだ。
 貨車は大きく、乗りこむと僕の身体にぴったり誂えた寝台があった。服を着たまま横たわると、ゆっくり蓋が降りてきた。これで終わるんだ、とその時に気付いた。蒸気を吐き出す音がして、蓋が閉じた。
 車のルーフに似た天窓から外が見えた。手を振る人、ハンカチを目頭に当てる人、抱き合っている人、その中に知り合いは一人もいなかった。首をねじって外を見ようとするが、動かない。ピッタリと寸法を合わせてある寝台の中で、ぼくはかすかにうめいた。
 両頬を絹布がひんやりと圧迫した。少しずつ恐怖が湧きあがった。

 ゴトッ!と木乃伊列車が動き始める。


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