マリリンモンローの水着姿をを切り抜いた雲形定規をつかいながら、北九州市図書館の模型づくりのアルバイトをしていたころのことが書かれている本です。
ギリシャ以来の建築のオーダー:秩序は、世界観を示していました。
西欧の各時代はそれぞれの様式と気風を伴にし、ゴシック・バロック・ロココと近世をへて様式を好みで選ぶ時代へ。工業化とともに、機能と装飾が分けて意識され、デザインという作家の恣意性も、言葉と表面の選択で変わる。
'様式'から、'モード'へ、'デザイナー'、'キャラクター’、もう’世界観’まで、市場商品として、購買・交換・廃棄が可能であり、差異から希少性の道を歩んだ経緯を想い起します。
モンローの胸のとこ・腰のとこと、ガラス面の曲線は指示されて、図書館の図面が描かれると、ガラス面にも欲望が乗ります。ミッキーの耳の形にくりぬくだけで、著作権の切れないディズニーワールドに攫われます。
天空をイメージするドームを水平に動かすとヴォールト(カマボコのような)形が生まれる。直線から円状にグルーっと回った断面に、ステンドグラスが入る。空間を人が動き感じる原理を、視覚的なボリュウーム・形状から、陰影・傾斜・段差・断絶、視触覚的に純化されてゆくには、人の恣意が煩わしい。
手法を定め、描かれ、建てられた九州の建築をまわると、その空間の軽さが、白井誠一のと際立っていました。圧巻は、氏が好まれた軍艦島。用だけのために統制なく建てられ、機能を果たし終わったコンクリートの塊。
古寺は、朱がはげおちながらその木肌を顕わに、桜木の床板は糠袋で磨くほどに、光沢を帯び、その地の山で育った杉板は、時を経るごとにあめ色に色づく。漆椀に唇をふれ、頂く澄まし汁が身体に滲み入って、夕暮れソトとウチの明るさが一瞬揃うと、モノの重さが消える。
当時飯田橋のアトリエに在った新氏の10選書から、マルセル・デュシャンの限定本を読み込み、『建築四書』パラ―ディオ、『風土』和辻哲郎著、『陰翳禮讚』谷崎潤一郎著、『オルガスムの機能』H.G.ライヒ、などを買い込んだ。印象派から後期印象派へ、、、弁証法的に展開した近代西欧美術の転換点は、第一次世界大戦の絶望と衝動、その後のシュールレアリスムという方法論による心身の不思議の探求へ。
新氏の原風景は、原爆ドームと言われていたが、長い年月を経て久しぶりで聴いた昨年の講演会では、フクシマ。沖縄に住み、朗読で概念を語らせ、演劇家と伴に、「首都を消去せよ」と、お元気だった。
建築は、経済と技術とアートの三要素で空間と時間が編成され、住みこなされる。多様な仕事の現場から、通信・情報技術による情報タウン構想で、まちづくりの分野に舵を戻した私にとっては、近代的個人の、鉄とコンクリートとガラスの集積と交通回路で結ばれた近代都市空間を、どう開いてゆくかは、これからです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます