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『そろそろ旅に』松井今朝子

2008-12-02 01:05:29 | book
先日読んだ松井今朝子さんの『そろそろ旅に』は、十返舎一九の青年から壮年期を描いた小説で、かなり楽しく読みました。

一九と言ったら『東海道中膝栗毛』でお馴染みですが、彼が駿河の武家の出であることを知る人は少ないんじゃないでしょうか。『膝栗毛』は、弥次さん喜多さんの珍道中を描いた小説ですが、実際に読んだことはなくても、なんとなくほのぼのと滑稽な雰囲気を感じるのは、この小説が多くの人に愛されて現代に受け継がれているからでしょうね。最近では勘三郎さんの映画『てれすこ』や長瀬くん・七之助くんの映画『真夜中の弥次さん喜多さん』がありますもんね。Wikiによるとパチンコにもなっているみたいです!

小説『そろそろ旅に』では、一九の目を通して江戸の文壇(というのか?)の様子がいきいきと描かれていて、それもまた楽しみのひとつ。山東京伝、曲亭馬琴、式亭三馬といった当時の江戸を代表する作家たちや偉大な版元・蔦屋重三郎らの小説に掛ける情熱や吉原へ繰り出す様子などがいきいきとしたイメージで伝わってきます。
私の江戸に対するイメージは、その多くが杉浦日向子さんからのもので、山東京伝については『百日紅』のなかで北斎(鉄蔵)が「伝蔵」の名で彼について何か話すシーンがあったような気がしますが、その伝蔵さんは江戸の文壇を代表する有名な作家だったことを知り、小さな小さな点がちょっと繋がったようで嬉しく感じました。
『そろそろ旅に』を読むのと同時に日向子さんの『大江戸美味草紙』を読み返していたこともあり、尚更にイメージが重なったのかもしれません。

さて、『そろそろ旅に』の一九の視点は、『膝栗毛』のようなコミカルで軽い雰囲気とは異なり、大体において非常にクールに描かれています。
芝居や遊郭にどっぷりと浸かりながらも、一九は常に俯瞰しているような冷めた視線で観察しています。どこにいても、自分がその土地に馴染めないような感覚が彼を取り巻いていて、しかし周りにはそれと気付かれないように可笑しく間抜けなふりを装う旅人の一九。
今朝子さんの描く一九は、武士にも町人にも属すことが出来なかった根っからの旅人だったようです。

小説は、ちょっと強引に終焉を迎えたようにも感じますが、それは私がもっともっと十九と一緒に江戸の香りを感じていたかったからかもしれません。


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