本日、快晴。

映画中心雑記。後ろ向きなポジティブが売りです。

R100【映画】

2013年09月30日 | 【映画】
9/24に完成披露試写会があったようで、2日遅れの一般試写会で鑑賞しました。
公開は、10/5(土)になります。日数あんまりないから書いちゃいますね。
Yahoo映画では、すでに2.5点という酷評ですが、
良く悪くも注目度が高く、アンチに攻撃を受けやすい監督ですから、その辺は仕方なし。

正直、公開日もスルーしていたくらいで、私の中のハードルは5センチくらいでしたから、
考えようによっては、相当甘い評価かもしれません。
ちなみに相方は、私よりも期待していたようで、激怒しながら帰りました(笑)。
私はまあ、面白くはなかったのだけど、色々と理由はあって、以下後述。

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片山(大森南朋)は誘惑に負け、
1年という期限付きでミステリアスなクラブへの入会を決意する。
入会の際の条件は、たとえ何があろうとも途中で退会することはできないという内容だったが、
当初彼はそのことをまったく気にも留めていなかった。
その後、彼の人生には次々と型破りで魅力的なキャラクターの女性たちが出現するようになり……。
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SMクラブにハマったものの、徐々にエスカレートしていく所業に
どんどん振り回されていく男の不条理劇、みたいな感じです。

現段階での個人的評価としては、
「しんぼる」>「R100」>「大日本人」>「さや侍」って感じかなあ・・・。
この辺は好みの問題もあるとは思うけど。


つっこみどころは細かく挙げればキリがないのだけど、
全体的には、"どこかで観た"感が満載の映画でした。
別にそれ自体は悪い訳じゃないんだけど、結構あからさまに憧れてる感じが滲み出ていて、ちょっと残念だったかな。
裏を返せば、オリジナリティで勝負してほしかったねと。求められている人は大変だけどね、こういうハードル。

ちなみに私は、音の使い方にギャスパー・ノエ、タイトルとか映像描写に園子温、の要素を感じ取り、
相方は、節々に北野武に憧れてる感がすげえ、と言ってました。気づく人はもっと気づくかも。


物語はSMを題材にし、且つ先が見えない展開を狙っているとは思うんですが、
ちょっと足りないなと思ったのが、主軸要素となるSM描写の甘さと順番。
相方は『冨永愛のシーンで、これはちょっと面白くなるかも、と期待した』らしいのですが、
私はお寿司屋さんシーンで、あれ?これは良いんじゃない?と思いました。
正直、電話ボックスの周りを走る、とか発想も映像も面白いし、これも良かった。
なのに。
ここまでやっておきながら、後半のSM描写は暴力、しかも王道なムチに蝋燭に・・・って。。。
勿体無いよ、すごく。ネタ切れかな?とさえ思ってしまう。それなら、最初にムチにしておけばよかったのに。
しかも、後半に出てくる女王様が、大地真央と片桐はいりと渡辺直美。
あれあれ?「笑ってはいけないシリーズ」ですか?と。
しかも、はいりちゃんの技って、もうあれ、反則ですよね。

それと、これは笑いどころのネタなので多くは書かないけど、
このSMクラブ「ボンテージ」の女王様にはそれぞれ個性(使う技??)があるんですが、
実際にその技をやるより前に、説明テロップ見せたらダメでしょう。具体的には渡辺直美ね。
やること分かってて、さあ笑え!て、ダチョウ倶楽部くらいでしょう、出来るの。
(あと、個人的にこの下りは、生理的に受け付けず、音楽と映像に凝ってるのは分かったけど、如何せん超不快でした。)

キャスト関連で言うと、前述の大地真央・片桐はいりの件はさておき、
逆に、寺島しのぶの起用は良かったと思います。
今までに無い印象の人を当てるのは、この映画においては意外性要素として正解かなと。
逆に渡辺直美は失敗ね。正直、いつ椿鬼奴とか友近が出てくるか、ていう空気がしちゃうので・・・。
(断っておくと、渡辺直美のせいでは決してないです。彼女は与えられた役割を100%こなしていたので。)
それと、渡部篤郎のキャラクター。せっかく面白いのに、最後完全に投げっぱなしで、非常に残念。
エンディング後の風景に、一瞬映るだけでも面白かったと思うんだよなあ。ダメかなあ。
松尾スズキも適材適所でしっかり仕事してました。似合うよね、ああいう役。
あとCEO(何のこと?という感じかもしれませんが本編で観て下さい。)のキャストは、
もっとエレガントで揺るぎない感じの人が良かったです。万人から納得されるくらいの絶世の美女クラス。
個人的には、キャサリン・ゼタ・ジョーンズとか、モニカ・ベルッチとか。
(相方は『あそこは浜ちゃんが良かった』と言ってましたが(笑)。)
1人1人書いてたらそれこそ延々と記事が長くなってしまうので、ここらへんでやめときますか。

あ、もうひとつだけいいすか。
松ちゃん本人も出演しているのですが、この役はわりと面白かったです。
でも私は、こっちが浜ちゃんだったら面白かったのに、と思いました。
M・ナイト・シャマランよろしく(これは相方が言ってた。)、自分で真意を喋っちゃうあたり、
あーあー、とは思いましたが。


ちなみに、褒めるところもあるんですよ。最後の木小屋のシーンとか。
「笑ってはいけない」みたいに爆発でもすんのか、と思ったら、
五線譜からの『歓喜のうた』、という流れは良かったです。最初の冨永愛との会話とも繋がるし。
"繋がる"という点で言うと、奥さんとの会話の中で、
息子が欲しいと言ったものを口走るんですが、これも一応繋がる展開はあります。
伏線、というには分かりやすいですが、
多少無理はあっても、映画として作品をまとめようとした姿勢は評価できます。


そして再びツッコミ再開。

物語の展開について、2つ。
まず1つ目は『Mは突き詰めるとSになる。Sは更に強大なSに出会うとひれ伏し、新たな扉が開く』的なことを
松尾スズキが言うんですよ。
『新たな扉』までなら良かったのに、ここからの展開が、もう…ね。(ネタバレなので控えます。)
無いなー…、と思いました。
常識を超えるのもフィクションならばあり、てこと?にしても無いよ。

2つ目は、途中に何回か挟む、喫煙所のシーン。

これは、ネタバレに当たるかもしれないので微妙にオブラートに包みます。
この場面では、この作品(と推察される)に対して観客が抱くであろうツッコミどころを、
敢えて言葉に出して指摘しています。
前述した、はいりちゃんの"反則"技の件とかも含めね。
(まあ、そのツッコミ自体もそこじゃねえだろ的な感じなんですが。)

覚書として書いておくと、あのシーンは監督のメッセージですよね。
監督の顔の波紋で気づく方も多いと思いますが、
「批評家や観客からの批判でさえも、"M"な監督(=俺)には喜びとなるんだぜ。」という。違うかな。
メッセージ自体は、この映画の中に込めるものとしてはアリなんですが、
残念ながら、あの場面の数自体は多過ぎてしつこいです。
この映画の上映時間は100分、という狙ったような数字なわけで、
ぶっちゃけ時間合わせに付け足したのかなとも思うんですよ。
実際エンドロールの後なんかは絶対、数秒間の時間稼ぎだと思うし。

ちなみにこの場面については、相方は別視点から激怒していて、
『"この映画にはこういうツッコミどころがありますが許してね"的な言い訳に聞こえる。
なら最初からやるんじゃねえ!!!』と。
なるほどそういう見方も出来るな、と思ったら、
自分で自分を笑い者にして保険をかけている感じが、ちょっと上から目線にさえ感じられてしまうよね。

真意の程は分からないけど、
いずれにしても、良い演出として受け取りにくかったのは確か。


(読み返して思ったけど、全然オブラートに包めてないですね。笑)



とまあ、公開前だというのに書き過ぎましたが、
よくある著名人の感想・推薦コメントを見る限り、
『見たことない』『新しい』『斬新』『センスありき』みたいな言葉が並んでいるので、
そういうことか、という気もします。

でも、フォローするわけじゃないけど、
今までの松本人志監督作品の中では、一番"映画らしい"映画だったように思うので、
見ない方がいい、とは思わないです。

但し、ハードルはくれぐれも下げて、どうぞ。

凶悪【映画】

2013年09月24日 | 【映画】
初日舞台挨拶付きの上映を見てきました。
そりゃあ、我らが孝之主演、且つ原作の出来が素晴らしい、とのことで、
期待せざるを得ないわけですよ!!…ですよ。ですが…。

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ある日、ジャーナリストの藤井(山田孝之)は、
死刑囚の須藤(ピエール瀧)が書いた手紙を持って刑務所に面会に訪れる。
須藤の話の内容は、自らの余罪を告白すると同時に、
仲間内では先生と呼ばれていた
全ての事件の首謀者である男(リリー・フランキー)の罪を告発する衝撃的なものだった。
藤井は上司の忠告も無視して事件にのめり込み始め……。
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原作はノンフィクションのルポなので、比較するのはナンセンスだとは思います。
冒頭でも「この物語は実話に基づいたフィクションである。」的なテロップが流れたし、
そこは私も、気をつけて見ていたつもりです。

まず、役者については皆さん素晴らしいと思います。
相方は、ピエール瀧がいまいち怖くない、と言っていたけど、私はあんまり気にならなかったです。
リリー・フランキーの怪演は至る所で評価されている通りだと思いますし、
池脇千鶴も演技は良かった。我らが孝之については、まあ、出来る男だと分かっている上での高評価です。
あとは、3人目の被害者を演じたジジ・ぶぅさん(猫ひろしの付き人で元ホームレスだそうで。)の演技、
正直、原作ではもう少し瀕死な印象だったので、
ちょっと死にそうにないなー、くらいの違和感はありましたが、それでも必死さが伝わりよかった。
脇役も含め、ほとんどの役者さんには文句ないです。

さて。肝心の内容についてですが。

冒頭で「ですが…」と書いたことで推察頂けるでしょうが、
正直、私の期待値のハードルには到底満たない、という、如何せん残念な印象です。
何だコレ!!!という怒りとかは沸いてこないのですが、もっと出来たんじゃなかろうか、という意味での「残念」。
原作が面白かったからかなあ、やるせないなあ。


この監督は長編作品は初だそうですが、
この題材を、この規模で撮るには、ちょっと経験が足りなかったかなあ・・・と思わざるを得ませんでした。
監督がイイ人だからなのかなとも思ったんですが(実際いい人そうだったし。)、
非常に王道で、スタンダード。特に目につく演出とかも無かったんですが、
この作品においては、それが逆にアダとなっていると思います。

R指定ではあるものの、突き抜けた極悪非道な描写とか、圧倒的な恐怖・絶望感などがあまり感じられず、
よく言えばメジャー、悪く言えば表面的な『凶悪』さが、映画としてみると、ちょっと物足りない。
どうせなら、自主制作とまでは言わないまでも、そのくらいの映像で撮った方が題材的には合ってたんじゃないかな。


あと、山田孝之演じる記者・藤井の背景について。
彼の家庭事情は、完全な映画オリジナルなんですが、これが映画の展開に、何にも活きていないように感じます。
相方は、『最初の面会のシーンでの孝之の表情がすでに凶悪で、瀧が薄く見える。』と言ってましたが、
私は、疲弊の表情かな、とだけ思いながら見ていました。
物語が進むうちに、疲弊が狂気に変わっていく過程を描きたかったんだろう、と理解はできたんですが、
如何せん、そこに説得力がなく、結局何のためにこの描写を入れたか意味が伝わりません。
(平凡な日常にも潜む狂気、と受け取ったんですが、だとしても根拠が弱いし、話が繋がらない気がする。)

この事件においては、藤井は終始、第三者なんです。いわば観客は彼目線で物語を追うわけです。
死刑囚から告発を受け取った、という点では、むしろ巻き込まれたわけですよ。
だったら、もっと巻き込まれ感を出して、"凶悪"に振り回されたほうが
展開としては面白いし、迫力や狂気も伝わる気がするんです。
そして、本人が"凶悪"になっていく過程に説得力がないから、彼の立ち位置が中途半端になって、
結果的に、観客がこの事件に対して"怖い"と思えなくなっているような気がしました。

それと、後半の奥さんの『楽しかったんでしょ?』というセリフ。
これを言わせたかったんだろうな、というのが分かるし、ある意味ハッとさせられるセリフかもしれない。
"凶悪な"事件は、それ自体だけではなく、
事件を追いかける記者や、記事を読む一般読者でさえも"凶悪"にしてしまうんだ、という危なっかしさを指摘したいのだろうなと。
でも、この映画においては、そこの部分の根拠の薄さとか、設定の凡庸さによって、
『"凶悪"なのは、事件そのものだけではない』というテーマ自体も軽くなり、
あまつさえ、事件自体も薄っぺらく見えてきてしまうんですよね。。。


私が読んだのは、"事実"の方なので、
"フィクション"との相違点については、やはりどうしても、目に付くことが多かったんです。
フィクションにするのであれば、もっと突き抜けた感じが欲しかったし、
ノンフィクションのままではチープ過ぎる。
比較してはいけないと思いながらも、全体的にどっちつかずで中途半端な印象は否めませんでした。


さらに鑑賞後、原作を途中までしか読んでない相方から、
『これは原作にあるの??』という疑問点をいくつか質問されたのですが、
全部、フィクションさながらの説得力の無さや違和感を、私が感じた箇所ばかりでした。
そう考えると、未読の人でも気になる程度の作りこみの甘さ、とも言えるのかなと思えてしまうのです。

例えば、前述した藤井の家庭背景のことや、
3人目の被害者に対する暴行描写(あんなに傷があるのに警察が検視で気づかないわけないだと、とか。)や、
感じの悪い警察と、それに対する強行出版、
共犯者とされる人物への取材・逃亡からの・・・(あれ完全に公務執行妨害だよね。)とか、
確かにフィクションならば成り立つのかもしれないけれど、
事実に基づいているからこそ、そこは丁寧に描くべきだったのではないか、と思ってしまったんですよね。

(結局、比べてしまっているのは申し訳ないのだけれど。)

凶悪事件を映画として描くとき、
『事実に基づく』という言葉は、普通の映画よりも、より大きな恐怖感を観客に与えるけれど、
そこに少しでも作り物感が混ざった瞬間、
観客の緊張感が一気に解けるんだと思います。
そういう意味では、フィクションへの改変自体は別に無しではないと思うんだけど、
この改変はちょっと失敗かなと思いました。


舞台挨拶は、リリー・フランキーとピエール瀧のやり取りが面白ったので満足ですが、
各方面で絶賛の嵐!!というコメントを見かける割には、
期待し過ぎ、ハードル上げ過ぎ、故の消化不良、という結果となりました。
気持ちとしては、去年の「その夜の侍」を見終わった時の気分と似ています。

あんまり映画を期待し過ぎて見たらいけないよね。。。
キャストについては申し分なかったので、余計に残念です。

人によっては刺さるものもあるかもしれませんが、
「凶悪」というタイトルに興味を持って観に行きたい、という方は、
是非とも原作の方をオススメしたいです。あしからず。

パシフィック・リム【映画】

2013年09月19日 | 【映画】
正直に言います。私、観るまでは全然興味なかったの。
でも、面白かったです。本当に。
相方が熱心に観たい!!!と言ってくれたおかげだと思います。感謝。
この、日本愛に溢れる作品を、見逃さなくて本当に良かった。

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2013年、突然未知の巨大生命体が太平洋の深海から現われる。
それは世界各国の都市を次々と破壊して回り、
瞬く間に人類は破滅寸前へと追い込まれてしまう。
人類は一致団結して科学や軍事のテクノロジーを結集し、
生命体に対抗可能な人型巨大兵器イェーガーの開発に成功する。
パイロットとして選ばれた精鋭たちは
イェーガーに乗り込んで生命体に立ち向かっていくが、
その底知れぬパワーに苦戦を強いられていく。
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タイトルの「パシフィック・リム」とは「環太平洋沿岸」のことだそうです。
(怪獣が出現するのが太平洋の深海の裂け目という設定で、そこを防衛する映画だから??)
それすら知らずに、評判だけで観に行ったチャレンジャーは私。


さて。

この映画は、もしかしたら(主に男女で)評価が割れるかもしれません。
でもそれは、"面白い"か"つまらない"か、ではなく、
"大好き"か"興味ない"か、の割れ方ではないかなと。

この映画を積極的に見に行って、
"つまらない"と評価する人はいないんじゃなかろうか。



端的に言うと、"正義のロボットが怪獣を倒す"映画です。ホントにそれだけ。
ただ、"ロボット"、"怪獣"、"特撮"に、トコトンこだわり抜いた娯楽大作です。
ものすごくお金と労力がかかっていると思います。

日本独自とまでは言わないけれど、上記3要素は、
非常に評価されている日本文化だと個人的には思います。
そして、オタクと称されている監督のこだわりや思い入れが細部に見られる本作は、
それゆえに、高いクオリティに仕上がっている傑作だと思いました。
今までアニメやTVでしか見たことのなかったチープ(褒め言葉)な世界観が、
お金と時間と監督の本気度で、ここまで映像化出来てしまうのかと正直驚きました。
ハリウッド見くびってたなー、私。ほんとすみません。


映画自体は色んなところで絶賛されているので、評価は言わずもがなですが、
私のような知識の浅い、1人の映画ファンとしては、
先日鑑賞した「マン・オブ・スティール」で気になった点が払拭されているだけで、もう満足。

例えば、街を破壊する時は一般人は避難するとか(ヒーローものの基本だと個人的には思う。)。
恋愛要素??いらねえよ!!と、オプション要素は最小限に抑えている点(キスシーン不要)とか。
同士での諍いからの熱い友情の描き方(嫌なヤツが改心する下り)とか。

展開は王道中の王道なのですが、迫力ある映像作品としてはその方が効果的だし、
つっこみどころに一応の説明をつけた上でアクションを見せることが出来る作品は稀有ではないかと。
そういう意味でも、高い評価には納得です。


ちなみに、このジャンルに明るくない私は、
『イェーガー』とか『壁』で、単純に「進撃の巨人」を思い浮かべ、
『同調(シンクロ)』『2人乗り(ダブルエントリーシステム…という名前ではないけど)』、
『パイロットの神経接続による機体操作』なんかは、
「エヴァンゲリオン」を連想しながら観てたのですが、どうやら違うみたい。

実際のところ、随所に見られる要素の起源となる作品は、もっと別にあるようで、
70年代・80年代のアニメやロボット・特撮に造詣が深い人には分かるみたいで。
評価を読んでいると、全然知らない作品名がわんさか出てきます。
恐らく、私が思い浮かべた近年の作品も、これらの影響を少なからず受けているんでしょう。
そういう意味では、ハリウッドで活躍しているデル・トロ監督が、
最前線で活躍している日本人クリエーターと、同じ方向を見ているのだということが分かります。

多分これが、日本人にウケている最大の理由ですね。


更に、特撮の歴史にもやはり明るくない私には、
「この映画をモンスター・マスター、レイ・ハリーハウゼンと本多猪四郎に捧ぐ」
という本作最後のテロップの意味を、劇場ではすぐには理解できず。

レイ・ハリーハウゼンは名前だけ。特撮映画の歴史を築いた人だそうですね。
本多猪四郎はゴメンナサイ全く知らず、「ゴジラ」の監督さんとのこと。
この2人に捧ぐ、なるほど、この分野での先人にも敬意を表したんだと改めて実感し、更に好感度UP。

加えて、ギレルモ・デル・トロ監督は元々特殊メイクや造形分野の出身で、
CGではなく、出来るだけ実際に作ったセットや小道具を使うというのが知られているそうです。
イェーガーの操縦席(コックピットというのかな?)の機械部品の錆び具合とか、
その辺の仕事の細かさも含め、映画により一層臨場感を与えている感じでした。


私は(一応)女子なので、ロボット系全般、ピンと来ませんが、
特撮ものやロボットものに触れてきた男子にとっては、馴染み深く、より楽しめるようです。
色々なレビューで細かいところを指摘しているものもありましたが、
ほとんどは絶賛で、"よくぞここまでやってくれた"的な、
監督の本気度に対する敬意が感じられるものが多い気がします。

人によっては、あと一歩!みたいなのもあるみたいですが
(相方も、『ここがこうならもっと…!!!』と色々言ってました。)
でもそれは、ケチをつけるというよりは、更に高み、一段階上の話のようで。
すでに高い基準で平均点をクリアしている作品に対する、
前向きな、そして個人的嗜好を含んだ要望、という感じにとれました。
これも、この映画から感じられる日本文化への愛を観客が感じ取っている故かなと。


とまあ、ここまで取り留めなく書きましたが、
この映画のトリートメント(映画の物語を概略的に記述したもの)権利を買い、
自分のオタクぶりを、金銭面でも技術面でも、遺憾なく発揮してくれたデル・トロ監督に、
日本人として感謝したくなるような作品でした。


全世代の、主に男性は楽しめると思うので、
アトラクション的に、『行ってらっしゃい!』という感じでお薦めしたい映画です。

6.84931506849年、だって。【雑談】

2013年09月18日 | 【雑談】
たまたまですが、今日でblog開設2500日だそうです。

今までの区切りを一切スルーしてきたので、
感慨深いことは全くないのですが、
何にも考えずに生きている私が、
あの日あの時こんなこと考えてたんだ、という、
良い記録になってはいます。

適当且つ駄文、と、決して価値あるものではなく、
スタンスも個人的覚え書きというのは相変わらずです。
読み返しても、進歩がなく、お恥ずかしい限りですが、
暇潰しツールのひとつになるようであれば、
これからもお付き合い頂ければ幸いです。

夏の終り【映画】

2013年09月17日 | 【映画】
満島ひかりは、私がとても好きな女優の1人です。

こないだ相方と、山田孝之談義(何だソレ。)になった時に熱弁したのですが、
私が好きな俳優・女優の条件として、"憑依型"、"媚を売らない"
そして、"セリフに『』(カッコ)がついてない"というのがあります。
最後の条件、意味わかんないですよね(笑)。

要するに、セリフを覚えて読んでいるだけじゃなくて、
その役としてセリフを自ら発している感、というか。
上手く説明できないんですが、高校時代に少々かじった程度の演劇において
私がもっとも憧れた、到達できなかったタイプの演者さんです。

凄く好きな若手俳優の中で、(あくまでも私判定で)コレが100%完成してると感じるのが、
山田孝之と、満島ひかり、くらいなんです。
なので、この2人はちょっと別格に好き、というか、
彼等が出ている作品は見ておきたい!!!という意識があるのです。
…たとえ中身にはさほど興味がなくてもね。

余談ですが、『』(カッコ)を昇華させて自分の物にしている俳優として、
風間俊介、藤原竜也も大好きですよ。(まあ、その辺はどうでもいいですね。)

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結婚して子どももいる年上の作家・慎吾(小林薫)と
長きにわたって一緒に生活している知子(満島ひかり)は、
慎吾が妻と知子の間を行き来する生活に不満もなく、
妻と離婚してほしいと思ったこともなかった。
そんなある日、かつて彼女が家庭を捨てて駆け落ちした相手の涼太(綾野剛)と再会。
それ以来知子の心は揺らぎはじめ、
慎吾との関係を継続させつつも涼太と以前のような関係に戻ってしまい……。
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満島ひかりが綺麗なだけの映画、という評価をどこかで読みましたが、それは間違いないです。
佇まいとか、仕草とか、線の細さとか、とても美しいです。ナイスキャスト。

が、しかし。何というか…。
全編に渡る"瀬戸内寂聴"感が、非常に気になりました。


本作、悪い映画ではないと思います。多分。

相方の言葉が的確過ぎてこれ以上の表現が見つからないので、そのまま借りると、
『他人の不幸の上に、幸福は成り立たない』というテーマと、
そして、この不幸なテーマを美しく描いた『あたし讃歌』という感じ。
まさに、これに尽きると思います。
この映画に、どこまで原作や著者の意見が反映されているかは分からないので、
それが、誰の意図かについては不明なのですが、
でも、全編に感じたその『讃歌』感が、ちょっと好きになれなかったなと。


あと、演出があまり上手くない気がします。

まずは、場面転換のフェードアウトが長い。
余韻を残すため、という意図は分かるんですが、
全部のシーンが、余韻を必要とはしてないと思うんですがどうでしょう。
(これについては、相方は気にならなかったようなので私がせっかちなのかも。)
実は、この監督の「空の穴」でも少し感じたことなので、監督の作品の持ち味かも。
だとしたら、それが私には合わないということでしょうね。

次に、セリフの間について。
電話のシーンが顕著なのですが、
話す相手の顔が見えないから向こうの出方を待つ、というのは分かるけど
ちょっと間が長過ぎやしませんかと。
無論、会話はいつもテンポよくされる訳ではないことは理解しているし、
奥さんとの電話では、その間でも良いと思ったんですが、
全部が全部そうかな?そんなに腹の探りあいばかりじゃないでしょうに、という印象でした。
原作がそうなのかな。『・・・(間)・・・そうね。』みたいなセリフばっかりなの??
特に気になったのは最後のシーンの先生との電話。
あんなにスッキリしているのに、溜める必要あるのかね、と。
まあ、この辺も私のせっかちさ故に気になるところかもしれません。

最後、セリフに関してもうひとつ。
時代背景、地域柄、感情、というファクターありきでセリフを発するとしても、
観客に聞こえなければ、それはセリフとして成り立たないと思います。
端的に言うと、感情的なセリフが聞こえにくいです。
多分これは、役者のせいではなく、それをよしとした演出が原因でしょう。
コレに関しては、フォローなしでどうなのよ、と思いました。

上記3要素すべてが、映画を間延びさせている気がして、
あくまでも私は、ですが、無駄な余韻で集中力がプツプツと切れてしまったんです…。
話は悪くないのに、キャストも全然悪くないのに、映像も綺麗なのに、
雰囲気勝ち感が、何だか合わないかもと感じて、非常に残念でした。

昔は好きだったはずなのになー、熊切監督。


あ、言い訳するわけじゃないのですが、私はせっかちなので、
あの間とか、テンポとか、空気感がちょうど良い、と思う人もいると思います。
あと、少なくとも綾野剛ファンなら、
彼の容貌とか雰囲気にときめくこともあろうかと思います。

なので、傑作!!!とは言いませんが、
見て損した!!!と怒り狂う程の映画ではないと、思います。



余談ですが、劇場を出た後、オバサン(人のこと言えねえよ。)2人組が、
『あの映画は、男の人には分からないわよねえ~。』と話してました。
そうかなあ。どうかなあ。相方は『男女関係ねーよ!』と言ってました。
私は誰の気持ちも分からなかったけれど、強いて言うなら、一番感情移入できたのは涼太なので、
もしかしたら私もこの映画が分からない部類の人間なのかも。

寂聴先生から見れば、まだまだ青い、ということですかね。