新種牡馬イクイノックスへの期待が高まっています。
繋養先の社台SSから「イクイノックスの初年度種付料が2000万円」となることが発表されました。しかも、2000万円にも拘わらず、申込殺到で既に「BOOK FULL」となっているとのこと。馬産地の期待が相当に過熱していることが想像できます。大種牡馬となったサンデーサイレンスの初年度種付料が1100万円、そしてディープインパクトの初年度種付料が1200万円だったことからも、イクイノックスへの期待の高さが判ります。
しかし・・
「期待先行」は、種牡馬イクイノックスにとって、けして良いことではありません。
ワタクシは「種牡馬イクイノックスは、恐らく80%くらいの確率で大成功を収める」と考えてはいますが、「残り20%は誰にも判らない」というのが種牡馬の世界であります。あの米国競馬史上最高の競走馬と評されたセクレタリアートですら、種牡馬としては大成できず、生産界の期待を大きく裏切る結果になってしまいました。日本国内に目を移しても、シンボリルドルフ、トウカイテイオー、ナリタブライアン、テイエムオペラオーといったスーパーホースたちが、種牡馬として名を残すことは出来ませんでした。
かてて加えて申し上げれば、スーパースタリオンとして名を遺した名馬ですら、少なくとも初年度産駒から3世代程度の競走実績(それも2歳~3歳秋までの実績くらい)は、見ないと正当な評価は出来ません。
例えば、あの大種牡馬ディープインパクトでさえ、初年度産駒がデビューした2010年~2011年当時、高名な血統評論家の吉沢譲治氏などにより、「ディープは失敗かもしれない」と誤った見方が先行しました。それは、産駒の馬体がこぞって小さすぎたこと、また初年度産駒から、その世代のチャンピオンホースと言える産駒が出なかった(この世代にはオルフェーヴルがいた)ことが理由でした。
これにより、種付料は900万円に下落することになります。しかし、実は初年度産駒によりディープインパクトは2歳リーディングサイヤーに輝いていました。そして、初年度産駒から桜花賞馬マルセリーナや、3歳で安田記念を勝ったリアルインパクトによって、GⅠ制覇を2つも成し遂げていました。
それにも関わらず、「失敗かもしれない」と言われ、種付料も下がったのは、それだけ「期待先行」で「途轍もなく高いハードル」が設定されていたから。
ところが、結果としては、その第1世代からは、その後もマイルCSを勝ったトーセンラー、同じくマイルCSを勝ったダノンシャークが出ました。そして次年の第2世代からは、三冠牝馬ジェンティルドンナ、ダービー馬ディープブリランテ、ビクトリアM2連覇のヴィルシーナ、阪神JFを勝ったジョワドヴィーヴル、天皇賞秋を勝ったスピルバーグ、中山大障害を勝ったレッドキングダムが出ました。さらに第3世代からは、ダービー馬キズナ、桜花賞馬アユサン、エリザベス女王杯を勝ったラキシスが出ました。GⅠ勝利だけでも、これだけの実績を出し続けたのです。これによって、「種牡馬失敗」の悪評は消えて、種付料も上昇して、大種牡馬の道を歩んでいくことになります。
以上のように、1年や2年の実績だけで早計に判断するのは、非常に危険であるのが種牡馬評価なのです。
もう一つの事例を言うと、すでに他界した種牡馬ドゥラメンテ。第1世代からGⅠ3勝のタイトルホルダー、第2世代からは牝馬2冠のスターズオンアース、そして第3世代からは三冠牝馬リバティアイランドに加えて、菊花賞馬ドゥレッツァ、NHKマイルCを勝ったシャンパンカラーを出すという素晴らしい実績を上げており、もしドゥラメンテが生きていたら、来年度の種付料はキタサンブラックの2000万円を上回る、2500万円は下らないレベルだったと思われます。
しかし、そんなドゥラメンテですら、初年度産駒が2歳時には目立った活躍馬が出ず、翌年の春のクラシックでも勝ち馬が出なかったため、「期待先行」が崩れてしまい、2019年の種付けや2020年の種付けでは、人気が一時冷え込んでしまいました。その影響を受けて、2023年のJRA2歳リーディングサイヤー争いでは、昨年までと異なり、12月10日現在、ドゥラメンテは18位に低迷してしまっています。これは、短期間での実績だけを見て、「期待先行」が崩れた結果、一時的に優秀な繁殖牝馬が集まりづらくなったことが原因と考えられます。
この事例も、短期間の実績だけで、評価を上下させることが危険であることを示していると思います。
このように、種牡馬の評価は、少なくとも初年度から第3世代くらいまでを、ジックリ長期的な視点で評価しないと間違えます。イクイノックスについては「初年度から種付料2000万円」と設定されましたが、これだと「初年度産駒から三冠馬誕生」とか、少なくとも「ダービー馬とオークス馬」くらいを出さない「期待はずれ」と言われてしまいます。
最初は、あまりハードルを引き上げずに、クールに冷静に見ていくことが重要なのにもかかわらず、です。
種牡馬イクイノックスは成功する可能性が大なのですから、むしろ「期待先行」を避けて、生産界はもちろんのこと、ファンもマスコミも自然体で彼のことを見てあげることが肝要です。本当は、初年度種付料1200万円あたりからスタートした方が、彼にとっては良かった気がいたします。
いくら人気が過熱しているからと言って、いきなり2000万円という値付けは、社台SS=ノーザンファームが、目先の利益を優先しすぎた気がいたします。
株式で言えば、「上場初値が史上最高値となったまま、最後まで高値を更新することがないIPO銘柄」が数多く存在しますが、これは創業者オーナーが欲をかいて目の前の上場益を求めすぎるから。
種牡馬イクイノックスも同じ結末にならないことを祈りたいと思います。