あの日から、もう何年たつのだろう。
今日、午前中の仕事を休んで、竹橋の国立近代美術館に出かけた。開催中のゴーギャン展を見るためだった。今回の目玉はボストン美術館の所蔵する、ゴーギャンの代表作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」だ。展示された作品は、版画を含めても50点強で、けっして多くない。しかし、いずれもレベルの高い作品だったように思う。松方コレクションの「海辺に立つブルターニュの少女たち」、大原美術館所蔵の「かぐわしき大地」は、それらと並べてみても完成度が高く、素晴らしかった。
私が高校生になったとき、美術を教えてくださったのは、見事な白髪で、ときに「オーソレミーオ」などのカンツォーネを歌ってくださるようなS先生だった。先生は温厚な印象だったが、やはり、ものを見る人特有の鋭い眼光の持ち主で、私は自然と畏敬の念を抱いていた。先生は、名画を図録で紹介しては、その解説をしてくださった。現在のように、便利な機器の普及していなかった時期である。絵を見るにしても、画集や図録しかなかった。今、ボッチチェルリやアングル、エル・グレコの絵など、多くを思い浮かべることができる。そして、忘れられない作品が、ゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」であった。S先生が、この絵をどのように解説してくださったのかは覚えていない。しかし、私の頭には、好きなゴーギャンの「代表作」として、この作品が刻まれ、人の一生をいうものを考えるときに、頭をよぎったりもした。ボッチチェルリの「ヴィーナスの誕生」「春」はウフィツィー美術館で見ることができた。そのときの感動は、恋いこがれた恋人に初めて出会えたときのようであった。しかし、その後は海外に出ることもなく、ゴーギャンの代表作を実際に見ることはあるまいと諦めかけていた。
今日、初めて目の前に立ったとき、目頭が熱くなった。仕事を捨てて画家を志し、ゴッホとの確執に悩み、タヒチへ旅立つも作品は認められず、娘の死や息子の死があり、やがて、自らも病んで異郷に客死する。そうした作者自身の人生が、この絵巻物のような作品と重なり、息苦しくなったのである。壁面には作品に対する謎解きのような解説があって面白かった。遺言のつもりで描いたという絵は、言葉を超えたメッセージを確かに伝えていた。
会期は9月23日まで。できればもう一度行ってみたいと思いました。
今日、午前中の仕事を休んで、竹橋の国立近代美術館に出かけた。開催中のゴーギャン展を見るためだった。今回の目玉はボストン美術館の所蔵する、ゴーギャンの代表作「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」だ。展示された作品は、版画を含めても50点強で、けっして多くない。しかし、いずれもレベルの高い作品だったように思う。松方コレクションの「海辺に立つブルターニュの少女たち」、大原美術館所蔵の「かぐわしき大地」は、それらと並べてみても完成度が高く、素晴らしかった。
私が高校生になったとき、美術を教えてくださったのは、見事な白髪で、ときに「オーソレミーオ」などのカンツォーネを歌ってくださるようなS先生だった。先生は温厚な印象だったが、やはり、ものを見る人特有の鋭い眼光の持ち主で、私は自然と畏敬の念を抱いていた。先生は、名画を図録で紹介しては、その解説をしてくださった。現在のように、便利な機器の普及していなかった時期である。絵を見るにしても、画集や図録しかなかった。今、ボッチチェルリやアングル、エル・グレコの絵など、多くを思い浮かべることができる。そして、忘れられない作品が、ゴーギャンの「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」であった。S先生が、この絵をどのように解説してくださったのかは覚えていない。しかし、私の頭には、好きなゴーギャンの「代表作」として、この作品が刻まれ、人の一生をいうものを考えるときに、頭をよぎったりもした。ボッチチェルリの「ヴィーナスの誕生」「春」はウフィツィー美術館で見ることができた。そのときの感動は、恋いこがれた恋人に初めて出会えたときのようであった。しかし、その後は海外に出ることもなく、ゴーギャンの代表作を実際に見ることはあるまいと諦めかけていた。
今日、初めて目の前に立ったとき、目頭が熱くなった。仕事を捨てて画家を志し、ゴッホとの確執に悩み、タヒチへ旅立つも作品は認められず、娘の死や息子の死があり、やがて、自らも病んで異郷に客死する。そうした作者自身の人生が、この絵巻物のような作品と重なり、息苦しくなったのである。壁面には作品に対する謎解きのような解説があって面白かった。遺言のつもりで描いたという絵は、言葉を超えたメッセージを確かに伝えていた。
会期は9月23日まで。できればもう一度行ってみたいと思いました。