「海難1890」のその後…

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平成11年(1999年)8月17日に発生したトルコ北西部大地震ではテヘランで助けられた商社マンや銀行マンは義援金募集に奔走しました。

 

 

また、日本政府もいつもより迅速に緊急物資や無償援助の提供を申し出て、レスキューチーム、医療チーム、耐震診断の専門家チーム、ライフラインの専門家チームを日本より急派しました。

 

 

そんな中、横須賀から救援物資の仮設住宅を積みこみトルコに向かうことになった海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」では出発に際し艦長から次のような訓示がありました。

 

 

「トルコ共和国はイラン・イラク戦争のおり、危険もかえりみずに二機の航空機を派遣し、テヘランに在留していた邦人216名を救出してくれた。

 

 

日本は、いまこそ、トルコの恩に報いなければならない。トルコの人々の友情に応えなければならない。・・・先達が遺してくれた日本とトルコの絆を断ち切るようなことがあってはならない。

 

さあ、すみやかに、トルコへ向けて出発しよう。

 

トルコには日本の支援を待ち焦がれている人々がいるのだ

 

 

 

そして、日本からの救援物資は、無事にトルコに届けられました。

 

仮説住宅は「日本トルコ村」と呼ばれ、ピーク時には5000人の避難民が身を寄せたそうです。 

ドアには日の丸が張られ、路地は「東京通り」「神戸通り」などと名付けられたそうです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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海難1890に関連して、こんな出来事がありました。

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  実は、串本で沈みこの度映画となったトルコの軍艦エルトゥ-ルル号に関してびっくりする事を両親から聞いています。

 

父がある難病になった際に助けて頂き、その後、父の主治医としていつも、診て頂きながら…父と歳も近くその後、30年以上親交を深めてきた医師の御夫妻が、今から12~3年前に熊野に観光におみえになった時のお話しです。

 

本宮、勝浦と宿泊してその日は、熊野最後の日でして、白浜から帰られるためお送りする途中、串本の橋杭岩を御案内して、紀伊大島に渡り風光明媚な海金剛を御案内した後、両親は、トルコ記念館に立ち寄ったそうです。

 

両親は、医師の御夫妻に、「私達は、何回も訪れていますので…、駐車場でお待ちしておりますので…どうぞ、ごゆっくり見て来て下さい。」母は、奥様に「珍しいトルコのお皿なども買えますので…、どうぞ」と…

 

「そうですか?では、お言葉に甘えて、ちょっと降りてみましょうか。」と…医師の御夫妻は、降りて行かれました。

 

そして、時間が経ち出て来られた医師は、とてもニコニコ顔で先ほどまでと、全く違ったそうです。

 

そして、車に乗り込むやいなや「芝下さん、ありがとうございます。いやあ、今回、とても、良い所に連れて来てもらいました。実は、母から聞いていたのですが…、」と話しをはじめられ「母方のおじいさんについて母から、聞いていたんです。

 

トルコの軍艦が、昔、日本で沈んだ際に助かった人たちをトルコに送り届ける際に、神戸から自分のおじいさんは、通訳として日本の軍艦に乗ってトルコに行ったと…。」

 

記念館に入り、展示物を見て読んでいて、「えっ、まさか、ここは…、そうしたら、以前、母から見せてもらっていたりっぱなおひげのおじいさんの顔を、トルコに派遣された軍艦乗組員らが写る写真や一同の記念撮影の中に偶然、見つける事が出来ました。

 

乗船名簿の中や通訳者は、…の中にも名前をも見ました。


 

自分のおじいさんが、あんな立派な方とは、まさか、ここまで、立派なおじいさんとは、今日、初めて知りました。

 

今日は、本当にうれしかったです。

 

本当に良かったです。

 

「ここにこうして来られて本当にうれしいです。」と何度も何度もおっしゃられ白浜にむかったそうですが、その車中でも、何度も、何度も、さらに白浜に着いて両親と食事をしたらしいのですが、そこでも、何度も何度も「今日くらいうれしいことは、なかった…。」と感謝の言葉を何度も何度も両親にかけてくれたそうです。

 

 

本当に不思議な御縁と思います。まさしく、お孫さんである医師を、おじいさんが呼び寄せたんだと思いました。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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紀陽銀行さん、さすがです。(海難1890関連)

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和歌山には地方銀行の紀陽銀行があります。 自分は、開業の際にお世話になり、その後、現在の当院取引業者も全てここに口座を持っておられますので日々取引のある銀行なのですが…。

 

 

その紀陽銀行が、和歌山県が実施する映画「海難1890」高校生鑑賞プロジェクトに協賛され和歌山県下全高校生の「海難1890」の映画鑑賞料金を負担する事にしたそうです。

 

 

 高校を会場に「海難1890」を上映する際には、その上映するための諸費用を負担し、高校での上映の予定がないところの各高校生に映画観賞券をプレゼントするそうです。

 

その数、およそ2万9000人です。

 

趣旨は和歌山県が「郷土教育」の一環として和歌山県内の高校生に対して行うもので、和歌山県の将来を担う若者に地域の誇りや愛着を定着させることを目的としています。

 

和歌山県下の全高校生に郷土の誇りを知って頂くということだそうです。

 

自分は、 とても素晴らしいこころみだと思います。

 

 

2016/01/21  追記

 

自分の母校の新宮高校は、新宮市民会館で先日観たと昨日、メンテナンスにおいで頂いた患者様からお聞きしました。患者様の娘さんが、観られて最後に泣いた…と話してくれたそうです。

    

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 芝下弘祥

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少し残念に思ったこと…  (海難1890関連)

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ということで、今回も前回の続きで、海難1890について今日も少し書いてみます。

 

イランに取り残された日本人216人を救い出しくれたトルコ航空の特別救援機のことは、翌日の日本の新聞は、大々的に報じました。

 

なぜトルコが自国民より日本人を優先して救出したのか、日本政府も日本のマスコミもわからなかったといいます。

 

駐日トルコ大使はその理由を短いコメントで表しました。

 

「エルトゥールル号の借りを返しただけです」

 

何故トルコが危険を冒してまで日本人を助けてくれたのか、


 

その理由について「朝日新聞」では、日本とトルコがイラン・イラクと等距離外交を取っている事や、日本のトルコに対する経済援助を理由として解説した。


 

ところが、その「朝日新聞」に対し、当時の駐日トルコ大使のヌルベル・ヌレッシ氏は、4月1日付の同紙の投書欄「声」に、「人道的見地で飛んだ救出機」と題して、こう投稿している。

 

 

「純粋に人道的見地から発したトルコ航空の今回の措置を、日本とトルコの経済協力関係、つまり、日本からトルコへの経済協力に結びつける見方があり、それが貴紙によって報道されたことに深い悲しみを覚えています。」

 

 

そして、産経新聞には、後に元駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏が寄稿しました。

 

 「そんな、理由ではありません、我々は、エルトゥールル号の恩返しをしたのです…」と

 

『エルトゥールル号の事故に際して、日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、今もトルコの人たちは忘れていません。

 

私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。

 

トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。

 

今の日本人が知らないだけです。

 

それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです』 

 

 

その話しを読んだ、エルトゥールル号のことを知る、串本、紀伊大島、熊野地域の人々には、とても、うれしかったに違いないと思います。

 

その時、エルトゥールル号のお話しも、新聞の活字に載りました。

 

自分ら熊野の人間は、エルトゥールル号の話しは、どこかで聞いてるのがほとんどです。

 

トルコ大使は、本国から日本へ来られた場合必ず一度はエルトゥールル号の熊野の串本の紀伊大島にある慰霊碑に献花されます。

 

またトルコ大使館付の武官の方は、丁寧な方は来日時と離日時の2回慰霊碑に献花致します。

 

また、5年ごとに盛大な慰霊祭が、執り行われます。時には、トルコの現職の大統領が、そのために串本・紀伊大島を訪れたこともあります。

 

それが、ニュースになり熊野では、小さい頃よりエルトゥールル号の話しをそこはしこで聞きます。

 

 

先日も自分の高校の時の同級生の母方が紀伊大島出身などと身近な人に縁のあるものも多くいます。

 

話しは、変わりますが、

 

 

2006年春の叙勲に、イラン・イラク戦争中の1985年にテヘランから日本人216人を救出したトルコ航空特別機の当時の乗務員らに…

 

小泉首相がその年の1月のトルコ訪問で元機長と懇談したのがきっかけですが、それは、前年の2005年にNHKの「プロジェクトX」という番組で取り上げられたのが、そもそものきっかけでNHKの放送の1年後の2006年1月に元機長と懇談しました。

 

そして、その年の5月17日、トルコ航空の元総裁、元パイロット、元乗組員ら13人に勲章を授与されました。

 


旭日重綬賞  
イスメット・ビルセル(トルコ、元駐イラン大使 72)

 

旭日中綬章
ユルマズ・オラル(元トルコ航空総裁 71)

 

旭日小綬章
アリ・オズデミル(元トルコ航空パイロット 75)


         
オルハン・スヨルジュ(   〃 80)

 

旭日双光章
コライ・ギョクベルク(元トルコ航空機関士 63)

 

旭日単光章
アイシェ・オザルプ(元トルコ航空客室乗務員 53)

 

エミネ・キョプルル(トルコ航空客室サービス長 45)


         
セヴィル・アトゥジュ(元トルコ航空客室乗務員 50)


         
デニズ・ジャンスズ(   〃 47)


         
ナーザン・アキュンレル(   〃  51)


         
ヌライ・シャルズ(  〃      46)


         
マノルヤ・サカ(   〃      51)


         
ミュゲ・チェレビ(  〃      45)

 

 

残念ながらこの中に一連の英断を下したトゥルグット・オザル首相は、すでに他界しており、オザル首相夫人に感謝状を差し上げたと…、

 

日本は、こういうところが、遅い、1985年すぐにでも、もしくは翌年くらいには贈るべきでした。

 

21年後とは、あまりにも情けないと思います。

 

そして、この救出の特別機の派遣を決めたオザル首相がどうして勲章ではなく、感謝状?と思ってしまいましたが、こう思うのは、自分だけでしょうか?

 

 

当時の中曽根首相には、日本人救出の後直ぐに何かしらの感謝を形として差し上げて欲しかったです。

 

 

 

 


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海難1890観てきました。

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熊野に生まれ育った者は、何かしらで知っている今から125年前に串本・紀伊大島の樫野崎沖で台風で座礁して、沈んだトルコの軍艦の話しをこの度、映画化して公開となりました。

 

熊野に生まれ育った者として、この史実が、紀伊大島・串本・熊野から日本の全国に広く広がるのはうれしいことです。

 



その映画のタイトルは   海難1890 という 映画です。

 

  

この映画を撮られた監督は、田中光敏監督です。今まで 「化粧師 KEWAISHI」 「精霊流し」 「火天の城」 「利休にたずねよ」 などの作品があります。



12月5日ある60代の患者様が、「はじめて夫婦で映画を見に行きました。初めて、二人で一緒に観た映画が、この映画になりました。とても、良かったです。是非、先生も奥様とお二人で見に行って見えて下さい。」と勧められ、自分は、予定では、もう少し後で観るつもりでした映画を、かみさんと時間を合わせて急遽、12月9日水曜日の午後に観てきました。

 

感想は、すばらしい映画でした。とても、感動いたしました。ここから車で、1時間ちょっとくらいで、今では、串本に行くことが出来ます。

 

紀伊大島の樫野崎沖で座礁して遭難したトルコの軍艦エルトゥールル号の史実を真正面にとらえて、大島の人々が、台風のまっただ中、如何に自分の命を賭けて、助けようとしたか…、画面から伝わってきました。

 

映画を見て、串本の寺で見つかった当時、治療に携われた医師に、後にトルコから治療費を請求して欲しいと、手紙が来た時にその返事を書かれた医師の言葉が…思い出されました。そして、なぜトルコが、親日国であるのか、それも伝わります。今の時代、人々が忘れてしまってる、「思い」 「真心」を思い出させる映画と思いました。

 

また、Facebookで熊野の友達が、何人も書いてましたが、熊野の素朴さや熊野の自然の厳しさ、当時の人々の営みがよく伝わってくる何ともいえないカラーで描かれていて、とても良かったと書いてました。自分も全く同じ気持ちに感じました。

 

映画を見終わって、本当に、今、一度、己を振り返ってみる良い機会を頂きました。

 

誰かに観てもらいたく、話したく思いいろいろと伝えました。鍼灸の同級生のLINEでも伝えたら、すぐ、反応して下さる友人達もおり、先日は、東京で観た同級生の一人が感想をあげてくれました。

 

 

おはようございます。

今年も残すところ、後10日風邪などひかないように頑張りましょうね(笑)

芝ちゃん、映画観てきました。

私はこの歴史は知りませんでした。 真心のこもった良い映画でした。ひとりひとりが、考えていかなければならないし、今の時代に大切なことを伝えようとしていると思います。

芝ちゃん、教えてくれてありがとう~☺

皆さんも、時間ができたら是非ご鑑賞下さい。

とても良い映画です❗

 

 

 

また、京都で観てくれた友人からも

 

芝ちゃん、今、海難1890を観ました。

2時間以上の映画なのに

ア~~っというまに終わりました

串本町やトルコの人たちの真心があれば、

世界中の戦争も無くなるのに、

感動しました。 

 

と感想を送ってもらいました。本当にうれしかったです。

 

 

また、月に2回定期的に串本からメンテナンスにおみえの患者様方もおられ、聞いてみましたら「素晴らしい映画で、また、観たいです。串本町内の学生は、全員みせてもらいました。」と教わりました。

 

 

ここで話しは変わりますがAmazonの電子書籍を読むものにKindleというものがあります。Kindleを買い求めて初めて買い求めた電子書籍が、実は、今回のトルコ航空機の特別機のお話である「撃墜予告 テヘラン発 最終フライトに急げ」-希望の絆をつなげ プロジェクトX ~挑戦者たち~でした。

 

今、一度、本を読み返して見ましたので、映画では語られなかったことを中心に少し書いてみたいと思います。

 

映画では、割愛されてましたが、トルコに陸路脱出した日本の商社マンが、東京の本社から驚くべき指令を受け取ります。

 

「オザル首相に頼んで、トルコ航空機を出してもらえ…」

 

そして、追って、「全ての業務に優先して救出作戦を行え」と指示が東京から発せられ、親友であったオザル首相に電話をかけます。

 

この商社マンは、オザル首相とは、10年を越える親交がありました。当時、トルコの経済官僚だったオザル氏と初めて会い、外貨の獲得に苦労して経済が疲弊していたトルコで商社マンの働きで、日本のある企業の技術協力の下、トルコで製造したトラクターがあたり、中東を中心に販売網が出来て外貨の獲得に成功し、トルコ経済を建て直したオザル氏は、その後、首相まで上りきります。

 

 

いくら、本社の指示といえ、親友といえ、今や、オザル氏は、トルコを代表する首相です。商社マンは、悩んだそうです。

 

 

しかし、ことは一刻を争います。そして、思い切ってオザル首相に電話をかけます。

 

 

また、このとき、同時にもう一つの動きがありました。

 

 

それは、トルコと日本の駐イラン大使館に、全く同じ日に日本大使館には、野村豊大使が、トルコ大使館には、イスメット・ビルセル大使が、着任しておりました。

 

 

イランに同日に着任したことなどから、やがて両大使は、奥様も含めて家族ぐるみの親交がはじまり、奥様同士でイランの町中に買い物に一緒に連れ立っていくようになり、野村日本大使御夫妻とビルセルトルコ大使御夫妻は、どんどん親交を深めていったそうです。

 

 

日本からの救援機が間に合わないという時、野村大使からビルセル大使に「トルコから救援機をだしてもらえないか…」と依頼があった時、同じ大使として自国民の命を守ろうとする野村大使の苦悩を知るビルセル大使もトルコ本国に緊急の電報を打ちました。

 

 

親友の商社マンから電話がかかった際、イランのビルセル大使からの要請も入っていたオザル首相は、少し無言の後、

 

「ドストゥム(親友)」

 

そして、質問も反論も一切せずに

 

「アンナドゥム・メラークエットゥメ」

 

わかった。心配するな。

 

 

決定は、すぐにイランのビルセル大使を介して野村大使にも朗報は届きます。野村大使にも、ビルセル大使は、エルトゥールル号の恩返しです…と、しかし、野村大使には、何のことかわからなかったみたいです。 

 


首相の指示を受けたトルコ航空では、映画で描かれたようにパイロット、航空機関士、今で言うフライトアテンダントに志願者を募ります。クルーが選ばれてすぐに、飛行経路の検討にはいります。そして、トルコからイランへは、危険なイラク上空を避けて航行するため北に大きく迂回して、カスピ海を南下しテヘランに向かうというルートが、決まりました。

 

 

イランの上空を飛ぶ全ての飛行機を敵とみなし、撃墜するというイラクのフセイン大統領が、世界に発した48時間のタイムリミットまであと、12時間という時間にトルコでは、イランに向けての特別機が、離陸寸前で待機させられました。

 

 

機長達に告げられた理由は、「イランから運行許可が出ない、待機しろ…」

 

 

たまたま、お礼を伝えようと野村大使の奥様は、ビルセル大使の奥様に電話をかけました。そして、日本人救出を氣にかけてトルコの本国と連絡を取り合っていたビルセル大使の奥様は、いち早くイランの着陸許可が、降りないためトルコで待機させられている特別機のことを知り野村大使の奥様に伝えられました。奥様からそれを聞いた夫の野村大使は、空襲警報が鳴り響く中イランの外務省に飛び込みます。また、トルコのビルセル大使は、同時にイラン側の外務大臣と電話で話をしてラフサンジャニ大統領まで話しを通しました。

 

 

タイムリミットまで、6時間と言う時ようやくイランの許可が下り、トルコ航空機は、日本人のための特別機と定期便が、相次いで離陸しました。

 

 

しかし、飛行中にも、イラン当局からは驚くべき指示がきます。本当にトルコ航空機かを確かめるために、イランへは、ジグザグで飛んでこいと…ただでさえ、時間が差し迫っているところにロスになるジグザグ航行を求められました。

 

 

また、もう一つ忘れられないことがありました。大使館職員達の奮闘です。

 

 

イランのテヘラン市内や市外などに分散して避難している日本人に空港に来てもらわないと行けなかったからです。トルコから日本人のために戦火の中を飛んできてくれる特別機に、出来るだけたくさんの日本人を乗せるためでした。大使館職員の中には、死を覚悟して遺書を書いた人もいらっしゃったと聞いたことがあります。

 

  
 

そして、特別機と定期便のトルコ航空機は、 イランの空港に無事、相次いで着陸しました。着陸して、日本人を乗せた特別機は、イラン滞在時間およそ30分の後トルコに向けて飛び立ち、その後、30分ほどで定期便も無事、飛び立ちました…

 

 

海難1890 予告2- A

 

 

 

 

英語版です。
  125 YEARS MEMORY (Ertugrul) - Official Trailer [HD]

 

 

 

次の書籍を、自分も今一度、詳しく知りたいと思い買い求め読み出しました。同じように読みたい方のために、ここに置いてみます。画像をクリックしてみて下さい。

 

   

       

 

   

 

 

次の書籍は、当院の待合室で、子供さんたちにみてもらえうるよう買いそろえました絵本です。同じように読みたい方のために、ここに置いてみます。画像をクリックしてみて下さい。

 

    

       

 

 

 

 

次の本は、原本は英語で書かれてまして、前国連大使の著者オメル・エルトゥール氏が 綿密な調査によって現代に甦らせた歴史物語。また、仮の本の名前として日本訳の本では、「トルコ軍艦エルトゥ-ルル号の海難」と名付けられたそうです。同じように読みたい方のために、ここに置いてみます。画像をクリックしてみて下さい。

 

 

 

       

 

  

    

 

 ここまで、長文を読んで下さりありがとうございます。 

 

芝下鍼灸整骨院 芝下 裕章弘祥

 

 

 

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 芝下弘祥

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2月10日 古座川・明神診療所 森田裕司先生の講演のお知らせ

古座川・明神診療所の森田裕司先生を迎えての「アレルギーと食べ物・アトピー、花粉症、喘息の予防と治療」という表題で新宮で講演会が熊野健康友の会主催で10日(日曜日)にあります。
熊野の救援氣こと芝下鍼灸整骨院の弘祥です。ありがとうございます。初めての方は、ご縁を感謝いたします。どうぞ、よろしくお願いします。

花粉症は、今や健康保険組合の組合員の医療費の支出でも莫大な医療費に数えられ健保組合の運用に大きく影響する程になりました。

先日も、乳製品アレルギーを持っていたお子さんが、アナフィラキシーショックでお亡くなりになりました。

アレルギーとは、どんなものかをわかりやすく丁寧に教えてくれるといただけると聞いております。



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 「おとう」に上らせていただきました。

皆様、いつもたいへんお世話になり、ありがとうございます。初めての方は、どうぞ、よろしくお願いします。 ご縁を感謝申し上げます。

弘祥、「おとう」(お灯まつり、お燈祭りとも呼びます。ここ熊野の地元では おとう と呼びます。)に上らせていただきました。毎年、熊野新宮で2月6日にある熊野に春を呼ぶ祭りと言われているもので、1400年以上続いているお祭りです。(上(のぼ)るとは 、参加することをさします。 上る者のことを、上り子(のぼりこ)(あがりこ)と呼びます。この日は、上り子は、白いものしか食べません。独特の白装束を、着て腰に荒縄を奇数回巻いて、祈願を書いた五角錐の花(かんなで1枚1枚削って作っています。)が付いた松明(たいまつ)を持ってあがります。


今年の、弘祥の松明には、家内安全(自分が元氣に仕事をさせて頂けるのは、この御陰ですから)病氣平癒(弘祥とご縁のある患者様方の病氣が一日でも早く平癒するようにと…)身体健康(弘祥とご縁のある方々が今年も健康でお元氣でご活躍されるますようにと…)、地球平和(今、生かして頂いている地球が平和でありますようにと…)と熊野の神々にお祈りして参りました。 五角錐の松明の正面に奉納あるいは奉と書き、残り4面に上記のような御祈願を書きます。そして、その願いは、松明が燃えて炎とけむりになって熊野の空高く上って神々の元に参るそうです。また、正面の下の持ち手付近には、氏名、生年月日、年齢などを墨などで書き入れます。






上り子は、禊ぎ(みそぎ)の後、白装束に着替え荒縄で腰に3回かあるいは、5回または7回と奇数で巻き付けて男結びで止めます。白足袋を履いて、わらじをはきます。持ち物は、三社参りに参った際に引きちぎってお賽銭箱に入れるため、半紙などで包んだ5円玉を水引で結わえて4つぶらさげた身長に合わせた五角錐の松明(たいまつ)を持ちます。松明には、持ち手と花(かんなで削って作っています。)が付いております。


ここには、また、あとで出発の際に撮った写真をできれば載せたいと思います。








三社とは、阿須賀神社、熊野速玉大社、妙心寺(熊野信仰を全国に広めたと言われる熊野比丘尼の本寺で由緒あるところですが、現在は、住持はいらっしゃいません。)とお参りして、神倉山に上ります。

源頼朝公御寄進の石段を538段上ります。特に中の地蔵までの最初の200段ほどは、急峻で「手首が立てたるがごとし」といわれるもので、地元の者は、老若男女、けっこう誰でもすたすたと上がって行きますが、はじめて来られた方は、足がすくむとよく聞きます。上りより下りの方が、怖いそうです。









ビデオの中で開門して1分30秒ほどで、消防の方が拡声器で緊急のサイレンを鳴らしておりますが、ちょうど弘祥と一緒に上った4人がそれぞれ小競り合いをしながら門を出て2メートルくらいの所でした。ふもとに向かって左手にいた自分の少し前の消防や介釈の方々が、緊迫して「止まれ、止まれ」と大声で叫んでおりまして、それを聞いて自分達も大声で後ろに「止まれ、止まれ」と順番に伝えました。すごく緊迫していたのですが、暗くて何があったかは、知らないのですが…




下りてきて自宅に帰り着いた時に娘が、撮ってくれたものです。






その後、神棚に納まった松明(たいまつ)は、我が家を1年間見守って下さいます。








翌日の神様のお祭りしているお部屋は、何と表現していいか分かりませんが、いい香りがします。一緒に上った村上さんの奥さんからも「たいまつの炭の匂いが、心地良いですね。」とメールをもらいました。

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節分が終わりました。いよいよ、近づいて参りました。

 皆様いつも、ありがとうございます。初めての方は、ご縁を感謝申し上げます。

 今日は、節分でどんと焼きに午前の診療後、お昼休みに行って来ました。

 正月に飾ったしめ縄と一緒に、昨年のおとう(お灯祭りともお燈祭りとも書き表します。)の松明(たいまつ)も神棚から降ろして氏神様の境内で焚いていただきました。

 

     

 

  どんと焼きに降ろす前の昨年のおとうの松明と一緒に写る垂れ下がる松明は、今年の2月6日のおとうの松明です。

松明を買い求めさせていただいた松明作りの名人の上道さんから、「 帰ったら上る日まで、逆さにしてつっといてぇのぉ 」と聞きましたんでこうして、神棚のお祭りしているお部屋にかけておりました。

買ってきてかけたときに、なんともいえない檜の香りが部屋中に広がりました。

 

お昼休みに、わらじも水につけました。明日お昼に、ばけつから出して天日に干します。

 

白装束や腰に巻く荒縄やさらしなど一式も用意しました。

 

いよいよ、熊野新宮に春を呼ぶ祭り おとうがやって来ました。

上道さんが松明を買いに見えられた方全てに伝えておりました。

あたたかい言葉です。

「事故のないようにのぉ」

「氣ぃつけて、下りて来(こ)うれのぉ、」

 

「たのむでぇ」

 

おとうが終わると熊野に春がやってきます。

 

 

 

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お燈まつり・お灯まつり  「おとう」に上ってきました。その6

 では、つづきです。

 

迎え火が、中の地蔵に向かって降りて行った後、上り子は、今度上がってくる御神火を自分たちの松明にいただく準備を始めます。いままで頭巾をかぶっていなかった上り子も頭巾をかぶり、マスクをしたり、さらしで口元を巻いて備えます。子供達が、スイミングのゴーグルをはめているのも見かけました。

 

装束を整えた上り子達がそれぞれの場所で、円陣が出来てそれぞれの松明からはずした花を集めて集まりはじめます。

 

しばらくすると、遠くでどよめきが聞こえます。

 

暗闇の中を、進んでくる赤々と燃えさかる松明が見えます。中の地蔵で、御神火をいただいた上り子が、頂上の我々の所へ進んで来ます。走りながら、円陣の中心に集めた、松明の花に御神火を分けながら、こちらの円陣、また少し先にできた円陣に、あちらの円陣にと走りながら御神火を届けてくれます。

 

村上さんと自分がかこむ所にも、中心に集めた花に御神火がつけられました。月明かりの暗闇の中、昼間のように明るくなって火がおこります。いよいよ自分も、御神火を自分の松明にいただきます。火の粉と煙がすごいです。ある者は、燃えさかる松明を岩にたたきつけて、火の調節をします。こうしないと、あっという間に松明が燃えて短くなって、松明を持つ手に火が近くなるのと、これから山を下りるまで、足下を照らして降りないといけないからです。また、わらじで、燃えさかる松明を、叩き踏んで火の調節をする強者のご年配者も見ました。

 

上り子の持つ松明や代参用の松明に、どんどん御神火が分けられて行きます。火の点いた松明が、神倉神社の境内にどんどん数を増していきます。自分もかかげ持つ、真っ赤に燃えさかる松明の火の粉が手元に落ちて来ます。はんぱでなく、熱いです。煙もはんぱじゃありません。目には、煙がどんどん入ってきます。煙で、目がしみます。

 

そして、それぞれの上り子の持つ燃えさかる松明に書かれた、御祈願が、煙と共に空へ上がっていきます。

 

門が閉じられこの燃えさかる松明の熱い熱い火ともうもうと立ち上る煙でしばらく、上り子は、いぶされ続けます。頭上に持つ真っ赤に燃える松明から時々、落ちてくる大きな火の粉を、払いながらひたすら開門を待ちます。

 

 こんな感じです。ビデオは、今年のではありませんが、参考に見ていただいたらと借りてまいりました。masato001414さま、ありがとうございます。

 開門と同時に鳴り響く法螺貝の音が鳴り響く中、上り子が、我先と山門を飛び出して行きます。

 

 お燈まつり

 

 

わー、  わー、  わー

 

わっしょい、  わっしょい

 

 

わっしょい、   わっしょい

 

時々には、

 

うぉー うおー うぉー  と重なり 

 

ぶぉー 

 

ぶぉー  とおおきなどよめきが、聞こえます。

 

 

遠くで、ひときわ大きな声が聞こえて、遠くに見える、鳥居のところの松明の火がいっせいに動くのが見えます。上り子のひときわおおきなどよめきに、ホラ貝の音もかすかに聞こえます。門が開きました。

 

 ビデオは、今年の開門のようすです。

お燈まつり 和歌山県新宮市・神倉神社

 

村上さんといよいよ、燃えさかる松明をかかげ持ち、山をおりるため境内の参道を門の方に歩き始めます。すごい人数ですので、ゆっくりゆっくり進みます。

すると、村上さんが、自分の方を振り返って「もう門を先を競って走り出た者の中には、下に着いたでしょうね。 」 と…

 

  自分たちが、いる参道めがけて、岩の上にいたたくさんの上り子達が、火のついた松明を持って、岩肌を滑り降りてきます。火と一緒に滑り下りてくるので、怖かったですが、なかなか圧巻な光景でした。

 

突然、後ろの方が、自分をたたいてくれて、装束についた火を払って消してくれました。

 

やっと、門を出ましたが、もう走り降りるような状況では、ありません。真っ暗な中を松明の火だけで降りて行く、白装束の上り子が、ぎっしりと降りて行くのが見えます。幻想的な風景です。

 

時間をかけて、中の地蔵まで降ります。中の地蔵では、消えてしまった松明に、火の残る上り子から、また、火を分けてもらっています。

 

中の地蔵から下の鳥居までの、石段は特に急峻なので氣をつけておりました。ここの急峻な石段は、まさしく「手首を立てたるがごとし」ということばがぴったりなところです。弘祥も高校時代クラブのトレーニングで、駆け下りたことがありますが、下っているとき、自分の意に反してブレーキが効かず、だんだんと勝手にスピードが増していく急峻な石段で、顔が引きつったことが何度もあったのを思い出します。下の鳥居をくぐって降りきった境内の滝の前で、以前このぶろぐで紹介しました患者さまの3代目ヒサシさんも今年も上り子としてお灯まつりに参加されており、お会いしてあいさつを交わしました。

 

太鼓橋を渡ったその先には、上り子を待つ女性達で、ひしめいておりました。また、たくさんの観光客の方もおられるようでした。その間を縫うように通路が出来ているのですが、ちょうど上り子が、一列に歩いていける位しか空いていません。ぎっしりです。その女性達の中を縫うように歩いて行きます。

 

国道に出て、びっくりです。自分たちが、横切ろうと近付いた時、ちょうど赤信号になったのですが、機動隊員の持つ盾で行く手を完全にふさがれました。青信号になり、盾が一斉に90度まわって、盾のすきまから国道を渡り、引本君のお店に帰りました。彼は、もう早くに降りておりました。初上りの感想を聞かれました。自分は、「良かった。とっても、感動した。この感動は、言葉であらわせれない…。」とすると、引本ちゃんが、「なんか、ええやろう。感動したやろう。これで芝ちゃんもやみつきになるで~。来年また、一緒に上ろうやぁ…」と来年また、上る約束して「ありがとう。」とお礼を言ってお店を後にしました。

 

村上さんと一緒に途中まで、帰ったのですが「こここんなになりましたよ。」と右手の手っ甲を見せてくれたのですが、手っ甲の部分が焼けて大穴が開いておりました。それも、半端じゃなく大きな穴でした。

 

そして、村上さんとも「ありがとうございました。来年また、上りましょう。」とお互い約束してお礼を言って別れて帰路につきました。 

 

 下は、自宅に帰った時に、家族が撮ってくれたものです。

 

               

 

 そうしたら、嫁さんが、「危なかったねぇ」 と…「うしろ燃えているよ。」とまた、記念撮影をしてくれました。

 そういえば、腰のあたりが熱かったのですが、ちょうど、腰にカイロを入れていたので、そのせいだと思っていたのですが…、そうじゃなかったみたいです。ほどいた縄が焼けていました。

 

 

             

 

 装束を脱いだら、燃えて穴が空いておりました。

 

               

 

 

脱いだ装束を、洗面所のハンガーにかけると、洗面所にかかる、カレンダーの一部が見えておりました。

 

            

 

 

 

 いただいてきた、御神火は、上り子の男衆から無事の帰りを待つ女衆の手元に渡っされます。そして、女の手で神棚や床の間や玄関などそれぞれの家のやりかたで、燃えて短くなった松明が、置かれて行きます。

 

我が家は、嫁さんの手で、神棚に、納められました。これから、1年間我が家を見守っていただきます。

 

お灯の翌日、神様のお部屋には、木の焼け焦げた、なんとも言えない香りが、充満しており、氣持ちがいいです。

    

 

           

 

 

本当に長い長い文章を、読んで下さりありがとうございます。心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

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お燈まつり・お灯まつり  「おとう」に上ってきました。その5

更新がだいぶあいてしまいました。すみません、では、おとうの続きです。

 

氣付いたら神倉神社の石段の下でした。村上さんが「下でお賽銭入れてきましたが、参れましたね…じゃ、参れるようなので、賽銭入れてきましたが、もう一度参りましょうか。」と…

自分もちょうど、同じことを思って村上さんに話しかけよう と思っていたところでした。

「はい、自分もそう思ってたところです。」「参りましょう。参りましょう。」と石段を上がり二人でお参りしました。自分は、本殿向かって左側でお参りさせていただいたのですが、とびらの向こうに、おそらく神職の方だと思うのですが、左側に体を真横に向いて、片膝か正座かしておられるのが見えました。他にも何人かの人の氣配を感じました。

お参りしてから、神社の前の階段を下りてきた時、月明かりの中、石段の中くらいの位置の右側がちょうど二人分空いていました。自分たちが何段か下りていくと、石段を上ってきた、親子連れが先にそこに下りました。てっきりそこに座ると思ったのですが、そこから先にどんどん行かれました。もう一人別の方が、その場所の横に立ったのですが、その方も下りる氣配がなく、後ろから来る村上さんに「ここ、行きましょうか?」と…「そうしましょう。そうしましょう。」の返事で月明かりの中、石段から右側に下りて、岩肌に腰を下ろしました。最初、傾斜していますので、わらじの鼻緒が指の指の股にくい込んで痛かったのですが、村上さん共々、足を置く場所をさがして…この場合、手探りでなく足探りというのでしょうか…やっと、お互い、岩の隆起みたいなところに足場を確保しました。

引本君から、松明の花を集めて、お尻に敷くと岩肌から直接冷えないので、温かいよ と聞いていたので早速そうしました。そのまましばらく、待っておりました。時計をはめてなかったので、詳しい時間はわかりませんが、自分の左横の村上さんのところから上がった石段には、たくさんの介釈の方達が集まってきました。そこにいる上り子は、後ろの上方に見える神倉神社を見上げております。静寂の中、神事が行われ、暗闇の中にほのかな明かりが見えました。扉が開いて、ほっかぶりをした熊野速玉大社の上野宮司が御神火を持って出て参りました。そして、扉から石段に向かって左側のところで、集められていた木々と大松明の花にその御神火が点けられました。かなりの高さまで、火炎が上がります。暗闇の中にあったごとびき岩と神倉神社が明るく照らされます。その火の中に、介釈の持つ大松明が入れられます。炎は、さらにますます夜空に向かって高く上がります。今頃、神倉山のふもとの新宮の町からは、真っ暗だった山頂が、明るく見えていることでしょう。

介釈達の動きが、あらあらしくなってきました。自分たちの真横の石段には、この大松明を作った大工のKさんもおられました。大松明をあずかる、介釈は、大松明を燃やし続けます。それを、近くで固唾をのんで見守る介釈、石段に数段おきに大きく足を開いて斜めの姿勢で立つ介釈棒持つ他の介釈達と自分たち上り子の視線が、大松明に注がれます。

石段の数段おきに立つ介釈のリーダー達が、次々に大声をあげます。

 

「おーい、もう少しやどぉ、」 

 

「道、開(あ)いたあーるかぁ」

 

「開けとけよー、」 「開いたあーるかぁ」

 

とこのことばを聞いた、介釈が次の介釈に大声で送っております。介釈棒を、上に上げて、それに答える介釈の姿も…

何回か、同じことばを聞きます。

 

「そろそろやぞぉ、おーい、開けとけよー」

 

「開いたあーるかぁ?」

 

大きな炎にくるまれた大松明が、かかげられます。

 

「おーい、おりるぞ、 開けとけよー」

 

大松明の前で、二人の介釈がそれぞれの真新しい介釈棒を×地に合わせます。そこに炎が上がる大松明をのせました。

 

いよいよ、大松明の迎え火が中の地蔵におります。

 

「よっしゃー、行くぞぉ、おりるぞ、」

 

とたくさんの介釈に守られて、石段を迎え火が下りていきます。

 

迎え火の大松明は、石段を下りきって、左に90度曲がりました。その瞬間通路にいた上り子達が、首をすくめました。

 

介釈と上り子のたくさんの怒号が聞こえます。その声が、だんだんと遠くになっていきました。

 すみません、もう1回つづきます

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