Daily Bubble

映画や歌舞伎、音楽などのアブクを残すアクアの日記。のんびりモードで更新中。

『PERSONA』鬼海弘雄

2006-03-07 23:59:59 | book
一度遇っただけで、忘れられない人がいる。
例えば、年末の電車の向かい側に座っていた茶色と白の細かいしまのマフラーを頭に巻いて顎の下で縛り、色の褪せたスポーツバッグを背負ったままロイヤルミルクティー味の午後の紅茶の缶を持った年齢不詳の男の人、とか。
赤いネクタイに赤のハンチング、よれよれのコートを着て2本のステッキを突いて道の真ん中をヒョコヒョコ歩くおじいさん、とか。
でも、そんな記憶に残るほどの人に遇うことは1ヶ月に1度あればいい方で、私の小さな生活はとても穏やかでちょっと退屈なものだ。

先日、図書館で借りた『PERSONA』という写真集が面白くて、毎晩ページを開いてはにやにやしている。
写真はよく分からない。よく分からないのは写真に限ったことじゃないけれど。
でも、土門拳賞を受賞したというこの写真集の吸引力は並外れているんじゃないかと思う。

浅草で撮影した166人の白黒のポートレート。写真には、ただただ人が写っている。写真の下にはあっさりとしたキャプションがついているだけ。
「千年以上由緒ある家柄の出だという婦人」とか「ルイ・ヴィトンの鞄を持って踊りの稽古に行く男」とか「錦ヘビの財布を持っている男」とか。
ちょっと気になりませんか?
そしてその写真がキャプション以上の面白い人間像を浮かび上がらせている。

例えば、「靴まで黄色でコーディネイトした男」の場合。
オールバックでたれ目の中年男性。スヌーピーのセーターに大きめの熊のエンブレムのついたジップアップのベストを着て太い畝のコーデュロイのパンツを履いている。左腕には恐らく金と思われる派手な時計。ごてごてとした変わったデザインのハンドバッグを持っている。
うん、いるいる、こういう人。斜めに構えた視線も実にこの人らしい。

例えば、「真新しいスニーカーを履いている男」の場合。
黒いキャップを被った二重顎の中年の男性。ハワイのロゴと椰子の木がプリントされた半そでTシャツを着て、ハイビスカスとTOMMY GEARというロゴの入った携帯ストラップと大振りのネックレスを首から提げて黒いポシェットを斜めがけしている。左腕には大きな丸い時計を嵌めてやはり大きな指輪を薬指にしている。
膝上からしか見えないけれど、絶対に新しいスニーカーを履いているに決まっている!

人に会うのは才能だと思う。もちろん、長い年月や多くの努力もあったに違いないけれど、こんなにエキセントリックな人たちを集めてしまう写真家は凄い。
恐らく、私には分からない写真のテクニックなんかもあるんだろうけど、そんなことを抜きにしてもまるで飽きることなく写真に惹き付けられてしまう。
ひとつのポートレートに、その人の生い立ちとか家族とかお金とか仕事とか趣味とか嗜好とか気性とか未来とかあくたもくたが全部見えてしまうような写真。
人はなんて面白いんだろう。この人たちの中に私なんかが紛れ込むような隙はないよ。

私が好きなのは「製本工をしているというひと」の5枚のポートレート。
50代の男性と思われる人だけど、鬘を付けてお化粧した姿も着物で帽子を被ったスッピンの顔もとても色っぽくてチャーミング。
見つけてみてください。

松明堂ギャラリーさんのサイト:土門 拳賞受賞記念 鬼海 弘雄 写真展 「PERSONA」


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4 コメント

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Unknown (Sa)
2006-03-12 13:06:05
TBだけで失礼申し上げました。

ピントがしっかりと合ったモノクロの写真というのは、なぜにか緊張するものですね。

別に取り立てて銀座へ行く用事もなかったので、ホントにこの写真展だけ見て、そのまままた帰宅してしまったのですが、「うふふ 見てよかったな」でした。
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写真展、羨ましすぎです。 (アクア)
2006-03-12 23:27:54
こんばんは、Saさん。

この記事については、少し反省しているところがあって、決してニヤニヤするだけの写真じゃないんですよね。

厳しさや怖さも持った写真集で、だからこそ凄いインパクトを受けたのに、そのことにまるで触れないでしまいました。

そう思いながら、まだこの写真集から離れられないでいます
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いえいえ (Sa)
2006-03-14 07:57:42
直接厳しさや怖さという表現をお使いにならなくても、アクアさんの記事の中からそれは伝わりました。ですので、鬼海さんの写真に逢いたくなったのですもの。(そういった書き方の方が凄い)
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ありがとうございます。 (アクア)
2006-03-15 21:07:09
Saさんの優しいコメントに、すっかり嬉しくなりました。

「いいのいいの、脳天気が私のモットーだもの」なんてまたまた適当なことを思っています(笑)。

三日坊主の私が長くブログを続けられる理由って、こういう風に温かい気持ちを貰えるところにあるんでしょうね~
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