子供と写真と音楽と。
AGP管理人が、一日一笑を目指して日記を書きます。コメント大歓迎です!
つれづれなるままに…
伯父の病気
先日の3連休は、ちょっと慌しかった。
私の実家に、
「父の長兄が病気で入院している。覚悟しろと医者から言われている。」
といった内容の電話が、私の伯母(父の長姉)からかかってきたからだ。
病名は、「特発性血小板減少紫斑病」。
なんでも、自分の血小板を自分の免疫機能で攻撃してしまい(つまり、血小板に対してアレルギー反応を起こす)、血小板が少なくなっていく病気であるらしい。
一時騒然となった我が実家で、遠くに住む父の兄弟姉妹(父には、1人の姉、2人の兄、1人の弟、1人の妹がいる)との電話のやりとりがあり、とりあえず、父の実家へ行く覚悟をしつつ待つしかないということになった。
伯母から連絡のあった次の日、私の従姉(病気の伯父の娘)から連絡があった。
真相は、
伯父は、3年前からこの病気のことを知っていたにもかかわらず、家族にも誰にも秘密にしていて、今回ひどくなって入院したこと。
伯父は大変頑固で、病院ぎらい。大きな病院に転院を勧めても、嫌がって転院したがらないこと。
そのくせ、医者から「覚悟しろ」と言われて、陰で泣いていること。
もうどうにもならない…。と半ば諦めた状態で電話がかかってきたらしい。
とにかく、この病気に少しでも詳しい先生のいる大きな病院に転院させなければならない。
すぐに死につながる病気ではない。
ということがわかった。
次の日、私の叔母(父の妹)と私の従兄(その息子)が病院に見舞い、説得したらなんとか伯父も転院する気になった。そして、同時に輸血をした結果、血小板がかなり増えたといううれしい報告を受けた。
伯父の住む場所は福井のど田舎。
私もいつでもO型の血を献血しにいけるように準備しておこうと、心に誓った。
現在、伯父は小康状態。
伯父は志願兵として戦争に行き、死と隣り合わせになったこともある人物。
元気だった伯父。
祖父亡きあと、父の実家を守ってきた伯父。
早く元気になってほしい。
そして、また伯父から戦争の話を聞きたいし、ボコちゃんにも聞かせてやりたいと思っているのだ。
私の実家に、
「父の長兄が病気で入院している。覚悟しろと医者から言われている。」
といった内容の電話が、私の伯母(父の長姉)からかかってきたからだ。
病名は、「特発性血小板減少紫斑病」。
なんでも、自分の血小板を自分の免疫機能で攻撃してしまい(つまり、血小板に対してアレルギー反応を起こす)、血小板が少なくなっていく病気であるらしい。
一時騒然となった我が実家で、遠くに住む父の兄弟姉妹(父には、1人の姉、2人の兄、1人の弟、1人の妹がいる)との電話のやりとりがあり、とりあえず、父の実家へ行く覚悟をしつつ待つしかないということになった。
伯母から連絡のあった次の日、私の従姉(病気の伯父の娘)から連絡があった。
真相は、
伯父は、3年前からこの病気のことを知っていたにもかかわらず、家族にも誰にも秘密にしていて、今回ひどくなって入院したこと。
伯父は大変頑固で、病院ぎらい。大きな病院に転院を勧めても、嫌がって転院したがらないこと。
そのくせ、医者から「覚悟しろ」と言われて、陰で泣いていること。
もうどうにもならない…。と半ば諦めた状態で電話がかかってきたらしい。
とにかく、この病気に少しでも詳しい先生のいる大きな病院に転院させなければならない。
すぐに死につながる病気ではない。
ということがわかった。
次の日、私の叔母(父の妹)と私の従兄(その息子)が病院に見舞い、説得したらなんとか伯父も転院する気になった。そして、同時に輸血をした結果、血小板がかなり増えたといううれしい報告を受けた。
伯父の住む場所は福井のど田舎。
私もいつでもO型の血を献血しにいけるように準備しておこうと、心に誓った。
現在、伯父は小康状態。
伯父は志願兵として戦争に行き、死と隣り合わせになったこともある人物。
元気だった伯父。
祖父亡きあと、父の実家を守ってきた伯父。
早く元気になってほしい。
そして、また伯父から戦争の話を聞きたいし、ボコちゃんにも聞かせてやりたいと思っているのだ。
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