講演会のお知らせ

皆様、いつもたいへんお世話になり、ありがとうございます。初めての方は、ご縁に感謝申し上げます。

昨日、NPO法人 紀州熊野応援団の副理事長からいただいた案内です。

主催は、麻野吉男里長の熊野出会いの会です。

 

自分は、診療がありますので伺う事が出来ませんが、皆様、よろしかったらお出でになってみて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

地図は左上の部分で自由に縮尺を変え、画面をスクロールしてご利用下さい。そうして、いただければ他府県などからも目的地をさがすことが出来ます。なお、その際はをかこみの真ん中に合わせて下さい。

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改め 第13回熊野出会いの会の案内を遅ればせながら(^^;)

皆様、いつもたいへんお世話になり、ありがとうございます。初めての方は、ご縁を感謝申し上げます。

どうぞ、よろしくお願いします。

 今日は、遅ればせながら第13回熊野出会いの会のお知らせを書きます。

出会いの会は、今年で13回を数える由緒ある催しで、はやりの出会い系では、決してありませんので、氣をつけて下さい。(笑い)

主宰は、熊野出会いの里 里長の麻野吉男 氏です。東京大学を出て農業をずっとやってこられた熊野では、「知る人ぞ知る。」という方です。

リピーターが、全国からいらっしゃるのが、よくわかります。古民家に宿泊に来た方を、朝、熊野川がよく見えるテラスに誘われてコーヒーを飲んだりしたとします。ここで、再現してみましょうか。

 

麻野 「自分、今日は、これから、どないするん?」

宿泊客 「熊野三山へお参りに行きます。」  「熊野の※※に行きたいと思ってます。」  「熊野古道歩きに行きます。」

麻野 「 そうかぁ、 あのなぁ ………………………、だからなぁ………………………………………、ここ………………………………

…………なんやぁ、………………わかったかぁ?」

宿泊客 「 はい、なるほど、」 「ええっ、そんなこと 思ってもみなかったです。」 …………………

宿泊客と、会話のキャッチボールが進んでいきます。

麻野 「そろそろ、立たなあかんなぁ」

宿泊客 「 ええ、でも、もう少し、大丈夫です。」

麻野  「 もう、立たな 三山参るんやろぅ 」 あるいは、 「古道歩きに行くんやろぅ 」  「※※行くんやったら、ここから遠いでぇ」

ここで宿泊客の中には、その日出かけるのを止める人も出てきます。

特に、雨なんかになると、里長も農作業が出来ないこともあるので、

「ずっと、話ししてやったわ 」 と 里長から弘祥も聞いた事があります。

「こないだの人なんかなぁ、朝、一番で 立つ ゆうとったけどなぁ」 「 昼過ぎて、だいぶしてから出てた わぁ」 とも里長から聞いた事があります。

また、そして、中には、いったん地元に帰ってから熊野に再度会いに見えたり、今度は、農業やりたくて、しばらく住み込みでおみえになる方も、中にはいらっしゃいます。

 

過去の記事は、右側のカテゴリー熊野出会いの里を選んでクリックして下さい。

今年の開催場所は、熊野出会いの里であります。では、案内をそのまま載せます。また、地図の下からは、昨年弘祥が家族で参加した昨年の、第12回熊野出会いの会の葦船を浮かべた際の画像を載せました。今年13回の2日目で作る葦船は、熊野川には、そのまま浮かべずに熊野本宮大社に奉納するそうです。

奉納後は、8月15日に精霊流しで熊野川に浮かべるそうです。

 

 

 

 

 

 

下の地図は、熊野出会いの里を中心に自由にスクロールできます。図の左端の上に表示されているバーを上にすると詳細図、下に下げると広域図と、地図の縮尺も自由に変えられます。他府県の方は、縮尺を変えてスクロールしてみて下さい。
        

 

では、お待たせいたしました。昨年の第12回熊野出会いの会の葦船の催しに家族で参加した時の画像です。

 

   

完成した葦船です。

 

     

熊野本宮大社の神官によるお祓いです。

 

  

葦船制作で陣頭指揮する冒険家である石川仁氏の進水式です。

石川仁氏は、太平洋を葦船で渡る計画を進行中の方です。

 

一番最初は、熊野本宮大社の九鬼家隆宮司と観光協会長様のペア

 

子供達と一緒に下るのは、子供達に絶大な人氣を誇る神田山陽氏

 

ゴールしてから上流に戻している最中です。

 

弘祥とうちの娘も乗せてもらいました。

 

熊野川で大活躍した後、熊野出会いの里まで展示されるために積み込まれたところ

前に佇むのは、石川仁氏

 

 今年の葦船制作は、22日の日曜日です。制作後は、熊野川に浮かべず、熊野本宮大社に奉納です。

 

 

2011/05/12  黄色の案内の用紙を大きな画像に、変更致しました。

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第12回熊野出会いの会のお知らせです。

  今日は、熊野で開かれるイベントのお知らせです。弘祥が、過去に参加して記事にした、熊野出会いの会のお知らせです。今年で12回目だそうです。主催は、熊野出会いの里の里長の麻野吉男氏です。

今年は、みんなで葦船を作り、熊野の神々に奉納して、神事の後実際に、乗船して熊野川を下るそうです。

弘祥は、昨年の熊野出会いの会の時、金曜の夜のみ診療を終えてから参加いたしました。出会いの里についてすぐに、麻野先生からご紹介を受けてごあいさつをさせていただいた方が石川仁氏でした。氏は自分の目の前で筆ペンで 手書きの名刺を書かれました。

石川さんは、葦船で太平洋を渡るという夢を実現させるべく活動されております。本当に壮大なロマンを持った方です。また、らくだを1頭連れただけの、サハラ砂漠の横断も成し遂げております。

 

弘祥はこのとき、サハラの掟も教えていただきました。

 

その内容については、また次の機会に書くことにします。

 

興味のある方は、熊野出会いの里までご連絡の上ぜひ、お出かけ下さい。

葦船作りの方は、当日参加もいいそうです。自由に参加して下さいのことです。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 


 

  

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第11回熊野出会いの会のご案内です。

今日もこれから開かれる熊野の催しものの御紹介です。

弘祥は、昨年初めて第10回の第2部に参加したのですが、熊野本宮に麻野吉男氏が里長をされている熊野出会いの里があります。先日のヨウさんの木削り教室の会場となったところです。

麻野先生は、大阪藤井寺ご出身の東京大学を出られ農業をやってこられた方で、ご自身の勉強のため東洋医学を学ぶため鍼灸師の学校も卒業されている鍼灸師でもあります。

と書きましたが、じつは弘祥は昨日知りました。昨日7日、自分のところへ治療にみえて下さり、手当てしながら色々話していて、ひょっこり鍼灸師とわかった次第です。本当になんでもお知りで博学です。お話ししていてすごく楽しいです。

出会いの里は、築100年以上の古民家で民宿もされているそうですが、最近、宿泊客に朝、熊野川を一望出来るところ(ヨウさんから、ここから見る熊野川が大好きだと昨年お聞きしました。本当に素敵な木製デッキのテラスになっています。)にご招待してコーヒーをご馳走されているそうです。

その際、いろいろな話しをしているそうで、それこそ、熊野の事、農業の事、人間のこと、東洋医学の事、地球の事、環境の事、神様の事とあらゆるジャンルをお話ししているようです。

「本当に全員が全員やな。喜んでくれるで。」と話しを聞きました。弘祥も「そうだろう、そうだろう。」と思います。

そして、リピーターになる方も多く、多い人は今年3回来られたそうです。

 

その麻野先生から、話しがありました。氣功治療+お灸の治療を終えての帰りしなに 、

麻野先生「自分、出会いの会は参加してくれるんやろぅ?」と

弘祥「先生、今年は金曜日・土曜日と平日ですね。土曜日は、診療後用事が入っております。金曜日は、7時までの患者様を診させていただいておりますので…。ちょっと難しいんですが…」

麻野先生「せやからやな、仕事終わってからでええよ。宣伝しにおいでや。土曜日の朝仕事が、始まるまでに戻ればええやんかぁ」

弘祥「はあ、…わかりました。里長直々の仰せですかぁ?…。では、終わり次第お伺いするということで…。」

 

では、その麻野先生主催の出会いの会(少し前に、やはり診療にみえていただいた奥さんから案内頂いていたのですが、ずっとあれから弘祥の机の上で見張り番をしておりました。汗、汗!)の第11回の案内です。下の4枚がそうです。

弘祥は、仕事が終わってからお伺いします。皆様熊野本宮でお会いしましょう。 

 

  

  

 

  

  

 下の地図は、熊野出会いの里を中心に自由にスクロールできます。図の左端の上に表示されているバーを上にすると詳細図、下に下げると広域図と、地図の縮尺も自由に変えられます。他府県の方は、縮尺を変えてスクロールしてみて下さい。
        

 

  

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昨年、ファミリーで参加した、木削り教室です。

では、3日の続きです。弘祥が昨年参加した「ヨウさんの木削り教室」について書いてみます。

まず、ヨウさんがひろげられたたくさんの日本やアメリカの木片の中からをゆっくり手にとって見ていきます。

氣に入った木片が見つかると、その木片と対話しながら削りだします。スプーン、ペンダントなどを…好きなもの(かたち)を削りだしていくのです。

小刀を一人ずつ貸していただけます。自分も昔、肥後守を持っていろいろ竹とんぼや豆鉄砲など作りましたので、なつかしいというかなんともいえない氣分でした。

小学生の子供二人は、相次いで少し手を切ってしまいましたが、それに臆することなく、それよりもすごい集中力でした。嫁さんは、ヨウさんが前の日にお参りした際、拾ってきたという神代杉でなにかを作り始めました。息子は、スプーンでした。それも相当堅い木だったみたいでヨウさんが、「その木で作るのは、たいへんだけどがんばってみる?」と… そして、自分と娘は、たくさんの木片から選んだものを、黙々と削っておりました。

 

あら削り、仕上げの削りと小刀を2種類使い分け、途中熊野出会いの里さん特製のジュースをおいしくいただきながら、時々ヨウさんに見せながら、削っていきます。

削りの段階が終わると、サンドペーパーでこすり、最後に植物の葉でこすって完成させます。

参加したみんなで、それぞれの作品に名前をつけてお披露目、次に作品の感想や木削りした感想など輪になって話したりしました。

では、自分たちファミリーの作品です。

 

 

 左端 当時小学5年生の息子の作った「スプーン」。本当に堅いものでしたので、よく出来たと思います。

その右横の白っぽいもの 当時小学2年生だった娘 「水たまりの中のお魚」下にわかりやすいように横に向けて撮った写真載せました。よかったら見てみて下さい。

その横 嫁さんが作った神代杉のペンダント「なまえは、?なんだったかな」

右端 弘祥が作ったものです。「癒し棒」と名付けました。

 

 

ヨウさんも「ほんとだ、なるほど、おもしろい」「いい名前をつけたね。」と言った娘の傑作作品です。

「水たまりの中のお魚」だそうです。

 

では、皆様よろしかったら 9月5日 (土曜日)朝10時からお昼1時まで

ヨウさんの木削り教室」が熊野本宮の高山の熊野出会いの里であります。

ぜひ、参加してみて下さい。

 

下の地図は、熊野出会いの里を中心に自由にスクロールできます。図の左端の上に表示されているバーを上にすると詳細図、下に下げると広域図と、地図の縮尺も自由に変えられます。他府県の方は、縮尺を変えてスクロールしてみて下さい。
        

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5日、熊野本宮で、開かれる催し物の案内です。

今日、いただいた「はがき」から急いで書いています。

その手紙の書き出しは、

残暑お見舞い申し上げます。

今、木削りの旅をしています。今回は、福岡、山口、神戸、大阪、くまの、三重、山形をまわります。今日はこれから…

そうです。ここまで読まれてわかった方は、「ヨウさんが帰ってくるんだ。」と思われたと思います。

初めての方に、ご紹介いたします。

名前を滝本ヨウさんといいます。

自分は、昨年熊野本宮で参加した「熊野出会いの会」で初めてお会いさせて戴きました。

その後、お誘いを受け、日を改めまして木削り教室に家族で参加しました。

 

滝本ヨウさんプロフィール

1949年 熊野生まれ

横浜とロスアンゼルス在住

18歳でカリフォルニアに移住、南カリフォルニア大卒業後、東京で22年間都市計画業務に関わる

1998年〈ふるさと工房 HOME〉を設立 木削り教室を日本及びアメリカで開催しながら、広い視野で地域生活圏をベースとしたふるさと作りを熊野、福井、横浜、ロスアンゼルスなどで推進中。

 

 

木削りに出会って もう 10年になります。

最初はストレス解消にやっていたのですが、木削りの

心地よさや、木の香りを楽しんでいるうちに、時計の針

とは違う、”縄文的な自然リズム”に魅せられました。

木削りをしていると、少年時代のふるさと、”熊野の森”

の記憶がよみがえり、ふるさとが元氣を与えてくれるように

感じます。

木にふれて、木と対話していると本来の自分自身に、

戻れるようで、いつの間にか自分を好きになっています。 

                          滝本 ヨウ

 

9月5日 (土曜日) 10:00~13:00

熊野本宮の高山(たかやま)にある築100年の古民家の宿 熊野出会いの里 

 

 

下の地図は、熊野出会いの里を中心に自由にスクロールできます。図の左端の上に表示されているバーを上にすると詳細図、下に下げると広域図と、地図の縮尺も自由に変えられます。他府県の方は、縮尺を変えてスクロールしてみて下さい。
        

  

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熊野出会いの里のホームページが出来ました。

皆様、いつもたいへんお世話になり、ありがとうございます。

前に弘祥が書いた記事で、熊野出会いの里の記事覚えておられますでしょうか?

その記事に書きました熊野出会いの里のホームページが出来たそうです。

 

通年を通していろいろと催し物や農業体験などが、あります。

ここを、クリックしてみて下さい。

 

前に書いた記事は、これです。

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熊野出会いの里、平飼いの有精卵 天恵卵の案内です。

    とってもおいしいよ。

 

 新宮は「よってって」でまってるよ。

 

 本宮は「道の駅」でまってるよ。

     

 

  

   

   

     

  

 

 

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続 先日出かけた熊野の催しを一つご紹介したいと思います。

 つづきです。

 2日目の朝は、7時から朝食をとりました。茶がゆとたまごかけごはんをいただきました。茶がゆは、弘祥も子どもの頃、自分の父が、茶がゆが大好きでしたので、よく食べておりました。自分が通った小学校は当時給食もなかった時代で、昼は、家に食べに帰っておりました。食べ終わって、学校へ戻るお宮さんの横の階段を下りる時、よくお腹がチャッポン、チャッポンと音が鳴っておりました。はじめて、その音を聞いた時は、体の中がどうかなったと思い心配したことを覚えています。和歌山県が、当時胃がんの発生率が高いと言われましたが、このあっちんちんの茶がゆを食べたせいだと言われておりました。また、弘祥は子どもの頃からご飯にたまごをかけて醤油をたらしてかき混ぜて食べるのが大好物です。出会いの里のたまごは、天恵卵と言ってにわとりを地面で飼う平飼いで生産されている有精卵です。麻野先生が、朝食の際に天恵卵を紹介で「つまようじでプチプチとこのたまごの黄身を刺しても、黄身がくずれないとおっしゃっておりましたので、まず、黄身をはしでつまんでみましたがつまめました。つまようじもやってみましたがその通りでした。とっても、おいしいです。これ、おすすめです。たまごかけごはんを、結局2杯いただきました。ああ、そうです。熊野出会いの里では、今年から民宿をはじめられたそうです。築100年以上経つ古民家に宿泊して、たまごかけご飯など食べることが出来ます。先生の奥様に、民宿の案内いただきましたので、別ページに載せますね。

 朝食後少し休憩して、コーヒー(2種類ありましたが、はじめて見る野菜コーヒー、有機栽培コーヒーと書いてあったと思います。)などをいただき、また、皆様とお話しをさせていただいていたところ麻野先生の号令で古民家にあがり、先生から「江戸しぐさ」の講義を受けました。本当は、江戸しぐさの有名な先生を講師で呼んでいたのだけど、急な用事で来られなくなったそうで、麻野先生からお話しを聞きました。江戸しぐさというものを、弘祥は、はじめて聞きました。
麻野先生「当時江戸はな、100万人以上が住む世界で一番の大都市やったんや。江戸時代の人々はな、他人に対してすごく思いやりがあってな優しい人がほとんどだったそうや。現代の人々が、忘れてしまっているな、これをやな電車やバスに乗った時、人とすれ違う時になぜひ、参考にして欲しいんや。」と言って教えていただきました。「傘かしげ」「肩ひき」「腰浮かし」などです。

この、ぶろぐを書くにあたり、少し調べてみました。

「傘かしげ」というのは、雨の日に人と人がようやくすれ違えることができる狭い路地などを歩いていて向こうから同じように人がやって来た時に、すれ違いざまにお互いの傘を外側に傾けて、まるで相手の方と申し合わせたかのようにぶつからずにすれ違うしぐさだったそうです。当時傘は、紙製だったのでお互い破れないようにということだったみたいです。また、お互い雨にも濡れないということだったようです。

「肩ひき」は、すれ違いざまに、お互いの肩が触れないように肩と肩がぶつからないように右肩を少し引いたそうです。

「腰浮かし」は、昔、江戸の乗合舟は、狭い船でしたので、人をまたいで奥に行けないので奥から順番に座って船が出るのを待ったそうです。船ですから立っては、乗れません。そんな時にあとから乗ってきた新しい客のために,座っている人は順番に腰の両側にそれぞれのこぶしをついて,軽く腰を浮かせて少しずつ隣りの方との間を詰めながら,一人分の空間を作って、譲り合ったそうです。

すばらしい、お話しでした。そして、ここからは、大阪藤井寺からすさみに来た話し、ここに来るきっかけを作ってくれた亡くなった友人の話、里いも作りとその出荷で自らの運転で京都の亀岡に行っているなど農業関係の話し、神様の話し、権現の話し、熊野というもののこれからの位置付けみたいなものをみんなでいろんなことを話し合いました。
そして、2日間の感想をみんなで順番にお話しして、終わると、今度は、麻野先生から、「最後にこれだけは、みんなに伝えたいんや聞いてほしいんやという話をまた、順番にそこからしてぇいこうや」ということで、弘祥は、氣功師として正しい呼吸法が健康のため一番必要なものだと思いますと呼吸の大切さをお話ししました。みんなが、ひととおり話し終わって、先生が総括して終わりました。

この日、麻野先生がおっしゃられたことで、特に弘祥の印象に残っているのは、「観光はな、文字通り光りを観てもらうんや、ここ熊野でどんな光りを観てもらうかや、光りやさかい風光つまり景色を観てもらうのもそうや、それだけやないやろう体験を通して何かを感じてもらうのもそうやで。」と

2部終了後、麻野先生から、自分に帰る前に話しがあるんや、あとで来てよと言われ、訪ねたところ先生から、あるお話しをいただきましてそれについては、今検討しております。正式に決まりましたら、ここにも書いてみたいと思います。

 今回参加してわかったことは、これからいかに農業が大切になるかということが、よく理解できました。実は、白河伊都子先生からもちょうど同じことを聞いておりましたので、思わぬシンクロに驚いた次第です。

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

天恵卵は、新宮の「よってって」に置いているそうです。皆様一度、ぜひ、ご賞味下さい。味は、弘祥太鼓判押しますので、本当においしいですよ。

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熊野出会いの里の築100年の古民家のお宿の案内です。

 熊野出会いの里の民宿(築100年の古民家のお宿)の案内です。

 

下の地図は、熊野出会いの里を中心に自由にスクロールできます。図の左端の上に表示されているバーを上にすると詳細図、下に下げると広域図と、地図の縮尺も自由に変えられます。他府県の方は、縮尺を変えてスクロールしてみて下さい。

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